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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第6話 嗅覚がヤバい女秘書(前編)
22/76

6-2

 リズロウが開会式会場に歩いて向かっていくのをミスティは人込みに紛れて見送った。あの人間と――誰かは知らない犬獣人がなぜついて行くのかはわからなかったが、とにもかくにも事前に決めた作戦通り進行するということだろう。


 先日姉に話した城下町にしばらくとどまる理由。それは半分は本当だが、もう半分の真実を言っていなかった。このところの長期の調査の最終段階の為ということを。


× × ×


 ――1週間前。ミスティはとある調査結果の報告のためにリズロウの執務室へと訪れていた。


「……こちらが調査結果になります」


「ごくろう」


 リズロウはミスティからの報告書を手に取ると、それを静かに読んだ。ソフィはまだオークの里に行ってから帰ってきていないため、横にはいない。そして報告書を読み終わると、リズロウは大きくため息をついた。


「はぁ……。懸念が当たった形になる、というわけか」


 ミスティが長期に渡って行っていたとは、城のある金の流れの調査だった。普通の国家予算には加えられない、隠されていた裏の国家資金が、戦後のどさくさで不正に流用されているという報告があり(表に出せない金に不正も何もないが)、ミスティがその調査を行っていたのだった。


金を盗んだ下手人は捕まえたものの、何も知らされていない下っ端であり、実際にそれを計画した黒幕の尻尾を掴むことはできなかった。そして調査の結果では、すでに持ち去られた資金の洗浄が持ち去られた分の3割ほどが完了してしまっていたというものだった。


「この分の金はもう取り戻せないのだろう。……黒幕を叩かない限りは」


「ええ……ですが奪われた金は完全に真っ黒な物であるため、それをまとめて洗浄というのは“敵”もできない物となっております。ですから次の洗浄の場を叩き、そこから引きずりだせば……」


 リズロウは報告書の最後のページに目を通す。


「次の洗浄の場は……“アスクラン競馬場”……か」


× × ×


 そして今リズロウはその調査のためにアスクラン競馬場に来ていた。本来こういった調査まで魔王たる自分がやっていたら何も回らなくなるが、こればっかりはしょうがないとも考えていた。扱う案件がセンシティブすぎて、誰にも任せることができないからだ。この話はソフィとトシンにも伝えておらず、二人には競馬場の開会式に出席することしか言っていなかった。


 開会式会場についたリズロウは用意された席に座り、その時を待つ。その間にも周囲の警戒をしながら先ほどのミスティの報告を頭に巡らせていた。


「“3―10”か……」


 これが意味することは、次のレースに資金洗浄として金がつぎ込まれる“八百長”が行われるということだろう。ただ先ほどの予想屋の言葉が聞こえてきた通り、次のレースの1番人気は4番であり、3番と10番はそれぞれ5番8番人気といったところだった。


「……ところで、僕あまり競馬の仕組みがわかってないんですけど、どうやって賭けるんですか?」


 リズロウの席の後ろで立っているトシンが、同じく立っているソフィに声をかける。ソフィは結局事前に買っていた馬券をトシンに見せながら話す。


「そうね……。まずアスクランの競馬は“ブックメーカー方式”で行われていて、事前に倍率が運営で決められてるの。そんで単勝と連勝の2つの掛け対象があって、単勝は1位になる馬、連勝は1位と2位を当てるってわけ。当然、連勝の方が当てるのが難しいから倍率が高くなってて、こっちが当たったときにデカいから人気ね」


「へー……でもこれ事前に倍率決まってるんですね。レース直前に馬が体調崩したり、賭けが同じ馬に集中しすぎたらどうするんです?」


「鋭い!そう、ブックメーカー方式はその点が厄介でね。もう一つの方式として賭けられた分から分配するパリミュチュエル方式ってのもあって、ストーインだとそっちの方式なのよね。ただこっちは計算が大変だとかテラ銭の問題で賭ける側が儲けにくいとか色々あるけども……まあこの話続けるとちょっと雰囲気がアレになるから置いといて……」


 そう、ブックメーカー方式だと事前に掛け金の倍率が決まってしまう。リズロウはだからこそ3―10の意味を図りかねていた。この2頭はそこまで人気が無い馬であるため、仮に資金洗浄のために金を突っ込んで当たった場合、その払い戻し額が膨大なものになってしまう。何が問題かというと、奪った裏金を資金洗浄するにあたって目立ってしまったら元も子も無いからだ。逆にバレない様に少額でトロトロ賭けていては、資金洗浄に時間が掛かりすぎてしまう。


 考えているうちに開会式の開始を告げるファンファーレが鳴り出す。気づくと周りの来賓席には多くの人が座っており、会場の中央にある檀上にはローシャが立っていた。手には魔力を利用した拡声器が握られており、観客席までその声は響くようになっていた。


「みなさん!お日柄もよく、お集まりいただき誠にありがとうございます!本日はアスクラン競馬場の長年の歴史において、最も多くのお客様にお集まりいただける日となりました!これは多くの百花繚乱な馬たちが本日のレースに出場することもありますが、何よりも長年の人間との戦争を終わらせた稀代の魔王、リズロウ様が来賓として出席してくださった事が大きな理由となります!」


 ローシャがリズロウの名前を出したことで、観客もリズロウの名前を呼び始める。その光景にソフィは圧倒されていた。


「すごい……こういう場のテンションもあるとはいえ……」


 驚くソフィにリズロウは呆れてソフィにツッコミを入れた。


「お前な……側近の秘書が魔王の威厳を疑ってたのかよ……」


「いや、実はリズロウ様が一般の民衆の中で讃えられる姿をまだ見たことが無かったんですよね……基本執務に忙しくて会議やらなんやらばっかしてたので……」


「確かにそうだったな……。まぁ俺があまりこういう場を好まないのもあって、民衆に溶け込む姿勢を見せていたのもあったが」


 ソフィとリズロウが会話している間にも開会式は進んでいき、リズロウは挨拶のために椅子から立ち上がる。そしてソフィとトシンは椅子の周りに待機し、リズロウだけが檀上へと向かっていった。


「魔王様」


 ローシャはマイクと耳栓をリズロウに渡す。リズロウはそれらを受け取り耳栓をすると、観客席に向かって演説を始めた。


「諸君!今日という日に君たちの前でこのように挨拶をする機会をもらえたことを、心より感謝する!私が魔王に就任してから10年!戦争は2年前から小康状態となり、5か月前にはようやくストーイン及び人間たちとの間に和平条約が結ばれた!そう!我がアスクランはもう戦争状態ではない、平和な国となったのだ!君たちがこの競馬場で大いに遊んでも、もうそれを咎める者はいない!……いや、金の使いすぎには注意しないと、家で家族に咎められるからそこは注意してくれたまえよ!あと馬券が当たっても、お土産を買っていかないとそれも咎められるから要注意だ」


 リズロウの冗談に観客たちは笑った。そしてリズロウは少し待って空気が整うのを待つ。


「……今日こうやって平和が保たれているのは、私たち公僕、そして兵士たちの努力によるものだけではない。何よりも君たち国民が平和を望んでくれているからだ。この国はほんの10年前まで力による統治によって支配されていた。そして私が魔王となってからはそれを是正しようと動いた。……その急な転換に、君たちは困惑しながらも受け入れてくれた。だからこそ今日がある。だからこそ、このアスクランの平和は今も続いている。……さあ!今日は無礼講だ!魔王リズロウが命ずる!今日という日の平和を……楽しめ!!!」


 リズロウの演説が終了し、観客たちは大きな声で歓声を上げた。来賓席の中には感動で涙を流している者もいる。リズロウはローシャにマイクを返すと、ローシャも感動で赤面しながらリズロウを見ていた。


「……素晴らしい演説でした」


 ローシャは感無量でリズロウへと頭を下げる。だがリズロウの顔には笑みは浮かんでいなかった。


「……何にも良くはない。この平和がいかに脆いものか……今身を持って実感しているからな」


「え……?」


 ローシャは先ほどの演説から感じた熱を、今のリズロウから一切感じなかったことに疑問を抱いた。リズロウはローシャに小声で耳打ちをする。


「……次のレース、もう馬券の購入期限は過ぎているのか?」


「……?はぁ……そうですね、開会式を終了してからすぐにレースが始まりますので、馬券の購入締め切りは切っておりますが……」


「そうか……わかった」


 リズロウは盛り上がる観客席を見て、先ほどの3―10の意味を理解した。そして現状の平和が仮初めの物でしかないという事も強く理解させられる。


「ちくしょう……ミスティの奴、わかってて言わなかったな」


 言葉ではミスティを非難するものの、リズロウの内心としては全くミスティを責めるつもりは無かった。あいつがすることには必ず何かしらの意味がある、そう信じているからだった。それに理解した今は言えなかった理由についても納得していた。――これはそうとうに根が深いぞ、と思いながら。

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