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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第6話 嗅覚がヤバい女秘書(前編)
21/76

6-1

「ただいま」


 ミスティは城下町にある家を扉を開けると呟くように言う。しかし返事は無く、中に明かりもついておらず、人のいる気配は無かった。


「……出かけてるのかな」


 ミスティは重い足取りで家の奥にある階段を上っていき、自分の部屋に向かう。しばらく長期の任務で出ていたため、1か月ぶりの帰宅であった。自分の部屋についたミスティは部屋の物の配置を調べ、掃除以外で物を動かされていないことを確認すると、ようやく安心してベッドに倒れこんだ。


「はぁ~……疲れた」


 ミスティは服のベルトを緩め、身に着けていたものを適当に投げ出しながら大きくため息をついた。そしてバッグに入れてあった水筒を取り出し、中身を一気に飲み干す。そしてしばらく何も考えずにいると、階下から扉を開ける音が聞こえ、ミスティは立ち上がった。


「帰ってきたか……しゃーない行くか……」


 ミスティが下に降りると、そこにはエルフの母娘がいた。母親の方は降りてきたミスティを見ると、笑顔を浮かべながら声をかける。


「おかえりなさい。今回は随分帰ってこなかったのね」


「ただいま、カミリア姉さん。そうね。ちょっと長期の調査が必要だったから……」


「おかえりなさーい!」


 エルフの娘はミスティを見つけると、笑顔でミスティに寄って行った。ミスティも笑みを浮かべてそれを受け止めてやる。


「ただいま。フウ、また大きくなったね~!」


 フウと呼ばれた少女はミスティに抱きかかえられ、嬉しそうに自分の頭をなでた。


「フウね!また身長おっきくなったんだよ!フウもミスティお姉ちゃんみたいに綺麗になれるかな!?」


「大丈夫だって。なんてったって姉さんの娘なんだから。フウも絶対美人さんになるよ」


「もう……ミスティったら……」


 ミスティにカミリアと呼ばれていた女性は照れ臭そうに言った。



 ミスティはここアスクラン城下町の中流階層が住む住宅街の一角で、姉夫婦と共に暮らしていた。とはいってもミスティの諜報任務の都合上、あまり家に帰れることはなく、休暇をもらった時に寝床を借りるくらいの頻度になってしまってはいた。それでも家族というものは重要だと思っていたし、そもそもこの家の所有者はミスティの方ではあった。


 カミリアはお茶の準備をし、ミスティはフウと遊んでやりながらそれを待つ。姉夫婦と暮らし始めたのは3年前からであり、それまでは別々に暮らしていた。しかしミスティが家を持つにあたり、管理する人間がいないためにあっという間に寂れてしまい、どうせならと姉夫婦を住まわせているのだった。


「……ようやく落ち着けそうだから、しばらくは家から城に通おうと思う」


 ミスティは台所にいるカナリアに声をかける。


「戦争が終わってそろそろ半年になるところだけどさ、ようやく戦後の後処理が色々と片付きそうで」


「本当! それはよかった!」


 カミリアはミスティに暖かいお茶を出してやり、フウには少し冷ましたお茶をコップに入れて渡す。ミスティが冷ますためにお茶に息を吹きかけると、フウもそれを真似してコップに息を吹きかけた。


「あなたが暇になってくれると、ようやく平和になった、って気がするものね」


 カナリアの冗談にミスティは顔を引きつらせながら答えた。


「あんま暇になってくれると色々困るんだけどね……。それでも、もう戦争は起こらないと思ってくれて構わないよ。今度ばかしは小康状態でもなんでもなく、しっかりと和平が結ばれたから」


「うん……。10年前、あなたがいきなりリズロウ様について行くって言い出した時は不安だったけど……本当によかった」


「そうだね……もう10年か……」


 ミスティは10年前、放浪の旅からアスクランに戻ったリズロウと出会い、彼の思想に共感してリズロウの同志になった。リズロウの傍らに常に付き従っており、エルフ特有の魔力感知術でリズロウのサポートをずっと行ってきた。――ずっと一緒だと思っていた。


「今日ね、実はリズロウ様の秘書官様に会ったの」


「…………どこで」


 カミリアが切り出した言葉に、ミスティは感情を冷たくして――だが姉を不安にさせないようになるべく表に出さないように答える。


「買い物途中のカフェでお食事をされていてね。フウがはしゃぎすぎちゃって、秘書官様の机にぶつかっちゃったの。それでコーヒーがフウの頭上にこぼれちゃってね……」


「だ……大丈夫だったの!?」


「うん。秘書官様が自分の腕でフウの事を庇ってくれたの。それで服もコーヒーでシミになっちゃって。……なのに秘書官様は自分でコーヒーをまたこぼして、これでこの子のせいじゃないよって」


「本当に……?」


 ミスティは半信半疑でカミリアの話を聞いていた。ミスティは余りソフィに対し好意的な感情を持っていない。まだ人間という種族があまり好きではないというのもあるが、それ以上にソフィに対し個人的な感情で嫌悪感を抱いていることが大きかった。――その理由は誰にも言うつもりはないが。


「うん! 本当だよ! あの人間の女の人、とっても優しかった!」


 あいつが――? ミスティはカミリア母娘の言うことに困惑しながらも、今はただその事実を受け止めるしかなかった。諜報活動に身を置く者としての、習性ともいえた。


× × ×


 リズロウはソフィとその部下であるトシンを連れて城下町の郊外にあるアスクラン競馬場まで来ていた。アスクランでは競馬は国営として許可されており、賭博の常であるがアスクランでも有数の娯楽として多くの人に親しまれていた。


「ひゃ~……僕競馬場は初めて来ましたけど、こんなに人がいるんですねえ……」


 来賓用のVIP席からトシンは客席にごった返している観客たちを見る。今日は日曜日で休日という事もあり、多くの人達が競馬場にやってきていた。


「本来国を治める者としては、ギャンブルを禁止したいのはやまやまなのだがな……」


 リズロウは魔王用の一番上座の席に座りながら、苦い顔をして言った。


「私は競馬好きですけどね。見る分には馬は好きですから」


 ソフィはリズロウの横で秘書として書類を抱えながら控えていた。今日リズロウ達が競馬場に来たのは他の観客たちと同じく遊びで来たわけではない。魔王の公務の一環として、競馬場への来賓として呼ばれていた。ダグを連れてきていないのはまだ子供だからという理由だからだった。


「……トシン君、一応君は18歳以上ではあったんだな……」


 リズロウはトシンを見ながら言う。トシンは情けなさそうにリズロウへと答えた。


「一応18ピッタリです……」


 リズロウがトシンを疑うのも無理は無かった。トシンは魔人から見れば非常に幼い見た目――よく言えば美少年、悪く言えば子供っぽいとも言えた。


「まあ今日の君の役目は私とソフィの雑用をこなしながら、公務を間近で見て雰囲気に慣れてもらう事だ。ソフィの部下として今後働いていくなら、他国の国賓たちの前で堂々と振る舞う必要も出てくるからな」


 リズロウの言葉にトシンは敬礼して答えた。


「は! 魔王様!」


 この辺りは1月足らずとはいえ、元兵士な分よっぽどソフィよりしっかりしているなとリズロウは思っていた。――というよりソフィは時折魔王である自分より偉そうに見えるのだが、それが堂々するための秘書の教育の賜物なのだろうか。偉そうというか掴みどころが無いといった方が適切かもしれないが。


「これはこれは魔王様。ようこそいらしてくださいました」


 VIP席の入り口から声が聞こえ、ソフィ達は姿勢を正してその方向を向く。リズロウも立ち上がると、その声の主へと返事をする。


「いや、楽しんで見させていただいているよ」


 入口に立っていたのはキンナリーと呼ばれる馬型の魔人であり、競馬場のオーナーであるローシャだった。身体は人型ではあったが、顔は馬をベースにしたものになっており、その身体も非常に鍛え上げられていた。妙齢の女性ではあるが、着ているスーツの上からもその筋肉が見えるほどだった。


「まもなく開会式の時間になります。本日は魔王様がご挨拶いただけるという事で、多くのお客様が競馬だけでなく、魔王様の挨拶をご拝聴されるために来ていただいております。是非とも今後ともよりよい関係を築かせていただければ、そう思います」


 ローシャは懇切丁寧にリズロウへと話していた。それはリズロウが魔王だからというわけではない、競馬という非常に不安定なグレーゾーンの商いを行う者としての態度であった。


「ああ、そうだな。アスクランとしても貴公が運営する競馬場には非常に助けられている。こちらこそ、今後もよろしく頼む」


 リズロウ自身はギャンブルは禁止すべきと考えている――どう考えても治安の悪化につながるものであり、事実競馬で破産した者の話は枚挙にいとまがない。しかしそれでも国として許可している理由は、それに目を瞑っても余りある経済的効果と、競馬という競争のために馬の品種改良および牧場の改良に心血が注がれた結果、軍馬および畜産関係に非常に影響を与えていたからだった。


× × ×


 開会式に向かうためにリズロウ達はVIP席を出て、会場へと向かう。最大級の要人警護の為に道が開けられるが、それでも人はごった返していた。リズロウがよく竜に変身して町中を回っていることもあるためか、町の人間からしたらリズロウを見れるということは余りプレミア感は無いらしく、リズロウを一目見ようと人が集まるということはなかった。


「周りの人達み~んな競馬に熱中してますね……魔王様が近くを通るのに」


 トシンが全く反応が無い周囲の群衆を見て呟く。リズロウはため息をついてトシンの呟きに答えた。


「あくまで”身近な魔王様”として受け入れられてると好意的に捉えることにしよう……」


 リズロウはここまで会話をしておきながら、何も反応が無いソフィが気になった。


「ソフィ? お前何をして……」


 リズロウは声をかけようとするが、ソフィの真剣な眼差しを見て手が止まる。何事が起きてるかと思い、その視線の先を見た。――そして理解した。


「さぁ~!1レース目の予想だ! 何といっても1番人気は4番のハイスピーダー! 鞍上も今乗りに乗っているカミランスキィ! そしておいらが独自につかんだ情報によると2番人気のピースメーカーは……こっから先が知りたい人はおいらの口に乗った乗った!」


「お前はなにやっとんじゃあ!」


 リズロウはソフィの頭にチョップを入れた。ソフィが熱心に聞いていたのは予想屋の呼び込み文句だった。しかも痛みに悶えてソフィの持っていた資料が覗かれると、そこには競馬の予想がビッシリと書き込まれていた。


「いったあああい……!」


 ソフィは涙目になりながらリズロウを見る。リズロウは頭を抱えてソフィに叫ぶように言った。


「お前馬券買うつもりだったの!? 仕事中に!?」


「い……いいじゃないですか! ちょっと買いに行くくらいなら支障は出ませんから!」


「出ようが出まいが秘書が仕事中にギャンブルに興じるなや!」


「だってえ……」


「あ~~! 何でこう俺の周りにはヤバイ奴らばっかが集まるんだあ~!」


 リズロウが部下のハチャメチャ具合に顔に手を当て天を仰いでいると、人込みの中からリズロウを微かに呼ぶ声が聞こえる。


「……リズロウ様。こちらよろしいでしょうか。……“3―10"です」


 リズロウは大げさに天を仰ぎながらもその声は決して聞き逃さなっかった。そして顔に当てた手をどかさずに、唇を動かしていることを悟られないように言う。


「わかった。引き続き頼む……“ミスティ”」


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