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リズロウ達はアレクの案内で青年が泊まる予定の部屋に向かい、そのベッドに気絶している青年を寝かせる。そしてアレクは青年を看病するための準備をすると言って部屋を出て、部屋にはリズロウとソフィと青年の3人になった。
「ったく、めちゃくちゃだなお前の弟は」
リズロウは凝った肩を回しながらソフィに文句を言う。ソフィは恥ずかしそうに顔を押さえ、寝ている弟の姿を見た。
「悪い子ではないんですが……。ちょっと私の事になると周りが見えなくなるクセがありまして」
「まぁ……姉弟仲が良いことはいい事なんだが。ところでこいつの名前は?」
リズロウはソフィに名前を尋ねるが、なぜかソフィは答えづらそうに言葉に詰まる。
「あ~……え~と……。あ、この子目覚ましますね」
ソフィが回答に詰まっていると、青年は目を覚ます。最初は自分がどこにいるか理解していない風ではあったが、少しして状況を把握すると顎を押さえながら顔を起こした。
「いっつつ……顎痛い……」
「目を覚ましたか。手加減はしたから後は引かないはずだ」
青年は身体を起こし、リズロウとソフィの顔を見た。そして何があったかを思い出してリズロウに対して頭を思いっきり下げる。
「す……すみませんでしたーー!!! 姉さんがぐったりしているのを見て、頭に血が上っちゃって……!」
先ほどのめちゃくちゃさとは打って変わって誠心誠意謝る青年に対し、リズロウは面食らい、逆に遠慮しながら青年に声をかける。
「う……うむ……。まあ今回の事は仕方なかったとして水に流そう。……それで、まだ名前を聞いていなかったな」
青年が目を覚ましたことで、リズロウはソフィと二人きりの時のような素の態度ではなく、魔王としての態度で話す。だが相変わらず青年は名前を答えるのに、躊躇をしているようであった。
「あ……俺の名前……ですね。え~と……」
いつまでたっても答えない青年に対し、ソフィは我慢しきれずに言った。
「“ケイナン”! 自分の名前忘れるとかそんな情けないことしないでよね!」
ケイナンと呼ばれた青年は数瞬考え、そして合点がいったように手を合わせる。
「あ、ああすみません。そうです。俺の名前はケイナンです」
「は……はぁ……ケイナンか」
どうも釈然としないながらもリズロウは本題に移った。
「ケイナン君。君はなぜこのアスクランに来たんだ? 話を聞く限りソフィの弟ということだが、わざわざ姉に会うためだけにここまで……?」
「ソ……ソフィ?」
ケイナンはソフィの名前を聞いて、思わず尋ねなおしてしまった。そしてまたしばらく考え、納得したような表情を浮かべる。
「あ~……ソフィね。ソフィ姉さん」
「き……君、色々大丈夫か?」
ケイナンは照れながら頭をかいて答えた。
「ハハハ……すみません。実は兄弟がたくさんいて、たまに名前わかんなくなっちゃうことがあって……」
「そんなことあるか普通……?」
リズロウは疑問を浮かべるが、それ遮るようにケイナンが言葉を続けた。
「あ~で、この国に来た理由ですね。もちろん、姉さんに会いに来たんです」
ケイナンはソフィを非難する目で見た。
「この人何にも言わないでいきなり家を出て行ったんですよ!? 書置き一つで挨拶も何もなく!」
「しょうがないでしょう……。代々執事を輩出する一家で育ったけど、希望の場所に配属されそうもなくて、先行きが全く見えなかったんだから……。なら自分の身一つで何とか
しよう、って思って出ていったわけ」
やけに説明口調のソフィであったが、ケイナンは少し考えソフィに言った。
「……そういうことならもっとちゃんと言ってくれ……。実家じゃ姉さんがいなくなって大騒ぎだったんだからな! さっきの騒ぎだって姉さんを見つけるために起こしたようなもんだし!」
「ん!? どういうことだ!?」
リズロウはケイナンの言葉が気になり尋ねた。
「青髪の人間の冒険者が何かで話題になって、それが姉さんの耳に入れば自分が来たって伝えられると思いまして……。アスクランに来たってところまでは調べたけど、実際に姉さんが何をしてるかは知りませんでしたからね。だから喧嘩して話題になればと思ったんですが」
「あー……そうか」
リズロウは呻きながらソフィを見た。
「な……なんですか私を見て」
「いや……そういった合理的な考えが、ソフィの弟だなと思ってな」
ソフィはリズロウの愚痴に目を逸らした。そして空気をかえるようにケイナンに尋ねる。
「それで? あんたは私を連れ返しにきたの?」
「いや、その気はないよ。姉さんも……俺も戻ったところでどうしようもないだろうからね。だから……」
ケイナンはリズロウに向き直ると、衣服の乱れを整え、きちっとした姿勢を取る。そして深々と頭を下げながら言った。
「お願いします魔王様! 自分を……雇っていただけないでしょうか!」
「はぁ!?」
突然の申し出にリズロウは驚いた表情を浮かべる。
「先ほどの一幕からわかる通り、強さには自信があります! 例えば軍に入れていただくとか……!」
「待て待て待て! 秘書として入れたソフィはともかく、君を軍に入れるのは色々と問題があるんだ! ……まだ兵士たちの間では人間への忌避感が払拭しきれていない! そんな中でソフィの弟だからと入れたら、確実に問題が起こる!」
「でしたら姉さんの下で雑用でもなんでも!」
必死に頼み込むケイナンだったが、その様子を見てリズロウはある疑問が浮かんでいた。
「そういえばソフィを連れ戻すのが目的ではないと言っていたな? となればもう会えて互いに状況報告ができたなら、無理にこちらに居座る必要もないだろう。それに町中にも仕事はあるだろうし、何故わざわざソフィの傍に……?」
リズロウの疑問に、ソフィは呆れながら言った。
「多分、私から離れたくないだけかと……」
ソフィの言葉にリズロウは軽く笑って答える。
「ははは……。まさか、もう互いにいい年だし、そんな理由だけでわざわざ……」
だがケイナンもソフィも言葉を無くし、沈黙が場に流れていた。
「ははは……」
リズロウも察して言葉を無くし、ひたすらに重い空気が流れ始める。
「あ」
ソフィは何かを思い出したように声を出した。
「そういえばもう一つ理由がありました。この子が来た理由」
「……あっ!?」
ケイナンも何かを思い出し、汗がダラダラと額に流れ始める。
「そういえばこの子……」
「ちょ……ちょっと待った姉さん!それは……!」
「魔人の女の子が大好きで、確かそれらしきエロ本を集めていた覚えが……」
「ス……ストーップ! ストーーップ!!! それ今言わんでいいでしょうが!?」
ソフィの突然の暴露にケイナンは慌てふためいてソフィの肩を掴む。その言葉を聞いて、リズロウは先ほどのケイナンがアレクを抱き寄せていた光景を思い出していた。よくよく思い出すとあの時ケイナンは明らかにアレクを身体を必要以上に抱き寄せていた。
「あー……そういうこと……。うん……やっぱ君たち姉弟だわ……」
リズロウは納得しながら、目の前でヤイヤイと騒いでいるガーランド姉弟をドン引きした目で見る。
「はぁ……これから先どうなっちゃうんだ……」
この会話のあと、リズロウはケイナンをとりあえず自分の護衛として、アスクランの食客扱いで雇う事にした。既存の命令系統に一切含まれない、半分外部の人間として扱う事で、ソフィの弟だからという指摘を避ける目的があった。
雇った理由はいくつかあるが、結局のところその強さが本物であることをリズロウが直接体験したということもあった。リズロウに一瞬でいなされはしたものの、大抵の兵士では束になっても敵わないほどの強さを持ち、これを利用しないのは明らかにもったいなかったからだ。――そしてなによりも監視下に置いておかないと何をしでかすかわからない、といった理由のが強かったが。
この姉弟が将来、アスクランの発展に大きくかかわった『双槍の姉弟』という異名を持つことになるのは遠い未来になる。今はただ抱える爆弾が増えたことに、頭を抱えるしかなかったのだが――。