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ソフィとトシンは少し歩くと手頃なカフェを見つけそこに入店した。そしてソフィはチョコパフェとポットケーキとコーヒーを頼み(トシンのおごりで)、満足そうな笑みを浮かべて手を合わせた。
「いっただっきまーす!」
トシンは見てるだけで胃もたれしそうな甘いものの盛り合わせに辟易しながらも、自分は水を飲んでソフィが食べる様子を見ていた。――正確には何が起こっていたかをずっと考えていた。
「……答えを聞きたいって顔ね」
ソフィはパフェのクリームを貪りながら、考え事をしているトシンの顔を見て言う。
「ええ……一体、何が起こってたんですか?」
トシンの質問に、ソフィは一旦パフェを食べていたスプーンを置き、コーヒーを飲みながら言った。
「私に感謝してよね。もし私があの店主の動きを割って止めなかったら、君は今頃賠償金請求されてたか、牢屋で臭い飯食う羽目になってたわよ」
「え……?」
ソフィはトシンの左後ろのポケットを指さした。
「さっき私が見せたエメラルドの指輪。実はあれ君のポケットの中に入ってたって言ったら、信じる?」
「は……? そんなわけ……」
「そんなわけもあるの。……そうね最初から説明しましょうか」
ソフィは右手の人差し指にはめていた指輪を取ると、右手の指を起用に動かし、指の上を滑らせるように転がす。そして転がしていた指輪をギュッと握り、手を開けると指輪は手から消えていた。急に指輪が無くなったことでトシンは驚きながらソフィの手を見る。
「あれ!? 指輪は!?」
だがソフィが左手を開くと、そこに指輪があった。
「左手に移動したんですか……。でもその手品がなんの関係が?」
そしてソフィは今度は左手を握ると、今度は左手からも指輪が消える。そして両手を開いて、どちらの手にも指輪が無いアピールをした。
「……さて、指輪はどこにあると思う?」
「どこって……。あなたの袖の中に隠してあるとか?」
「半分正解。だけど本当の正解は……」
女性はトシンの服のポケットをまさぐると、そこから指輪が出てきた。
「ここ。君の服のポケットの中」
トシンは顔を引きつらせながらその指輪の動向を見ていた。その真面目な顔ぶりにソフィは可笑しくなって笑い出す。
「アッハッハごめんごめん。じゃあタネを明かしましょうか」
すると女性の左腕の袖から指輪が出てきた。
「……指輪は“2つ”あった。最初右手で握ったときに袖の中に隠した際、すぐに右腕の袖を探れば指輪は見つかった。だけどそこで私が左手にさも移動したかのように2つめの指輪を出した。この視点誘導で瞬間移動したって錯覚するわけ」
「確かに……」
「そして、君が左手の指輪が瞬間移動したと錯覚したことで、目線がそれに集中することになった。……つまり右手の視線がフリーになったってこと。もう一個の指輪がある右手が、ね。あとは簡単。指輪が一つだと錯覚させたうえで、右手で君の服をまさぐったときに、服から指輪が出てきたように見せれば、瞬間移動マジックの完成」
そこまでのソフィの話を聞き、トシンは少し考える。そしてハッと気づき、顔をしかめた。
「まさか……いや……どこから……!」
「そう、初めの仕込みは私が突き飛ばされた所からかな。……あの店主はカモを探して仕込んでいた。“協力者”によって指輪を仕込めるカモをね」
――ソフィが突き飛ばされたとき、トシンはソフィの心配していた。人としては当然の行為かもしれないが、それは“お人好し”とも言えるものだった。それをあの店主は見ていた。そして協力者を使って、トシンをカモにして、指輪を仕込ませた。
「で、あとは話の流れで君に罪をでっちあげさせて、お金をせしめる……そこまで行かずとも高い宝石を買わせるって流れね。ま、都会じゃよくある詐欺の一種よ。罪悪感を利用してマインドコントロールするってやつね」
ソフィは指輪を器用に手の甲で滑らせ弄びながら話を続ける。
「それに気づいた私は店主の詐欺を止めるために行動に移った。まあ店主の視線から君の左ポケットに仕込みがあるのは容易にわかったから、有無を言わさずにまず私から君の右ポケットを探って、私の落とした指輪が出てきた風に見せかけた」
トシンは思い出していた。あの時、あるはずのない指輪が右ポケットから出てきた事を。
「“ミスディレクション”」
ソフィは右手の指輪を手の甲で弾き空中に飛ばすと、それを左手でキャッチする。だが左手を開いた瞬間にはすでに左手に指輪は無くなっており、右手に指輪が戻っていた。
「今のは指輪を空に飛ばして視線誘導している間に、右手に一つ指輪を握らせてさも右手から出現したように見せかけた。……あの場面では、店主も含め全員落ちた指輪に意識が集中した。……店主が一番意識してたであろう君の左ポケットから視線を外させるためにね」
トシンは後ろのポケットを探る。あの時にすでに抜かれていたことに全く気が付いていなかった。意識しないと、そんなにも気づかないものなのか――。
「君のポケットから指輪抜いたら、あとはそれとなーく店主の意識をもう一回逸らさせる為に私の指輪を鑑定させて……あとはわかるでしょ?」
トシンはようやく何が起こっていたのかを理解した。理解すれば何も難しいことはない。――だがもう一度あの場面を繰り返して、果たして冷静な判断ができるだろうか?
「あなたは手品師……ですか?」
トシンはソフィを見て質問をした。だがソフィはそのトシンの言葉を聞くと、こらえきれずに笑い出した。
「アハハハ! 違う違う。手品師ならもっと上手く、そして盛り上げるようにやるよ。私は単に人を騙すのがちょっと得意なだけ。……さて、いい時間潰しになったかな」
ソフィは腰を伸ばして立ち上がると、懐から時計を出して時間を見た。
「13時30分。14時に王城に着けばいいから今から行けばちょうどいいかな? ……ちょっと地理がまだわからないから、よければ案内してくれる?」
女性はのんきに荷物をまとめていたが、トシンはその言葉を聞いて冷や汗が背中に流れていた。言葉を発さないトシンを訝しみ、女性はトシンに質問する。
「……どうしたの? 王城に行きたくない理由でも?」
「いや……その……」
「なによ~助けてあげたんだから荷物持ちくらい……」
「いや……時計……」
「え? 何?」
「その時計……遅れてますよ。今14時30分ですけど……」
「……え?」
トシンはカフェの壁にかけてある時計を指さし、ソフィは嫌な予感がして恐る恐るその方向を見た。――そしてその時間は14時30分を示していた。
「あの~……14時に王城到着予定と言っていましたが、王城までこっから走って10分はかかる距離でして……」
トシンの言葉に、ソフィは額から大量の汗を流して顔を引きつらせていた。そして数回深呼吸すると、肺から大声を出した。
「ぎゃああああああ!!!ちょ……ちょっと待って~~!!!き……君!お……お願いだから荷物持って、お願い走って案内して~~~!!!」
× × ×
ソフィとトシンが王城へ向かって走っている中、その上空を一匹のドラゴンが飛んでいた。その目下にいる人たちは特にそれに驚くわけでもなく、日常の一部として完全に受け取っており、時折指をさす子供がいるくらいで、さしたる問題も起きていなかった。――つまり現在進行形で“平和”ということだった。
そのドラゴンは王城まで飛んでいくと、その最上階の一室の窓に取り付き、身体が変形していく。そして1m80cmほどの人型の男の姿になると、窓からその部屋に侵入した。その部屋はアスクラン王城の“魔王”の部屋だった。
「ったく……このままだと本気で過労死するな」
アスクラン王国魔王“リズロウ”は、立てかけてあった礼服用のローブを羽織ると、一言愚痴を漏らしながらため息をつく。そしてベッドに腰かけて、横の机に置いてあった冷めきったコーヒーに手を付けようとすると、ドアがノックされリズロウはため息をつきながら返事をした。
「どうぞ」
「申し訳ございません魔王様、面接のお時間になります」
「……そうだったな。そうか、秘書の面接があったな……」
リズロウはコーヒーを一気飲みすると、肩を叩きながら立ち上がり、ドアへと向かっていく。その先に執務用の机に山盛りになっている書類に少し目を通し、改めてため息をついて、書類を数枚手元に持ち、ドアに手をかけた。
「今出る」
ここアスクラン王国は“魔人”が集まる国である。魔人とは人と魔物――魔人達は一緒にされたくないと“魔獣”と区別するが――の混血種であり、通常の“人間”と異なり、身体に魔獣の特徴を顕現させている。
トシンは犬型の魔人で全身に犬の特徴が表れており、魔王であるリズロウは龍人として特別な能力を持ち、人の姿ではせいぜい筋骨隆々で角や牙が生えているくらいしか違いはなかったが、ドラゴンに変身する能力を持ち合わせており、またその戦闘能力は人の形態ですら、アスクラン最強を言われる実力を持っていた。
そのリズロウがこうして移動時間すら惜しむように忙しなく動き回っているのには理由があった。――それは。
× × ×
「……また後日連絡する」
応接間でリズロウは面接を行っており、対面には秘書に面接で来ていたハーピー型の魔人の女性が一礼をして部屋から出て行っていた。その女性が部屋から出たのを確認すると、リズロウはとても大きなため息を吐いた。
「はぁ……こいつも“ダメ”……か」
リズロウは書類に×をつけながらそれを端にどける。そこにはすでに4枚もの書類が重なっており、それは今日面接に来た人材たちが秘書たりえないものということを示していた。
――人材不足。アスクランが抱えていた深刻な問題の一つがそれだった。厳密に言うと“事務作業”ができる人間が圧倒的に不足していた。リズロウが魔王となってアスクランを治め始めたのが10年前。それまでアスクランは“力こそ正義”という魔人の欲求そのものに従った、野蛮な国だった。それをリズロウが魔王に就任してから改革を行ってきていた。それは実を結び始めてはいたが、それでもやはりまだ、文官を目指す人間の少なさの問題は響いていた。
「次が最後か……」
リズロウは最後の1枚の書類を手に取る。ここに来るまでに目を通すことができず、今初めて目に通す書類だった。そして読んでいくうちにリズロウの顔色がみるみるうちに変わっていった。
「ちょっと待て……! こいつは……!?」
「すみませーん! 遅れましたー!!!」
ドアが勢いよく開き、部屋の中に声の主が入ってくる。
「ぜえ……ぜえ……し……死ぬ……」
ソフィは立っていることも困難になり、床に這いつくばって荒く呼吸をする。そして後ろからトシンも次いで入室した。
「ぼ……僕に荷物全部持たせた上に、途中から動けなくなって半ば背負わせたのは誰ですか……! 体力無さすぎですよ……!」
リズロウは床で喘いでいる女性を見た。金髪のウェーブを効かせた髪をしており、スタイルにメリハリがあり、顔の容姿も非常に整っていた。――ただし、その姿には非常に“問題”があった。
「お前……人間なのか……!?」
「ぜえ……ぜえ……。え……ええ、そうです。ソフィと申します。……以後お見知りおきを」