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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第5話 身内がヤバい女秘書
18/76

5-2

次の目的地である城下町の会議場に馬車で向かうリズロウとソフィだったが、椅子に座りながらっもソフィは明らかに体調が悪そうな顔をしていた。


「おい……大丈夫か?」


 リズロウがソフィを心配し声をかけるが、ソフィの耳には入っていないのか返事もせず、ただ俯くだけだった。そしてその顔には大量の脂汗が浮かんでおり、目には涙が溜まっていた。


「う……うっぷ……!」


 ソフィは吐き気がこらえられず吐き出そうとしてしまう。何とか立ち上がり窓に向かおうとするが、それすらできずに気を失って倒れてしまった。


「な……ソフィ!?」


 倒れてしまったソフィをリズロウは慌てて抱きかかえる。


「おい!しっかりしろ! 御者! 止めてくれ!早く!」


× × ×


ソフィは気持ち悪さと眩暈の感覚の中、空中に浮いたような気分になっていた。そして何か暖かいものが自分の手を握り声をかける。


「大丈夫。もう大丈夫だよ」


 あの時と同じ言葉。だがもうあの人はいない。なのになぜこんなにも安心を感じるのだろうか。私は――。


× × ×


「はっ!?」


 ソフィは目を覚ますが倦怠感が身体を覆っており、身動きが取れなかった。だが自分がどこかで寝ており、今は空を見上げているということは理解できた。――そして。


「目が覚めたか!」


「リズロウ……様……?」


 目を覚ましたソフィをリズロウは安堵の表情を浮かべ覗き込んだ。だがソフィはまだ目の前の現実が理解できていなかった。なぜこの人は今自分の目線にいるのかと。自分は今空を向いているはずなのに――。


「あっ!?」


 そしてようやく現実を理解し身体を起こす。だが貧血を起こしていたのか結局身体は持ち上がらず、そのままフラフラとまた倒れてしまった。


「おい、そんな慌てるなって」


 リズロウはソフィを心配し、顔の汗をタオルで拭ってやるが、ソフィは今度は体調不良とは別の汗が流れ始めていた。


「で……でも……!」


「でも?」


 ソフィは辺りを見回す。どうやら今いる場所は町中の広場の一角でそこのベンチでソフィは寝かされていた。――いや寝かされているだけならどんなによかったろうか。


「この公然の場で、こんな格好は恥ずかしすぎます……!」


 ソフィはただベンチに寝かされているのではなかった。リズロウがまずベンチに座っており、その膝の上に寝かされていたのだった。


「しょうがないだろう。馬車に乗ったとたん目を回してぶっ倒れたんだ。道のど真ん中でいつまでも馬車は止めておけないし、馬車だけ先に行ってもらったよ。予定もキャンセルするように伝えてある」


「申し訳ございません……! ですが……!」


 ソフィは恥ずかしがって顔を隠すようにベンチに座っているリズロウの方へ顔を向ける。だがリズロウは困ったようにソフィに言った。


「あー……恥ずかしくて顔隠したいのはわかるんだが……」


 リズロウはソフィの頭をなでながら言った。


「その向きはもっといちゃついているように見えるぞ」


 リズロウからの指摘で、自分がどのような体勢を取っているかを理解し、さらに恥ずかしくなって顔面から火が出そうなくらいに顔を赤くした。そして慌てて外側に顔を向けるが、やはり立ち上がることはできず、そのままリズロウの膝の上にいるしかできなかった。


「うう……こんなところ見られたらもう……!」


 ソフィは手で顔を隠そうとしていたが大分もう手遅れだとも思っていた。人間がそもそもこの城下町にはソフィしかおらず、魔王であるリズロウの顔を知らない国民はいないのだから。実際周囲の目線はリズロウ達にバッチリと向いていた。――魔王がこんな時間にデートをしているいう信じられないものを見たという視線が半分、単純にお熱いバカップルを見るような視線が半分といった具合で。


× × ×


 ――同時刻。アスクラン城下町の一角の宿屋。スライム型の魔人であるカニヨン一家が経営する『軟体亭』は1階が食堂、2階が宿屋になっており、食堂では多くの人たちが食事を楽しんでいた。しかし、ある一人の来訪者がその雰囲気を打ち壊した。


 ドアが勢いよく開けられると周囲の者が言葉を失いその来訪者を見る。その来訪者はマントを羽織り、荷袋を背負っており、見た目は遠くから来た旅人だった。――だがその“見た目”が問題だった。その旅人は入り口近くにいたスライム型の店員に声をかける。


「ごめん……どこでメニューは頼めるかな?」


「あ……あちらです!」


 店員はバーのカウンターを指さす。そこには女将であるアナベル夫人がおり、客の対応を行っていた。来訪者は丁寧に店員に頭を下げる。


「ありがとうござ……いや、ありがとう」


 来訪者は若干言葉に詰まりながら店員に礼を言うとカウンターへ向かっていく。その間も周囲の視線は来訪者に向いていた。カウンターに座った来訪者は懐から財布を取りだすと、金貨を何枚か取り出した。


「すまないがこれで、水とこの店でオススメのメニューをいただけ……いやくれないか?この町……というか魔人の国が初めてなもので、まだ文化に慣れていないんだ」


 ――その来訪者は青い髪をした“人間”の青年だった。カウンターに置かれた金貨にアナベル夫人は笑いながら対応する。


「お客さん。こんなにいらないですよ。これじゃあウチに1週間は泊ってもお釣りがでちゃいますよ」


 夫人は相手が人間だということを一切感じさせない態度で接する。青年はそんな夫人の態度を有難いと思いながら、丁寧な態度で答えた。


「ああ。でしたらついでにしばらく泊まる宿も探していたんです。追加でお金払いますから、1月か2月は泊めさせて……いや泊めさせてくれないか?」


「……? え、ええもちろんですとも、ウチの子供のアレックスに案内させますので少々お待ちください。アレク!ちょっときて!」


「はい! お母さん!」


 夫人が名前を呼ぶと、先ほど青年の対応をした店員がカウンターまでやってくる。


「お待たせしました。お荷物を先にお部屋までお運びいたしますので、お預かりしてもよろしいでしょうか」


「ああ、頼むよ」


 青年は初めてそのアレクと呼ばれた店員の姿をじっと見た。スライム型の魔人は軟体質であり、肌の色も不透明な水色ではあるが、見た目の違いはそれくらいで、造形としては非常に可愛い16歳くらいの少女の姿だった。


「はい、チップ」


 青年は荷物を渡す前にアレクにチップを渡す。だがアレクはその意味がわからず青年に尋ねた。


「これは……なんです?」


「あー……こっちはチップの文化ないのか……。というよりこの程度の……ゴホンゴホン!いや、単なるお駄賃! お駄賃だから受け取ってくだ……じゃないくて受け取ってねアハハハ……」


 青年は顔を赤くしながら誤魔化していたが、アレクにはそもそも何を誤魔化しているのかがさっぱり理解できなかった。


「はぁ……かしこまりました」


 アレクは若干不審な点が多い人間の冒険者に対し、少し戸惑いながらも対応した。だがアレクもこの青年が“人間”であることに不審を持っているわけではない。逆にアレクはこの冒険者が見た目が普通の人間から大分剥離しているスライム型の魔人に対し、一切何も忌避感を感じさせずに接してくれることが好ましく感じた。


「あ、お客様すみません。お部屋を取るにあたりお名前をお伺いしたいのですが……」


「ああ、えーと俺の名前は……俺の名前は……」


 だが青年が答えようとした直前、背後から何か思いっきり物を叩きつける音が聞こえ、会話が遮られる。アレク達は驚いてその音の方向を見ると、店で食事をしていた狼男とオークの二人が食事をテーブルにぶちまけていた。


「おうおうおう! さっきから店の中が臭くてしかたねーんだよ!」


「そうだ! くせー人間の臭いがして飯がマズいんだよ!」


 騒ぎ立てる二人に対し、アナベルがカウンターから出て客席に向かう。


「す……すみません。ですがウチはきちんとお金を支払っていただけるお客様であれば、種族問わずに受け入れる方針でして……」


 アナベルは怯えながら答えた。だがそんなアナベルに対し狼男たちは更に要求を重ねていく。

「だったら何か!? 同じ金払ってる俺たちの食事はどうでもいいってかあ!?」


「そうだそうだ!」


 答えようがなく対応に困るアナベルに対し、母の引っ込み思案な性格を知っていたアレクは助けようと動こうとするが、当の青年がそれを抑えた。そしてアレクに笑みを浮かべながら言う。


「俺が何とかするよ」


 狼型の魔人の男がアナベルに詰め寄る。


「どーすんだ女将さんよお! 俺らの楽しい食事の時間が乱されて、弁償してくれるのかああん!」


「すみません……! ですが、お客様はほぼお食事を済まされているようで……!」


 アナベルは反論するが、その勢いはどうしても弱い。そして傍らのオーク型の男が椅子を蹴っ飛ばし、壁にぶつかり粉々になる。


「なあおい! 兄貴は穏便に済ませてやろうって言ってんのに、そういう態度を見せんのかああん!」


「まぁまぁまぁ」


 来訪者の青年は自分が騒ぎの中心になっているにも関わらず、まるでそんなことを感じさせない呑気さで会話に割り込んでいく。


「女将さん、大丈夫ですか?」


「え……ええ……」


 青年は二人のチンピラを無視してアナベルの心配をする。しかしその態度が二人の怒りのボルテージをさらに上げていった。


「おいてめえ!」


 狼型の男は青年の肩を掴むが、青年はそれを軽く払いのけた。


「俺が臭いんだろ……? なら触ったらその臭いが移るんじゃねえのか?」


 狼型の男は青年に払いのけられた手をおさえる。それは青年の指摘を受けたから――ではなく、その払いのけた青年の力に驚いていたからだ。力を加えられたのはほんの少しではあるが、その間一切抵抗できずに払いのけられていた。――魔人である自分が。


「とりあえずこの二人の分のお金は自分が払います」


 青年は財布から金貨を取り出してテーブルに置く。


「この二人が壊した物の迷惑料も含めて。金なら特に困ってませんから」


 青年の行動に呆気にとられるチンピラ二人に対し、青年は見下し吐き捨てるように言った。


「……これでお前らの無銭飲食の目的は達成できたろ? ……あとおめでとう。これで魔人で初めて人間に食事を奢られた記念すべき一人目になれたな。……いや、ちがうか。お前ら“人”じゃないもんな。単なる“犬”とぶ……」


「てめえ!」


 オークの男が堪え切れずに青年の服を掴み、店の外へと投げつける。扉は開いていたため叩きつけられることは無かったが、青年は勢いよく外へと投げ出されていった。


「は! 弱っちい人間のくせに!」


 オークの男は追撃をかけようと外へと出るが、そこで見た光景は予想外のものだった。


「……弱っちい、ね。先の戦争はもう記憶の忘却の彼方、かな。いいことだ」


 青年は服についた埃をはたきながら言う。先の投げられたダメージは何も負っておらず、何事もないように首の骨を鳴らす。


「さて、先に手を出したのはそっちだって大勢の人が見たな。こっから先は“正当防衛”だって、絶対に証明されるわけだ。……この国にその法律があるかわからんが」


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