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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第4話 策略がヤバい女秘書
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4-4

 試合が終わり周囲は盛り上がっていた。不思議なことにブーイングは少なく、むしろ小さい体型で勝ったトシンを称える声が多かった。ソフィは満足げな笑みを浮かべ、横で唖然としているザボーに言う。


「私の勝ちだな」


 ソフィに声をかけられ、ザボーはソフィを見た。それは運よく勝利を拾った安堵の表情ではない。策略が上手くいった意地の悪い笑みだった。


「まさか……! 秘書官殿……!」


 ザボーはこの時理解した。この小娘はやってくれやがったと。だがそんなザボーの内心を察するかのようにソフィは友好の態度をザボーに向けていた。


「……先ほども申し上げた通り、私はあなたに好意的な感情を持っている。今は話を付けるためにダグ君の身柄を預かっては行くが、オークへの優遇政策を取り下げるつもりは一切無いし、そちらからの要求は可能な限り飲むつもりだ。……ただひとつ、この勝負での結果以外でお願いしたいことがある」


「……なんでしょうか」


「……“私”の里における"好感度"をできる限りあげる方策を打ってほしい。ちょっと個人的にお願いしたいことがあって、今のままだと人間ってだけで断られてしまうので……」


「個人的……?」


 ソフィの言葉に引っかかりを覚えたザボーはソフィに尋ねる。そしてソフィは絶対に周囲に聞かれないようにザボーの耳元でこそこそ声で話した。


「実は……ゴニョゴニョ……」


 話の内容を聞いたザボーは目を丸くしてソフィを見た。そして顔を真っ赤にしたソフィはザボーの返答を待つ。


「で……受けていただけるだろうか?」


 ザボーはできる限り表情を崩さないようにしたが、我慢の限界を超え、ついに笑ってしまった。


「アッハッハッハ! お安い御用ですよ! 私としても、あなたの人の有り様がよくわかりました! ちゃんと積むものを積んでいただければご対応いたしますよ。何といっても私は“商売人”なのでね」


「……やっぱり金はいい。話がわかりやすいから」


「ええ。金はいいものです。だからこそこうやってあなたと打ち明けて話せますからね」


× × ×


 試合が終わりソフィとトシンはダグを連れてさっさと里から抜け出していた。勝ち方のしょっぱさにより再戦要求されたら困るのもあるが、急がないと城下町へ戻る部隊への合流に間に合わないという事情もあった。


 森の中を歩きながらトシンは何かをずっと考えていた。――思えばこの旅は不自然な点だらけだった。考えてみると何もかもが嚙み合わない。


「……答えを知りたいって顔してるけど」


 考え事をしているトシンにソフィは声をかける。そして自分で考えるだけでは限界があると観念したトシンは素直にソフィに尋ねた。


「……どこから策略が巡らされてたんです?」


 “どこから”、か。本当にいい子だ。ソフィはそう思った。“なぜ”や“どうして”じゃないという事は私を恨んでないという事か。利用するだけ利用したのに。ソフィはトシンに深々と頭を下げる。


「説明してなくて”ごめんなさい”。だけどあなたに言うわけにはいかない理由もあった。……そうね。出てきて!」


 ソフィが手を鳴らすと、前方の木の陰から一人のオークが顔を出す。その顔を見てダグは驚き――トシンは納得のいく表情を浮かべた。


「秘書官殿……今回の話は疲れましたよ本当……」


 出てきたのはリューグだった。そしてソフィはリューグを労わる様に肩を叩く。


「魔王様の命とはいえ、受けづらい任務を与えてしまって申し訳ない。だが“演技”は100点だった。“周囲の仕込み”も上手くやってくれた」


「人間の女の身体を好きにするとか、今のオーク達は他種族のメスを攫うって事もしないようになってるんすから、勘弁してくださいよ……後処理が大変だったんですよ。とりあえず怪しまれないように一度里に戻って、しばらくしたら王城に戻りますから、魔王様と隊の連中には伝えておいてください」


「ああ。頼む」


 話を終えるとリューグは手を振って里への道を歩いて行った。そしてソフィはトシン達への話を続ける。


「話を戻すと……私が仕込んでいたのは最初の最初、1週間前にリズロウ様にオークの里に行く命令を受けた時からだ」



 ソフィは命令を受けてすぐ、軍にいるオークの中で一番融通が利く兵をリズロウに選んでもらっていた。それがリューグであり、軍への忠誠心が高く、考えて行動できるタイプということだった。そして実際に話をし、リューグが相当に優秀であると判断できた時点でソフィの策略は決まった。ソフィはまずリューグを里に向かわせ、一時的に帰郷した体を取らせた。この後に来るソフィとの関連性を匂わせないためだった。


「……で、本当は里に行く往路で私の護衛をするのはリューグ殿になる予定だった。そもそも私一人で補給部隊から離れてオークの里のこの森の道を歩けるわけないからね。……だけどトシンに出会ってその予定が大幅に変わった。リューグ殿との接触を避けることで、リューグ殿をスパイとして有効活用できるようになった」


 トシンはソフィと風呂で会話したことを思い出す。自分との出会いは本当に偶然だったということを。


「リューグ殿にお願いしていたことは、“信頼できるオークを10人程用意してスパイとして使うこと”。軍隊から何人か引っ張ってもらっていたとはいえ、彼はそれを見事にこなしてくれた」


 ソフィはダグを指さす。


「ダグ君。……君との出会いも完全な偶然だったけど、実はあの食堂で騒ぎを起こすのは予定してたことだったんだ。あの時騒ぎを起こして、私の周囲にいるリューグ殿が用意したスパイを探し出す必要があった」


 “これくらい”。トシンはソフィがあの時言っていた言葉を思い出す。何を指しているのかよくわかっていなかったが、今考えるとあの時やけに過剰に反応していた野次馬がいたのを思い出した。――あれがスパイだったのか。


「そうして騒ぎのあとにそのスパイに接触し、次の日の決闘について説明を行った。……そう、この交渉は初めから拗らせるつもりで動いてた。リューグ殿からオークの性質について話を聞いていたからね。ザボー殿の商売気質や里の発展については想定外だったけど、私は最短距離でズバッと行くタイプだから。はじめからわかりやすい手段を取るつもりだった」


 ソフィは右手の一指し指を一本立てる。


「“同調圧力”。この言葉知ってる?」


 ソフィはトシンとダグの二人に尋ねるが、二人とも首を横に振った。


「人は本能的に他人に意見を合わせてしまうって事。二人とも気が弱そうだし、結構経験あるでしょ? 声の大きい人間が音頭を取って、ついついそれに合わせちゃうっての」


 トシンとダグの二人はバツの悪い顔をして頷いた。――確かに心当たりはいくつもあるからだ。自分の意見をなかなか言い出せず、他人の言う事に聞かざる得ない事が。


「私はあの場で同調圧力を仕込んでいた。……あの決闘の場にいたオークは50人くらい。そしてリューグ殿に仕込ませたスパイもといサクラは10人。そんでもって里に信頼あるリューグ殿に率先して行動させた。……さてどうなるでしょう?」


 ネタばらしを聞いた二人はソフィに対し戦慄していた。今思えば決闘で物事を決めることに賛成した周りの空気はおかしかったし、トシンが場外勝ちをした時点で暴徒が出ないどころか賞賛する声が聞こえていたことがおかしい。そしてトシンがリューグとやり合えていたのも、今思えばバレないように手加減していたのだろう。


 ソフィの身体を好きにするという要求も、先ほどのリューグとの会話からして、サクラの仕込みだろう。下劣なことを言い出すことで、後に続く者を出しにくくしたのだ。


 もっと遡ればザボーとの最初の会話の際、絶対にありえない言葉が出ていた。ソフィがオークと会話した事無いなんて普通ありえるだろうか。これもリューグとの繋がりをザボーに警戒させないための仕込みだった。――ケツから頭まで全部ソフィの手のひらで動かされていたのだ、全員が。


 だがトシンには納得できないことが一つあった。


「ソフィ様……ダグをどうするんですか?」


 それは物事の理解という範疇ではない。倫理的な感情の話だった。兵士であるトシンと違い、ダグはまだ意思決定をしていない子供だ。それを自分の都合で巻き込むのはどうであるのか、と。


「うん……そうね」


 ソフィもそれを自覚していた。そしてダグに向き合い、申し訳なさそうな表情を浮かべ謝った。


「……まだ子供である君を巻き込んでしまったことを本当に申し訳ないと思ってる。このまま城下町には向かうけど、必ず学校に通えるようにはするし、里にも帰れるように手配はする。……もし君が嫌だったらこのまま里に戻れるようにも……」


「いえ、行かせてください」


 ダグは真っすぐな目をソフィに向けながら言った。


「僕もトシンさんと同じようにソフィ様の下で学ばせてください!」


「でも私は……」


 ソフィはダグの真っすぐな目を見切れず、目を逸らしながらダグの申し出を断ろうとした。だがダグはそれでもつづけた。


「僕は……立派な外交官になりたいんです!でも弱くて、引っ込み試案な僕には無理だって、勉強だけはしながら、半分諦めてました……!でもソフィ様は違う。あの場にいる誰よりも弱かったはずなのに……!僕は……感動しました!」


「……わかった。じゃあトシンと同じく私の下についてもらうことにしよう。だけど、私の部下になったからには遠慮はしないわよ?いいわね?」


 ダグは背筋を伸ばして敬礼をして答える。


「はい!」


「よし!いい返事だ!ダグ秘書補佐官!」


 そしソフィとダグの二人は城下町への帰り道を意気揚々と歩いて行った。トシンはその二人について行きながらある事を思っていた。――ついて行くだけではない。僕はあの人に並びたい、と。

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