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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第4話 策略がヤバい女秘書
15/76

4-3

 宿の掃除を手伝っていたダグはいきなり里の大人たちに連れ出され、里長の屋敷の前まで連れてこられていた。そして何故か異常に殺気立っている大人たちと、腕組しながら里長と一緒に立っているソフィ、そしてその円の中心でガッチガチに固まっているトシンがいた。


「な……何が起きてるんです?」


 ソフィの前に連れてこられたダグがソフィに尋ねる。


「ああ、私とザボー殿で一つ賭けをすることになってね。あのトシンと里の代表者1名で決闘を行い、もしトシンが勝ったら君の身柄を預かることにした。君を人質にして私たちの要求を飲んでもらうためのね」


「え!? それは一体!?」


「……で、トシンが負けたら私が……その、彼らの夜の相手をすることにね」


「!!!???」


 ――話している意味が全くわからない。だがそれは様子を見る限り自分だけでなく、これから決闘を行うことになるトシンもそうであると、ダグは周囲の状況を見て理解できた。


「それでは、ザボー殿。決闘のルールを説明していいかな?」


「どうぞ。よろしくお願いいたします」


 ソフィは木刀を2本持ち、トシンを中心に半径5メートルほどの円を地面に描く。そして大声で周囲に説明をした。


「それでは決闘のルールを説明する!まず“真剣で相手を傷つけてはいけない”! 使用する木刀はこちらで用意した! そして2つめは“円の外に出てはいけない”! この円から1歩でも出たら即負けだ! そして3つ目は実際に勝つかどうかは私とザボー殿で判断するという事。ノックアウト負けは無いということだ!」


 ソフィは木刀のうち一本をトシンに手渡す。


「……というわけでルールは説明した! 誰か我こそはというものはいるか!」


 ソフィは周りのオーク達に呼びかける。誰もが興奮状態であるが、その中で颯爽と一人のオークはソフィの側に近寄ってきた。


「俺がやる」


 そのオークはソフィから木刀を奪い取ると、素振りをする。あまりの剣圧で1回振るごとに風が吹き荒れ、ソフィの髪が大きく揺れた。


「リューグか……! あいつなら確かに……!」


「リューグの奴が出るってなると文句は言えねえな……!」


 周囲のオーク達もそのオークが場に出たことに文句を言う者はいなかった。彼の名はリューグ。オーク中でも髄一の剣裁きの持ち主であり、軍の中でも一目置かれている存在である。そして今は里に帰省しており、ザボーも里の中の実力者として今回の話をリューグにしていたのだった。


「リューグ……様……!」


 相手が誰だかわかったことでトシンは更に身体を硬直させる。思えばソフィと出会ってからこういった伝説級の相手と戦わされる機会がやけに増えてしまった気がする。


「ぼ……ぼ……僕は……」


 トシンはガタガタ震えてソフィに助けを求めるが、ソフィはトシンの額に頭を近づけた。ソフィの顔がすぐ近くに来たことで、トシンは別の緊張で言葉を失ってしまう。だがソフィは周りに聞こえないように小声でトシンに話した。


「いい? 君なら理解できるはず。私はさっきのルールの中にいくつかの“罠”をしかけた」


「罠……!? でしたらそれを……!」


「だめ。それを事前に知ったら君はそれを意識して動く。……だから自分で気づいてほしい。その罠を使えば必ず勝てるようにしてある」


「で……でも……!」


 尚も怯えるトシンの額にソフィがデコピンをかまし、トシンは痛みで涙を流した。


「私はまだ彼氏もできたことがないんだから。話の流れで変なことになっちゃったけど、君ならできる。……私は君を見込んでるんだからね」


 ソフィはトシンに手を振りながらザボーの横に戻っていき、残されたトシンはただ唖然としていた。


「いいのですかな? こんな無謀な賭けに乗ってしまって」


 ザボーは嫌味らしくソフィに言う。周囲の騒動で会話が聞かれないと判断したソフィは小声でザボーに言った。


「……誤解されているかもしれないが、私はあなたに好意を抱いている」


 ソフィの予想外の言葉にザボーは目を見開いた。


「オークの中からあなたのような拝金主義者が出て、そしてそれが実際に里のありようを大きく変えたというのは私の中で大変な衝撃だった。……金が第一って主義は非常にわかりやすいしそれに」


「それに?」


「……いえ、これは個人的な話なので一旦パス。ま、言えることはこれだけね。この勝負必ずトシンが勝つ」


 トシンはひたすらに頭を回転させていた。――ルールにいくつかの“罠”。それはなんだ? もう試合が始まるというのに、対戦相手があのリューグだというのに、全くそれが頭の中に残っていなかった。今考えるべきはソフィが仕掛けた罠。そして手もとの木刀を見て気づく。――そうか。


「お前も大変だな。そんなチビのくせに俺に殺されるためにだけにここに立つなんてよお」


 リューグがトシンを挑発するように声をかけるが、トシンにもう恐怖は無かった。いや、対戦相手ではない――ソフィに対し畏怖の感情を抱いていたのかもしれない。一体“どっから”考えていたんだ?


「試合開始!」


 ザボーの声が響き渡り、トシンとリューグの試合が開始される。まずはリューグがトシンに向かっていくが、トシンは剣を上段に構えて攻撃を防ぐ体勢を取る。――しかし。


「ざあっ!!!」


 リューグが木刀を上段で振り、トシンはそれを防御するが、防御の上から木刀による攻撃がトシンの脳天に直撃し、トシンは木刀を手放して倒れてしまう。そもそもの力が圧倒的に違いすぎた。地面にたたきつけられたトシンはその衝撃で意識を取り戻し、手落とした木刀を急いで拾う。しかしリューグの第2撃はもう迫っており、倒れながらなんとかそれを防ぐが、そのまま圧倒的不利な体勢で、トシンはリューグに木刀を押し付けられていた。


「グッ……や……やば……」


 トシンは抜け出すこともできず、押さえつけられる。相手はこのままトシンを木刀で圧迫し、窒息を狙っているようだった。トシンは顔を真っ赤にしながら何とか左手を木刀から離し、自分の懐にゆっくりと手を伸ばす。


「あ……あと10秒だけもってくれ……!」


 呼吸ができず、泡を吹きだしながらトシンは最後の力を振り絞り、懐から取り出したものをリューグの腰帯に当てた。


「がああああああ!!!」


 トシンが“それ”を振りぬくと、リューグの腰帯が切れてズボンがずり落ちる。思わぬ事態に呆気にとられたリューグはトシンに押し付けていた木刀の力を緩めてしまった。


「な……ナイフだと……はんそ……!」


 だがリューグはそれを言い終わる前にソフィの言ったルールを思い出す。“真剣で相手を傷つけてはいけない”ーー使用してはいけないとは言っていない。そして相手を傷つけてもいない。ただ腰帯を切っただけだ。


「こ……呼吸を……!」


 トシンは急いで深呼吸をして、あとほんの少しだけ動く力を確保する。そして押さえ込んでいる木刀をどけると、リューグの股下を潜り抜けながら立ち上がり、リューグの背面を取った。


「それがどおしたあああ!!!」


 リューグはトシンに背面を取られたがさして気にしていなかった。今のやりとりでトシンの力は把握した。ここからトシンが急所を狙ってきたとしても、致命傷どころか怪我を負うすら怪しい。何をしたところで――。だが、リューグは自分の足元を見てある事に気づいた。


「なっ…? そんなまさか……!?」


「だりゃあああ!!!」


 トシンはリューグの背中を全体重の乗せて蹴っ飛ばす。だが体格差がありすぎて何のダメージも与えられない――そのはずだった。


「しまった……!」


 だがリューグはバランスを崩して倒れてしまう。――足元にトシンの木刀がつっかえ棒のようになっていたのだ。トシンが股下をくぐる直前、リューグの靴紐に自分の木刀を通して、バランスを崩して転びやすいようにしていた。そして体勢を崩したリューグは転がっていく。


「く……くそっ……!」


 リューグは何とか立ち上がろうとして、靴に引っかかっていた木刀を取りはずす。


「なかなかやるじゃねえか……だがもう……!」


「いえ…僕の勝ちです」


「何!?」


 驚くリューグだが、トシンは力尽きて腰から地面に崩れ落ちた。


「……僕の勝ち。ソフィ様やザボー様の方見たら、よくわかると思いますよ」


 トシンはソフィ達の方向を指さす。リューグはその方向を見ると、顔が真っ青になっているザボーと大喜びのソフィがいた。そしてリューグはある事に気づき、恐る恐る地面についている自分の右手を見る。


「……この試合場、円形に作られてますが、あなたは円を描くときに寸分間違わずに円を書くことができますか? ……僕は無理ですね。だからこれは“事故”なんですよ。僕の方の円が多少狭い楕円形になっていても、それは事故なんです」


 リューグの右手がソフィが書いた円形の外に出ていた。ーーソフィがこの試合で定めた第2のルール“円の外に出てはいけない”。それを違反していた。


「……“力及ばずもの、知恵で巨人を倒す”、か」


 トシンはぐったりしながら小さな声で呟いた。

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