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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第4話 策略がヤバい女秘書
14/76

4-2

 夕食は食堂で済ませることになり、ソフィとトシンの二人は部屋の片隅のテーブルで食事をしていた。他の客はやはりオークが多かったが、旅をしている他の魔人もそれなりにおり、食堂はにぎわっていた。だがやはりソフィが人間ということもあり、目立たない隅のテーブルを選んでいた。


「……というわけでストーインの銀行が一個潰れかける事態になったわけよ。道端のおばさんのホラ話から動くに動いて銀行の金庫が空になるとか恐ろしいわね」


「はえ~……スケールが大きいやら小さいやら」


 ソフィはストーインでの様々な話をトシンにしていた。他愛のない話ではあるが、トシンはそれを好んで聞きたがった。


「……やっぱりストーインとアスクランで色々違うんすねえそこら辺は」


「まあね。どちらかって言うと、贔屓目を抜きにしてもアスクランは遅れてる方かな。それはリズロウ様も認識してるみたいだけど……」


 話しながらソフィは横のテーブルをじっと見ていた。ソフィの視線が気になったトシンはソフィに尋ねる。


「どうしました?」


「いや…ちょっとね」


 ソフィの視線の先にはオークの少年が一人でテーブルに座っていた。――少年とは形容したが、それは単に周りのオーク達に比べ背丈が低いからというだけであり、その少年すらソフィ達よりも遥かに身体は大きかった。ソフィは席から立ちあがると、その少年に声をかける。


「こんばんは。……子供が一人でこんな時間にこんなところ居ていいの?」


 ソフィに声をかけられた少年は顔を赤くして俯く。


「……ここは僕の家で……今は休憩中なんです……」


「あ、女将さんのお子さんなのね。ごめんごめん。君、名前は?」


「ダグ……って言います」


「ダグ君か~……ちょっと席座っていい?」


 ダグが頷くとソフィは空いている席に座った。机を上を見ると数冊の本や、ノートが並べられており、どうやらダグは本の書き写しを行っているようだった。そしてその本のタイトルを見て、ソフィは驚愕してその本を手に取る。


「ちょ……ちょっと待って!? この本……!」


 ソフィが手に取った本は数学の参考書であったが驚いたのはその内容――明らかにストーインの難関大学レベルの本であり、こんな子供が読むようなものではなかった。しかもノートに書き写しているということは、しっかりと学んでいるということでもある。


「君……この本の内容理解できてるの?」


 ソフィの質問にダグは首を横に振った。


「正直わかんないです……。ただこの里に出回っている人間の本はそんなに数が無くて……とにかく覚えなきゃいけないと思って、全部読んでるんです」


「はえ~……いや、これは私も無理だわ。私も中等教育は中退して、大学行けなかったからなあ……」


「あの……何か御用でしょうか……」


「ああ、ごめんごめん」


 ソフィの接触を不審に感じるダグにソフィは謝った。


「ただ私の話に熱心に聞き耳立ててるから興味あるのかなって思っただけ。……こんだけの勉強してるってことは、何か将来目指してることでもあるのかな?」


 ソフィの話を聞いていたことに気づかれてしまったダグは顔を赤くした。答えようにも恥ずかしくて答えることができず、もじもじとしてしまう。


「そんな別にこっちは怒ってないよ。ただ割とオー……じゃなかった、その年にしては結構勉強熱心で珍しいと思ってね」


 横で聞いていたトシンはあんた何歳だよと思いつつ、空気を読んで口出しはしなかった。そしてソフィとトシンの二人がダグの回答をしばらく待っているとダグはぽつりと口を開いた。


「……外交官になりたいんです。戦争が終わって、色んな国に行けるようになったから、自分の足で様々な国に行って働きたいんです」


 ダグの回答にトシンは感心して声をかける。


「立派なもんだ。僕はそんなちゃんとした思いを持ったことはないな……」


 二人は感心していると、周囲に複数のオークが集まってきていた。


「おう! ダグ! またお勉強かぁ?」


 周りに集まってきたオーク達を見て、ダグは本を書き集めると席を立った。


「ぼ……僕、これで失礼します。店の手伝いをしないと……」


 立ち去ろうとするダグを周囲のオーク達は肩を掴んで止める。


「おうおう! 別に俺たちゃ何にもしてねえだろうが。もうちょい勉強してけよ」


「で……でも……」


「俺たちの言う事が聞けねえってのかよ」


 ダグに凄むオーク達にソフィとトシンはため息をついた。またこの手の輩か、と。ソフィは立ち上がると、ダグの肩を掴むオークの肩を叩いた。


「はいはいそこまで。それ以上やるとある事ない事言い含めて、しょっ引いちゃうよ」


 ソフィに肩を叩かれたオークはソフィの胸倉をつかむ。


「んだてめえ!」


 騒ぎを聞きつけ周囲の者たちが立ち上がるが、ソフィはそれを抑えた。


「あー大丈夫大丈夫。……ま、”これくらい”かね」


 ソフィは男の手を離すと、はだけた胸回りを整える。


「……あんたたちもこんな目立ったところで喧嘩する度胸はないでしょ? 私に手を出してもいいけど、その時は速攻で衛兵さん呼んでくるから、“魔王様の秘書”に手を出したら、終身刑じゃ済まないよ」


「魔王様の……秘書……まさか、あの人間の……!」


 ソフィの正体に気づいたオークはビビりながら後ろに下がっていく。その様子を見てソフィは呆れて指摘した。


「人間がそもそもこのアスクランに何人いるかってレベルなのに、その情報知ってて私とそれを紐づけられないかね。ほら、散った散った」


 ソフィが手払いすると、オーク達は不満そうな表情を浮かべながらではあるが宿から出て行った。そして彼らが全員出ると、ダグは申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません……ありがとうございます」


「別にいいってこと。……なんでちょっかいかけられてたのかは……まぁ想像がつくけど」


「……はい。僕、仲間の中でも身体が小さくて……。弱いのに訓練しないで勉強しているから……」


 ソフィはトシンと顔を合わせる。トシンはバツが悪くなり、目をそらした。そしてソフィはダグの肩を叩き、励ますように言う。


「な~に。君のその姿勢は間違ってない。身体が小さいのに、相手の土俵で立ち向かうことはないからね。……にしてもいい出会いだった。今日は君に会えて良かったよ」


 ソフィの言葉の意味がわからないまま、ダグは礼を言う。


「……? はい、こちらこそありがとうございます」


「本当に“いい出会い”だった」


 ――これで種は蒔き終わったな。あとは明日の“アレ”に備えるだけだ。ソフィは心の中でそう思っていた。本当に幸運だった、と。


× × ×


 次の日の朝、ザボーの屋敷にソフィとトシンの二人は来ていた。応接室には通されず、屋敷の前にザボーはおり、周りにはハーピーの使用人では無く屈強なオーク達が数十人とおり、ソフィとトシンはいつの間にか囲まれていた。


「な……なんなんです一体?」


 異様な雰囲気にトシンは怯えながらソフィに尋ねるが、ソフィは半ば想定していたといわんばかりにため息をつき、ザボーに言う。


「ザボー殿……。これはそういう返事と捉えていいのだな?」


「ええ、秘書官殿。これが私たちの答えです」


 これあれと具体的な言葉が交わされない会話に、トシンは更に怯えて質問した。


「わ…わかるように説明してください! 何が起こってるんですか!」


「ああごめんごめん。まあ説明するとね、ザボー殿は昨日私たちが出した提案を飲めないって言ってるんだ……。大人しく引き返してくださいとな」


 ソフィの言葉を聞き、ザボーは悲しそうな表情を浮かべながら言う。


「申し訳ございません。……ですが話し合いの結果、どうしても飲むわけにはいかないと。……やはり我々オークは“いくさ”を華とする種族。土木工事などに体よく使われるのは、種族の誇りとして我慢ならんのです」


 ザボーは身振り手振りを駆使し“おおげさ”に説明するが、その様子を見てソフィはおかしくなって腹を抱えて声を噛み殺しながら笑っていた。


「ク……ククッ……ククク……」


「……秘書官殿」


 様子がおかしくなったソフィにザボーが尋ねるが、あくまでソフィは態度を崩さない努力をしている――というポーズを行いながら、やはり笑いをこらえきれずにいた。


「ああ……ククク……すまないザボー殿」


 ――商売人が。ハナから飲む気は一切なかったでしょ。飲む気ならあそこで私を一回外させず、他のオーク達に説得させるとか話し合いに参加させるとかあったはず。それが無く決断を先延ばしにしたということは、どれだけゴネられるかを身内で話し合っただけ。


「そうだな……だとしたらこちらも提案がある」


 ソフィはあくまでそれを外には出さないように――だが対面のザボーにだけは伝わるように話した。


「オークの種族としての誇りは理解させていただいた。なら私たちもあなた方の流儀に沿って話を進めさせていただきたい」


 ソフィは横にいるトシンを指さした。


「私のお付きであるこのトシンと、そちらの代表者1名を決闘させて、勝った方の言う事を聞く。……これでどうだ?」


「うえっ!?」


 いきなり自分を指名されたトシンは慌ててソフィを見る。そして嫌な空気――そして匂いが周りから漂いはじめそちらを見ると、周囲のオークが殺気だってトシンを見ていた。


「ふざけてんのか貴様―!」


「魔王様の秘書だからって、俺らをなめてんのか!」


「この人間風情が!」


 周りのオーク達がソフィに様々なヤジを飛ばす。おろおろするトシンをよそにソフィは話を続けた。


「もしあなた達が勝ったなら、あなた達の要求を何でも聞いてあげる。もしトシンが勝ったなら……そうね、あの宿屋の子、呼んできてもらえる?」


「宿屋の子……?」


 思い当たる節が無いザボーはソフィに尋ねた。


「そう。確かダグ君、だったかな」


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