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「い……いやいや! 急に軍隊辞めろって言われたって! 僕だって仕事がありますし!」
ソフィからいきなりクビを宣告されたトシンはソフィに問い詰めるが、ソフィは疑問を浮かべた表情でトシンに言う。
「え? でもさっき君の隊長に聞きに行ったら二つ返事で了解をもらえたけど」
その言葉を聞いてトシンががっくりと肩を落とした。自分が軽く見られているのはわかっていたが、そこまで全く期待もされてなかったと思うと堪えるものがあった。
「我が家の家訓に“力及ばずもの、知恵で巨人を倒す”ってのがあってね」
そんなトシンを見かねて、ソフィはトシンに言葉をかける。だがトシンは半泣き状態で顔を上げ、ソフィに尋ねた。
「……その心はなんでしょうか」
「私が君を見込んだのはただ知り合いだったから、とかいじめられてそうだった、とかじゃない。そもそも私はそんな慈善家でもないしね」
ソフィは右手に嵌めていた指輪を外すと、指で弾いてトシンの顔にぶつける。
「いてっ!?」
トシンは顔にぶつかった指輪を何とかキャッチして、それをじっくり見ると、それはトシンがソフィと出会った頃に色々とあったあの金の指輪だった。
「……私がここに来てからわかったのは、割と力が全てって考えが根強いのよねこの国。見ての通り私はか弱い女の子で、君も知っている通り体力は人並みどころか結構弱っちい方に入る」
――見た目女の子って言うほどか? とトシンは呆れるが、その内心を見透かされていたのかソフィはトシンの脳天にチョップを入れる。
「オホン! ……まあ何が言いたいかというと、私はむしろ頭脳面で何とかするタイプなの!」
チョップされた頭を抱えながらトシンはソフィにツッコミを入れる。
「頭脳面って言うならいきなり人の頭にチョップ入れないでください……」
「ウダウダ言わない! ……まあなんにせよ、私が君を補佐官に任命したのはそういう事。大分見込みがあると踏んだから兵士として使い潰すのではなく、私の手伝いで使い潰させてもらう事にしたわけ」
「使い潰すって……」
「それに……」
ソフィはトシンから貰った杖を手に取りながら言った。
「君の杖、使いやすかったよ。これは命令系統にない君の心遣いってやつでしょう。……ならそれに応えてあげないとね」
ソフィは背筋を伸ばし、ピシッとした態度でトシンに言う。
「ソフィ・ガーランド魔王付秘書官がトシン・トラバールへ命じる! 只今をもって、トシン・トラバールは秘書補佐官としてソフィ秘書官に付き従うように!」
急に真面目な態度になったソフィに合わせるように、トシンも背筋を伸ばして答えた。
「ハッ! ソフィ様!」
トシンの返事にソフィは満足げな笑みを浮かべる。
「よし。……さっき渡した指輪、君に預けとくわ。大事なものだから決して離さずもっておくように。いいわね」
「は……はい!」
緊張しながらの回答だったが、同時にトシンは心の中でこう思っていた。――今まで故郷にいた時からもずっとそうだったが、身体の小ささで周囲から見下されてきた。だがこの人は違う。僕を同じ人――“人間”として対等に扱ってくれている。
× × ×
翌日、ソフィとトシンは隊から離れ、別行動を取ることになった。――そしてトシンは早速、昨夜の自分の考えを後悔しはじめていた。
「…………ソフィ様?」
「ん? どうかした?」
トシンはソフィの荷物も含め全ての荷物を持たされながら、不満を口にした。
「僕が荷物全部持つんですか……」
「そりゃあそうでしょうよ。私の補佐官なんだから」
「もしかして荷物持ちが欲しかったとかじゃないでしょうね……」
トシンの指摘にソフィは若干の汗を流しながら顔を背けた。
「さ……さ~てね何のことやら……。あ!あそこにリスがいる!」
「話題変えるの下手すぎでしょう!?」
トシンは呆れながらもソフィについていった。――そして今度は30分後には街道を歩くよりも体力を使うことを考慮してなかったソフィを背負う羽目になった。
× × ×
そんなこんなで2時間近く歩き続け、ソフィたちはようやくオークの里に到着した。ソフィはオークに対する印象や周りの話から、あばら家だらけの遅れた未開民族のような集落を想像していたが、実際見たものは大きく異なるものだった。
「あれ……? 案外しっかりしてる……?」
ソフィは思わず呟いた。木――ではなく“木材”と呼ぶべき材料で建てられた家はしっかりとした作りになっており、オークは略奪が基本と聞いていたが、町の中にはいくつもの店がありどれもきちんと機能していた。カフェもありそこではオークとキツネ型の獣人の女性が仲良く談笑している姿も見える。おもちゃ屋の前で異種族の子供を連れた母オークが子供のおねだりを聞いている姿まであった。
「オークの集落は自分も初めて来ましたが……。いたって普通ですね……予想以上に」
トシンは呆気に取られているソフィの表情を見て、同様の感想を持った。種族ごとの犯罪率の高さの割には、里の中は平和そのもののように見えた。――だが。
「それでも……私の存在は受け入れがたいようね」
ソフィが町中を歩いていると、やはり人間であるソフィに怪訝な目を向ける者が多く存在していた。アスクランの秘書官の服を着ており、(クビになったとはいえ)兵士の恰好をしているトシンが隣にいることもあり、あからさまに実害を受けることはなかったが、女一人で歩いていたらどうなるか――はソフィは想像するのを辞めた。
そして集落の奥まで進み、一番大きい屋敷を見つけソフィたちはその屋敷へと向かう。情報通りであるならそこが目的地だからだ。そして屋敷の目の前に着くと、そこには一人のハーピーの女性が一礼をしてソフィたちを迎えた。
「お待ちしておりましたソフィ秘書官殿。里の長であるザボー様の下へご案内致します」
どうやら屋敷の使用人であるようだった。ハーピーに連れられ、ソフィたちは屋敷に2階へと上がっていく。屋敷の中には絵画や花が飾られ、金持ちの屋敷としての体裁が保たれていた。
「驚いたわね、まったく……」
ソフィは屋敷の内装を見てそう思うしかなかった。ここまでとはリズロウからも話を聞いていない。これだけの文明が発達しているのなら、実情がわかればもうオークを野蛮一辺倒で貶める者はいないだろう。――だがソフィは別の懸念が生じていた。
「ソフィ様どうしました?」
足を止めて考え事をしていたソフィにトシンは心配して声をかける。自分が足を止めていることに気づいていなかったソフィは慌てて足を動かした。
「あ、ごめんごめん。ちょっと……ね」
――マズいな。ソフィはそう思っていた。これは予定を大分変更する必要が出てきたと。恐らくオークが労役を受けたがらない理由は、ミスティやリズロウの考えの別にあるとソフィは直感していた。だが考える時間も間に合わず、ソフィたちは里長の応接室の前までたどり着いてしまう。部屋の扉が開かれると、中には一人の年配のオークが立っており、一礼をしてソフィたちを出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました秘書官殿。私がこの集落の長であるザボーです。……こちらにおかけくださいますでしょうか」
ザボーはソフィと――事前に話に無かったはずのトシンの分の椅子まで用意していた。そして笑みが張り付いたザボーの顔を見てソフィは確信する。――こいつは“商売人”だ、と。