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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第3話 八方美人さがヤバい女秘書
11/76

3-3

 夜が明け、行軍がまた始まるがソフィの負担は昨日程ではなかった。トシンから貰った杖が思った以上に効果があり、素直にトシンの気遣いに感心していた。そして行軍についていきながらソフィはこの隊の全体的な様子を確認していた。


 昨日のトシンもそうだったが、どうやらこの軍隊は普通の軍隊以上に“上下関係”が厳しいように見えた。重い荷物を持たされているのが他の兵士に比べ弱い者が大半であり、そしてその強さとは単純な腕っぷしによるものであった。


 ただしソフィがこの風習をどうこうしようと思っているわけではない。この手の事は専門外であり、アスクランにまだ来て1月である自分が何も言える立場ではないからだ。それにこのくらいは人間の方だってよくあることである。しかし、ソフィには引っかかることがあった。


× × ×


 2日目の行軍を終え、トシンは他の隊の仲間と炊事を行っていた。炊事に従事しているのは自分と同じくあまり体格が良くない隊の者たちであり、そしてそれぞれが特に仲が良いわけではなかった。


 トシンはこういう集まりこそ集結すべきだとは考え最初は動いていたのだが、どうやら人は落ちぶれると更に下の者を虐げようとするらしい。互いに互いの弱みを見つけ出そうとしており、全くそのような雰囲気には持っていくことはできなかった。そんな中、トシンを呼ぶ声が休憩中の隊の中から聞こえてくる。


「トシン! 聞こえるかトシン!」


「は……はい! ライズル隊長! 今行きます!」


 自分の部隊の隊長に呼び出されたトシンは一度仕事の手を止め、隊長の下へと向かう。リザードマン型の魔人であるライズルはトシンが目の前に来るとその顔面を引っぱたいた。


「遅い! さっさと来ないか!」


 いきなり引っぱたかれる形になったトシンは何とか踏みとどまる。


「す……すみません……」


 そんなトシンの様子を見て隊の連中はゲラゲラと笑った。ライズルもそれを止めるそぶりすら見せなかった。代わりに面倒くさそうにトシンに命令する。


「あの人間の女の秘書官殿がお前を呼んでいる。さっさと行ってこい」


 思ってなかった命令にトシンは質問をしてしまう。


「ソフィ様が……!?」


 だがその態度が気に食わなかったライズルはトシンを蹴り飛ばした。


「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと行ってこい!」


 蹴り飛ばされ地面に叩きつけられたトシンはライズルを睨みつけながら返事をする。


「わかりました……!」


 トシンは立ち上がりソフィの下へ向かおうとするが、そんなトシンを周囲の者は囃し立てていた。


「おいトシン! あの人間様の下へ行くんだってな!?」


「こっちに戻ってくるときはちゃんと身体洗えよ? 人間臭くて仕方ねえからな!」


「それとも何か? あの秘書官殿に優しく抱きしめてもらうか?」


 トシンはそれらの言葉を全て無視して歩いていく。だがある言葉が耳に入ってしまった。他の言葉と同じように無視すればよかったが、その言葉だけはどうしても見過ごせなかった。


「しっかし人間の女なんぞを秘書官様として扱わないといけないとはねえ。どうせ魔王様にその身体でも差し出したんだろうがな」


「……なんて言った?」


 トシンはソフィの天幕へ向かう足を止め、その言葉を発した者をところへと向かっていった。オーガ型の魔人の男でトシンよりも遥かに背丈は上だった。――だが今は油断ぶっこいて地面に座っている。


「なあ……なんて言った?」


「あ? トシンてめえ……ブッ!!??」


 トシンは相手の返事を待たずに顔面に蹴りを入れる。だがトシンの力では相手をのけぞらすくらいしかできない。――しかしトシンもそれはわかっていた。


「なんて言ったかって聞いてんだよ!」


 トシンは足を止めずに追撃しようと全体重をその男に乗せて身体を倒す。そして近くの薪を拾いその男の顔面を薪で殴りつける。


「お前にソフィ様の何がわかるって言うんだよおい! 言ってみろよ!」


 ――だが結局は無意味だった。オーガの男はトシンの攻撃を軽くいなすと、トシンの腹を強く叩き、その身体を弾き飛ばす。トシンはダメージに耐え切れず脂汗を大量に流して地面に蹲った。


「てめえ……! ぶっ殺されてえのか!」


 オーガの男は本気でキレており、周りもそれを囃し立てた。トシンの味方はおらず、この場でトシンが死ぬまで殴られても止める者はいない。本来止めなければならない隊長であるライズルも止めるそぶりすら見せなかった。――それでもトシンは謝ることをしなかった。


「ぶっ殺してやる……!」


 トシンは立ち上がることもできずにいたが、目だけはその男に向けていた。そしてオーガの男が拳を振りかぶったとき、この場にに使わない女性の声が鳴り響いた。


「おらあ! 何してるのあんたらは!」


 その声を聴いてオーガの男は拳を止める。


「秘書官……殿」


「私のトシンを呼べという命令がいつまでも達せられないから、私自身が来たんだが」


 ソフィだった。トシンがいつまで経っても来ない事を心配し、結局自分でトシン連れ出そうとこちらに向かってきていた。いじめが蔓延る軍隊でも、上の者には絶対という“ルール”には逆らえない。魔王の側近というこの場の誰よりも位が高いソフィはそのルールを活用し、倒れているトシンを担ぎあげる。


「ほら、さっさと行くよ」


「ソフィ……様……」


 トシンは涎に塗れた口周りを拭き、ソフィから離れて一人で歩こうとするが身体がうまく動かない。そんなトシンをソフィは微笑みながら支える。


「ったく……上司である私が肩貸してやってんだから、こういうのは素直に受けるのが部下の礼儀ってもんなの」


「すみません……」


 周りからの好奇の目線を受けながら二人はソフィの天幕へと向かっていった。


× × ×


 トシンを引きずりながら天幕に着いたソフィはトシンの治療をしてやった。ただソフィは魔法の類は一切使えないので、軽い消毒や身体を拭いてやる程度しかできなかったが。


「全く……イジメが絶えないわね軍隊ってやつは。ま、これは魔人も人間関係ないか」


 トシンの治療を終えたソフィはトシンに暖かいお茶を出してやった。トシンは何も言わずにお茶をすすり、深く息を吐く。


「すみませんでした」


「…………? なんで私に謝るの?」


 ――どうやら喧嘩の発端は見られていないようだ。トシンは少しホッとした。しかしなぜ自分はあんな行動をしてしまったんだろう。トシンは自分自身よくわからなかった。今まであんな喧嘩をしたことも無かったのに。


「……いえ。別に。……それで僕はなぜ呼ばれたんですか?」


 トシンは誤魔化すために自分が呼ばれた理由をソフィに尋ねた。


「そうね。じゃ、単刀直入に言いますか。……君、軍隊クビね」


「ハアッ!!!???」


 予想だにしない言葉にトシンはびっくりして声が漏れてしまう。そしてその後にソフィはニンマリとしながらトシンの肩を叩いた。


「代わりにこれからは私の補佐を務めてもらうわ。まずは、私とオークの里に一緒に行くこと。いいわね?」

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