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魔人の国の色んな意味でヤバい女秘書  作者: グレファー
第1話 魔人の国にやってきたヤバい女秘書
1/76

1-1

 アスクラン王国城下町中心部。人通りが活発なこの区域では多くの商いが行われ、多くの人の往来があった。――いや、人という言い方には語弊があるかもしれない。


 彼らは“人”というには余りに異形だった。比較的人に近い犬型の獣人や、ゴブリンの姿をした者もおれば、人としての面影を僅かに残す程度のリザードマンなど雑多な姿をした者たちが殆どであり、普通の姿形の“人間”はこの国にはいなかった。


 そんな中、ただ一人の“人間”の女性が街を歩いている。恐らくこの街に初めて来たのか、辺りの光景を興味ありげに見回していた。周囲はそのただ一人の人間を怪しむような目で見る者が半分と、忙しなく動いておりそんな事に気にしてられない者が半分といった具合で、その女性は野次馬に囲まれるといった事はなかった。


 しかし、辺りを見回して注意力が散漫になっていたのか、後ろから来た群衆にぶつかってしまい、体格差もあって弾き飛ばされてしまう。そして倒れそうになった時、毛で覆われた腕が女性の腕を掴み、その身体を支えた。


「大丈夫ですか?」


 女性の腕を掴んでいたのは犬型の獣人の少年だった。


「いててて……ごめんなさい」


 女性はその手を有難く掴みながら立ち上がる。少年はその女性を見て息を飲んだ。綺麗な長い金髪の髪に、整いながらも非常に女性的な魅力溢れる体型、そして明るいながらも妖艶さがある表情をしており、女性が立ち上がると少年は慌ててその手を離して、目線をそむけた。


 そして目線をそむけたことで、辺りに物が散乱してしまっていることに気づいた。近くに中身が抜けてしまっている荷物袋があり、どうやら散らばっているそれが女性の荷物だということがわかった。


「……それは旅の道具一式ですか? 随分重そうですね」


 少年は散乱した荷物を集めると、女性の袋の中に入れるのを手伝った。


「もしよろしければ持つの手伝いましょうか? どこまで行かれます?」


 少年の提案に女性は回答に躊躇していた。そこで少年は自分が過ぎた言葉を言っていたことにようやく気が付いた。


「あ……すみません。そうですよね。見ず知らずの人に荷物を持ってもらうなんて不用心すぎてできませんよね……」


 謝る少年に女性は首を横に振った。――まいったな、これじゃナンパしてるように見られるか。少年は一人恥ずかしさからか赤面していた。


「ううん。その気持ちだけで助かるわ。……しっかし随分“お人好し”なのね」


「はは……。すみません。僕もまだ“お上りさん”でして……。どうも田舎の癖がまだ抜けなくてですね……」


「ふふっ…面白い子ね。またご縁があったら会いましょうか」


 女性は手を振って少年の下から離れていく。少年も手を振って返すが、急に何者かに肩を掴まれた。


「……おい、ちょっと来てもらおうか」


 少年が振り向くと、自分より一回り大きい背丈を持つ狼型の獣人が、下卑た笑みを浮かべて少年を見ていた。少年が抵抗せずに連れてかれるのを離れていく女性が気付くと、まず周囲を見渡した。――なるほど。“そういうこと”だったか。


× × ×


「だからよお!お前さん俺っちの宝石を盗もうとしただろうが!」


 狼型の獣人の宝石商の店主は、目の前にいる犬型の獣人の少年を問い詰めていた。


「そんなことしてないよ! 僕は今ここを通り過ぎただけだ!」


 彼の名はトシン。先ほど女性と話していた通り、彼もまた遠くの故郷からアスクラン城下町に“上って”来たばかりであり、都会慣れをしていなかった。――言ってしまえば“カモ”でしかない存在だった。


「ほーう…じゃあお前の身体を調べさせてもらおうか。それで何も出なかったら信用してやろうじゃねえか」


 トシンは店主を訝しむような目で見るが、渋々頷いて答える。


「ああ、別にいいよ」


 トシンの返事を聞くと、店主の笑みはますます大きくなった。まるで本当に商品が盗まれたのなら、浮かべないような笑みだった。


「なるほど……じゃあまず……」


「はいストーーップ!!」


 トシンの服に手を伸ばそうとする店主の動きを、突然の声が遮る。


「ちょっとそれ待ってもらっていいかな~」


 トシンはその声の主の方を向くと、そこには先ほどの女性がトシンと店主の間に割って入っていた。動くたびに綺麗な長めの金髪がなびき、いい匂いがトシンの嗅覚を刺激した。


「なんだぁオメエ!? 邪魔すんじゃ…!」


 店主は怒りながら女性に詰め寄ろうとするが、女性はその機先を制して店主の目の前に手を出した。


「だから待ってって言ってるじゃない。私もこの子に用があんのよ」


 女性はトシンのズボンの右ポケットに手を突っ込み、もぞもぞと何かを探る。そしてポケットをひっくり返すと、何か指輪のようなものが地面に落ちた。


「あっ! やっぱあった~!」


 女性は地面に落ちた指輪を拾いあげ、天にかざしてその輝きを確認するように見る。トシンはポケットに入れた覚えが全くない指輪が出てきたことにただ困惑するしかなかった。


「さっき荷物落としちゃったときに失くしちゃってたのよ~。君が拾ってくれてたんだね。どうもありがとう」


 女性はトシンの手を握るが、トシンは状況が理解できずに何も反応することができない。そんな様子を見て、店主はさらに声を荒げて女性に詰め寄る。


「だからお前はなんなんだよ! 今は俺っちがコイツと大事な話をしている最中なんだ! さっさとどけ!」


「あ~はいはい。さっさとどうぞ」


 女性はトシンと店主の間から離れると、店主はトシンのズボンの左後ろポケットをまさぐる。


「俺っちの“カン”ではお前はここに……あれ?」


 店主はトシンの服をなぜか“あるはずのものがない”とばかりにまさぐる。


「な…ない…!?」


 あまりに執拗にまさぐられたトシンはいい加減不愉快になり、店主の手を払いのける。


「だから言ってるじゃないか! 何も僕は取っちゃいないって!」


 トシンからの反論を受けた店主は女性の方を見る。


「そ…そうださっきの指輪! あれ見せてみろ! もしかしたらあれが……!」


「はいはいどうぞ」


 女性は店主に持っていた指輪を渡すと、店主はルーペを取り出し指輪を確認する。そして店主がその指輪の鑑定に集中している間、女性はトシンに目を合わせた。


「シーッ……」


 そして右の人差し指を口に当てて静かに、というジェスチャーを向けると、左手から何かを取り出す。それを見てトシンが愕然とした。


「それは……!?」


 エメラルドが彩られた高そうな指輪だった。女性はそれを鑑定に集中している店主のポケットにそっと忍ばせる。


「……くそっ! これはウチの商品じゃねえ! ほらよ!!」


 店主は荒っぽく女性に指輪を返し、女性はその指輪を黙ってはめなおす。


「ちくしょう……俺っちの指輪はどこに……!?」


「おおかた自分が持ってることに気づいてないだけなんじゃないの? 例えば“ズボンの左後ろのポッケ”とか」


 その女性の言葉に店主は目を見開き、恐る恐る自分のポケットを探った。そして左後ろのポケットに手を伸ばした時、店主の顔に脂汗が浮かんでいた。


「ということで問題は解決したようで。君……えーと名前は?」


「あ、え、……えーと、トシンです。トシン・トラバール」


 トシンの名前を聞いた女性はにっこりを笑顔を浮かべた。


「トシン君ね。私はソフィ。ソフィ・ガーランド。私の指輪を拾ってくれた礼がしたいから、少しお茶でもしましょうか。その辺のお店、案内してくれる?」


「は…はい!」


 ソフィとトシンはその場から駆けていくように離れていった。その場に置いてかれた店主は震える手で左ポケットから指輪を取り出す。――あの女、一体何者だ?

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