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中編


 恋をすれば、同時に恋をしてもらえると何故信じ込めるのか。愛し愛されるのは両想いの後の話であって、片思い中の人間には適応されないと知って欲しい。


「はっきり言います、彼女があなたに兄以上の感情を持っていませんし、これからも抱く事はありません」


 ダイヤが暴走を始めてから……いや、始める前から、ルワーナは一度たりともダイヤに恋愛感情を抱いているなんて言っていない。勿論家族として、兄に対する情はあっただろうけれど、それも最近の兄を越した過保護と過干渉に嫌悪感へと変更されてきていた所があった。婚約者を蔑ろにする阿呆な兄の謝罪と一緒に、何度か相談されたほどだ。


『兄が、私を想ってくれるのは嬉しいんです。大切にされている事も、分かっています……それなのに、それを純粋に喜べない。そんな風に思ってしまう自分が、嫌なんです』


 あんなにも大切に、過剰なくらい大事にされておいて、不快感を覚えるなんて最低だと。泣きそうな顔をしていたルワーナは、思い出すだけで辛くなってしまう。そんな健気な妹の想いを踏み躙ったダイヤに対する嫌悪は増し増しだが。

 というか、妹に気持ち悪がられるレベルとは、色々と問題だし本当に気持ちが悪いこの男。気持ち悪いがゲシュタルト崩壊しそうな気分になって来る。これはさっさと核心を突いてルワーナを保護してあげないと色々と心配だ。ジェミニ達とそう歳の変わらないルワーナも、近い内に婚約者を決める手筈になっていた。ダイヤが面倒な事になるのが目に見えていたので、水面下での進行ではあったが。まさか想定をはるかに超えた暴挙に出るなんて思っていなかったけれど。


「そうやってお前はいつも、ルワーナが心優しく淑やかなのを良い事に勝手な物言いをしていたな。自分が選ばれなかったからといって、見苦しい」


「あなたに選ばれるくらいなら動物園の猿と結婚した方がずっと優秀な遺伝子を残せるでしょうね。ご自身の滑稽さを認めたくないのは勝手だけれど、一人芝居にいつまでも付き合っていられないの」


 というか本当に、欠片も、ルワーナに想われていない可能性を考えていなかったのか。脳の構造はどうなっているのか、是非解剖でもされて調べて頂きたい次第だ。眉間に皺を寄せたダイヤが、一歩こちらに近付く度、ジェミニの腕の中にいるルワーナの震えが強くなる。それが見えていない訳でもないだろうに、歓喜に震えているとでも思っているのだろうか。それとも、信じられないと感激しているとでも?

 至近距離でその顔を見ているジェミニからすれば、一から百まで恐怖と嫌悪と不快に脅かされている様にしか見えない。兄が自分を女として見ていた事も、こんな場所で大々的に告白された事も、婚約破棄なんて事態になってしまった事も、ルワーナのせいでない事がいかに明白だろうと、本人にとっては重く圧し掛かる物がある。

 後は単純に、好きでもない相手にドを越した好意を向けられ、ましてや想い合っている妄想まで繰り広げられたら、誰が相手でも普通に気持ちが悪い。まして兄だと思っていた相手が、だなんて。鳥肌にプラスして虫唾が走る。


「……本当はこんな所で言いたくはなかったのだけれど、仕方がないわね。ルワーナ、ごめんなさい」


「え……?」


「レオン、いるのでしょう」


 レオンの名に、腕の中でルワーナの肩が小さく跳ねる。こんな場面であっても、思わず反応してしまうのは、恋心の可愛らしい所かもしれない。厄介に厄介を重ねて更に煮詰めたみたいな男が暴走しているので、嫌なイメージになってしまっているが、本来真っ当な恋愛模様とは可愛らしく美しい物だ。

 皆の視線が一斉に、同じ所に集まった。その先では、寒色を纏った端正な顔立ちの男が──膝に手を付いて肩を弾ませていた。


「ちょ、待って……走ってきたから息が」


「何とも締まらない登場ね。格好が付かないわよ?」


「急いで戻ってきた弟に労いはない訳?」


「私の為に戻ってきた訳ではないじゃない」


「それはそうだけど。ナイスタイミングだったでしょ」


「それはそうね。もう少しで私が勝手に暴露している所だったわ」


「人の大舞台邪魔しないでくれる?」


 真っ青な髪に、水色の瞳。どことなく冷たさを連想する美貌も、姉であるジェミニとよく似ている。昔は双子に間違われるほど瓜二つだったが、今は男女の差以前に表情の作り方が正反対だ。鉄仮面と称されるジェミニに対して、弟のレオンは人懐っこく、コロコロと表情の変わるタイプだった。多くの人はその明るさに集い、レオンはいつも人の中心にいた。

 ジェミニや一番上の兄から見ると、笑顔で人の懐に入りながら、腹の底では何を考えているか分からない様な奴だが。共に育った姉弟、性根が腐っていない事は知っている──少なくとも、ダイヤよりは。


「ルワーナ、大丈夫?」


「ぁ、え……なん、何で」


 訥々としながら必死に言葉を紡ごうとするルワーナに、レオンはいっそわざとらしいくらいに完成された笑顔を向けた。ジェミニにしがみ付いた両手が、先程とは全く別の意味で震えたのが分かった。チラリと視線を向ければ、大きな目を真ん丸く見開いて、頬がいつもより紅葉して熟れた林檎の様になっている。


「遅くなってごめんね。色々と手続きに時間が掛かっちゃって……まさかこんな事になるとは思わなかったんだ。本当ならもっと最高の場所で相応しい言葉を伝えるはずだったんだけど」


 眉根を顰めて、困った様な表情を浮かべるレオンに、ジェミニは何とも苦い感情を抱いた。身内だからこそ、その表情と言葉の裏にあるものが透けて見えてしまう。レオンが嘘をついている訳ではないのだけれど、ルワーナの前で猫を被っているのは明白だ。殊勝な表情をしているけれど、お腹の中はダイヤへの怒りで煮え滾っているだろうに。


「先程正式に了承を貰って来たんだ。──君と俺の、婚約について」


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