第三話 【仁香】
「香賀詩せんぱ~い、この書類って誰に渡せばいいんですか?」
私が集中して、資料の整理をしている最中に、
ニコニコと私に言い寄ってくる後輩。
この会話はもう何度もしていて飽き飽きする。
「あのねぇ美野ちゃん、何度も言ってるけど私をパシリとして使わないで?」
この子はこんな可愛い顔をしている癖に、先輩である私をパシリにしている。
最初の頃は本当に分からないと思ってたから聞いてあげていたけど、
時間が経つにつれて、そのお願いが嘘だと気付いた。
「ニシシ、バレちゃいましたかぁ!」
頭を掻いてケラケラと笑う。
不器用な私にはできない笑顔。
少し羨ましいとも思う。
自分が思っている感情を素直に伝えることなんて、
私には到底できっこないから。
「笑い事じゃないわよ...ほら、ちゃちゃっと部長のところに行ってきなさい」
彼女の背中を、せっせと作業をこなしている男性の方に押す。
むむむ...この感触は...
私は、彼女の背中から肩に滑らせるように手を動かす。
この子に一つ確認したいことができた。
私は、この子の笑顔とは違い、固まりまくった表情に変え、耳元で。
「美野ちゃんって...ノーブラ?」
彼女の背中を触っていて、硬い感覚が一切なかったため、
くだらないことだけど確認しておきたかった。
それに対して彼女は、ぷるぷると体を震わせてゆっくりと振り返り、
「はい?そうですが?何か?」
客観的に見て、平常を装っているけれども、
私の目は誤魔化せない。
「あらあら、私と同じよ~うな凝り固まった笑顔ね~うふふ」
いつもいつも先輩をパシリに使いやがって...
日頃の積もりに積もった恨みを晴らしてあげる?
「なんですか?人のファッションに自由を求めてはいけないんですか?」
先程の自身のない表情から打って変わり、
自信に満ち満ちている表情になる。
開き直りやがったか、こいつ。
「ノーブラがファッションだなんて、最近の子は面白うことを言うのね~
誰にも見せやしない貧相な〇っ〇〇なのに~」
こいつは私と違って独り身の独身。
私には隼人がいる。
それだけで天と地ほどの差があることを思い知れ、この若造め...
「私には見せる相手はいますよ?ただまだ会っていないだけです!」
両腕を腰に回し、ありもしない胸を張る。
最近の子は開き直るのが得意みたいね。
「そもそも今時の男性は大きさなんて気にも留めません!
美しさが大事なんです!」
何この子、会社内で何を言っているのかしら。
そもそも美しさって何よ、そんなの恋人ができてからじゃないと分からないじゃないの。
「美野ちゃ~ん?美しさって言うのは、形、見た目のことを言ってるのよね?」
そうすると、この子はブンブンと頭を上下に振り、
「そうです!それの何が悪いんですか?」
「それって服を着ていても分かるのかしら?」
さぁ、どう出るのかしら。
「な!?そ、それは...」
人差し指と人差し指をくっつけ合い、そっぽを向く。
今の時代にこんな分かりやすい子っているのね...
「そもそもね、魅力っていうのは何も胸だけじゃないのよ?
口調や性格、相手に対して気遣いをしたりすることによって惹かれるのよ?
でもあなたは自分が玉砕することを怖がって誰にもアタックしてないじゃない、
しかもあなたは告白されてる癖に全部振っているじゃない」
この子には確かに意識して何かをしているわけではないけど、
無意識の内に魅力を出しているから、一応狙っている人はいる。
でも全部振り払っている。
色々と自らの考えと行動が矛盾している。
「これでも誰かに惹かれるように努力はしていますよ!
でも...告白されたとしても、ものすごいくらい曖昧な表現ですけど、
いつもいつも何かが違うって思うんです、
でも、信じられないかもしれませんが、私に本当に好きな人ができたら、
私からアタックしますよ!」
はぁ...まぁ頑張ってはいるのね...
この子って意外と努力派なのかしら。
「でも、もしその好きな人が恋人持ちだったらどうするの?」
この子はたまに手段を択ばない時がある。
もちろんいいことでもあるけど、
その行動によって、誰かが傷付くときもあるかもしれない。
「私はそれでも告白しますよ、何事もやってみなきゃ分かりませんから」
「はぁ...できれば成功しないことを祈ってるわ」
この子って後先考えずに特攻するタイプね。
「というか先輩...なんで私たちノーブラから恋バナになってるんですか?」
あ、確かに。
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その後に、美野ちゃんは部長に書類を嫌そうな顔で渡していた。
...部長かわいそう。
結構真面目で仕事もできる人なのに。
なんやかんやで話し込んじゃったし、集中しないと全然終わらない...
はぁ...いくら時給が高いとはいえ仕事の量が多すぎる...
歯を食いしばって頑張らないと!
近くに置いていた缶コーヒーを一気に飲み干し、
また私は作業に取り掛かった。
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「うぅぅん...やっと終わった...」
背を伸ばし、全身の力を抜く。
長時間作業をすればするほど達成感というものがある。
まぁ度が過ぎたらなくなるんだろうけど。
とにかく今日のノルマは終了。
周りには誰もいない。
どうやら作業している内にみんな帰ちゃったのかな?
そういえば、明日は異動してくる人もいるって聞くし、
帰ってからはどんな説明をするかまとめておかないと。
パソコンの電源を切り、荷物をまとめる。
その時に、後ろからまたもやあの声が聞こえる。
「せんぱ~い、飲みに行きましょ~」
この子は会社員としては優秀な人材だけど、
先輩に対する態度がひどすぎる。
私的にはどうでもいいけど、他の人にこんな態度をとってしまえば、
私にも危害が加わる可能性がある。
まぁ多分持ち前のあざとさでなんとかするんだろうけど。
「嫌よ、今日は疲れたから帰るわ」
今はとにかく汗ばんだ体を洗いたい。
美野ちゃんの隣を過ぎようとした時、私の肩に強い圧力がかかる。
「そんなこと言わずにぃ、飲みましょうよ~
もし一緒に飲みに行ったら、明日の移動してくる人のことは...
ぜ~んぶ私に任せてもいいんですよ?」
ニシシと笑いながら、私に問いかける。
「へぇ、私に交換条件なんていい度胸してるじゃない?」
後輩からこんなことを言われるなんて思わなかったなぁ。
いいだろう、酔いつぶれるまで飲んでやる。
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「だぁいたぁい!なんでぇすかぁ!あの命令しかしてこないろくでなしは!」
ドン!とジョッキを机に叩きつけ、酔った口調で悪口を言う。
...この子どんだけ飲むのよ、もう6杯目よ...
「あぁそうだぁ!なんで先輩は私のぽぉかぁふぇいすを見破れたんですかぁ?」
焼き鳥を食べながら、私に問いかける。
相変わらず品の無い食べ方ね。
「旦那が不愛想なのよ、表情から感情が読み取りにくいの」
隼人は言葉で気持ちを伝えてくれるが、
その言葉を言っている最中の表情が薄いため、
日頃生活していると、自然と洞察力が鍛えられていた。
「え!?先輩って結婚してたんですか!?」
両手を机に叩きつけ、飛び跳ねるように立ち上がる。
目の周りが充血していて、
呼吸も荒い。
どんたけ興奮してんのよ...
「えぇしてるわよ、6年前にね」
私と隼人は高校を卒業してから結婚して、
私は大学、隼人は専業主夫になった。
「6年前!?えっと~先輩は今24歳だから...」
その瞬間、美野ちゃんの顔はびっくり人間を見るような表情で、
「18歳で結婚!?早くない!?」
「そんな驚くほどのことじゃないわよ」
お酒のつまみを口に含み、咀嚼する。
あら、これおいしい。
またこの店来ようかしら。
「えっと~、旦那さんとは結婚する以前はどんな関係だったんですか?」
さっきの慌ただしい口調は消えて、
冷静な態度で質問を私に投げかける。
「そんなの恋人に決まってるじゃない...高校の時に出会って付き合ったわよ...」
私から告白して、見事に成功して嬉しかったことは、
今にでも鮮明に覚えている。
正直に言ってしまえば、隼人は少し鈍感なのだ。
その癖に、私が隠し事をしているときはなぜか察しがいい。
「高校!?同級生!?考える限り最高のシチュエーションじゃないですか!」
あら、この子酔い覚めてるじゃない。
どんだけ人の恋バナ好きなのよ。
「旦那さんってどんな人なんですか!」
顔をぐいぐいと寄せて、詰め寄ってくる。
「まずはイケメンで~包囲力があって~なんにしろ優しい!」
隼人のことを言っていると、ついついテンションが上がってしまうことがある。
でも、私はこの表情を隼人の前では見せたことは少ない。
隼人の前だと、緊張して顔が硬くなってしまう。
結婚して6年目でまだこれなのだから、この顔を平然と見せることになるのは、
一体いつになるのだろうか。
「先輩をこんな笑顔にさせる旦那さん...あ!ちょっとお願いがあるんですけど」
そうすると、美野ちゃんはわざとらしい素振りで、
「旦那さんの写真を見せてください!」
なんだこの上目遣い...
全然キュンと来ない。
「う~ん...じゃあ~」
こんなことは頻繁に起こらないわね...
いい機会だし、ちょっと試してみるか...
「明日のノルマ2倍ならいいわよ?」
美野ちゃんの仕事量は、まだ私の3分の1程度。
でもいっつもすぐ終わってるから、育成も兼ねての2倍。
それに対して、美野ちゃんは歯をギシギシと鳴らして。
「分かりました...」
どんだけ写真見たいのよ...
私はバッグからスマホを取り出し、
隼人が映っている写真を探し、
美野ちゃんに自慢するように見せる。
「うふふ~かっこいいでしょ~うちの旦那~」
どうだ、悔しがるのか?
「え...」
その反応は私の予想とは反するもので、
箸を止め、口を半開きにしたまま、
私のスマホに釘付けになっていた。
まるで今まで体験したことのないような感覚に陥っているようにも見える。
「美野ちゃ~ん、お~い」
美野ちゃんの目の前に手を振る。
「ッ!」
全身がビクッと震え、
周りを見渡す。
あまりにも不自然だと思った私は、
「どうしたの美野ちゃん?」
それに対して、硬い笑みを浮かべ、
手を左右に激しく振る。
「いやいや!旦那さんイケメンですね!」
何その普通な意見...
「そ、それより~」
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結局、この後はずっと上司の愚痴に付き合わされた。
...私の方が先輩なのに...
「せんぱ~い、割り勘で~」
「ふざけないで、あんたの奢りよ!」
ブクマ、ポイントお願いします!
仁香の印象が最悪だったので、重点的に仁香の描写を書きました。
※この物語はフィクションです。
会話上で様々な個人(物語上の人物)の言葉がありますが、
あくまで意見なので、事実とは異なることをご了承ください。