第二話 【アルバイト】
「どこらへんだったっけ?...」
アルバイトをするために、この前の喫茶店を探しに街に来たのだが、
あまり外に出ない僕にとっては、この街の土地勘は皆無に等しい。
「えっと、えっと~...」
どうしよう、迷子になった幼稚園児みたいになってしまっている。
周りからも視線を感じる。
「あの~...なんかお困りですか?...」
「ッ!...」
全身が一瞬縮むような感覚に陥る。
ただ単に後ろから声をかけられてだけなのに。
僕は恐る恐る後ろを振り返る。
「あ、あの~迷惑ならすぐにどっか行きますけど...」
仁香が来ているようなスーツを身にまとったポニーテールの女性。
頬を指で掻きながら、苦笑いで僕を見る。
え?何?僕ってそんな変な人種なの?...
「この喫茶店に行きたくて...」
僕の目的地の喫茶店が映ったスマホを女性に向ける。
今時の店とは違い、ちょっと古めかしい雰囲気が漂っている。
「その店なら、ここからまっすぐ行って、3番目の区切りを左に曲がるとありますよ」
僕から見て左側に指をさす。
そして女性は、僕のことを見て、
「というか、ここを押せば普通に分かりますよ」
そう言って、僕のスマホの画面を触る。
そうすると画面の中央にピンが刺さり、そこからもう一つのピンまで線が引かれる。
「あ、ありがとうございます...」
「どういたしまして~」
先ほど見せた苦笑いと違って、自然体の笑顔で手を振る女性。
この笑顔を、僕はどこかで見たような気がした。
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「えっと~、新しく働くことになった香賀詩 隼人です、色々と間違えることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
あの女性に教えてもらったおかげで、アルバイト先まで行くことができた。
その後に、喫茶店の店長に挨拶をして、他の従業員にも挨拶をしている。
「ってことだから、これからよろしくしてくれたまえ!」
僕の隣に立っている、この喫茶店の店長が僕の背中をポンポンと叩きながら紹介する。
店長は僕を紹介した後に、店の奥に行ってしまう。
この静寂に包まれた空間にいるのは、僕を含めた3人。
これで店って正常に回るか?...
大丈夫かな...今更になって仁香の誕生日までに間に合うか心配になってきた...
「あ...」
僕のことを見て、茫然としている女性。
魂が抜けたような顔をしている。
「どうしました?」
僕が声をかけると、その女性は首を左右に振り、
慌てた表情で、
「いえいえ!!何もありませんよ!?」
何を慌てているんだこの女性は?
「そ、それよりまだ仕事の内容が頭に入っていないと思うので、私が教えてあげますね!」
すると、その女性は、僕の肩を引っ張る。
「ちなみに私の名前は斎条 仲美っていうんで、これからよろしくお願いしますね!」
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斎条さんからは、本当に隅から隅まで教えてもらった。
と、言っても食器洗いやトイレ掃除ぐらいしか教えてもらっていない。
だが、たったの2時間程度でこの人のことを理解した気がする。
「あ!やば!」
テーブルに置いている水入りのコップをこぼしたり、
「どうしよう...」
注文が書いている板をなくしたり、
「よっしゃ~休憩!え?違うの!?」
休憩の時間を間違えたり。
うん、仁香とは正反対のドジだな。
「もうヤダぁ...新人の前でこんな醜態を...」
椅子の上で体育座りをして縮こまっている。
なにせ、斎条さんが店長に休憩をしたいと言ったためだ。
今はもう一人の従業員の紀伊野さんが僕と斎条さんの代わりをしている。
というかこの店って結構自由だな...
「こんなこともありますよ、斎条さん...」
何故新人の僕がこの仕事の先輩を慰めているのだろうか。
こうゆうのが社会なのだろうか...
だとしたらストレスとかものすごいだろうな...
「うぅ...だって、新人の前であんなヘンテコなミスをする先輩なんて頼れますか?...」
子犬のような目で僕を見る斎条さん。
「いいえ、全然頼れません」
僕はその質問に対して、本心を告げる。
そうすると、斎条さんは涙目になり、
「もう帰りたい...」
「でも、先輩の経験とかは信頼できますよ」
接客時における営業スマイルだけは完璧だった。
僕にはあのように自然体の表情をすることができない。
そこにおいては信頼できる。
「ホント!?」
椅子から飛び跳ねるようにして、僕に尋ねる。
「はい、そこにおいては先輩のことは信頼しています」
「そこにおいては?ど~ゆ~ことか分かんないけどありがと!なんかやる気出た!」
そう言って、斎条さんは先程のおどおどとした雰囲気とは打って変わり、
明るいものに変わる。
「仲美さ~ん、そろそろ戻ってきてくださ~い」
入り口の方から、紀伊野さんらしき人の声が聞こえる。
「は~い、今行きま~す」
少し声が弾んでいるのが聞いて取れる。
「それじゃあ、食器洗いは頼みますよ?香賀詩先輩?」
小悪魔のような顔をした斎条さんは、そのまま部屋を出ていった。
「...先輩?...」
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「はぁ...疲れた...」
アルバイトの時間は、9時から13時まで。
仁香を見送った後、アルバイトが始まるまでの時間の内に家事を終わらせたかったが、
時間が足りないと思った僕は、午後に家事をすることに決めた。
「はぁ...」
アルバイトの疲労があるせいか、家事のやる気が出てこない。
今はとにかく寝たい...
僕は、久しぶりにこの日は眠れた気がした。
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