第十九話【感傷】
大量の資料が置かれている机の上に頭を乗っけている女性。
そして、それらの資料の内容はどれも面倒な物ばかりである。
首にはハート型のチョーカーをつけていている。
「ん...朝か...」
何の前触れもなく目が覚めた彼女。
時刻はぴったり六時である。
目元にはとてつもなく濃いクマがあるが、
彼女から眠たそうな雰囲気は全く感じることはできない。
「よっと、んぅ~」
椅子から立つのと同時に、体を伸ばし、ゴキゴキと音を鳴らす。
そして、彼女は一目散に洗面台に向かった。
---
蛇口を捻り、少し勢いが強めな状態まで調節する。
そして、パシャパシャと音を立てながら顔を洗う。
気分がスッキリしたところで、目を瞑りながら蛇口を逆回りに捻る。
近くにあるバスタオルを使って、濡れた顔を拭いていく。
そして、鏡に映った自分を見て、少し落ち込む。
洗面台の上に置いてある化粧水を手に取り、500円玉ぐらいの量を出し、顔全体に塗っていく。
塗ると言っても、軽く叩くイメージである。
化粧水の次は、乳液を塗っていく。
これも同じ量、同じ塗り方でやっていく。
乳液の次は、日焼け止めを塗っていく。
彼女の仕事は基本的に屋内だが、出勤中に日が当たるので、塗る必要がある。
日焼け止めの次には、化粧下地を塗っていく。
化粧下地の次にはコンシーラーを塗っていく。
このコンシーラーは彼女にとって一番大事な手順と言っても過言ではない。
コンシーラーは、だいたいの場合はシミを隠す為に使われるが、
彼女の場合は、シミではなくクマに使うようにしている。
彼女は仕事の身分上、睡眠時間が十分に取ることが出来ないため、どうしても濃いクマが出来てしまうからである。
その後も、ファンデーションを顔全体に塗り、アイブロウで眉毛を書いていく。
化粧が終わった彼女は、鏡に映った自分を見て、「よし」と頷いた。
----
「昨日作ったやつ残ってるかな?...」
コンロの上に置いてある鍋の中を見てみる。
中には、冷めきった味噌汁があった。
具材はかなり少なめで、わかめしか入ってない。
コンロの火力を中火程度まで上げ、温めていく。
味噌汁が温まるまでの間に、冷蔵庫にあるねぎ入りのタッパーをテーブルに置く。
そして、食器棚から中くらいのお椀二つと長方形の食器、あとは箸を置く。
「...さすがに足りないか」
あと数分でできるであろう朝ごはんを想像した心は、
あまりにも少なすぎる献立が目に見えて、もう一つ追加しようと思った。
「あ、あった」
長いこと-18℃以下の環境で過ごしたであろうホッケを手に取る。
これを献立に追加すれば、栄養も少しは良くなるだろうと心は思った。
心は、さっき想像した朝ごはんにホッケを加えてみたが、やはりみすぼらしいことには全くもって変わらなかった。
ホッケをグリルに入れて加熱させる。
こうして準備をしている内に、味噌汁の方がある程度温まって来たので、火を止める。
テーブルに乗っている中くらいのお椀に、味噌汁を入れていく。
湯気が少し出るようなところまで温めることができたので、
心は内心でガッツポーズをした。
心は熱い物が得意ではなく、いわゆるに猫舌だった。
本人は、
「普通の人と猫舌の中間の真ん中の猫舌より」
と主張しているが、結局は猫舌である。
味噌汁が入ったお椀をテーブルに置き、
その隣にある同じようなお椀を手に取る。
それには、二日程前に炊いた白米をよそっていく。
もちろん炊き立ての雰囲気など微塵もなく、
温める前の味噌汁の雰囲気に似ている。
白米が入ったお椀をテーブルに置く。
「そろそろかな」
グリルを手前に引っ張り、加熱後の味噌汁と同じような雰囲気のホッケを長方形の食器に乗せていく。
そして、その食器をテーブルに置く。
こうして、やっと心は椅子に座ることができた。
所要時間は約10分。
「あぁ、すっかり忘れてたや」
並べられた食器の片隅にある、ねぎ入りのタッパー。
タッパーの蓋をを開け、中にあるねぎを味噌汁の上にかけていく。
これは、隼人の家に遊びに行った時に、隼人が教えてくれた小技みたいなものだ。
あの時から、何故か自分で作るときには必ずねぎを入れるようになった。
正直に言ってしまうと、大きく味が変わることはない。
ただ単に飲む時の風味に辛みがあるぐらいだ。
でも、何故か癖になって、ずっとずっとこの小技を使っている。
私はこの風味に魅了されているのか、
それとも隼人との記憶に魅了されているのか。
理由はわからない、でもそれでいい。
今はまだそのままでいい。
いつか変わって見せるから。
----
歯を磨いて、身だしなみを整える。
そして、今日も私は隼人とのツーショット写真に向かって、
「行ってきます」
と言って、家を出ていった。
----
「佐鳥先生、次の患者さんが来ますよ」
近くにいた看護師がそういうと、目の前の扉が開く。
「失礼します...」
小学生ぐらいの子供と、30代半ばの女性が手を繋いで部屋に入ってくる。
子供の方は、少し体格が大きめで、目つきは鋭い。
「どうぞ」
無表情で目の前にある椅子に誘導させる。
女性の方は椅子に座り、子供の方は、先程近くにいた看護師の方に歩いて行った。
「今日はこれで遊びたい」
子供は、床に置いてあったおえかき帳を指す。
「わかった~、それじゃ今日はこれで遊ぼっか~」
看護師は子供が持っていたおえかき帳を小さいテーブルに置き、
対面するような形で子供と一緒におえかきをしていく。
その隣では、深刻そうな表情をした女性と、
足を組み、無表情の心。
「亮介君は、自分の伝えたいことが伝えられなかった時に、自分自身にムカついて無意識のうちに相手に暴力を振るってしまうので、今後も専属の先生と交流させることによって、自分を表現する力を養っていきます」
今回の患者の亮介君は、小学校では友達に暴力をしたり、
教師に対して暴言を吐くなどの行為を繰り返しして、
学校側から精神科に行くことを勧められた患者である。
生まれた時から自分を表現することが苦手で、
自分の伝えたいことが伝えることができなかったときには、
無意識のうちに暴力をしてしまう。
だからこそ、人と関わることを減らすのではなく、
専属の先生と関わり、表現力を養う。
その次には暴力に対する意識を重くする。
重くするといっても何かを直接教えたりするのではなく、
日々日々精神病院に来る度に先生と遊び、
先生に対して好意を抱かせ、何かを大切にするという行為をさせる。
そうすることによって、先生だけでなく、他の人にも同じような行動だせるように誘導する。
これがこの子が病院に来なくてもよくなるまでの計画である。
----
「佐鳥先生~こっちの資料ここに置いときますね~」
さっきまで子供と遊んでいた看護師が机に資料を置く。
「ありがとう」
相変わらず心の表情は固いままで、
それを見て、看護師は気まずそうな顔で、
「佐鳥先生、あの、前々から気になってたんですけど...
そのチョーカーって何なんですか?」
と聞いてくる。
「あぁこのチョーカーは...そうだね、中学校の頃の友達にプレゼントされたものだよ」
心はそれに対し、いつもの無表情よりかは少し感情が込められている表情になる。
「へぇ~、随分と大胆なアプローチですねぇ...
その人が今の旦那だったりは?...」
「しないね、というか私は独身だし、
プレゼントしてきた友達も今は既婚者だよ」
そういうと、看護師は眉をひそめて、
「はぁ...まぁ中学校の時の恋愛なんてそんなもんなんですかねぇ~?」
と、納得いかない表情をしながら、そのまま仕事にあたった。
----
「やっほ~い、こんばんちぃ~?
まいすうぃ~とはにぃ~こ~こ~ろ~」
腕を大きく広げ、私に抱き着こうとする鹿娘。
しかし、抱き着こうとしていた鹿娘は急に停止する。
「おいバカ(鹿娘)、そうやってすぐ抱き着こうとしないの」
鹿娘の後ろにいた隼人が、首根っこを掴んでいるのが見えた。
「こ~ら~離すのだよ~!」
「じゃあ離しても抱き着かない?」
「愚問だな、べいびぃ~」
----
「はぁ、嫁へのプレゼントを考えるために鹿娘の家に泊まり込んでいると...」
私が、今日鹿娘の家に来た理由は、隼人の記憶を取り戻すため...だったんだが、それよりも気になることが何個かあった。
「そうなのだよぉ~、隼人一緒に考えてるのぉ~?ねぇ?は・や・と?」
鹿娘が私に見せつけるかのように、隼人と過剰なスキンシップを取っているのが一つ。
「そうだね、あと暑苦しいから離れてくれない?」
「ひどいぴょん!?最近の隼人きゅんはつめたい&とげとげっぴょん!?」
鹿娘のムカつく会話に対応できている隼人がいることが一つ。
「それで、結局何をプレゼントする予定なんだい?」
隼人が嫁さんにプレゼントを渡したいと思った理由は至って単純で、日頃の感謝を形にして伝えたいようだ。
それは...とてもいいことなんだが、それを友達の家に泊まり込みで考えるのはどうなのだろうか?
既婚者である隼人が、鹿娘みたいなやつとはいえど女性の家に...となると、それは浮気とも勘違いされるのではないか?...と、思った瞬間に鹿娘の方を見ると、
「(てへぺろ★)」
舌を出して、拳をおでこ付近に乗せていた。
「あんたねぇ...はぁ...」
今はこんなことを考えている場合じゃない、
隼人のために行動する時間なんだ...
と言っても...隼人の記憶が一体どのような経緯で失われたのかもわからないし、どこからどこまでがなくなっているのかもわからない。
今は、とりあえず過去に隼人の身の回りにあったことを聞いて、
抜け落ちている過去の記憶で、とても印象の強いものを目の前で再現することが現状でできることだろう。
いわゆるに、フラッシュバックのような形で過去を追体験させる。
これが隼人の記憶を戻すための手段である。
条件としては、
・隼人が覚えていないもの
・印象が強い物
・私たちで再現できるもの
条件をまとめるとこうなんだが...
「難しいな...」
単純に言ってしまえば、条件があまりにも厳し過ぎる。
私たちが覚えていることと、隼人が覚えていることを比較して、
隼人の方の抜け落ちている記憶の部分を探し出し、
さらには印象の強い物だけを抽出する。
そもそも、私たちとの記憶で印象の強いものがあるかも謎だし、フラッシュバックが起こるかもわからない。
「?、難しい...なんのことかな?心」
私の目の前には、不思議そうな表情をしたまま、首を傾げている隼人がいた。
「い、いや、なんでもないんだ...」
考え込んでいて、視界が狭かったところに急に隼人の顔があったので、少し動揺してしまった。
「そういえば、そのチョーカー、まだ着けてくれていたんだね...
嬉しいよ、心...」
私のすべての感情が溶けてしまいそうな笑顔をする隼人。
だが、溶ける寸前の感情に思いっきりビンタを入れるようなイメージで刺激して、なんとか平常心を保っていく。
「う、うん...もちろんだよ...」
...うん、全然平常心じゃないな。
完全に動揺が表に出てしまっている。
しかし、今の会話で分かったことは、
隼人がこのチョーカーをプレゼントした、あの時のことは覚えてるということだ。
「本当にどうたの心?顔が赤いよ?」
隼人は、さっきとは違った、心配そうな表情を私に向ける。
そして、ゆっくりと私のおでこらへんに手を当てて、
「うわぁ...あっつ、本当に大丈夫なのかい?心?」
その言葉が私の息の根を止める一言になった。
「あぁ...」
----
「鹿娘、心と鹿娘の関係ってどういうものなの?」
今日は、仁香へのプレゼントを考える会議に、
中学校の時の友達だった心が来てくれた。
でも、途中から急に体調が悪くなって、
今まで送ることになった。
「う~ん...そうだね~、僕と隼人みたいな関係だと思うよ」
僕の作った料理を食べながら答える鹿娘。
「そっか...僕と鹿娘みたいな関係...か...」
僕と鹿娘みたいな関係...いわゆるに友人以上の親友ということなのだろうか?
僕にとって鹿娘は、いつも頼れるような存在で、側にいてくれると、
とても安心するし、頼もしい。
...それは、僕が仁香に対して抱いている感情と同じようなものじゃないのだろうか?...
いや、きっとそれは違うんだろう...
鹿娘に対して抱いているのはlikeであって、loveではない...
もうこのことを考えるのはやめよう...今日はもう疲れた...
「まさか隼人に関わるとポンコツになるとは...」
「え?なんか言った?」
「なんもないのだよ~!」
今日も僕が最後に見たのは、鹿娘の笑顔だった。
出張まで、
残り六日。
ブクマ、ポイントお願いします!
いやぁ...1000文字からぶっつづけで4000文字書いたので、想像以上につかれましたねぇ...(*'▽')...どこか矛盾点があるかも...( *´艸`)とにかく今日は休みます...すみません...m(__)m
(化粧の仕方は...女性の方に聞いたので多分あってる...はず...あとは精神科の様子も...あってるはず...)




