第十七話 【本性】
「ふぅ~、後少しっと」
体を伸ばして、欠伸をする。
机の上に置いてある微糖のコーヒーを飲み干す。
「にしても最近は多いなぁ...」
最近の仕事の量は前よりも三倍ぐらいの量に増えている。
多分、仁香ちゃんがやっている分の仕事が、
今の私達に回ってきているんだと思う。
仁香ちゃんは来月に出張するから、
ここの職場の仕事じゃなくて、
出張先である東京の職場の仕事についてやっているから、
いつもの仁香ちゃんがしてくれている仕事の一部が残ってしまった。
量が多いだけなら単純にスピードを上げればいいんだろうけども、
どの仕事も内容がぎゅうぎゅう詰めだし、
ほとんどが重要なものだから、一つでもミスがあれば、
かかる時間は一気に増える。
私も普通の人よりも多く仕事をしているとは思っていたんだけれども、ここに来てから上には上がいるって本当なんだと実感した。
「あ~いみや先輩~!」
こんなみんなが忙しくて、重苦しい雰囲気の中、
こんな雰囲気からは考えられないほどに明るく、大きな声が響き渡る、
「あら美野ちゃん、どうしたの?」
私の元まで光り輝くような笑顔を撒き散らしながら小走りで来る美野ちゃん。
シンプルにこの子の元気を分けて欲しいと思っているのは、
きっと私だけじゃないだろうなぁ...と、この子を見るたびに思う。
私がこの子のように二十代前半の頃でも、
ここまでの元気はなかった。
あったとするのであれば、小学生だった時ぐらいだろう。
「実はですね!」
そう言って、何か誇らしげに胸を張る。
でも、美野ちゃんの目は笑っていなかった。
「書類の一覧表、消しちゃいました!」
あざとく、てへぺろ★みたいな雰囲気をかもしだし、
さりげなくやばいことを言っている美野ちゃん。
あ、今のこの子の元気って社畜特有の空元気だわ...
だって目が完全に、希望がなくなってしまっている目だ。
例えるのならば、死んで三日経った魚の目をしている。
そして、その美野ちゃんの発言により、
この部屋にいる数人が机の上に気絶したかのように倒れこんでいる。
あぁ...こうやって士気は落ちていくんだなぁ...
「それでは、私は最初からプログラムの構築、
それによる確認等の書類の一覧を最初から作り直しますね」
いつものような純粋無垢な声からは、
考えられることができない程に疲れ切った声。
...と言っても、なんで美野ちゃんが書類の一覧の管理をしているんだろう?
この前にも、今みたいなことはあったけれども、
美野ちゃんは、何かを管理する職務より、
何か、新しい物を作り出す職務の方がいいんじゃないのかな?
個人的に美野ちゃんの発想力は、軽く私のことを超えていると思ってる。
ここに来てから驚かされることがばっかり...いや本当に...
嫌ではないんだけども、あの子のことに関しては本当に悲しかった。
今まで抱いてきた希望が、まるで何もなかったかのように、
一瞬にして、虚しく消えていった。
寂しい、胸が痛い、寒い。
あの日から家に帰る度にあのぬくもりを欲してしまう。
暖かくて、胸が熱くなって、ドキドキする。
そんな風に思わせてくれる存在が、私は欲しい。
私の隣には誰もいない。
独り寂しく、隼人君に会う前のような状態になっている。
隼人君は、人をダメにしてしまう不思議な雰囲気を纏っている。
しかも、一度でもダメにされてしまえば、一生それを欲してしまう。
それこそ、麻薬みたいな依存性があるんだと思う。
実際に、その依存性によって、私は人間として最低なことを考えてしまっている。
「はぁ...人って変わるんだなぁ...」
あの頃に比べてしまえば何倍もマシなんだろうけども。
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「終わったぁ!!」
自分から出たとは思えないほどテンションが高い声が出てくる。
幸いなことに、周りには誰もいない...
と思ったら、今にでも泣きそうな顔をしている仁香ちゃんがいた。
「......」
はたから見れば、凛とした表情に見えるかもしれないが、
私から見れば、泣く寸前といったところ。
かつて自分もそうだったから、自分と同じような人のことはだいたいわかる。
やはり出張のことについて思い悩んでいるのかな?
まぁ、その悩みを膨張させるようなことを私はしようとしてるんだけどね。
「も~、そんな表情してどうしたの~?
何か嫌なことでもあったの~?」
自然と近寄り、仁香ちゃんの机に大量に置いてある書類を取る。
きっと自分の不安を誤魔化す為に、こんな量の書類の処理をしているんだと思う。
「...いえ、特にありません」
そう言って、私が持っている書類をもぎ取る。
でも、仁香ちゃんの表情は先程よりも、酷く、苦しそうな表情に変わっていた。
私は、仁香ちゃんの隣の椅子に座り、
「なんでそんなにも泣きそうな顔をしているのかについては、
何も聞かないよ?」
ビク!と、体を震わせ、何で気づいたの?
とでも思っているような表情をする仁香ちゃん。
「...そうですか」
そう言って、作業をやめて、俯く。
キーボード上に置いてある手は、とても冷たそうで、
なにより、何かに怯えているかのように震えていた。
「でも、一つだけ、会社の上司、人生の先輩として言わせてもらうけど」
「【何か】に怯えて、止まってしまうことよりも、
前も見て、失敗しても進んだ方が何倍もマシだよ?」
自分の出来なかったことを他人に、まるで美徳のように語る。
これはただの皮肉だ、自分に対する罵倒だ。
今考えてみれば、くだらないことに怯えて、何も考えずに逃げてしまって。
その結果、私にとって一番大切な人に忘れられた。
過去をやり直すことはできない。
過去の後悔をなくすこともできない。
その後悔が大きければ大きいほど、
深い深い傷が、心に刻まれる。
これが最後、これで終わり。
仁香ちゃんにとって、良い上司でいれる最後の時間。
きっと、次からは最低で最悪な上司に様変わりにするから。
今は、そのか弱い背中を黙って押してあげよう。
「...ありがとう、ございます...
愛宮先輩って、優しいんですね...」
「ふふふ...ありがと、今日はもう遅いし、
残りは私がやっておくよ....」
私は優しくなんかない。
ただのクズ女だよ。
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「あ!やばい!なんかすごい燃えてる!?なんで!?」
そう言いながら、来ていたエプロンを外し、
キャンプファイヤーのような火の中にある卵焼きに向かって振りまくる。
そんな風な慌ただしい女性とは打って変わって、
後ろには、世界一馬鹿な種族と会ってしまった一般人のような表情をする男性が一人。
「...なんで卵焼きでそうなるの?」
ダルそうに目を擦りながら、目の前で起こっていることに対して無関心な反応をする。
十分後____
「...ないのだよ...」
さっきのような騒がしい雰囲気とは真逆の雰囲気を纏っている鹿娘。
「え?」
「卵がないのだよ!!」
焦げて、ダークマターに変化した暗黒物質は、
鹿娘がおいしくいただきました。
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というわけで、アルバイトの帰りに卵を買ってきて、とのことだ。
今日は、いつもどうりとは言っていいのかは分からないが、
この近くでテロでも起こったのではないのか?
と思ってしまう程にお客さんは来ていない。
見た感じ、
お客さんが座るはずのソファーで寝ている女性従業員と、
その女性従業員のことを見ながら、フライパンを用意している女性従業員しか、この喫茶店には人はいない。
カンカンカン!と、目が覚めるような金属音を聞き流しながら、
僕は、新メニューを考えている。
今寝ている女性従業員、つまり斎条先輩から、
「君はアイディアンティンチー能力があるからね!
新しいメニューを考え欲しいんだよ!!」
と、目を輝かせながら言っていたが、
「アイデンティティーでしょうが、
そもそもその言葉の使い方もおかしいですよ、
アンポンタン先・輩?」
「な!?何故私のあだ名を!?」
「あら~、うふふ...やっぱりそんな感じのあだ名なんですね...フ」
「だからその暗黒微笑をやめろぉぉ!!!」
最後らへんは僕のことをそっちのけ状態だったが、
特に迷惑でもないし、見ていて面白かったから別によかった。
「しっかし...新メニューと言ってもなぁ...」
この喫茶店には、だいたいの物はメニュー表に載っている。
パスタ、パフェ、コーヒーなど、
喫茶店に似合うような様々なメニューが作られている。
中には、女性従業員(主に接客をしている人)おすすめ!
サイキョーパワフルセット、なんてものもある。
「流石に喫茶店でカレーとかラーメンとかはなぁ...」
こんな風な雰囲気の喫茶店で、
カレーやラーメンはきっと食べにくいだろう。
「うぅぅん...!、これいいかも」
メニュー表を見ている限り、デザートが少ないように感じる。
ストロベリーやチョコレートのシロップがかかっていて、
道産の牛乳を使用した生クリームのパフェ。
これ以外は、冷凍ミカンのみ、というものになっている。
...冷凍ミカンとはなんなんだろうか?
メニュー表を見る限り、なんの変哲もない、
ただ凍らせたミカンのようだ。
...これ作ったのは斎条先輩なんだろうなぁ...
と、内心ため息をつきつつ、新メニューの種類はデザートということに決定したのはいいものの、僕はデザートを作ることはかなり少ない。
だいたい甘いものを作るときは、仁香が長時間の仕事で疲れ、疲労をいち早く回復させるときのみとなっている。
仁香曰く、
「隼人の作るデザートは食べ過ぎちゃうからダメ」
とのこと。
確かに、学生時代の頃に、一時期周四ペースで作っていた時もあった。
そして、その月の最後らへんに、何かに絶句したようで、
もう作らなくていいと言われてしまった。
あの時は本当にショックで、立ち直るのに希更に慰めてもらっていた。
兄ながら情けないと思いつつも、希更は僕に対してとてもやさしかった。
仁香の名前を出すごとに頬をつねられたが、
その時の希更の笑顔は今でも忘れない。
でも、まだ希更が幼かった頃のような笑顔とは、
何かが確実に違う笑顔だった。
「...?、お客さん?」
入り口のドアが開くと同時に鳴る音が聞こえてくる。
そうして入ってきたのは...
「あ~お久しぶりです、隼人さん」
バリバリの私服の愛宮さんだった。
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「へぇ~ここでアルバイトをしてるなんて以外ですね~」
周囲を見渡しながら、興味深そうな声質で言う。
ちなみに、今愛宮さんは僕が新しく作ったパンケーキを食べている。
生地はできるだけフワッフワにして、
生クリームもカロリーオフのもにしている。
トッピングとしてはブルーベリーにイチゴ。
あとは適量のチョコレートシロップをかける。
お値段はちょっきり八百円。
斎条先輩曰く、
「え!?何これ!?見た目普通なのになんでこんなにおいしいの!?」
と、厨房で褒めているのか侮辱しているのか分からないことを言っていた。
「?、隼人さん?なんか顔疲れてますよ?」
そう言って、愛宮さんは僕の額に手を当てる。
普通に愛宮さんがテーブルに乗り出す状態になっているので。
胸の部分が...危険な状態になっている。
だが、愛宮さんの表情を見ている限りわざとではないようだ。
「ん~少し熱いですね、今日は早めに仕事を切り上げた方がいいんじゃないですか?」
そう言って、すぐにパンケーキを慣れた手付きげ切り、口に次々と運んでいく。
「そういえば、前々から聞きたかったんですが、
職場での仁香はどんな感じなんでしょうか」
結構前から、職場での仁香はどのような感じなのかは気になっていた。
僕は、僕と一緒にいるときの仁香しか知らない。
学生時代と同じように、僕に素顔を見せてくれて、
周りには凛としているのだろうか?
それとも、周りにも僕と同じように接しているのだろうか?
もし周りとも僕と同じように接しているのであれば、
少し...いや、かなり悲しい。
僕にだって独占欲はある。
それも人一倍強いと思うレベルでだ。
「ん~、そうだねぇ...」
考え込むような仕草をする愛宮さん。
少し口端が吊り上がっているように見えてしまうのは気のせいなのだろうか。
「普段は凛とした表情で働いてるよ、
でも、一部の社員にはそうでもないみたいだね」
「い、一部?...」
「う~ん...最近は男性の人と関わることが多いみたい、それこそこんな風に...」
そう言って、愛宮さんは僕の両肩を掴み、
顔を近づける。
「とある男性社員と近い距離感で接してるね」
あと数ミリ程で触れてしまう距離まできたところで、
愛宮さんはニヤっと笑い、僕の両肩をポンポンと叩く。
「...?...」
「冗談だよ」
「は...はぁ...」
「まぁさっきのように物凄く親しい人がいるっていうわけでもなく、会社内に浮かれている訳でもない、非常に優秀な社員だよ、私も頼りにしているよ」
そう言って、愛宮さんは僕の目の前に千円札を一枚置く。
「それじゃ、私は帰るから、会計よろしくね」
僕は、先程起こったことに対して、
その場で茫然としていた。
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「ッ...痛い...」
鹿娘の家に帰るまでの道を歩いている時。
僕はずっと激しい頭痛に見舞われていた。
「これは...卵どころじゃないな...」
帰りに卵を買ってこいと言われていたが、
生憎今はそれどころじゃないくらい頭痛が酷い。
足元もフラついてきている。
視界も大きくゆがんできている。
意識が途切れそうになった時、
全身に柔らかいものに包まれているような感覚になる。
「おやおや、そんなゾンビみたいな動きをしてどうしたんだい?隼人」
僕の目の前には、ニヤニヤと興味深そうに僕を見る友人がいた。
出張まで、
残り十日。
ブクマ、ポイントお願いします!
大変遅くなってしまい申し訳ございませんm(__)m最近リアルの方で忙しいことが多すぎて書く時間がなかったんです(言い訳)。というわけで、今後は一週間~二週間の間に投稿するようにしますので(二回目)、今後ともよろしくお願いしますm(__)m




