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第十四話 【嘘】

「はぁ...やっと帰れた...」

今日はいつもより残業時間が多く、それかつ仕事内容も重い物だった。

しかも、その仕事内容も出張繋がりの内容だったから、

私が忘れたい【出張】というものを無理やり意識させられた。


「いやだなぁ...出張...」

出張、しかも出張先が東京。

日帰りで戻ってこられる距離とは到底思えない。

断ることも考えたが、それだとただの先送りとなって、

後々に倍以上の期間となって私の元に帰ってくる。


だからこそ、あと二週間という少ない時間を、全て隼人との時間に使いたい。

...できるだけ...その、濃密に...


というか、出張のこと自体は隼人には一切伝えていない。

伝えようとしても、全身が強張って上手く喋れなくなる。

日頃の生活の癖がこんな時に邪魔をしてしまうとは予想外だった。


「......」

ホラ、隼人との時間を大切にしたいとか言っても、

「ただいま」の一言もない。


「あ、あれ?...」

いつもは眩しいぐらいの笑顔で出迎えてくれる彼がいない。

その笑顔もお世辞でも自然とは言えないけれども、私にとってはそれで充分。

玄関もリビングも真っ暗。


「おかしいな...」

最近は色々なことが起こりすぎている。

ここ数年間の日常が、色々と変わり過ぎている。

いつも遅い時間まで待っていてくれる彼、

いつも私のことを考えてくれる彼。


でも、今はどうなんだろう?

確かに今でも彼は私に優しくしてくれる。

それでも何かが抜けている。

まるで私に対する想いが表面上だけで、中身がないみたいな。


まぁそんなことはないんだろうけど。


マンネリ化、というものなのだろうか?

正直私にはこの言葉の意味が分からない。


新鮮味がない?独創性がない?

何故自分の愛した人を飽きるんだろう?

何が新鮮味がないだの独創性がないだの、

そんなことを言って相手を全て理解したと勘違いしているだけだと私は思う。


相手の全てを理解するなんてことは不可能なはず、

そうでなければ恋愛は成立しない。


相手のことを知りたい、ほんの一部を知りたい。

そして、その相手を全て理解することはできない。


だったら飽きるなんてことはないはず。


最近、というよりかはずっとのような気がするが、

結婚というものを軽視している人が多いと感じてくる。


好きだから結婚する、一緒にいたいから結婚する。

それで?結果的にどれだけの人が離婚している?


私の価値観は、相手の全ての人生を共に添い遂げる。

それほどまでの意識がないと私は結婚をしない、するわけがない。


かつて恋敵だった彼女からは、

【重すぎる】

と言われて、少し引かれた。

私的には、お前がいうな、と思ったが。


私のような思考の人間を、ヤンデレ、というものだろうか?

この前に彼がヤンデレのシチュエーションボイスを聴きながら寝ているのを見つけた。

私は少し妬いてしまって、その動画を検索し、台詞には全て目を通した。


その結果、彼は愛を直接言ってくれるようなシチュエーションのものばっかり聴いていた。

履歴と、高評価をしている動画にはそのようなものがいっぱいあった。

ところどころに猫がゴロンゴロンしているほのぼの動画があって、

少しほっこりとなっらもの印象的だ。


「はぁ...風呂入るか...」

バックをソファーに置き、服を脱いでいく。


「あ、片付けるの私じゃん」

そんな素っ頓狂な声は誰にも反応しない。

それにしても私は変わったなぁ、と改めて思う。


彼との生活を始めてからは、仕事は私、家事は彼という風に分担していたから、

私が高校時代の一人暮らしの頃に比べて、私の家事スキルは著しく低下している。

本当に自分でも呆れるほどに。


彼のことを喜ばせたくて、毎日毎日頭がパンクするまで覚えた料理も、

彼に少しでも楽をさせたくて、磨き上げた掃除の技術も、

彼をドキドキさせるために、赤面させながらも覚えた女性としての仕草も、

今となっては、そうさせてあげたかった彼に私は何もしていない。


新婚の時は私も遠慮して、自分からそういったことに取り組もうとした。

でも、彼の、

「大丈夫だから」

という言葉に甘えて、私はその悪魔の囁きに飲まれていった。


そうして、今では私は何もしていない。

ただただ今を生きる為に私は金を稼ぐ。


まるで金だけの付き合いかのように冷たい。

そんなことはないのに、何故か今だけはそう感じる。

【あの家】のような状況だと、今更自覚する。


表面だけで、中身が空っぽ。


伝えよう、私の気持ちを。

恥ずかしがらずに、恐れずに、彼に伝えよう。

愛してるって、好きだよって、彼の耳元で囁いてやろう。

不愛想な彼でも、少しは赤面してくれるかもしれない。


そうやって、意気込んだのにも関わらず、

まるで私を裏切るような形で、それは急に訪れた。


【ごめん、友達の家に泊まることになった。

いつ帰るかは分からない。】


出張まで、

残り十四日。


----


僕は走っている、胸の奥底から湧き上がってる感情のままに走る。

空は雲一つない快晴、ギラギラと太陽の光が僕を照らす。

遠方の物体が細かくゆれたり形がゆがんで見える。


頬に汗が通り抜け、地面に落ちる。

一つ一つの呼吸に血の味がする。

横腹が痛い、そんなことは意識せず、あの人の元へ走っていく。


あの人へ、手を伸ばす。

やっと触れることができたと思ったのに、掴むことができたと思ったのに、

あの人の体は、潰されたかのようにぐちゃぐちゃになった。


「ツ!!」

全身に何かが走り抜ける。

無理やりたたき起こされたかのような感覚。


そして、胸が重い。

まるで何かが乗っているかのように...ん?乗っている?...


ゆっくりと目を開ける。

見知らぬ天井。

そして、見知らぬ人。


「それは流石にひどいと思うのだよ~」

僕が上には、鹿娘が乗っていた、物理的に。

正確に言うと、僕が掛けている布団の上に乗っている。

そしてものすごく顔の距離が近い。


「えっと~、とりあえず起き上がりたいから降りてもらっていいかな?」


このような状況はもう経験したことがある。

僕が徹夜で勉強していて、それだけだと独断に陥って間違えた解釈をするかもしれないから、仁香が僕の教師となり、勉強を教えさせてもらうために仁香の家に行ったが、気が抜けてしまったのかは分からないが、途中で寝落ちしてしまったらしい。


そして、あまりにも家に来てから寝るのが早すぎた為、

拗ねた仁香が、僕の上に乗って、無理やり起こすという手段に出た。

動機は違うんだろうけど、状況は同じ。


仁香の時には、

「ちょっと重いからどけてくれないかな?」

と、言ってしまい、腹にグーパンされたのも思い出だ。


流石に僕でも学習はする。

なんでも僕には乙女心の理解に欠けているらしい。

特に見境なくやさしさを振りまくところとか、とも言われた。

それと乙女心の理解に関しては関係ないと言いそうになったが、仁香の視線で諦めた。


「おぉ、分かってるじゃん」

そう言って、ゴロンと猫のように転がり、ベッドから落ちる。

そして、僕は彼女の服装...いや恰好に驚く。


「...なんでそんな恰好してるの?」

鹿娘は白く、透けたシャツを着ていた。

その白いシャツは、服としての機能を失っていた。


「ん~?今風呂から上がったばっかなのだよ~」

そう言って、ハンガーに掛かっているいつもの服に手をかける。


「それで鹿娘、質問なんだけど」

鹿娘はボーっとした表情で反応する。

彼女の心ここにあらずといった感じだ。


「ここはどこ?そして何故僕はここにいる?」

僕は何でここにいるのかが分からなかった。

何故僕は鹿娘と一緒にいる?

何故僕はこんな場所にいる?

何故僕はここ数日の記憶がない?


「ん~?何言ってるのだよ~?」

鹿娘は、僕が目の前にいるのにも関わらずシャツを脱ぎ、

着々と着替えていく。


「何って...いや、そもそもここはどこ?」

少なくとも、ここは僕と仁香の家ではないことは分かる。

ここがリビングなのだとしたら、明らかに雰囲気が違う。


飾り物の数も形も、色合いも全て異なっていて、

鹿娘の心を表しているかのようだった。


まぁ、ここはどこだかは察することはできるが、

理由が分からない。


「僕の家だけど」

鹿娘はまるでそれが当然だと断言するような声質で応える。

首を傾げ、あっけらかんな表情を浮かべる。


「それはなんとなく察せたけど、なんでここに僕はいるの?」


「ん~、簡単に言うと~、お泊り会?

う~ん、作戦会議兼お泊り会かな?」

頬に人差し指をぺちぺちと叩きながら、他人事のように言う。


「...どゆこと?」


----


鹿娘曰く、僕は仁香との関係を改善すべく、

これからどのように行動すればいいのかを考える為に鹿娘に協力を願い出たらしい。


そして、ここ数日の記憶がなくなっているのは、

強い心的ストレスによる記憶障害とのことだ。


仁香との関係を考えすぎることによって生じた不安によってそうなったのかな?

う~ん...分からない。


でも、鹿娘に協力を願い出たのはいいことかもしれない。

今は茫然と天井を見上げてるけども。


普段はチャラチャラしているが、

やる時にはしっかりとやってくれるのが彼女だ。


高校の時には恋愛相談もしていた。

直接会うことはできなかったが、メールでいろんなことを教えてくれた。


「う~んっと、まずは君は仁香さんにプレゼントを買ってあげたくて、

彼女には内緒でアルバイトをしている、これはいいでしょ?」


ベッドの上で子猫のように転がりながら確認する鹿娘。


「うん、それでも何をプレゼントするかは迷ってるんだ」

一応候補としては何個か挙がっているけど、

本当に彼女に喜んでもらえるかが心配なんだ。


「う~ん...本当に相手を好きならどんな物でもいいと思うけど...

そうだね、ネックレスとかはどうかな?」


「ネックレス?一応候補には挙げってたけど、何故?」


そうすると、鹿娘はニシシと笑い。


「君の気持ちを表現するための代用さ」

...どゆこと?


「ニシシ、今はまだ知らなくていいよ、今は...ね?」


「お、おう...」

よく分からないが、とりあえず返事を返す。


鹿娘は、そんな僕を見てまた笑いだす。


「あ!そうそう!ちょっと忘れていたけど」


「今日はアルバイトないの?」


「...今日は何日?...」


「十八日だけど」


「今すぐ行ってきます!!」


「いってらっしゃ~い」


----


「ふぅ...これで一段落かな」

誰もいなくなった部屋で、消え入りそうな声量で呟く。

力を抜き、全体重をベッドに預ける。

ギシギシと音が鳴るベッド。


「そろそろ寿命かな」

長年使っている愛用ベッド。

中学生の時から使っている古いベッド。


「まさかこうなるとは...」

今の彼に必要なのは、自分を愛してくれる人でもなく、

ましてや助けてくれる【友人】でもない。


自分を守るために消した記憶だ。

彼は無意識の内に、消した記憶に怯えている。

他人の私が手を出すのもお門違いかもしれない。

でも、今のままじゃ、彼は本当の幸せを掴むことはできない。


偽りの幸せ、彼はそれを本物と思っている。

確かに、彼と彼女は幸せかもしれない。

でも、それによって悲しむ人は何人もいる。


今もなお、その消した記憶によって苦しんでいる人はいる。

彼と共にいたくて、彼の記憶の中に残ろうとしたのに、

今では全く無関係な人間と認識された人。


今もなお、彼との約束を果たす為に、

ずっと我慢して待っている。

彼がその約束を忘れているとも知らずに、

懸命に今を生きている人。


誰かを助けることは自由かもしれない。

でも、助けた人に対して責任を持たなければならない。

そうでなければ、誰かを助ける資格はない。


僕だって、恐い。

彼との思い出が、僕だけ覚えていて、

彼には覚えられてはいない。


でも、恐れているだけじゃいけない。

確かに責任を持たれている訳じゃないかもしれない。


それでも、ただ嬉しかった。

彼はひどいことをしているのかもしれない。

それでも、僕は彼を助けたい、救いたい。


今の僕の思考は、自分勝手なのかもしれない、自己満足かもしれない。

でも、それでいい。


僕は最低最悪の異物なんだから。

ブクマ、ポイントお願いします!


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