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第十三話 【心の傷】

「...と...はやと!!ちょっと大丈夫!?」

視界がぼやけている。

少し眩しくて、目を開けにくい。

ぼやけていても、はっきりと、

視界の中央にいる顔は誰だが断言できる。


「ん、おはよ、どうしたの急に?」

おはよ、というよりはこんばんはの方がいいのかな?

リビングの窓を見ても、まだ暗い。


周囲を見渡すと、本やお菓子の缶などが落ちている。

というか、僕は床に倒れている。

...なんで?シンプルに分からない。

昨日はアルバイトから帰って、家事をして...

あれ?その先から覚えてないや。


「強盗でも入ったの!?それとも襲われたの!?」

今の仁香は、いつもの凛とした表情ではなく、

目を見開き、何かを恐れているような表情だった。

というか、こんな柔らかい表情を見たのは、

この前のキスをした時以来かもしれない。


「大丈夫、強盗でもないし、襲われた訳でもないよ」

僕はゆっくりと腰を上げて、周囲に散らばった物を整理していく。

仁香はスマホを取り出し、電話番号を打ち込む。

覗き込んでみると、

【119】と、表示されていた。


「いや!大丈夫だから!そんな心配しなくていいから!」

僕は仁香の携帯を取り、番号を消していく。

...仁香ってこんなに心配性だっけ?


「で、でも万が一のことを考えたら...」

仁香は今にでも泣きそうな表情をして、

僕のことを見る。


「ただ気絶しただけだから大丈夫だって!」

あの状況から察するに、家事も大体終わって、

お菓子を食べようとした時に、気が抜けて気絶したんだと思う。

...どれだけアルバイトで疲れてるのかな、僕の体。

やっぱ働くことによる疲労って大きいんだなぁ...


僕は、そんな風に自分の状況を整理していると、

仁香は僕の両肩に手を置き、


「いい?これから自分の身が危ないと思ったら、

救急車を呼ぶか、私を呼びなさい、絶対だよ?」


と、いつもどうりの凛とした表情で、

落ち着いた声質で僕に命令する。


「分かった、できるだけやってみるよ」

僕はお菓子の缶を元の場所に戻し、

自分の部屋に戻り、また気絶するように寝た。


----


「さぁ~て!隼人くんがここに来てから一週間働き続けたことに!」

斎条さんが、お酒の入った小さいガラス製のコップを高く上げ。


「「かんぱ~い」」

ちなみに、ここは僕がアルバイトをしている店の従業専用部屋。

普通にこのような宴会をするような場所ではないはずなんだが、

店長曰く、


「え?宴会?全然オッケーオッケー!」

と、言っていた。

そんなことを言っている店長本人はここにはいない。

一応僕から誘ってはみたが、


「あ、いや、うん、俺は大丈夫だから、

うん...まぁ頑張れよ?」


と、ところどころ間があって、冷や汗もかいていて、

どこか動揺しているみたいな感じで、普通に断られた。

なんか、僕の後ろを何回も何回も見て、

後ろを見るたびに冷や汗の量は増えていた。


う~ん...後ろには紀伊野さんと斎条さんしかいなかったのに、

一体何にあそこまで怯えていたのかな?


「ちょっと~隼人く~ん、何で君は缶ジュースなんだ~い?

こうゆう時はお酒でしょお酒!」


そう言って、僕の前に缶ビールを力強く置く。

しかも量の多いロング缶。

...普通に僕はお酒が苦手だし、飲んだあとの記憶も曖昧になってしまうので、

基本的には飲まないようにしているし、


仁香からは、

「その...あなたはお酒に弱いから、同窓会とかでお酒は飲まないこと!

特に女性から勧められてお酒を飲まされるときは丁重に断る!

家だったら何本でも飲んでいいから...ね?」


と、顔を赤らめながら言われたことは鮮明に覚えている。

う~ん...なんで家では何本でも飲んでいいのに、

同窓会とかでは飲んじゃいけないだろ?

まぁ飲まないけど。


「あ、僕は大丈夫です」

目の前に置かれた缶ビールを、

斎条さんの席にしぜ~んに置く。


「ちょっと!なんで私の席に戻すのさ!?」

と、言って、僕の席に戻そうとするが、

それは、紀伊野さんによって止められる。


「いくらなんでも強要はダメですよ斎条先輩!

それ普通にパワハラですよパワハラ!」


と、強めの口調で言い放つ。

そうすると、斎条先輩はバックからスマホを取り出し、僕らに見せつける。


スマホの画面には、僕の胸倉を掴んでいる紀伊野さんが映っていた。

「へぇ~それじゃこれもパワハラじゃないの?」

この店でアルバイトをし始めてから、一番輝いているドヤ顔を決める斎条先輩。


「なッ!?それは確かあの時の...」

ありもしないメニューを頼み、それに対応した隼人君が絡まれて、

それにカッとなっちゃって、怒りに身を任せた結果が、その写真に映っているもの。


「ほら見てよ~、この表情!完全にパワハラしている上司の顔じゃな~い、

もぉ~他人のことを言うより自分のことを見直してみたら~?」


口を手で隠し、クスクスと笑う斎条さん。

それに対してムカついたのか、


「それとこれとは関係ないでしょ!!」

と、怒りで頭が働いていないのか、

いかにも矛盾していること言い始める。


「あらあら、怒りに身を任せているなんて珍しいねぇ~、

それだからいつまで経っても友達ができないんじゃないの?」


「ムキー!!友達はいます!ただ単に会っていないだけです!!」


「そんなウソついちゃって~、

そんな見透かせる程の薄っぺらい嘘なんてつかないでよ~もぉ~」


...一体僕の前で何が起こっているんだろう。

僕は目の前の状況を他人事のように捉え、

缶ジュースを飲んでいく。


あ、これおいしい。

程よい酸味に、弱炭酸。

僕好みのいい香り。

ちょっと家でもこれ買って飲もうかな。


「ちょっと聞いてるんですか隼人さん!!」

気づくと、僕の目の前には、さっきよりも赤くなっている紀伊野さんの顔があった。


「あ、すみません聞いていませんでした」

僕は素直に答える。

そうすると、


「ババ抜きするよ!」

うん、何故そうなった。


----


何故ババ抜きになったかというと、


「そんなウソついちゃって~、

そんな見透かせる程の薄っぺらい嘘なんてつかないでよ~もぉ~」


「嘘じゃありません!!本当です」


「じゃあ友達と遊んだことあるなら、

今まで友達と飲んだこともあるはずだから、

簡易的なゲームも知ってるでしょう?」


「えっと...それはぁ...ババ抜き...とか?」


「ブフ!あははは!!!ババ抜きって、あははは!!!」


という流れで、ババ抜きをやるということになったらしい。

うん、意味わからん。


「まさかババ抜きをやるとは思わなかったから、トランプは持ってないんだけど...代用になるものとかないのかな?」


そんなことを言って、周囲を見渡す斎条さん。

「しっかし、宴会でトランプをやるとは...」


「あ、斎条さん、トランプ持ってますよ私」

そう言ってバックの中から赤い柄のついた箱を取り出す。


「...なんでトランプなんて持ち歩いてんの?紀伊野ちゃん...」

しばしの間、沈黙がこの部屋を支配する。


(言えない...友達が出来て、いつでも遊べるように持ち運んでいるなんて言えない...)


----


じゃんけんの結果、

僕、斎条先輩、紀伊野さんという順番になった。


僕的にはトランプをすること自体はいいのだが、

どうも負けてしまった場合の罰ゲームが大きすぎる。


どうやら、一番先にあがった人が、一番遅かった人になんでも命令できるということだ。

普通にこれを提案している時の斎条さんの顔は完全にアレだった。

紀伊野さんも、


「でもそれはパワ...いえ、やりましょう!」

と、意気込んでいた。

...僕はどちらかといえば普通に反対だったけど、

発言するタイミングが一切なかった。


そして、今回は何故か合計の枚数が十七枚。

理由は聞いても答えてもらえなかった。


「フハハハハ!!さぁどうだぁ?ジョーカーはだれかなぁ?

私のポーカーフェイスにかかれば...って!ちょっとなんでそっち引くの!?」


僕は斎条さんからカードを一枚とったが、

表情でなんとなく察せるような程、顔から何かが滲み出ていた。


引いた結果は、見事に僕の持っているカードと同じ数字のもだった。



「なんか十七枚だとすぐ終わりそうですね...」

そう言って、目をひそめる紀伊野さん。

その表情は斎条さんとは違って、全く何を考えているのか分からない。

というか、そもそも話紀伊野さん感情が昂っている時以外は、

普通に無表情なんだった。


そうすると、斎条さんは紀伊野さんに近寄り、何かを囁いている。


(ほら、すぐに終わった方が罰ゲームの回数も増えるでしょ?)


「あ!そういうことなんですね!名案だと思います!」

と、珍しく紀伊野さんが斎条さんを褒め称える。


「そういうことで、ホイっと!」

斎条さんが紀伊野さんからカードを一枚引く。


「ぐぬぬぬ...」

少し紀伊野さんの表情が強張る。


「一個ペア~」

と、机の真ん中にカードを置く。


「それじゃあ私も...えい!」

僕の手札あら一枚カードを取るが、


「...なんで私だけ...」


どうやらペアにはならなかったようだ。


----


「よっしゃ!今日の私はついてる!!」

拳を高く突き上げ、ものすごい声量で叫ぶ斎条さん。


それを見て、紀伊野さんは歯ぎしりをたて、

「それは私に対する嫌味ですか...」

と、ムカついているようだ。


現状僕が一枚カードを持っていて、紀伊野さんは二枚。

僕のカードは普通の数字なので、確実に紀伊野さんがジョーカーを持っている。


「う~ん...どれにしようか...」

僕は右か左かの選択を迫られる。

個人的には考えないで引いた方がいいと思っている。

今までも経験上、僕が考えて考え抜いた先のことは、

だいたいいいこと一切起こらなく、

逆に考えなしにやったことは成功する。


「これっと」

僕は適当に紀伊野さんの手札から一枚のカードをゆっくりと取る。

そして、引いた結果は、


「あ、合った」

自然と、第一回目の敗北者が決定した。


----


「ねぇねぇ紀伊野ちゃ~ん!今どんな気持ち~?

あんな威勢で言ってた癖に、ボロ負けじゃな~い!」


ソファーの上で体育すわりをして、結構ガチめに落ち込んでいる紀伊野さんに、

斎条さんはさらなる追い打ちをかけている。


「うぅ...なんでいつもいつもこんなにも運が悪いの...

私なんも悪いことしてないのに...」


紀伊野さんの落ち込み具合がさらに悪化する。


「ウフフ~、そうやって落ち込むのもいいけど、

罰ゲーム、覚えてないの?」


斎条さんは、ゆっくりと紀伊野さんの肩に手を置き、耳元で、


「覚悟してね?紀伊野ちゃん?」


「あ、あははは...帰っていいですか?」


----


結果的には、背中にバックを乗せた状態で腕立て伏せをやりながら、

「斎条様は天才であり至高の御方です」

と、二十回いうというものになった。


僕はあの時の斎条さんの表情を見て、

(この人ドSだな...)

と、確信していた。


ちなみに、その罰ゲームの後、紀伊野さんは、

「もうやだぁ...ババ抜き大っ嫌い!!」

と、言って、本当に帰ってしまった。


既に家の家事は終わっている、あとは寝るだけ...

「ん...何か大事なことがあったような...」


頭も中がもやもやする。

「...あ、やばい」

今日は鹿娘との約束の日、しかも待ち合わせ時間を一時間以上も超えている。


「ッ!確かここからあの公園まではそこまで遠くないはず!」

ここから走れば二十分程の距離。

僕はすぐに外に出た。


----


「随分と遅かったね、僕をこんなにも待たせるなんて」

公園の中心にある、大きな樹の下で座っている鹿娘。

だが、今彼女が纏っている雰囲気は、いつものお気楽なものではなかった。


「ごめん...わざとじゃないんだ...」

僕は誠心誠意を持って謝ることしかできない。


「別にいいよ、【待たされる】ことには慣れてるから」

鹿娘は、ゆっくりとその場に立ち、

いつものスカートとは違う、ジャージについた砂を払う。


「それにしても、遅くなる理由が宴会って、ひどいじゃないか、

僕と君の関係は出会って数日の人とのものに負けるのかい?」


いつもの笑顔を崩さず、光の無い瞳が、鋭い眼光で僕を睨む。

「...なんでそんなことを知ってるんだい?」


そもそもアルバイトのことは話してもいないし、

さらには今日の宴会のことまで知っている。


「まぁ、今はそんなことはどうだっていい」

鹿娘は、手を後ろに回し、僕に近づく。

ゆっくりと、ゆっくりと近づく。

そして、あと数センチのところで止まる。

中身のない笑みを浮かべたあとに、ドスのように鋭い声質で、


【君はいつまで嘘をつき続けるつもり?】


と、意味の分からないことを言ってきた。


「ど、どうしたの?意味が分からないよ...」

僕は一体何が起こっているのか理解できなかった。

僕が?嘘をついている?

まるで意味が分からない。


「いつまでもそうやって逃げ続けるの?

自分の犯した罪から目を背け続けるの?」


「な、なぁ...何を...言ってるんだい?...」

頭が痛い、めまいがする、吐き気がする。

呼吸がしづらい、だるい、重い。


「自分勝手な記憶改竄、それによって傷つけられている人もいるのに、

今も大切な約束を守り続けている人がいるのにも関わらず、君は勝手だね」


「やめろ....やめてくれ...」

視界がぼやけてくる。

頭の中で、知らない女性が笑いかけている。

知らない女性が血を流しながら笑っている。


「いつまで経っても変わらない...その身勝手なところだけはね!!!」


「違う!!!!」

その瞬間、全身から力が勝手に抜けていく。

目の前はもう真っ暗で、何も見えない。

ただ、倒れると時に見えていたのは、


不気味に笑う、一人の女性だった。


ブクマ、ポイントお願いします!


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