第十二話 【恋】
「ハァ...ハァ...」
さっきからあの言葉が頭から離れない。
「君のその気持ちは、本物かな?」
この言葉を思い出すたびに頭の中がごちゃごちゃしてくる。
そもそもの話斎条先輩がこんなことを言った理由もわからないし、聞こうとしたけど、斎条先輩はまるであの時のことがなかったかのように僕に接する。
なんでだろう、なんでこんなにも喪失感があるのだろう。
なんで僕はこんなにも自分のことを責めているんだ?
分からない、僕には僕が分からない。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうな表情で僕のことを見る紀伊野さん。
「...大丈夫ですよ、
というか料理の方は大丈夫なんですか?」
基本的に紀伊野さんは料理をしていることが多い。
実際のところ斎条先輩も料理はできるのだが、
普通に接客をした方がトラブルは起こらないので、
紀伊野さんが料理をするということになっている。
過去に斎条先輩は塩と砂糖を間違えて出してしまい、
苦情が殺到したことが何回かあったらしい。
「いや、それに関しては大丈夫だと思いますよ、
今日は引くぐらいお客さんがいませんから」
そう言ってまるで他人事のように言う紀伊野さん。
...というか頭痛も少し収まってきた。
やっぱり考えれば考えるほど頭痛の症状はひどくなってく。
うん、もう二度と考えない。
「でも、嵐の前の静けさかもしれませんよ?
僕も油断して死にそうになったことがありますから」
僕は、学生時代の頃に仁香と、もう一人の友達と、
今僕が住んでいる北海道に遊びに行ったことがあったが、
普通に晴れていたので、天気予報を見ないでいたら、
大吹雪にあって、電車が止まり、タクシーも見当たらなくて、
ホテルの部屋で気まずく三人で過ごしたのが印象に残っている。
しかも、その時は仁香と恋人ではなかったので、
さらに気まずかった。
「あぁ...確かにそうですね...注意しておきます」
そう言って、紀伊野さんは椅子に座る。
「......」
しばらくの間沈黙がこの部屋を支配する。
というか、これでお金をもらってしまってもいいのかな...
あと、ジロジロと紀伊野さんが僕のことを見ている。
一応見せいませんよ~とアピールしたいのか、
見た後に視線をずらしているが、
普通にバレバレなんだよね...
「なんか僕に用でもありますか?」
流石にこのままジロジロ見られると、
見られている僕も落ち着かない。
そうすると、紀伊野さんは体を一瞬飛び跳ねさせ、
急に背中を触られた猫のような反応をする。
紀伊野さんは、視線を右往左往させて、
「あの...連絡先交換しませんか?」
と、スマホを片手に、
今にでも消え入れそうな声で提案をする。
その手はプルプルと震えていて、
生まれたての小鹿みたいだった。
まぁもちろん顔には出さないようにはするけど。
「いいですよ」
特に断る理由もなければ、
緊急時に使えるかもしれない。
というか、僕って連絡先あんまり持ってないな...
携帯を持ち始めたのは高校を卒業してからだから、
必然的に高校の頃の友達の連絡先は持っていない。
...しかも男の人の連絡先は父親だけ。
僕ってよく考えたら男友達一人もいないな...
まぁ気軽に話せる鹿娘がいるからいいんだけど...
「ありがとうございます!!」
と、パァっと顔を輝かせる紀伊野さん。
僕はこの笑顔に見覚えがあるような気がした。
----
「ダメだ!!全然思いつかない!!」
リビングでパソコンをいじりながら、
私は思っていることを叫んだ。
「どうしたんだ希更...」
困った顔になりながらも、
父さんは私のことを心配する。
出張帰りで疲れているのに、
私に気を遣うとはさすが父さん...
まぁあにいよりはそこまでだけども。
「それだけ調べても調べても、
考えても考えても分からないんだもん!
私の攻略対象の攻略法が!!」
流石に父親を前にして、
「あにいを攻略法が分からないの!!」
と、言ってしまえば、
大問題になりかねないので、
父親の前ではいつも名前は伏せている。
というか伏せないと私の立場がなくなる。
そもそもの話、この前の計画では、
あにいになんとしてでも媚薬を飲ませる
→あにいを発情させる
→既成事実を作る
という手順のはずが、
媚薬が効かないという無敵っぷりを見せてくれた。
...というか天然の人に媚薬は効かないって本当なのかな...
私はあの日以来他に既成事実を作る方法を模索したが、
全然思いつかない。
どれもこれも、あにいの天然の前では無へと還る。
...それとも、あいつのことは忘れて、
純粋にあにいとの時間を楽しめばいいのかな?
でも、忘れられるとは到底思えないし...
「本当に大丈夫かい?」
父さんはさっきよりも心配そうな表情で私を見る。
「大丈夫!!多分!!」
...私としたことが、平常心を失っている。
深呼吸よ私...いつもの私を取り戻すのよ希更。
「すぅ~~~はぁ~~~」
「...本当に大丈夫なのかね...」
----
一つの小さな部屋に、どこか悲しげな音色が響く。
ゆっくりとした音の流れ、そして悲しげにそれを奏でる女性。
指の動きはその音色からは想像のできないほど力強く、
今にでも、その細い指が折れてしまいそうなほどに、
力が込められていた。
何かを渇望しているような、
何かを欲しているような、
何かを、失ってしまったかのように、
その女性は静かに音を奏でていた。
だが、その音色は突如として止まった。
「ん~?ん~?あなたがその曲を弾くなんて珍しいじゃな~い」
ニコニコとした表情で、
からかうような声質で、その女性の肩を叩く。
「からかわないでくれ、母さん、
どんな曲を弾くのも僕の勝手だろ」
顔を少し赤らめて、そっぽを向く。
「やっぱり【彼】のことかな?
フフフ...あなたも乙女じゃな~い!」
「ち、違う!!!隼人のことじゃない!!!
そもそも私に想う人なんていない!!!」
顔を真っ赤にして反論するが、
その女性の母親はさらに笑みを深め、
「あらら~、名前呼び?
孫の顔も見れちゃうかも~!
もしかしたらひ孫も見れるかも~」
と、顔を少し赤らめ、
わざとらしい仕草をする。
それに対して、
「あんたにはデリカシーってものがないの!?」
と、その女性は母親に対して抗議する。
「あぁ~、そういえば来月に日本でコンサートの予定が入ってるから、準備の方もしておいてね~、愛しの彼にも出会えるかもしれないわよ~」
そうすると、その女性は数秒間置物のように固まり、
「き、聞いてないぞそんなこと!?
まさか北海道じゃないだろうな!?」
女性の表情は固まっていた時とは一変し、
まるでそこにまだ行きたくないようなものになっていた。
「さぁて?どこなんだろうな~」
それに対して、母親は白を切る。
「ふざけるなぁ!!もう!!」
----
高そうな銘柄の箱から、一本の煙草を取り出し、
薄い唇の間に加える。
ゆっくりと煙草にライターを近づけ、
少しずつ白い煙が立ち曇る。
「ふぅ~、我が子も独り立ちする日が来るのかな~」
今まで手間暇かけて育ててきた私の娘。
まぁ手をかけすぎてちょいと尖った性格になっちゃったけれども。
そんな娘を惚れさせるなんて、
なんて恐ろしい子なんだろう!
う~ん、私的にはもらってほしいんだけどな~。
顔もよし、スタイルもよし、
性格に難はあるが心を開けばいい子。
嫁に行く分には問題はないはずなんだけどなぁ~。
「しっかし、高校の頃に三角関係みたいな感じだったんだよなぁ...」
私の娘の麗華と、えっと~、なんだっけ?
花崎ちゃんで、隼人君のことを狙ってたような感じだったような...
というか、愛しの彼を日本に置いて海外に来ちゃっていいのかしら?
もしかしたら取られちゃったりして!
まぁ、そんなことを考えても仕方ないか!
「久しぶりの煙草はいいなぁ~、
ここ最近吸ってなかったからなぁ~」
最近は吸えるところが少なくて、
心細いのが現状の喫煙者なんだよね。
いつも喫煙所を見つけるときは、
若いころの遊び歩いていた自分を思い出す。
「ハァ...ハァ...やっと見つけましたよ社長...」
優雅に煙草を吸っている女性とは違い、
息が荒く、目は充血している。
そして、すぐに乱れたスーツを整えなおす。
「あらら咲ちゃん、どうしたの~そんなゾンビみたいな動きしちゃって~」
煙草を持っていない方の手をひらひらと動かし、
クスクスと笑う。
「あ、ちょっと何吸っちゃってるんですか!?
麗華ちゃんがどれだけ美奈社長のことを心配しているか分かっているんですか!?」
咲は慌てた様子で、美奈社長の手に挟まっている煙草を取り上げようとする。
「別にいいじゃない一本ぐらい!
あ、ちょっと取らないでよ!ちょっと高いやつなんだから!」
「知りません!とにかくダメです!
麗華ちゃんのことを考えれば、
禁煙なんて簡単でしょ!!」
そう言って、咲は灰皿に力強く煙草をぐりぐりと押しつぶす。
ジリジリと音が鳴り、それと共に煙草独特な香りが広がる。
「あぁ!何か月ぶりか分からない煙草がぁ...
はぁ...これだからあなたは独身なのよ、まったく」
手で煙を振り払いながら、
あきれたように言い放つ。
「独身のことは関係ないですよ!!
そもそもなんで煙草を吸ったことに対して注意した私が、
社長に呆れられなきゃならないんですか!!」
先程の走ったことによることではなく、
今度は社長に対する怒りによって顔を赤くさせる。
「もうそんなに怒らないの~、
そんなに怒ってると白髪も増えるし、
そのご自慢の顔にしわがついちゃうわよ~」
そんな風に起こっているのにも関わらず、
余裕そうに対応し、
ずっとクスクスと笑う。
「怒っていません!ただ注意してるだけです!
あと自分の顔を自慢したことなんて一度もありません!!」
はぁ...もういつもこうだ。
社長と会話するときは、いっつもこんな風に疲れるような会話になってしまう。
麗華ちゃんの為にも、禁煙をさせなければ...
「も~、そんなに拗ねないの、
その煙草はあげるから、機嫌を直しなさいな、ね?」
「拗ねていませんし!!そもそも吸いません!!!!」
----
「ふぅ~、あと少しかな~」
あと数日で、彼との約束の日になる。
正直に言ってしまえば、
彼が僕との約束を覚えているのか、ということも心配だった。
「というか思えばすごいことだよなぁ...」
僕が彼に出会ったのは中学生の時だった。
その当時は彼が邪魔だった。
だけどいつの間にかそれが変わって友情になっていた。
初めての友達
それは僕の人生にかなりの影響を与えただろう。
僕は周りと違っていた。
そんな異質な僕を救ったのは同じ異質であるの彼だったんだ。
僕は嬉しくてつい泣いてしまったよ。
そんな僕を彼はとても心配そうな顔をしてたけど、僕にはその心配すら初めてのことだったんだ。
家族にすら心配されたことは一度もなかった。
よくよく考えたら異常だ。
けど、僕は異質な存在だったからそれが当然だと思い込んでいた。
いや、思い込もうとしていた。
そんな僕に心配をしてくれたんだ。
僕は彼に救われたんだよ。
だから次は僕が君を救う番だ。
だからそのためには大嫌いなこの異質な特性も使ってあげる。
その過程にはきっと君が嫌なことも起きるだろう。
もしかしたらそのせいで僕は嫌われてしまうかも知れない。
けど、僕はもともとはそんな嫌われものだったんだ。
だから別にいいよね。
もとに戻るだけなんだから。
じゃあ、待っていてね、そして気を強く持ってね、そうすればきっと前へ進めるはずだからね。
『隼人』
ブクマ、ポイントお願いします!
なんとか二週間以内に更新することができました...(14日目)