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第十一話 【純粋】

「うぅ...もう無理ぃ...おうち帰るぅ...」

私は今、机に己の体重を全て預けている。

この会社に入社してから一か月間は楽々にノルマを達成できたのに、

日に日にそのノルマが増えていっている気がする。


「何馬鹿なこと言ってんの、私も手伝ってあげるから手を動かす!」

そんなことを呑気に言っていると、

私の仕事量を増やした原因と思われる人が近づいてくる。


「だってぇ、この書類軽く三十枚はありますよ?」

私のデスクには、幾重にも山のようにそびえ立っている、

膨大なデータが記されている書類があった。

しかも、その書類一枚一枚が重要であり、

万が一にも無くしてしまえば、

周囲からの冷たい視線を浴びることだろう。


「あのねぇ...たったの三十枚でそんな反応されちゃ困るわよ...

これからがもっと忙しいんだから...」


仁香先輩は、大きなため息をつき、表情を暗くする。

ん?ちょっと待って?今この人なんて言った?


「これからが忙しくなる?...

ソレッテドウイウイミデスカ?」


頭を後ろから思いっきりハンマーで叩かれたのかと思うくらいの衝撃が、

私のことを無慈悲にも襲い掛かる。

え?何?無理だよ私?

流石に過労死しちゃうよ...


「会議の内容全く聞いていないじゃない...

いい美野ちゃん?来月までには今回の企画を終わらせないと終わるわよ?」


...あぁ、そっか。

来月は確か出張だっけ?

確かその中に私はいないけど...

あ!?仁香先輩がいるんだ!?

...ってことは、仁香先輩の分の仕事が、私の手元に来る...と?


「ヒ...ひぇぇぇ...」

声にならない声が、自然と私の口を通っていった。


「やっと気づいたのね?

一応出張先でも、ここの仕事の分はやっておくけど、

流石にそれにも限度があるからね?」


「あ、あはは...はぁ...」

うん、愛宮先輩を頼ろう、

あの人ならば、迷える羊状態の私を助けてくれるはず...


「今あなたの中に浮かんでいる、

ズル賢いことは許さないわよ?私の情報網を舐めないでね?」


仁香先輩は私をジト目で見る。

...うん、この人の洞察力半端ない。

いや、ただ単に私が単純なだけか...


「ん~?私がどうしたの~?」


「うわっ!」

この人気配を消すのが上手すぎる...

ちょうど話の話題となっていた愛宮先輩が、

いつの間にか仁香先輩の後ろにいた。

でも、その表情はいつものような純粋な笑顔じゃない、

【何か】を心から【喜んでいる】ようなものだった。

それも、何かドス黒い、少なくともきれいなものじゃないと分かった。


「うわっ!って何よ~ひどいな~もぉ~」

そんなことを言いながら、書類の山に手を伸ばす愛宮先輩。


「大丈夫よ、仁香ちゃんはいなくても、【私】はいるから...ね?」

なんだろう、この違和感は...

いつもとは違う、それも、【あの時】と同じような感じだ。

いや、あんなことを思い出すのはやめよう、

もう過ぎたこと、今はそう思うしかない。

私の選択はそれしか...


「どうしたの?」


「ッ!いやぁ~、頼りにしますよぉ~愛宮せんぱぁい!」

と言って、顔を覗き込むようにしていた愛宮先輩に抱き着く。

はぁ...さっきのことなんて忘れるぐらい落ち着くなぁ...


「は~いよしよし、頼りにしてねぇ~」

あぁ...癒され


「ちょっと!まだ休憩時間じゃないでしょうが!!

あと頼るって言っても限度があるからね!!!」


あ、絶対に仁香先輩置いてきぼりにされて拗ねてる。

や~いや~いこっちには愛宮先輩がいるんだよ~だ。


「まぁまぁ、ちゃんと私も甘くしすぎないようにするから、

心配ないよ?仁香ちゃん」


そんな言葉に対して、何か癪に障るのか、

未だに不満そうな顔をしているけど、


「分かりました、それじゃ私は行くから」

と言って、書類を持って自分の席へ戻っていく。

...持って行ったの5枚だけかよ...


「あ、それじゃ私は10枚で~」


「おっ、ありがとうございます~」

そして、ニコニコ去っていく愛宮先輩。





「...え?...」




----

梓馬 美野、今日は休みであります!!!

万歳!有給万歳!何か月前の私か分からないけど、とにかくありがとう!


「さてさて今日は何をしよっかなぁ...」

結局昨日の書類は仁香先輩と愛宮先輩は半分やってくれたから、

意外と円滑に進んだ。

まぁ、その結果鋭い眼光で仁香先輩には、

私が親の仇なのかと思うほどの鋭い視線で睨まれたんだけどね...


「と、言っても...」


   やることない


「やばい...これは由々しき事態だ」

働く前までは、友達と買い物とか、カラオケとか行ってたけど、

そもそもの話、友達はみんな現在進行形で仕事を全うしてますよね、ハイ。

これは全く持って盲点...

私としたことが...無計画にもほどがある。


「とりあえず、朝ごはん作ろ...」


----

「ふわぁ~...疲れたぁ...」

仁香の見送りはとっくのとうに終わったし、

やるべき家事も全て終わらせた。

アルバイトの疲れが溜まってるせいか、

最近は昼間に眠くなってしまうことが多い気がする。


「ん~、ひとまず休憩休憩っと」

そう言って、テーブルの上に乗っているリモコンを手に取り、

テレビの電源を入れた。


【熱愛発覚!?あの人気芸能人が!?】


僕は、一瞬にしてテレビの電源を消した。


「よし、早めに昼ご飯作るか」

時間もあるし、久しぶりに手を込めて作ろう。

自分の為だけに料理をするのは滅多にない機会だ...

全力で立ち向かおうではないか...


僕は意気込んで、冷蔵庫を開けた。


「...ないじゃん」

中身はほぼほぼだった。

精々入っているのは魚肉ソーセージ三本。

そして、福神漬け。


これで一体どのように調理しろと?

いや、待てよ?、魚肉ソーセージに福神漬けを乗っけて...

あ、やめとこう、何か奥から込み上げてくる。


「買い出し...だよなぁ...」

僕はテーブルに置いてあった、

手帳と財布と鍵を取って、その場を後にした。


「しかし、メニューはどうしようか...」

仁香に何かを作る場合は、

仕事に影響がない適切な量に、

日々彼女には健康でいてもらいたいから、

できるだけ栄養価の高い物を重点的に使って、

彼女の好き嫌いに合わせた料理にしている。


でも、今回はあくまで僕しか食べない料理。

いつもなら、夜ごはんのために作り置きするけど、

今日は珍しく事前に外食をするというメールが送られてきた。


僕は好き嫌いがあまりない。

人間が最低限食べられるものなら大体は気にせず食べれる。

う~ん...どうしよ。


僕は、自分の昼ご飯のメニューを作るための具材や、

今日はスーパーの五パーセントセールなので、

少し高い物を買っても良いのではないだろうか?

という葛藤に駆られている。


「おぉ~久しぶりなのだよ~」


しかし、セールだからといって贅沢をしすぎるのもどうなんだろう?


「ちょ、ちょっと~」


そもそも、僕が持っている金額は...


「無視しないでよ!!!」


「ん?あぁ鹿娘、久しぶり」


「何その冷たい対応!?流石の鹿娘ちゃんも傷ついちゃうぞ~」

そう言いながら、僕の頬を突っ突いてくる鹿娘。

地味に彼女の爪は長いから、結構奥に刺さる。

まぁ中学時代からずっとやられてきたので、

流石にもう慣れてしまった。

何故か、衝撃や斬撃には弱い癖に、刺突には耐性ができた。


「てゆうかなんでここにいるの?

あんまり鹿娘って外に出ないイメージあるけど?」


鹿娘はこう見えてインドア派で、

外で遊ぶということは少なかった。

でも、同窓会とかには必ずきて、

みんなを盛り上げてくれることが多かった。

まぁ、同窓会なんてもうないだろうけど。


「それはね~、ホレ!」

そう言って、彼女は僕に向かって紙を見せつける。


「ハングリーメイトの一箱割引券?...」

ハングリーメイトと言えば、

一パックで一日に必要最低限の栄養を取れて、

美容にもいいと聞く有名なバランス栄養食。


「そうなんだよ隼人君!!だから!」

鹿娘は僕の肩を掴んで、


「荷物持ちを頼めるかな?」


「...えぇ...」


----

「ニシシ~、荷物持ちゲットなのだよ~」

そう言いながら、スーパーの周りを見渡す彼女。


「僕は、えっと~」

ポケットに入れていた手帳を見ていく。

僕が作りたいのは生姜焼きとみそ汁だから...

てゆうか一気に買った方がいっか。


僕は近くにあった油揚げをかごのなかに二つ入れる。


「おぉ~、早速使ってくれる~うれし~なぁ~もぉ~」

彼女はまた僕の頬を突っ突く。

そして、たまにぷにぷにともむ。


「ふぁんかふぁのふぃんでふぁい?」

今、僕の頬は両手で無理やり広げられているので、

ものすごく喋りにくい。


「そうかな~?ニシシ」

うん、絶対楽しんでる。


「ぐるぐるっぱっと!」

頬をぐるぐると回された後に一気に離され、

拘束から解放される。


「君は表情が硬いからね!もっと柔らかく、ね?」


「お、おう...」


----


「はぁ...やることがないからってこれはないでしょ...」

私は今、仁香先輩の家の近くを徘徊している。

何故なら仁香先輩の旦那さんをこの目に焼き付けたいからである...

普通に考えてこれはストーカー行為も同然。

しかし!ここまで来て、ハイハイさようなら~

とは絶対にならないという自信がある!


「しっかしまぁ~家大きいなぁ...」

普通に私の家よりも大きいし、

デザインもイケている...


「うぅ...もう帰ろっかな...」

おい私!さっきの自信はどこいった!


----

「少し買いすぎじゃないかな?」

僕の両手は、ハングリーメイトの箱でいっぱいいっぱいで、

僕の買ったものは鹿娘に持ってもらっている。

しかも、地味に僕が持っている箱の上に小さな十円ガムが置いてある。

鹿娘曰く、無事に自分の家まで落とさすもっていってくれれば、

これをあげようとのことらしい。


「ん~?いつもより半分近く少ないけど?」

そう言いながら、僕が買ってあげたスナックを口に投げる彼女。

え?これで半分?


「というか自炊とかしないの?」

確かにハングリーメイトは栄養バランスはいいかもしれないが、

いつか飽きるということは起こらないのだろうか?


「自炊ねぇ...めんどくさいなのだよ~」

彼女のトレードマークであるアホ毛が右往左往している。

あ、誤魔化してるな。


「まぁ健康を崩していないのならいいんだけどさ、

いつか作りに行こっか?」


「え?」

と、キョトンとした表情をしていた。

スナックが口の中に入ったままで、

彼女の瞳は、一体どこを見ているのか分からないほどに、

透き通っていた。


「?」

これに対して、僕も疑問の表情を浮かべる。

僕今変なこと言ったかな?

確かに僕から彼女に何かを誘うことは珍しいのかもしれないけども...


「フーン...やるじゃん...」

頭をポリポリと掻いて、

アホ毛と同じようにそっぽむく鹿娘。


「?、ところで手帳の後ろにあったあれって何?」


「それはね~...


----


「うん、帰ろう」

結局三十分ぐらい張り付いたが、

何にも動きがなかった。


私は肩を大きく落とし、

帰路に就こうとした時に、何かが肩にぶつかり、

「な!?」

と、情けない声を出して尻もちをついてしまった。


「だ、大丈夫ですか?」

そこにいたのは、私が心底一目見てみたいと思っていた、

その人だった。


「あ、いやダイジョウブデス...

イヤホントに...」

と、小さく頭を頷かせて、

足早にその場を去った。


----

「ん~、結局何なんだろ?」

さっきぶつかってしまった人はなんな挙動不審だったし、

顔も少し赤かった。

それに手を差し伸べたのに、完全にスルーされてしまったことも、

地味に傷ついている。


やっぱり僕って頼りないのかな?


----

「それじゃいってらっしゃい、仁香」

僕は自分ができる限りの満面の笑みを浮かべて、

彼女にいつもの言葉をつげる。


「...いってきます」

そうして彼女はドアを開け、

会社に向かっていった。


「おぉ...なかなか珍しいなぁ...」

何故だろう、こんなたった一言で幸せな気持ちになれる僕は単純なのだろうか?

それとも彼女自体が誰でも幸せにさせるような人間なのだろうか?

にしても本当に珍しい。

こんなのは新婚の時以来かもしれない。


「あ、今日アルバイトか」

時計を見てみると、ちょうど二時間前ぐらい。

なんだろう、アルバイトを続けてみるのもいいかもしれない。

いつか、少しでも彼女の役に立ちたいから。


----


「はやときゅ~ん、今日はお客さん少ないね~」

机の上に置いてあった鉛筆で、

変な絵を描きながら、斎条先輩は他人事のように言う。


「そうですね...先週は休み暇がないくらい大変でしたから...

そんな状況でも悠々とここで寝てる人がいましたけどね~」


そう、あんな地獄のような忙しさだったのに、

この人はここでいびきをかきながら寝ていた。

しかも、顔の部分に雑誌を載せて死んでいるように寝ていた。

その間に僕はあんなに苦しい思いをしたのにも関わらず...


「いやぁ...それを言われると痛いなぁ...」

と、頬杖を描く先輩。

こんな風に責めるはいる僕だが、

実際のところ、先輩は休んでいたとしても、

普通にこの店を回すためには必要不可欠な存在。


注文を取ったり、食器を運ぶことは、

かなりの危険性があるので頼みにくいが、

接客や掃除、食器洗いなどでは頭一つ抜けて上手い。

正直僕の家事のセンスを簡単に超越している。

ただ単に僕にセンスがなさすぎるだけかもしれないが。


「最近さぁ、なんか家に一人でいることに寂しくなっちゃってさ、

ずっと恋愛ゲームやってたんだよね~」


うん、ここまで来て誤魔化す人は初めてかもしれない。

「そんな透き通った嘘をつくのはやめてください...

そもそも斎条先輩が寂しくなることなんて...」


「あるよ、普通に」

と、急に真剣な表情で言う。


「君も、一人の時に寂しくはなったりするでしょ?」


「まぁ...一人の時には寂しくなったりはしますけど、

僕には妻がいるので、そこまで苦ではありませんね...」


そうすると、彼女はニヤリと、

またあの時の小悪魔のような笑みを浮かべ、

「へぇ~やっぱり結婚してたんだぁ~?」


そうして、僕に顔を近づけて、

この部屋の外にいる紀伊野さんに聞こえないような声量で、





「君のその気持ちは、本物かな?」






第一章 日常編 

-完-


第二章 波乱編 始動

大変更新が遅くなってしまい申し訳ございませんm(__)m

リアルの方で忙しいといった理由や、なぜか急に短編を書きたいという意欲に駆られ、一か月以上も更新できなかったことについては、本当に申し訳ないと思っています...

次の話からは、第二章 波乱編といったもので、日常編とは打って変わって、本当に波乱ですね、個人的にはここが一番書きたかったんですよね、揺れ動く隼人の〇〇〇だったり、いろんな人物の〇〇だったりしています。更新スピードとしては一週間~二週間に一話だと思います。今後とも応援よろしくお願い致しますm(__)m

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