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第九話 【癒えない心】前編

「やっぱりすごいなぁ」

私は社内の自動販売機で買った、お茶を飲みながら感心する。

だって休憩時間にも、ものすごいくらい働いているんだもん。


「......」

仁香ちゃんは黙々と作業を続けている。

多分書類の量からして私の2倍くらいかな?

一応上司だけど敵う気がしないや。


「あ!愛宮先輩!ちょっといいですか?」

後ろから元気ハツラツな声が聞こえてくる。

社内のムードメーカー、美野ちゃん。


「ん?どうしたの?」


そうすると、美野ちゃんは私の耳元で、

「あの、今日も飲みに行きませんか?」

と、小さな声で囁いた。


「なんか大事な話?」

この子が、仁香ちゃんとしょっちゅう飲みに行っていることは知っている。

でも、そんな時は大体、


「せんぱ~いぃ、割り勘でもいいんで飲みましょぉぉ」

と、公の場で仁香ちゃんにしがみついているところは見た。

その時の私はドン引きしていたのが、

私の記憶に深く刻まれている。


でも、今日はあんな風にしがみついてないし、

飲み相手が私だし、

考える限り大事な話だとは予想できる。


「はい!そうなんですよ!

今後私の人生において最重要の選択なんです!

仁香先輩なんかには話せないことなんです!」


...この子よく上司の目の前でこんなこと言えるなぁ。

「そ、そこまで大事な話なら...

分かった、ちょっと時間取ってみるね」


今日は残業しなくても済みそうだし、

後輩の悩みを聞くのも先輩の役目!

...さすがに恋バナだと力にはなれないと思うけど。


「ありがとうございます!

8時に集合でお願いします!」


美野ちゃんは自分の席に戻ろうとして、

後ろを振り向いた。


「へぇ、誰があんな先輩ですって?」

美野ちゃんの後ろには腕を組み、

私でも震えあがりそうな程不気味な笑みを浮かべた、

仁香ちゃんが立っていた。


「あはは、ちょっと見回り行ってきますね」

美野ちゃんはそれに対して中身がない笑い声を発し、

出口に向かって足早に撤退しようとしたが、


「誰が逃がすとでも思っているの?」

美野ちゃんの肩に手を置き、

無理やり振り向かせ、


「ノルマ、もう終わったみたいだから」

後ろに親指を向けて、

「追加、しといたわよ?」


美野ちゃんの席には、

山の様に積まれている書類があった。

...あの量は私の3倍、いやそれ以上かな?


「あぁ...あはは...」

美野ちゃんの表情から生気がなくなっていく。

そして、そのまま自分の席に戻っていった。

足取りは早いが、一歩一歩が重く見える。

頑張ってね、美野ちゃん!

私は先に帰ってるから!


「すみません愛宮さん、私の部下があんなことをしてしまって」

と、仁香ちゃんは頭を下げる。


「だ、大丈夫だよ!全然気にしないから!」

逆に私が敬語を使いそうだよ...


「そ、そうですか」

そう言って、彼女は自分の席に戻る。

そういえば仁香ちゃんとは一度も飲んだことないな。


「あ、そうだ」

美野ちゃんと飲めないなら、

仁香ちゃんと飲めばいいじゃない!

...ただ単に私が飲みたいだけか。


「ねぇ仁香ちゃ~ん」

私は彼女の肩を掴み、


「今日、飲みに行くよ!」


----

「...愛宮先輩、何故こうもうまくいかないんでしょうか」

私と仁香ちゃんは、飲み屋街で呆然と立ち尽くしている。

しかも真っ暗な飲み屋街。


「ホント、なんでだろうね」

私は残業することになってしまった。

なにせ美野ちゃんが作っていたデータが一瞬にして消し去ったらしい。

そして、それのカバーを任されたのが、

私と仁香ちゃん。


データを復元しようにも初期化されてて履歴は残っていない。

結局は最初からくみ上げることになってしまった。

そして、気づいたらこの時間帯。

見る限りどこもしまっている。


「...私の家で宅飲みしますか?今日は休みですし」

なんかすごい気を使われてる気がする。

部下の気遣いを無駄にする上司ってどうなんだろ?

でも、さすがに...


私は、そう思って押し黙る。

そうすると、仁香ちゃんは気まずそうな顔をして、


「あ、気を使わなくても大丈夫ですよ?

私自身もお酒は好きですし、

なんなら泊ってもいいですよ?」


...どうしよう、本当に断りずらい。

個人的には仁香ちゃんとは今後仲良くやっていきたいし...

またこうして仁香ちゃんと一緒に飲む機会があるかも分からないし...

よし!飲もう!


「それじゃ、行こっか!」

こうして私は、仁香ちゃんの家で宅飲みすることになった。


----

「......」

私は普通に絶句していた。

一応私も会社では上層部。

給料もそこそこよく、会社の近くのタワーマンションに住んでいる。

それに対して仁香ちゃんは、


「ここが私の家です」

でっかい一軒家。

え?何この家?なんかすごい悔しいんだけど。

ウチの会社ってこんな家建てれるほどの給料だっけ?...


「あはは...敵いっこないや」

私が乾いた笑いをすると、

仁香ちゃんはキョトンとした顔で、


「どうしました?」


「な、なんでもない...よ?」

少し引きつっている笑顔の気がするが、

何事もなかったかのように装う。

内心はすごく落ち込んでいる。

はぁ...ちっぽけな存在だなぁ...私...


そうして、仁香ちゃんの家に入った訳なんだけど...

「......」

さらに劣等感が増した。

うん、もう考えるのはやめよう、

もう私の心は、

「やめて!もうこれ以上傷つけないで!」

と叫んでいるようだった。


「あ、仁香、おかえり」

玄関の奥の扉から出てきたのは、


「......」

もう無理、帰りたい。

雑誌にでも載っているかと疑問に思う程のイケメンな男性。

そして優しそうな顔立ちに、不思議な雰囲気を纏った男性。


...仁香ちゃんって...既婚者だったんだ...

なんだろう、もうこの子に勝てるところなんてない気がしてきた。

...それにしても...この人ってどこかで会ったような...


「仁香、その人は誰?」

その男性は、首を傾げ、不思議そうな顔で私を見る。

...絶対あの時の人だ。

私が急いで引っ越し先に走ってた時に、

街中で迷える子羊みたいにウロウロしてた人...


あの時は急いでたからあまり顔を見てなかったけど、

ここまでイケメンとは...で、でも、結婚してるとも限らないし...

まだ同棲ってだけじゃぁ...


「会社の上司よ、家で飲むことになったから」

...ラブラブって訳じゃなさそうね...

てゆうかこの時間帯に帰って来ても、

待っていてくれる夫って...はぁ...憧れるなぁ...

私は20代後半だけど、未だに独身。


家族からはお見合いを無理やりされそうになってるけど、

そんなものは全部突き飛ばしてる。

自分の人生と共に添い遂げてくる人を他人に決められるなんて、

何があったとしても御免だよ...


「それじゃ缶ビールでいいかい?

日本酒は切らしてるんだ」


あぁ...私も欲しいよぉ...

こんな気が利く夫が欲しいよぉ...


「あら、そう」

なんでそんなに素っ気ないの!?

普通ありがとうとか言うでしょ!

あ、分かった、この子って、

夫さんがいることの幸せを認識していないんだ...


「あ、私の旦那の、隼人です」

...やっぱり結婚してるのぉ...


「こんばんは」

と、彼は私に向かって笑顔でそう言った。

...私は、この笑顔を見たことがあるような気がした。

落ち着いた雰囲気で、それでいて無邪気な笑顔。

...やめよう、そんなことはあるわけがない。


「僕が準備してくるから、

仁香と...えっと~お名前は?」


そういって、彼は私の顔を見る。

わぁ...正面から見たらさらにかっこいい...


「?...」


「ッハ!わ、私は愛宮 琴乃って言います!」

...なに部下の旦那に敬語してんだこの馬鹿は。

いや、でも、初対面の人には敬語って教えられたし。

にしても恥ずかしい。

仁香ちゃんがものすごく驚いた顔で私のこと見てるし、

はぁ...今すぐこの場から逃げ出したい。

でも、もう少しこの人と話してみたいし...


うん、何考えてんだろう私。

部下の旦那だよ?それに見惚れてどうすんの!私!

「それじゃ、愛宮さんはリビングで待っていてください」

そう言って、彼は台所に向かう。


しかし、気づいた時には、私は彼の裾を掴んでいた。

「何か御用でしょうか?」


「...のでいいです...」


「?...」


「琴乃でいいです!」

...な~に言ってんだ私。

初対面の人に名前で呼ばせるって...

ダメだ、この家にいるとおかしくなる。

いや、この人といるとおかしくなる、の方が正しいのだろうか。


「分かりました、琴乃さん」

...やばい全身がクラクラしてきた。

あぁ...もう死んでもいいや...


「ちょ!先輩!?」

仁香ちゃんは私のことを助けようとしたが、

距離があったためその手は届かなかった。


「はぇ?」

それなのに、私の体は地面に衝突していなかった。

背中にはお世辞にも強いとは言えないような、

とても弱弱しい力が加わっていて、

どこか温かくて、懐かしい匂い。

ずっと、ずっとこのままでいたいと思ってしまう程の安心感が、

そこにはあった。


「大丈夫ですか?」

私の目の前には、

仁香ちゃんの旦那さんの顔があった。


「あぁ...あぁ...」

顔がどんどん熱くなっていく。

胸の奥の鼓動が収まらない。


「は...はぇぇぇ...」

私は、この瞬間から意識が途絶えた。


「え!?ちょ!?ちょっと!?大丈夫ですか!?」

あ、ヤバイ、手の感覚が。

僕の体は人の体を支えられるほどの力はない。

...まずい、どうしよう。

そう思った僕は、琴乃さんを自分の方へと引き寄せる。


そして、僕の胸に、何度か経験したことのある柔らかい何かが当たる。

「なぁ、仁香、どうしてそんなに僕のことを睨んでいるんだい?」


僕の目の前には、頬を赤くして、

腕を組み、僕のことを睨んでいる。


「えぇ、私よりも大きいものねぇ?

反応するのは必然だものねぇ?」


...なんで拗ねてるんだ?

もしかして琴乃さんの胸が当たっていることに対してかな?

別に拗ねる程のことじゃないのに。

何回も仁香の触ってるし...


「ごめんって、もうしないから」

そう言って、僕は彼女に微笑みかける。

最近は笑うことが多くなったと自分でも思っている。

やっぱりこれも斎条さんのおかげなのだろうか?

彼女と遊びに行ったことで、僕の表情が柔らかくなったのだろうか。

普通に笑うだけで幸せな気持ちになってくるんだ。


「そう、ならいいわ

愛宮先輩ならソファーかベットで寝かせておいて」


そうして、仁香は洗面台の方へ行ってしまった。

...風呂沸かしておいてよかったぁ...


あれ、結局琴乃さんはどうすればいいんだ?


----

「うぅぅん...もう朝か...」

今日は珍しく体が軽い。

今日はアルバイトがないから気楽なのかな?

いや、ただ単に仁香が休みだからか。

ってことは弁当は作らなくていいってことか...


...う~ん、なんか複雑な気持ちだな。

仁香の役にも立ちたいけど、

自分は休みたい。

ま、そんなことに関係なく朝ごはんは作らないといけないんだけどね...


そうして、僕はリビングまで歩いていく。

昨日はそもそも食べるタイミングがなかったから、

結構な量が残ってしまっている。

あ、琴乃さんに食べてもらえばいいか。


「......」

普通に琴乃さんはソファーで寝ている。

さすがに仁香の部屋で寝させるわけにはいかないし、

かといって僕の部屋で寝かせるのもあれだから、

結果的にはソファーということになった。


琴乃さんってどんぐらい食べるのだろうか。

う~ん、まぁそこらへんは後々考えるか...


「よし、やるか」


----

「...ふぇ?」

私の視界には、見知らぬ天井があった。

私の家よりも高い天井で、

ふかふかの毛布が私にかかっている。


...あ、そっか、私気絶したのか。

なんだろう、すごく微妙な気持ち。


そんなことを寝っ転がりながら考えていると、

後ろから、何か物音が聞こえる。

私はすぐに振り返ると、


「あとは~」

冷蔵庫から皿を取り出している彼がいた。

...私はこの光景を毎日見ていたいという邪念をすぐに振り払った。

だって部下の旦那よ?

それを奪うって...結構最低じゃないかしら...

私だって【あの子】を奪われたら、

もう立ち直れる自信なんて微塵もないし。

もし奪われたなら、数日間は引き籠るだろうぁ...


...何故私の物でもないのに、

奪われるとかど~たらこ~たら考えてんだろ?

私は体を起こし、毛布を畳むと、

彼は話しかけてきた、


「おはようございます、

琴乃さんの分も準備していますから、

あと少し待っていてください」


そうして、彼は私に微笑みかける。

これ絶対私に気があるよね!?そうだよね!

奪っていいよね!

...20代後半の人間なんかは当てにもされないか。

ははは...はぁ...


ん?...ちょっと待て...

琴乃さん?...

なんで名前なの?

正直に言って、なんか新婚気分なんだけど...

まぁそんなことは経験したことないんですけどね...


「あ、あの...」

私は、何故名前で呼んでいるのかを聞こうとした。

でも、その選択は間違いだった。


「?...どうしましたか?琴乃さん」

彼は首を傾げ、キョトンとした顔をしている。

私が本題を聞く前に、

琴乃さんという、インパクトが半端ない呼び方をされたのだ。


「あぁ...」

こうして、私はまた、倒れた。


「琴乃さん!?ちょっと!大丈夫ですか!?」

ブクマ、ポイントよろしくお願いします!

更新遅くなってしまって大変申し訳ございませんm(__)m

今後は一週間以内には更新するよう努力します(^▽^)/

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