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君の笑顔も縹渺で  作者: 折葉こずえ
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寮へ

 寮へ



 自宅から寮までは2時間ほどかかる。

 すっかり柔らかくなった南風を受けながら寂れた商店街を抜け私は駅へと徒歩で向かう。

 寂れたと言ったけれど、はっきり言って私の記憶にはこの商店街が賑わっていた記憶などないし、物心ついた時からここはこんな感じ。ここが寂れているのか賑わっているのかどっちなんだろう。

 おじいちゃんやおばあちゃんは歩いているけれど、私のような年頃の人達は全くいない。だって入りたいお店が無いんだもん。



 最寄りの駅から新幹線の駅まで行って、新幹線に乗り換えて1時間。更に私鉄で30分程。更に更に、そこから20分程歩かなくてはならない。


 新幹線の駅までたどり着く。私の歩調に合わせて一匹の鳩が私の前を首を前後に忙しく動かしながら、私の進行方向にせっせと歩く。いつしか私が諦めない事に観念したのか、「ククク」と捨て台詞を吐き飛び立つ。

 次の列車がやってくるまで15分程あるようだったので、コンビニでサンドイッチとジュースそしてアーモンド入りのチョコレートを買い、ホームのベンチでサンドイッチをムシャムシャと頬張りながら4月から始まる高校生活を想像する。


 私の過去を知らない新しいクラスメイト達との出会い。今度こそ友達を作って街に遊びに行ったりサトーヨーカドーで買い物をしたり。

 そんな当たり前のことが出来なかった中学時代とオサラバするのだ。


 新幹線の車窓から、遠ざかってゆく私の生まれ育った大嫌いな街を全然見ないでアーモンドチョコを摘まんで口に入れる。煙突ばかりで見たくもないし。



 寮の最寄り駅に降り立った私はスマホで寮までのルートを検索する。勿論徒歩でのルートだ。

 駅前は私が生まれ育った街とは違い、空は狭く、道行く人々もどこか余裕がなく、それでいて街並みは洗練されており、あらためてこの街の大きさを実感した。

 道行く学生たちの制服もお洒落で可愛く否応なしに胸が高鳴る。


 寮までの道のり、朝有難かった冬物のコートは今の私にとっては亀仙人の甲羅と化し、更には背中に担いだリュック、両手にはスーツケース、おまけに陽も高く昇りじんわりと汗ばんでくる。

 うぅ……、暑い……。

 お母さんは駅から寮までタクシー使えと言ったけれど、やっぱりお金がもったいないし、浮いたお金で美味しい物でも食べたほうがマシだ。


 やっとの思いで寮の敷地前の門までたどり着くと、そこには大きな棟が左右に1つづつ、その中央に2階立てのやや小さな棟があるのが見える。

 中央の小さな棟の前に守衛室らしきものを見つけたので中の人に声をかけた。


 「すいません。今年入学する水原菜端穂(みずはらなばほ)です。入寮の手続きをしたいのですが」

 守衛室の奥の小部屋で何やら食べながらテレビを見ていた年配の女性が、

 「はーいはい、ちょっと待ってね」

 と言いながら慌ててお茶で口の中の食べ物を流し込んでいる。


 「ごめんね、お待たせ。もう一回名前お願い」とおばさん。

 「水原菜端穂(みずはらなばほ)です」

 「水原さんね。えーっと、一人部屋かしら?」

 「はい、一人部屋でお願いしています」

 寮には一人部屋と二人部屋があり、それぞれ値段が違う。当然一人部屋の方が高い。


 「あー、はいはい、水原さん。えーと、306の部屋だね。あっち側の建物の3階の部屋。3階に上がったら階段から順番に123、となってるから6番目の部屋だね」

 そう言いながらカギを手渡された。

 「ありがとうございます」

 「あ、これ忘れないで」

 そう言っておばさんは一冊の冊子を手渡してきた。

 「これ寮の規則ね。基本的に門限は夜の8時。それ以降の外出は許可がいるからね。あと、そこの建物の中に食堂とロビーがあるから食事はそこで取ってね」

 と、中央の小さ目の棟を指さして言う。

 「あと、向こう側の建物は男子寮だから立ち入り禁止。勿論男子が女子寮に入るのもだめ。食堂は男女共用だからそこの建物のロビーは男女つかえるよ」

 どうやら寮の敷地の入り口から見て左が女子寮、右が男子寮のようだ。中央の建物には食堂とロビーがあるらしい。


 「あともっと色々規則があるけど説明しきれないからそれ読んでおいてね」

 といって冊子を指さす。

 「夕食は午後5時から8時まで。好きな時間に食べにおいで」

 「分かりました、ありがとう」

 私はお礼を言って女子寮の方に向かった。


 

 女子寮の玄関を通ると小さなロビーがあり、左右に郵便受けのポストが各部屋づつある。 ポストの先には更に小部屋があり、そこにも守衛室があるけれど、今は誰もいないようだ。

 何も入っていないだろうけど一応ポストを確認すると意外にもたくさんのチラシが入っている。 チラシと言ってもお店の広告などではなく、部活の勧誘のチラシのようである。

 私はそのチラシの束をとりあえず口に咥え、前方右側に見える階段へと向かった。


 両手に抱えたスーツケース、背中のリュック、口にはチラシの束。この状態で階段で3階まで上がるのは骨が折れたが、とにかく3階まで到着すると真っすぐ廊下が伸びていてすぐ目の前の部屋には301のプレートが付いている。

 そのまま廊下を進み306号室の前まで来るとカギを開けて扉を開ける。しばらく淀んでいただろう空気が私に纏わりつき、そして廊下へ抜けていった。

 私は靴を脱いで室内へ入る。

 室内には簡素な勉強机、ちゃぶ台、それと床に布団が三つ折りに畳まれた状態で置かれていた。

 テレビは無いのか……。

 一先ずスーツケースから制服を取り出し、ハンガーにかけてカーテンレールに吊るした。

 

 ふとカーテンを見ると、先住者の頃からの物であろうか所々薄汚れている。このカーテンは交換する必要があるな。



 この部屋で3年間過ごすのだ。期待と不安を感じつつ母に到着のLINEを送った。


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