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魔導書取り扱ってます  作者: もんた
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「くあぁぁっ」


周りを憚らない欠伸をしながら、おれ東出健斗は今日も肉圧の強い通勤電車に揺られている。

自業自得の睡眠不足のワケは最近ハマっている素人投稿小説の区切りがつかなくてタブレット端末の電源を落としたのは何時もの就寝時間をたっぷり過ぎた午前2時だったからだ。



おれが都内の地方銀行に入行して早6年。

数年に一度、支店異動があるが乗り換え含めても電車の通勤範囲だ。

最初は慣れない営業から始まり融資の相談やら資産運用の勉強もそれなりに熟し一時は結婚を考えたカノジョもいたりした。

だけど人手不足であまりの忙しさにカノジョとは疎遠となり実家で同居していた両親とは2年前に死に別れた。仲の良かった親は海外旅行先で仲良くテロに巻き込まれてそれっきりだった。

さすがに自分の身にこう立て続けに不幸があるとやり切れなさに鬱々とし、お客様に笑顔を向けることもできなくなった。


なにもしたくない。鼓膜にモヤが掛かったように話しかけられても無表情で応対するただ仕事のできる人形。

親を喪ってからは上層部もおれを見て表で使えないと判断したのか本店の総務に異動になった。


「ゆっくりでいいから。ココロを癒やしなさい。きみは立ち止まって周りを観察したり情報を取り入れたりした方がいい。生き急いでいいことはなにもないよ」


新しい上司となった総務部長に異動の挨拶に行った時にこう言われた。

その時、親を喪ってからも喪失感ばかりで泣けてなかったのに堰を切ったように涙が止まらなくなった。

これまで同情や哀れみで接して貰えてもおれ自身をちゃんと慮ってくれた人は居なかったのだ。擦っても擦っても涙と鼻水の洪水が収まらない。


「す・・・すびば・・・せ・・・・・・」

「私は会議があるから失礼するが気の済むまでここで泣いていくといい。これが吹っ切れる切掛になるといいね」


ダンディな面長の総務部長はそう言っておれが気の済むまで部長室を空けてくれた。

今振り返ると大人として大変恥ずかしい限りだが部長の言うようにこれが切掛となっておれは鬱からのリハビリとして読書で情報を取り入れる趣味を見つけたのだ。

おかげさまで最近ようやっと窓口に復帰できるくらいには笑えるようになったと思う。


おれの読書は手当たり次第に本屋に並んでいる売れてるハードカバーや文庫本、自己啓発本に漫画、料理本等多岐に渡った。

が、あまりに手当たり次第だったため一人暮らしの実家とはいえ直ぐに処分するには多すぎる量が積み上がり何度目かの古書処分の後にタブレットで携帯小説を読む選択に切り替えた。


(素人作品でも面白いやつがあって発掘するの楽しいな)


設定が細かくて登場人物がちゃんと動いてる作品がおれは好みだ。

アラサーはエロもそろそろ食傷ぎみなのだ。

今ハマっているのが20代美容師男子が幼なじみの刑事に助言して事件解決する推理小説。

お客さんとの何気ない世間話が事件解決の取っ掛りになっておれとしては大変面白く読ませてもらってる。難点なのが面白くて区切りがつかないところだ。



そんなわけで寝不足を解消すべくギュウギュウの電車で目的地に着くまで立ち寝をする。

6年も電車で通勤をしていると立って寝るのもお手の物だ。何時もの定位置で足を踏ん張れる位に広げながら目を閉じる。

ふっと。満員で息苦しいはずの電車の中なのに空気感が乾いたものに変わった気がした。


(電車で乾燥機でも入れたのかな?それとも夢か)


目を閉じたまま様子を伺うがそういえばレールを走る振動が足に伝わってこないしガタンゴトンもゴーッという電車特有の音すらも聞こえない。

さすがに気になって目を開けるとそこは360度赤茶けた荒野が広がっていた。


「圧迫饅頭どこ行ったよ!」



思わず叫んでみたが見渡す限りの地変線が見えるだけで返事など反ってはこない。

ここがどこだか全く検討もつかないが当然おれの目的地の駅ではないし、こんな西部劇の果たし合いになるロケーションは身に覚えがあるはずがない。

空は青紫で雲一つなく草木も生えない赤茶けた大地は写真でみたことのあるオーストラリアのエアーズロックに似ていた。最もここはあの観光地のような『ヘソ』は存在しないただの地平線なのだが。

徐に腕時計で時間を確認してみる。


「8時18分・・・秒針が動いてるってことは時間の概念はあるのか。最もここが地球とは限らないけど」


普通なら今頃電車を降りて改札を潜っているくらいだ。

そして何時もなら駅前のコーヒーショップでモーニングを取るんだ。

朝のあのコーヒーの薫りはもう嗅げないのだろうか。


(あー。詰んだな。こりゃ)


スーツが汚れるのも厭わずにその場にケツをつけて座り、そのまま大の字で寝転がる。

情報社会に生きてきたおれは突然全く情報のない場所に放りだされて生きていける気がビタ一文しない。

看板ひとつ見当たらないこの場所は進むべき方向すら指し示すものがなく、荒野がどこまで広がっているのかも未知数で,しかも地球なのかもわからないとなると今のところ生命維持に役に立ちそうなのは今朝家を出る時に持ってきた魔法瓶に入ったお茶だけだった。


(せっかく心機一転一人で頑張っていこうと思った矢先なのに・・・部長、すいません)


生きる指針を教えてくれた恩人に心から詫びる。おれが居なくなってあの人に傷が遺らなければいいけれど。


『小僧・・・起きろ、小僧』


まさか普通に通勤して見知らぬところに拉致られるとは思ってもみなかった。


『起きろ小童がぁ!!』

「ってぇぇぇな!!!」


ガツンと額に熱い物をぶつけられた衝撃で閉じていた目をバチリと開ける。

するとおれの胸の上には掌サイズの焔を纏った長髭のじいさんが杖を両手に握って二撃目を狙っているところだった。


一度投稿したつもりだったのが消えていて思い出しつつ再投稿

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