友人達の謝罪と男達の反撃ののろし
「……先に行ってて」
何か、自分にだけ話したい話があるのだと判断したラヴェンダーは、ジェイ達にそう言って踵を返す。
対してジェイはひらひらと手を振り、アレクはぺこりと頭を下げて、部屋を出ていった。
部屋の扉が閉まるのを見届けて、二人がラヴェンダーの元に歩み寄ってくる。
「……ごめんなさい。今までずっとこんな重要なことを隠していて」
ラヴェンダーの両手を取り、エリーゼが言う。
「本当にここからは危険なことが増える可能性が高い。降りてもいいんだぞ」
相変わらず男性のようなぶっきらぼうな物言いでフェリスも続けた。でも、その…の瞳にはラヴェンダーへの紛れもない気遣いがある。
「ジェイ様達は戦闘能力のある方々とお見受けしましたし、その上での復讐から覚悟はおありのはずです。でも、貴女はせっかくヴェルフ家に引き取られて、優しいご家族もいるのだから、無理をすることはないのよ」
「できるなら降りるか、あるいは私たちと同じ後方支援に回ってほしいーーそう、エリーゼ様達と話していたんだ」
エリーゼとフェリスのラヴェンダーを思っての言葉に、ラヴェンダーは何かを堪えるように深く目を閉じた。
確かに、礼儀作法や馴染みのない言語や経済学などを叩き込まれる時間こそ苦痛で辛かったが、ヴェルフ家の人々は皆優しく、両親とともに行方不明になっていた姪、あるいはいとこが見つかったことに喜んでくれたし、家に馴染めるようたくさん気を遣ってくれた。
今ではだいぶ本当の家族のようになってこれたと思えてはいる。
だがーー
(私にとって家族は、やっぱりあの孤児院にいたみんななのよ。それはーー覆せない……)
そして、その家族の中で生き残ってくれた兄達が、復讐のために戦うと言うのなら自分もその隣にいたい。
今は身に付けていない銃の扱いや格闘技の鍛錬だってもっとして、武器を取って戦いたい。
例えそれが、自分自身が誰かを傷つけることに繋がったとしても。
「お気遣い、ありがとうございます」
絞り出すようにして、ラヴェンダーは告げた。そして、ゆっくりと目を開く。
「二人が私のことを心配してくれているのは、本当に嬉しいです。こっちに来て最初の友達で、孤児院の火事でほとんどを失った私には、二人は唯一の友達と言っても良かったからーーでも」
告げる彼女の瞳には、鮮やかな朝焼けを思わせる紫の瞳には、揺るぎのない覚悟が閃いていた。
「私にも譲れないものがあるんです。私の家族を奪った人たちを絶対に許せないーーだから、私もあの人たちと一緒に戦います」
「「ラヴィ……」」
キッパリとしたラヴェンダーの言葉に、二人がため息のような声でその名を呼ぶ。どう言葉を返したらいいのか、思いもつかない、と言った様子だった、
それでもフェリスはさらに何かを言い募ろうと口を開いたが、それをエリーゼが首を横に振りながら止める。
この覚悟を覆すことはできないーー小国ではあるが一国の次期党首になるべく育てられた彼女にも、同じように背負った、他者には止めることができない覚悟があるからだろう。
代わりに、ふわりとラヴェンダーを抱きしめる。
「……そこまで言うのであれば、わたくしはもう、止めません。代わりに、可愛いラヴィが危険に晒されないよう全力でサポートしますわ」
抱きしめ合う二人の方に手を置いてフェリスが続けた。
「……言い出したら聞かないのが、ラヴィだからな」
「人を我が儘娘みたいに言わないでくれる?」
「というより、猪娘だな」
「ひどい」
「どんなラヴィでも、可愛いのには変わりないのだから、いいじゃない」
体を少し離し、エリーゼが言う。
全く良くはないのだが、張り詰めていた緊張が解けて、ラヴェンダーはふにゃりと笑った。
なんだか力が抜けてしまったが、ヨーロッパに来ての僥倖は、この二人に会えたことだ。
孤児院の火事のニュースを知ってから、死んだようだった彼女が笑えたのも二人がいたからだ。
「これからも、シュヴァルツ=カッツェとして、よろしくお願いしますよ」
ラヴェンダーが信頼を滲ませた微笑みとともに告げると、二人から力強い頷きが返ってきた。
こうしてアーデルハイド修道女学院生徒会の絆はまた深まったのだった。
☆ ★ ☆ ★
一方先に城を出たジェイとアレクは、馬車留めで足を止め、肩を落とした。
会話に参加することのなかったグロウが、馬車を振り回しながら、最低角度でのカーブの練習をしていたからである。
シューヴァンシュタイン家の長い歴史を刻んできた馬車留めの石畳には、車輪で円形の跡ができている。
また「この駄馬」とアーデルハイド女大公に鞭打たれるのは明白だろう。
「おう。終わったのか?」
やがて出てきた二人気づいたグロウが馬車を止め片手を上げてくるり
「終わったのか、じゃない。峠の走り屋の練習じゃないんだから、馬車を振り回すな」
日本に住んだことがないのに漫画のおかげでかなり詳しいアレクが呆れたように言う。彼の脳裏にはアスファルトに焼きついたタイヤの黒い円形の跡が浮かんでるのかもしれない。
「もう少しタイム縮められそうだからよー」
「目指す方向がおかしい。貴族の馬車は出来るだけそうっと運転してなるべく衝撃を与えないようにするべきで、タイムアタックするもんじゃない」
アレクに怒られて灰色の頭を掻くグロウに、ジェイが追撃する。だが、グロウには相変わらず効いていなさそうそうだった。
この分だと、帰りはジョーンズ交通のダウンヒルの旅は今までよりよりスリリンで乱暴になるに違いない。
自分たちのみにすぐに降りかかるだろう不幸を思い浮かべ、ジェイとアレクは深くため息をつくのだった。
「で?」
「で? とは?」
「姫さんたちから、なんか聞けたんだろ?」
「お前、相手はこの国の公女だからな? しかも継承権は女大公が男子継承を無視して無理やり受けたとはいえ一位だ」
「難しいことはわかんねえけどよ。次のバトル相手は誰なんだ?」
「だから、頭を使うか会議に参加しろと……」
「作戦前のブリーフィングなら参加するよ。そん時は呼んでくれ」
「……」
額を抑え、ジェイが呻く。話にならない。
「……まあいい。敵の組織像はまあ、予想していた範囲だった。ただ場合によってはお前の古巣も敵になる可能性があるな」
「てことは、軍がらみか?」
「おそらくな。ああ言う武器に一番手を出しそうな国をよく知ってる」
「ーーアメリカ、ですか」
「中露、中東も可能性があるし、今こそ大人しいが英仏だってえげつない回数の核実験してるしな。上げたらキリがない」
アレクは祖国の名前を出し、難しい顔をし、ジェイはさらなる可能性を提示して肩をすくめていた。
いくらシューヴァンシュタイン公国のサポートがあるにしても、ジェイが上げた国々はどれも国力で言えばはるかに上。軍隊を持たないシューヴァンシュタイン公国など、攻め込まれたら瞬殺である。
それでもそれらの大国の後ろ盾のあるかもしれない組織と戦うことに、彼らは不思議と恐怖は抱いていなかった。
そんなものを抱く神経は、続いた悲劇の中でとうに焼き切れたのかもしれない。
「なんでもいい。戦えと言われれば俺は戦うぜ。お前らは俺をうまく使ってくれればいい」
かつて最強と謳われた傭兵に育て上げられた男は、抜き身の刃のように鋭く、太く笑った。
「俺は何より鋭いお前らのナイフになるだけだからな」
「ないってお前……自分の危険度低く見積もりすぎだろう」
少なく見積もっても小銃くらいか、下手したらランチャーくらいにはなるかもしれない。
それなのに自身をナイフに例えるグロウに比喩と分かっていてもジェイは呆れたように言う。
だがすぐに口の端を釣り上げた。
見るものが見たら蠱惑的にも映る笑み。だが、その氷翡翠の瞳は強くて暗い炎が燃え上がっていた。
「奪われた分だけ、奪え返してやろう。戦争の、始まりだ」
これまで、大切なものを奪われ続けてきた男の、反撃の狼煙ともなる、宣言の言葉だった。
閲覧ありがとうございました。
長くなりましたが次話で第一部完結です。
次話投稿は2月4日の16時の予定です。




