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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第一章:守護者のマリア奪還作戦
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怪盗シュヴァルツ=カッツェの失敗?

 ≪金曜のお茶会≫での作戦会議から二週間後、ラヴェンダーがいるのは≪月夜のクジラ号≫――ホテル型巨大飛空挺の中である。


 潜入対象のゴールディン社社員、『アイリーン=クラーク』の情報をインストールし、『アイリーン=クラーク』として受付を済ませた後、ウェルカムドリンクを受け取り、メイン会場のダンスホールにて待機している。


 三十二歳の『アイリーン』とラヴェンダーは年にして十六歳、つまり二倍の差があるが、誰も彼女を疑うものはいない。

 女優を目指して子供の頃から練習し続け、もはや特殊メイクの域に達した彼女のメイクの腕と、歩き方、姿勢、視線の運び方まで、映像記録からすっかりコピーした彼女の演技力がなせる技である。

 

 そしてそれが、怪盗シュヴァルツ=カッツェが、世を騒がせ初めて早四年近くになるのに未だ正体の片鱗も捕まれていない理由の一つでもある。


 ちなみに、怪盗シュヴァルツ=カッツェの呼び名は国によって様々だ。


 ドイツ語圏以外だとブラックキャット、シャ=ノアールなど、いろいろな呼び方をされている。


 共通しているのは、『黒猫』ということだ。


 古風奥ゆかしく予告状と、盗んだ後に自分たちの仕業だと示すために残していくカードに、月と遊ぶ黒猫が書かれていることから、そう呼ばれるようになった。


 ラヴェンダー達も最初から名前を決めていたわけではないが、何故かカードだけは先に決まっていたので、ありがたくその名前を拝借して、自分たちのことを『シュヴァルツ=カッツェ』と呼んでいるのだ。


(フェリスからの情報だと、表の作戦時間は19:30、裏の作戦時間はその2時間後の21:30頃、か……)


 気乗りはしないが、もちまえの几帳面さから30分前の開場と同時に会場入りする――というアイリーンの思考トレースの元受付は済ませたが、人もまばらで、なかなかに暇である。

 そのため、受付で配られた式次第を眺める。


 実を言うと、ラヴェンダーの本日の仕事は怪盗としてのものだけではない。

 『アイリーン』としてのこの記念式典としての出席もまた、お仕事の一つなのである。


 怪盗としての活動のために作られたいくつかの末端企業の中に、人材派遣会社がある。

 といっても、オフィスに役立つスキルを持った人材を派遣するタイプの、真っ当なそれではなく、行きたくないパーティーの代理、結婚式の友人役、浮気調査に、相手企業の内部調査など――ある種スパイのような、あるいは探偵事務所のような役目を担う、ちょっと後ろ暗い類いのものだ。


 今回のこの『アイリーン』の出席は、アイリーン=クラーク本人から、その人材派遣会社に入ってきた依頼なのである。


 そのため、招待状もれっきとした本物。ついでに言えば、アイリーン本人も会社にばれては困るので絶対に口を割ることもない。


 実はこの人事材派遣会社、身分を偽っての潜入には非常に役立つ窓口なのだ。


 ちなみに、もちろんこういう類いの会社なので依頼の報酬はもちろん安くない。つまり『アイリーン』は大枚はたいてでもパーティーに行きたくない、というほどの、筋金入りの社交嫌いということだったりする。

 

 今回の『表』のお仕事は、昨年度、優秀すぎて会社にとっても貢献してしまったアイリーン本人に変わって、優秀者賞を受け取ってくることだ。

 それが行われるのが、式次どおりなら19:30から30分程度。

 一応一言求められたときのコメントも預かってきているので、その辺はばっちりである。


 問題はその式が終わった後、挨拶回りを終えて部屋に引っ込んでから、『裏』の仕事に取りかかるまでの約1時間30分の間だ。


 挨拶回りに30分かかるとして、残りの1時間で『アイリーン』のメイクと外見、そして中身をリセットし、全く別の人間に変わらないといけない。


 少し慌ただしいのである。


(ただ、”闇オークション”のスタートが22:00だから、絶対に遅らせられない……時間との勝負ね)


 頭の中で今まで何度かシュミレーションした”変身”までの流れを繰り返すと、一つ溜息をつき、責次第を閉じた。

 そして、ラヴェンダーがいる位置からは遠い、ダンスホールのメインエリアに視線を投げる。


(それにしても……≪月夜のクジラ号≫なんて、ロマンチックな名前なのに、ねえ)


 ”闇オークション”なんて――という思いが、再びの溜息をラヴェンダーにもたらす。


  ≪月夜のクジラ号≫と名付けられた、その名の通りクジラのような形をしたこの飛空挺は、星空を眺めながらのスカイクルージングが売りで、クジラの頭に当たる部分が半球型に総ガラス貼りになっており、美しい景色と星空が眺められる。


 また、この手の飛空挺型の施設はホテル機能も完備しており、客室も五つ星ホテルに負けない豪華な作りだ。≪月夜のクジラ号≫ヴィクトリア調で統一されているが、クラシカルなテイストから、モダン、北欧スタイルなど様々なタイプの部屋が選べるものも多い。


 そのため、主な使用用途としてはこういった貸し切りのパーティーというより、カップル向けのディナークルーズが主だ。

 今回はドイツのライン川沿いを下るコースになっているが、時期によって航行コースも違う。

 ちょっとした非日常を味わえる場として、飛空挺型のホテルは近年人気急上昇の施設なのだ。


 ――と、ここまでがネットで仕入れた≪月夜のクジラ号≫の知識。


 実はこの飛空挺には裏の顔がある。

 それがラヴェンダーの溜息の原因でもある、カジノのある第二層の奥で行われる”闇オークション”だ。 


 アメリカ系企業のゴールディン社の主事業は、フェリスが先日説明したとおり油田開発を主軸とした、薬品、プラスチックなどの産業部品等だが、その裏で闇オークションを開催し、どこかの国の国宝や、絶滅危惧種、果ては人身売買なども行っているという。


 ≪月夜のクジラ号≫を含むいくつかのクルーズ船やホテルを所有するデウ=カリオン社とゴールディン社の間に、表向きのつながりはないということになっているが、いくつかの子会社や関係会社を経由して莫大な額がゴールディン社からデウ=カリオン社へと流れている。


 そして、ゴールディン社が主催する闇オークションの会場は、場所こそ違えど毎回デウ=カリオン社所有のホテルかクルーズ船。

 どれだけ後ろ暗いつながりがあるのか、想像に難くない。


 ちなみに元々、古城を改築したホテルで開催予定だったこの、創立記念50周年パーティーが、その会場をたった二週間前に≪月夜のクジラ号≫に変えたのは怪盗シュヴァルツ=カッツェからの予告状が原因だが、そんな土壇場とも言えるタイミングでの変更に対応して、一年先まで予約でいっぱいといわれる≪月夜のクジラ号≫を貸し出したのも、ひとえにゴールディン社との力関係の証明とも言えよう。


 アメリカにいた頃はさして意識したこともなかったが、予告状が届いたというニュースが喝采と共に受け入れられたのを顧みるに、表でも大分あくどいことをやっていそうではあるのだが。


(でもカップルに人気なのは、納得できるかも。あの窓から見える景色は、なかなかロマンチックだわ)


 『アイリーン』が目立つことを極力避ける性格のために、人が集まる半球のガラスドームとは真逆の隅に隠れるように佇んでいるのではっきりは見えないが、今日は雲一つない夜空だ、月齢はまだ浅く、満天の星空には天の川が流れているのは見えた。

 

 きっと眼下に広がるライン川の雄大な景色と共に見るその星空は、かなり胸ときめくものがあるだろう。


(ちょっと、見てみたかったかな……可能だったら、”あの人”みたいな、素敵な人と……)


 ――と、仕事まで少し時間が合って、しかも、実はラブロマンスが一番好きな、三人の中で一番乙女チックな『ラヴェンダー』が顔を出してしまったからだろうか。


 それまで用心深く人の目を避けて行動していたはずの『アイリーン』に隙ができた。


 どん、という人とぶつかる衝撃と共に、甲高い悲鳴のような音がホールに響き渡る。


「え?」

 

 音に惹かれるに振り返ると、そこには何故か、散らばったグラスの破片と、真っ赤なの赤ワインの海の中、四つん這いになって呆然とする青年がいた。


(えええええええええっっっっっ!?)


 怪盗シュヴァルツ=カッツエ、生まれて初めての大失態である。


 

ラヴェンダーは元々夢見がちなロマンチストなので、ついうっとりしてしまったようです。

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