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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第四章:再会を祝した飲み会とそれぞれの思惑
23/37

残酷な真実の中で一つだけ良かったこと

 そうして、様々なことをお互いに語りながら二時間ほど過ごした頃だろうか。

 お手洗いのために一度席を外したラヴェンダーが戻ると、席にはグロウとアレクしかいなかった。


 ジェイももう寝たのかと思い視線を巡らせると彼がバルコニーにいるのを見つけたので、ラヴェンダーはひょこひょこと足を引きずりながらもバルコニーに出た。


「そんなところで、寒くない?」


 バルコニーに繋がるガラス戸を開け、問いかけると、バルコニーの淵にもたれかかって景色を眺めていたジェイが振り返ってくる。


「ラヴェンダーか」


 彼女の名前を呼び、ふっとその氷翡翠の眼差しを緩めるが、すぐに視線をバルコニーの向こう、シューヴァンシュタイン城を望む市街地の景色に戻す。


 特に拒まれなかったので、隣に行ってもいいと言うことだろうと判断したラヴェンダーは、ジェイの隣に移動し、同じようにバルコニーのサッシに上半身を預けた。


 目の前には、シューヴァンシュタイン城を抱くファーツ山と、その背後にはアルプスの雄大な景観が広がる一方、市街地はこぢんまりとして、それでいてカラフルで可愛らしい、ファッハヴェルクハウスと呼ばれる、木骨で作られた町並みが並んでいる。


 一日もあれば簡単に回れてしまうくらい小さな国だが、ラヴェンダーはこのアメリカともドイツとも違う、シューヴァンシュタイン公国の独特の風景と町並みが大好きだった。 


「静かでしょう?」

「ああ。アメリカとは大違いだな」

「アメリカって言ったって、地域によって様々だと思うわ。ロスが特別うるさかったのよ」

「確かに」


 ラヴェンダーの言葉に、ジェイが苦笑を漏らして頷く。

 

「それでも、このヨーロッパののどかさというか、独特の静けさはやはり、特別なものがある気がする。こういう古い城が残ってるのも、ヨーロッパならではだしな」

「そうねえ。アメリカの国としての歴史ってせいぜい三百年程度だもの。ヨーロッパの歴史からしたらおこちゃまみたいなものだわ」

「ただ、俺たちが言った旧城はともかく、新しい方は戦後の建物なんだろ? あえて城にする必要なくないか?」

「そこは、やっぱり歴史へのこだわりなんでしょうね。それに、あれはあれでいい観光資源にもなってるんだから、アーデルハイド様の選択は間違ってなかったと思うわ」

「そんなものか」

「カルフォルニアの某有名テーマパークに当てはめてみたらいいのよ。もしあそこのお城が老朽化したからってモダン建築のビルに建て替えましたってなったら、お客さんがっかりすると思わない?」

「ああ。その説明、すごく納得した」


 ラヴェンダーの説明に、ジェイは心から理解できたと言うように、深く何度か頷いた。


「うるさいというと、グロウとアレクね。あの二人、あんな感じなんだ」


 そう言って、ラヴェンダーはちらりと部屋の中を振り返った。

 中ではアレクがスマートフォンで見つけてきた音源を適当にならし、それに血筋はラテン系のグロウがこれまた適当な歌詞をつけて陽気に歌っている。


 グロウがうるさいのは知っていたが、あのアレクもあんな風にはしゃぐのか、と新鮮な気分だった。


「アレクってしっかり者な感じがするのに」

「しっかりしてるってのは間違いないな。なんというか……母親ポジションというか、そういう感じになることが多い」

「あー……すごい納得。あなたたちアレクいなかったら生活能力なさそうだもの」

「失礼な。デリを買ってきて食うくらいはできるぞ」

「その発言がもう、だめなのよ」


 むっとなって言い返してきたジェイに、ラヴェンダーは呆れて肩をすくめた。

 作るのではなくデリで済ませる時点で生活能力がない。

 グロウにいたっては言わずもがな、だが。


「そういうお前は料理とかできるのか? 孤児院でも手伝ってなかったし、その後は良家に引き取られてったんだから」

「少しはできるわ。お母様やお姉様や妹と料理するのが夢だったって引き取られてから何度か一緒に料理作ったし、アーデルハイド修道女学院も料理課程あるしね」

「……そういう意味では、俺たちよりはましそうだな」

「それは間違いないわね」


 得意げに胸を張ると、ジェイが顔を崩した。彼からすると子供のラヴェンダーが必死に大人に見せようとしてるのが、面白いようだった。


「まあ、あの二人に話を戻すと、意外にいいコンビなんだよ。暴走しがちなグロウをアレクが締めるし、真面目に凝り塊りがちなアレクをグロウが崩せる。ただ、考え事したいときにあの二人がいて、特に酒が入ったりすると、マジでうるさいんだがな」

「……考え事してたの?」

「……ああ」


 つい、本音が漏れてしまったとジェイは肩をすくめたが、ラヴェンダーの問いに頷いた。


「色々と、分からないこともまだ、多いからな」

「そうね……」

「正体が見えない、あの≪悪魔≫のカードの相手は置いておいたとしても、だ。≪守護者のマリア≫が≪エデン≫に行くのに必要な鍵なんだとしたら、何故ゴールディンはオークションに出そうとしたんだろう、と思ってな」

「……確かに。そこは大きな矛盾ね」


 何となく会話がい感じに収まったので完全に失念していたラヴェンダーは、ジェイの指摘にまたたいた。

 二度も出品してきたオークションの意図が、まだ分かっていない。


「あと……お前、あの、倉庫で見た男達、覚えてるか?」

「虎柄のモンスターの檻の前にいた人たち?」

「そうだ……その中の一人が、なんか見たことがある気がしたんだ」

「有名人かなんかだったってこと?」

「そこは分からない。背格好が見覚えがありそうって言うくらいで、確証はないんだが……」

「ちなみにどの人?」

「白いスーツを着ていた、金髪の男だ」


 ジェイの指摘に、ラヴェンダーはああ、と頷いた。

 確かにその男ならラヴェンダーも覚えている。たたずまいが洗練されていて、仮面を被っていても隠しきれない品の良さが漂っていた。あの中では一番えらそうだったし、ただ者ではなさそうな感じはした。


「ただ、どんなに記憶を辿っても、あんな男と知り合った記憶がないんだ」

「テレビか映画で見たか、街ですれ違ったか、そんなところじゃないの? 貴方の記憶、おかしいくらいにいいから、そのせいの誤作動な気がするわ」

「誤作動って……俺はコンピューターか」

「似たようなものだと思うけど」


 猫扱いされたラヴェンダーの意趣返しに、ジェイは肩をすくめた。けれどそれ以上追求はしない。

 代わりに、組んだ自身の手に視線を落とすと、ジェイは話を戻した。


「とにかく、今の段階では分からないことが多すぎるな。せめて、≪扉≫とやらをくぐることで、何か見えてくるならいいが……」

「そう願うばかりね。今のところ後手後手だもの」

「……そう言えば、当然のようにお前参加する流れになってるけど、本当にいいのか?」


 そう言って、ジェイは氷翡翠の眼差しをラヴェンダーに向けてくる。


「元々の参加理由は俺たちと再会することだったはずだ。孤児院の全員とは無理でも、俺たちと会えた時点で目的は果たせたはずだが……」

「そんな薄情なこと言わないでよ。私だってあの孤児院で育ったのよ。仲間達も先生も、過失でなくなったんじゃなく、誰かに殺されたんだとしたら、許せないわ」


 告げて、ラヴェンダーは強い光をその深紫色の瞳に宿して続けた。


「それに、それについて聞きたかったことがあるのよ。ジェイは見たんでしょう? みんなの――最期を」

「……ああ」


 ラヴェンダーの問いに、ジェイは視線を落として、頷いた。

 その眼差しには暗い憂いが宿る。


「それなら、話して。どうやって、みんなが命を通したのか」

「知らなくていいなら、その方が幸せだだと思うぞ」

「でも、知りたいのよ。大事な人たちが、非業の死を遂げたのに、その仔細を私だけ知らないなんて、いやだもの」


 強い眼差しで告げるラヴェンダーに、ジェイは深い溜息を漏らした。こうと決めたら引かない質のラヴェンダーだから、これ以上は無駄だと悟ったようだった。ぽつりぽつりと話し始める。


「――あの夜、俺は所用で帰るのが遅くなって、グロウも、稽古でいつもより帰るのが遅くなった。俺たちは丘の麓でたまたま会って、”くだらない話”をしながら丘を登っていたんだ」


 その頃ジェイは、復讐のためにいろいろな後ろ暗い場所に出入りして、情報収集の他に武器の調達や,戦闘術を学んでいた。それを、孤児院の先生達には学校の用事で遅くなると言っていたが、同じ学校に通うグロウにはその嘘を見抜かれていた。

 ”くだらない話”と表現したが、その日の帰り道は、そのことについての口論になっていた。

 基本的に楽観的なグロウがあんなに突っかかってくることはほとんどなく、二人は珍しく険悪なムードで丘を登っていた。

 だからだろうか。二人が孤児院の異変に気づいたのは大分孤児院に近付いた頃だった。


「最初に異変に気づいたのは、グロウだった。≪リバティヒル≫の明かりは煌々とついているのに、いつもはうるさいくらいに聞こえる子供達の声が全く聞こえなかったんだ。グロウからそれを指摘されて、俺は、自宅が火事になったときのことを思い出した」

「火事の時?」

「ああ。その日俺は熱を出して寝込んでて、まだ夕方だったが部屋で寝ていた。喉が渇いて目を覚めたんだが、嫌に家の中が静かだった。テレビの音はしていたが、年を取った祖父母はまだしも、口から生まれたようにしゃべる母とそれをやり過ごす父の声がしなかったからな。それに……」


 何かを言おうとして口を開いたジェイだったが、突然額のあたりを抑えた。顔をしかめ、どこか苦しそうに額を抑えた側の目をすがめている。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない……ちょっと頭痛がしただけだ。時差ぼけだろう」


 そうは言うが、月明かりの下で見てもジェイの顔から血の気が引いているのが見て取れた。心配で、ラヴェンダーは隣に置かれたジェイの手に自分のそれを添える。

  

 悪い、と断って、ジェイは少しの間、痛んでいるらしい場所を抑えてじっとしていた。けれどすぐに収まってきたのか、軽く首を横に振ると、話を続けた。


「何の話だったか……ああ、そうだ。実家で起きたことの話だったな」

「ええ……」

「あのとき、家の中が恐ろしいくらいに静かで、それで、不思議に思いながらもリビングに下りたら、そこはもう――血の海だったんだ」

「っ」


 淡々とした口調話される凄惨な話に、ラヴェンダーは息を飲んだ。


「父の定位置のテレビの前のソファも、作りかけの食事の残ったキッチンも、祖父のロッキングチェアも、全て血にまみれ、三人とも俺がそこに行ったときにはもう、息絶えていた」


 ラヴェンダーが重ねた手の下で、ジェイが拳を握る。未だ顔をゆがめている彼は、頭痛だけでなく、強い心の痛みを感じているに違いなかった。


「祖母だけは、まだ息があって、俺に祖母のフルートケースを差し出してきた。これを持って、逃げなさい、と」

「……あのフルートは、元々おばあさまのだったの」

「ああ。戦前は名のある楽団のフルート奏者だったらしい……話を戻そう。グロウに異常を指摘されたとき、俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはその時の光景だった。思えば七年見つからなかったのは、運が良かったと言っていい。だが、一方で、あの頃の愚かな俺はこのまま平和な日々が続くんじゃないかとも思っていた――本当に、愚かだった」

「そんなことないわ」


 ジェイの拳に重ねた手に力を込めて、ラヴェンダーは強く首を横に振った。


「そんなこと、ない」


 まだ十一歳で家族を亡くし、孤児院以外行く先をなくした少年が、そこで得た平和な日々が永遠に続くことを祈って何が悪いというのだ。

 それは罪じゃない。愚かでもない。

 悲しいくらいに当たり前の、願いだ。


「……俺とグロウは気配を殺して、孤児院に近づいた。近づけば近づくほど、異常は明らかで、中は恐ろしいほどにシンとしていた」


 ラヴェンダーの肯定に、どこか複雑な眼差しを向けるも、ジェイは話を続ける。


「そこで、窓から中を覗いて、俺たちは見たんだ――息絶えた仲間達の姿を」

「……っ」

「皆、銃で額や、胸を撃ち抜かれていた。ほぼ即死に近い状態で、プロの犯行なのは一目瞭然だった。正直な話、戻ってきた犯人を倒して、逃げられたのは幸運だったと言っていい」


 記録にある子供の数と死んでいる子供の数が合わないと、一度外に出てジェイとグロウを待ち伏せしていたに違いない犯人の男達は、仲間達の死を確かめて愕然とするジェイ達に襲いかかった。


 銃弾のいくつかが、ジェイの身体をかすめ、一つはグロウの肩を打ち抜いた。

 

 それでも一人は銃の使い方を習っていたし、実際に自動拳銃を服の下に隠し持っていた。そしてもう一人は拳銃の扱いはできないまでも、格闘訓練を受けてきた男だった。


 死にものぐるいで、犯人の男達に襲いかかり、その息の根を止めた。他ならぬ彼ら自身の手で。


 その時、ジェイは十八、グロウは十六だった。


「男の数はちょうど二人。背格好も俺たちはもう大人と変わらなかったから、男達から装備を奪って、孤児院に火をつけた。死体の数が合えばしばらくの間は誤魔化せるからな。そうして、俺は怪我したグロウを抱えてスラムに逃げて――そこで、アレクに出逢ったんだ」 


 努めて平坦な声で語るジェイに、ラヴェンダーは唇を噛んだ。

 いくら生き延びるためとは言え、仲間達の死体にに火をつけると決めたとき、一体どれほどの葛藤の中にいたのか、想像に難くない。


 キリスト教の教義上、火葬はあまり好ましくないものだと言われている。死後の復活の際、蘇る身体を失うからだ。

 あまり信心深くはないとは言え、日曜日には先生達にミサに連れて行かれていたジェイとグロウがそのことを知らないわけがない。

 現世で辛い死を迎えた仲間達の、復活の希望すら自分たちの手で閉ざすのだ——どれほどの絶望だったろうか。


「アレクは、その頃絶賛反抗期で、スラムの闇医者のところに出入りしていた。同じ日系で親とつながりがあったらしくてな。そこに俺たちが転がり込んだんだ」

「……アレクが反抗期ってあまり想像がつかないんだけど」

「そうか? あの歳で親にもらった名前が嫌だからって呼ぶのを拒むのって十分まだ反抗期だと思うが」

「……確かに、そうね」

 

 まだほとんど初対面みたいなものだし、彼のキャラクターをつかみかねてはいるが、おとなしそうに見える彼も親に対しては結構反抗的な態度を取るのかもしれない。


「それで、そこでしばらくストリートギャング予備軍みたいな、アレクの友達の作ったギャングチームの中に入って過ごしたんだが……」

「ちょっと待って。ジェイがストリートギャング?」

「ああ。悪いか?」

「悪いというか……似合わないというか……」


 グロウはあのキャラクターなので、ストリートギャングの中に混じってても全く違和感ないのだが、どちらかというと冷静で頭がいい彼がギャングに混じっている姿が想像できなかった。


「マフィアだろうとなんだろうと、ブレーンにあたる人間ってのはいるだろうが」

「……それもそう、なのかしら……?」


 何となく腑に落ちないが、それで言えば反抗期とは言え育ちがよさそうなアレクが、そういう友達がいて、入り浸っているというのも意外と言えば意外なので、はやりそれなりに事情がある人間が集まる場所は、似通っているのかもしれない。


「ただ、結局、そのチームのメンバーも俺たちに間違われて、銃撃に遭ったんだ」

「そんな……」

「アレクの友人が二人、殺された。俺たちと背格好の似た、赤毛と、金髪の二人が」


 そう告げるジェイの声は、平坦だった。そうしなければ抑えた激情が蘇ってきてしまうからだろう。

 ただその眼差しは暗く陰っていて、それが彼に深い傷を落としているのだということは、ラヴェンダーにも見て取れた。


 ”アレクの友達”といっているが、一時共に過ごした彼にとっても、その二人は友達だったに違いない。

 そうして彼はまた——失くしたのだ。


「それで俺はアメリカを出ることを決めた。ヨーロッパに渡って、裏社会に潜ったんだ。グロウも、格闘技の師匠のツテで傭兵部隊に入って……やっぱり、アメリカを出た。身を守るためだったが、多分、もう、あの国にいることそのものが、俺たちにはきつかったんだ」


 そこまで告げて、ジェイは深く頭を垂れ、呻くように続ける。


「あの≪守護者のマリア≫を俺が持っていたせいで、どれだけの人間が、犠牲になったんだろうなあ……」


 本当に、償っても、償いきれない。


 消え入るようなその声に、ラヴェンダーは固くまぶたを閉じた。

 自分が孤児院を出てからこの人が背負ってしまった十字架は、どれだけ重いのだろう。

 よく、今の今までつぶれてしまわなかった、とすら思う。


 まだまだ子供のラヴェンダーには、そんな彼を支えて、包んで上げることは、できない。


(――ただでも、一つだけ良かったことがあるわ)


 思い、ラヴェンダーは手を伸ばす。自分よりずっと広いはずなのに、小さく見えるジェイの肩を抱いて、軽く、こめかみのあたりを彼の夜風に揺れる金色の髪に埋める。


 十一歳の頃の自分では、手を伸ばすどころか、こうして隣に立つこともできなかった。

 でも、十六歳の、今の自分ならできる。


 手を伸ばして、弱音を漏らす彼にぬくもりを与えて、痛みを分け合う、くらいは。


 それだけは、間違いなく誇れる部分だった。


「でも、もう、失くすだけじゃない。シューヴァンシュタイン家の莫大な経済力と裏で築いてきた組織網も使える――私たちは武器を手に入れたのよ」


 ラヴェンダーに肩を抱かれびくり、と肩を揺らしたジェイだったが、与えられたぬくもりのおかげか、それともその言葉が心に響いたからか、ゆっくりとその双肩から力が抜けていく。


 やがて、どこか堅さの消えた声で囁いた。


「そう、だといいな」

「そうよ。ついでに、私の演技力と美貌があれば、怖いものなしだわ」

「美貌って」


 少しおどけていったラヴェンダーに、何故か美貌そこだけ言及して、ジェイが苦笑をもらす。

 ラヴェンダーは片眉を持ち上げた、腕の中のジェイを見ると、身体を起こした。


「ちょっと、聞き捨てならないわね。こんなに綺麗に育ったラヴェンダーさんに対して、何か文句でもあるわけ?」

「顔はまあ確かに、いい方だろうけどなあ」


 言って、ジェイは身体を起こした。そうしてこちらに向けてくる表情にはコミカルなものが張り付いていて、少し前までの、辛そうな色は払拭されていた。


 それに、ホッとしたのもつかの間、そんなラヴェンダーに思いもかけない言葉か降ってきた。


「全体的に乳臭いんだよな。いい女気取るなら、色気ってもんをもう少し身につけてくれ」

「なっ」


 まさかの女としての部分への全面だめ出しに、ラヴェンダーは絶句してしまった。

 他の誰に言われてもそれなりに傷つくだろうが、言われた相手が仮にも初恋の相手である。


 傷つくどころではなかった。完全に思春期のグラスハートは粉々である。


「孤児院出たあとどうだったか知らないが、どうせ女子校で男への免疫もないまま過ごしてんだろ。そりゃ、色気なんか身につくはずもないな」

「……言ってくれるじゃない」


 そのラヴェンダーの様子に気づいているのかいないのか。さらに追い打ちをかけてくるジェイに、はらわたに煮えくりかえりそうなくらい腹が立ったが、それでもラヴェンダーは努めてにっこりと笑みを浮かべてやった。


「今に見てなさい。すぐに最っ高に色っぽいいい女になってやるんだから」

「ああ。せいぜい期待してるぜ」


 ラヴェンダーの宣誓布告とも言える宣言に、ジェイはあまり期待してない様子で、肩をすくめて答えた。


(絶対、いい女って認めさせてやるんだから。そして、脱猫扱いよ!)


 こうしてラヴェンダーの中の成長目標の中に、脱猫と打倒ジェイ、という高いんだか低いんだか分からない、謎の目標が加わったのである。


 その目標が一体何に繋がっていくのか、まだ幼い彼女は分かっていなかったのだが。


閲覧ありがとうございました。

次話投稿は1月11日16時の予定です。

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