グロウからの問い
推理回これが最後です……!
「軍事力はよく分からねえけど、あんた達の経済力なら俺たちに協力を仰がなくてもなんとかなるんじゃないのか?」
鼻をチュッと押しつけると、両手をぱっと広げて固まる子猫の様子が面白いのか、何度かそれを繰り返した後、赤銅色の眼差しをエリーゼに向けた。
ジェイとは違い、その色に憤りや悲しみと言ったものはない。
ただじっと、何かを推し量るようにエリーゼを見つめている。
「未だ、わたくしたちにもその正体は見えていないのですが……」
そう言い置いて、エリーゼはまたカードを一枚差し出す。
十五番。中心に角の生えた怪物が描かれ、その足下には鎖に繋がれた二人の男女が居る。
≪悪魔≫だ。
「強い憎悪、裏切り、堕落――それらを象徴する何者かが、この世界にはいるのです。わたくしたちと同じようにアーキファクトを集め、何かを企んでいるもの達が。その者達が時の権力者を操り、世界に混乱をもたらそうとするのを、シューヴァンシュタイン家は常に戦ってまいりました。その戦いに、皆様のお力が必要なのです」
エリーゼは、熱弁を振るい、その鳶色の瞳に力を込めてグロウを見つめ換えす。
けれど、その熱意味響いていないのか、やはりどこかのんびりした口調のまま、グロウは言い返した。
「だから、何故、だ?」
「何故、とは」
「あんた達に敵がいたとして、俺たちが戦わなきゃならない理由だよ」
そう言うと、片手に子猫をつかんだまま、グロウは大きく手を広げ、ジェイとアレクに腕を回す。
「俺は頭はそんな良くないけど、守りたい人間は決まってる。この馬鹿二人と、そこの生意気な小娘には指一本触れさせねえと思ってる。あんた達の戦い、とやらに巻き込まれることで、こいつらがただ危険にさらされるだけってんなら、俺はこいつらを連れてここから逃げるぜ――あんたらを、ここで殺してでも」
いつもは陽気なグロウには珍しいくらいの強い声だった。
そして、殺してでも、と告げたその瞬間に、その眼差しに剣呑なものが宿る。
途端、彼から吹き出した何か底冷えするようなものが、ラヴェンダーから声を、身体の自由を奪った。
(なに、これ……?)
それが、強者からの殺気だと知らないラヴェンダーは、かたかたと震えだした自分の身体にただただ戸惑いを覚えるだけだった。
「……少し気配抑えろ。馬鹿。相手から言葉奪ってどうする」
そんなグロウの頭を軽くジェイがはたく。どうやら、彼にはグロウの殺気は効いてないらしい。
「それよりお前の可愛い妹分ももれなく被害受けてるぞ。いいのか?」
「あ、やべ」
そう言うと、グロウはふっと気配を換えた。
途端にラヴェンダーの全身から力が抜けて、どっと汗が噴き出してきた。
「……焦った孫娘が、言葉足らずだったようですわね。失礼致しました」
当てられた殺気の衝撃からいち早く立ち直ったのは年の功か、アーデルハイド女大公だった。
「何故かと言われて、わたくしたちに論理的に返せる答えはございません。ただ言えるのは、この敵との因縁はわたくしたちより、皆様方の方が深いと言うことですわ」
「……どういう意味でしょうか?」
「皆様が≪守護者のマリア≫を追っていたのは、それがジェイ様はご実家の不幸の、グロウ様は孤児院の、そしてアレク様はご友人をなくされた原因が、全て≪守護者のマリア≫にあったから、だと思っております」
「……この短時間でそこまで、調べているわけですか」
「いえ、つながりができてすぐ、水晶で占った結果ですわ」
ジェイが呆れたように言うのに、アーデルハイド女大公は首を横に振った。
けれどついで出てきたのが占いだったので、ジェイはますます呆れたような顔になる。
「シューヴァンシュタイン家の占いはどこまで便利なんですかねえ」
「信じがたければ、信じてくださらなくても構いませんわ。ですが、大事な点は、それらの不幸の原因となる組織が、わたくしたちが戦ってきたもの達と同じだ、と言うことです」
そう告げて、アーデルハイド女大公は視線を、孫娘が置いたタロットカードに落とす。
「シューヴァンシュタイン家もそうではありますが、その組織は多くのフロント企業を持ち、また多くの実力者達と繋がっております。一体どこまでその根が伸びているのか、計り知れません。ゴールディン社もまた、その一つですが、そのゴールディン社がオークションで流している非道徳的な生物たちは、アーキファクトを用いた実験の結果生まれた副産物達なのです」
その説明に、ラヴェンダーは目を見張り、それからジェイに視線を当てた。けれどジェイも、そしてその横のアレクも、驚いている気配はない。と言うことは、彼らもある程度知っていたと言うことだ。
やはりオークションにラヴェンダーをわざわざ呼び出したのは、あの実験動物達を見せるためで、その上で問うためだったのだろう。
お前達も同じなのか、否か、と。
「ここで共闘することで、わたくしたちは失われた知識と、アーキファクトを、皆様は復讐すべき敵への近道と、戦いに必要な資金の提供を受けることができます――決して、悪い取引ではないと思っております」
「……確かに条件は破格と言っていいかもしれませんがね、それでもまだいまいち理解できないんですよ」
「なにがでしょうか?」
「そこまで俺たちを優遇することで、シューヴァンシュタイン家が得られるメリットが見えないんです。所詮俺たちはスラムの孤児院上がりです。戦闘要員が欲しいならプロの傭兵を雇った方がいいし、もっと使い勝手のいい駒になる人間もたくさんいるはず——それなのに俺たちにこだわる理由は、なんなんですか?」
アーデルハイド女大公に鋭い刃のような眼差しを向けて、ジェイが問う。老齢ではあるが重ねた年月の効か、アーデルハイド女大公は落ち着いた姿勢を崩さないまま、けれど少し困ったように眉尻を下げながら答えた。
「これは、本当に理解していただくのが難しいのですが——シューヴァンシュタイン家の女の勘、としか言いようがありません」
「……ずいぶん、身も蓋もない言いようですね」
「ですが、そうとしか言いようがないのです。シューヴァンシュタイン家はこの勘——”先見”の能力があったからこそ、戦乱の多かったヨーロッパの中でも生き残ってこれましたし、わたくし自身、後継者教育も受けていない十四歳の小娘ながら一国の舵取りを行ってこれました。そのわたくし自身の能力と、そしてわたくしよりも強いエリーゼまでもが、貴方方とつながりを作ることが必要と感じている以上、無視はできないのです」
告げて、アーデルハイド女大公はじっと、そのター語いずブルーの瞳でジェイを見つめた。
扇で顔を覆わず、本音を隠さないという意思表示と共に示したそれは、紛れもない彼女の誠意だ。
そして、それをジェイも分かっている。
しばし図るようにその氷翡翠の瞳でアーデルハイド女大公とエリーゼを眺めていたジェイだったが、ふっとその身体の力を抜いた。
そしてお手上げ、と言うように肩をすくめると、隣と、背後にいる友人達に視線を向けた。
「途方もない話になったが……俺は条件自体は悪くないと思う。どう思う?」
そのジェイの問いに、グロウは首を横に振った
「俺に聞くな。考えるのはお前の役目だろ」
「考えることを放棄するな。それで俺のこと”馬鹿”呼ばわりするとか、本当お前、不遜すぎるだろ……アレクは?」
「僕も異存はありません。ただ、個人的にはいくつかの研究にも資金援助していただきたいところですけどね」
そう言って、アレクはグロウを指さした。
「こいつの左腕の義肢、もっと精度上げたいんですよ。そうしたら、兵器としての威力も上がると思うんで」
にっこり微笑むアレクだったが、完全にグロウをもの扱いしている。まだ出逢ったばかりなのでよく分からないが、彼も結構腹黒キャラかもしれない。
「……わかりました。そちらについては別途、提供方法などを相談させてくださいませ」
「あと、スパコン融通してもらえると助かります」
ちゃっかり、容貌を上乗せするアレクだった。
「ディール、と言ったところか」
ふう、と溜息をついた後、ジェイは立ち上がると右手を差し出した。
「はっきり言ってこちらの方がお世話になる部分が多い気もしますが。よろしくお願いします」
そう言って、表情を緩めたジェイを見上げたエリーゼが、戸惑ったようにアーデルハイド女大公を見る。女大公は深く頷くと、エリーゼを促すように掌を向けた。
≪守護者のマリア≫を手にした以上、後を継ぐのはエリーゼで確定だ。次期当主として、貴方がディールしなさい、という意図だろう。
「こちらこそ、至らないところも多いかと思いますがよろしくお願い致します」
エリーゼは立ち上がると、凜とした声で告げ、ジェイの手を握った。
取引成立である。
満足したように頷いたジェイは手を離すと、テーブルの上に置かれた≪守護者のマリア≫とアテナ像をエリーゼの方に押した。
「これらとメダリオンはそちらで管理してくださって結構です。元はと言えば、貴方方が正規の保有者ですから」
「……よろしいのですか?」
場の雰囲気が和み、ホッとしたように胸を押さえたエリーゼが、少し戸惑いながら言う。
ジェイは、複雑な表情を浮かべつつも頷いた。
「一度俺自身も捨てたもの、ですからね。形見だと主張するにはいささか具合が悪い。それに――」
ジェイは言葉を句切ると、深く溜息をついた。
「これを持っていることで失ったものが多すぎて、恐ろしいんですよ。また失くすんじゃないか、と」
言って、彼は視線を巡らせる。完全に興味をなくして子猫で遊んでいる灰色の髪の青年と、それを叱る黒が身の青年とを見、そしてラヴェンダーに視線を当てた。
じっと彼を見つめる紫の瞳を眺めてわずかに視線を緩ませると、ジェイはエリーゼにそれを戻した。
「だから、そちらで持っていてください。よろしくお願いします」
深く頭を下げた後、顔を上げたジェイは、どこかすっきりとした顔をしていた。
何か一つ区切りがついた、そんな表情だった。
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