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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第三章:シューヴァンシュタイン家の秘密
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もう一人の兄との再会

 青年は、アレクサンダーと名乗った。

 両親は日本人だが生まれと育ちはアメリカで、医師免許もアメリカで取った物らしい。


 本当はここで医療行為をやっちゃいけないんですけどね――説明の後、そう言って苦笑する青年に、今自分たちがいる場所を尋ねると、彼は、スイス、と答えた。


「スイス……通りで……」


 ラヴェンダーは呟き、頷く。

 スイスでは新築を建てる際、核シェルターを作ることが法令で定められている。寝室なのに窓がないのは、ここがそのシェルターの中だからだろう。


「バーゼル、という街ですが……」

「知ってます。フランスとドイツの国境沿いにある街ですよね。時計の博覧会で有名な……」

「そうです。ヨーロッパ内の移動に色々と便利なので、拠点にしてるんですよ」


 青年が言うようにバーゼルという街はなかなか面白いところで、高速鉄道が止まる駅はスイスにあるのだが、駅の裏にある川を越えるとフランス、北側に抜けるとドイツという、三カ国の国境が交わる街なのだ。加えてスイスはEUには属していないがシェンゲン協定は結んでいるので、国境を越えるのにパスポート審査がいらない。

 前回の飛空挺の出発地がドイツで、今回のオークションがフランスのドイツ国境に近い古城が舞台だったので、確かに拠点としては便利な場所と言えた。


「それで、アレクサンダーさんは、あの……」

「アレク、でいいですよ。俺、その名前長ったらしくて嫌なんで。あと敬語も面倒くさいんでなしでいいです」

「……じゃあお言葉に甘えて、アレクはあの人達とどういう関係が?」

「あの人達?」


 一瞬不思議そうに瞬いたが、すぐに誰のことか思い至ったのだろう。アレク――本人の意思を象徴してそう呼ぶ――はどこか複雑な色を眼差しに浮かべつつ、答える。


「友達、ですよ」

「友達……」

「その、やらかしたうちのツレ達が、ラヴェンダーさんが目を覚ましたら話をしたいと言っていたのですが、いけそうですか?」


 敬語はいいですと言いながら、自身は敬語のまま続けるアレクにやや居心地の悪さを感じながらも、ラヴェンダーは頷いた。


「ええ、もちろ――痛っ」


 意気揚々と立ち上がろうとして、けれど次いで走った激痛に腰を砕かれる。へなへなと、再びベッドに腰を落としてしまった。


「いったーい。なにこれー!」


 思わず文句を言って足を振り上げると、両脚が包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 その段になってようやく、自分が昨夜、裸足でむき出しの岩場を全力疾走した事実を思い出す。


「手当はしてますけど、擦過傷の他にねんざもあるみたいなんで安静にしてないとだめですよ。今、担架連れてくるんで」


 そう言って、アレクは部屋を出て行く。


「担架を、連れてくる?」


 痛みを堪えながらラヴェンダーが彼の不思議な言い回しに首をかしげていると、戻ってきたアレクに続いて、ぬっと、さらにでかい人物が部屋のドアをくぐる。


 ドアより背が高いせいでまさに『くぐる』と言った表現がぴったりなその人物は、やや赤味のある灰色の髪をしていた。全体は短く刈り上げているが、襟足だけ伸ばしており、根元でくくるという特徴的な髪型をしている。

 ラヴェンダーはその髪の色と髪型に身覚えがあった。合成獣に追われた洞窟の中で後から助けに入ってくれて、ナイフ一つで敵を仕留めるという驚異的な戦闘力を披露してくれた男である。


 その灰色の髪の男は、頭に指を突っ込んでをがしがしとかき回しながら、困ったように眉尻を下げて告げた。


「だから、俺は女は無理だって言ってんだろ」

「とか言って、ここまで連れてきたのあんたじゃないか」

「あれは、なんかの間違いなんだって」

「間違いってなんなんだよ。間違いって」


 ラヴェンダーを無視して、男二人の掛け合いが始まってしまう。

 ラヴェンダーはそれ幸いと、ぎゃいぎゃいと言い合っている二人の、大きい方を改めてと見上げた。


 後から来た灰色の男は、かなり鍛え上げられた肉体をしていた。おそらく二メートル近くあるだろう高身長だがバランスが悪く見えないのは、ひとえにその筋肉の厚みのおかげだろう。ラヴェンダーが気を失う前の記憶が正しければ荒事に長けているようだったし、目に見える範囲には細かい傷跡がいくつも見て取れたが、顔立ち自体は不思議ときつくなく、アレクに噛みつかれ困ったように赤銅色の眼差しを揺らす様は、まるで黒毛の子猫に怒られて困った顔をしているセントバーナードのようだった。

 

 ラヴェンダーにはその困った大型犬のような表情も、言いくるめられて言葉が続かなくなり、天井を見上げて溜息をつく仕草も、見覚えがあった。


 記憶の中では、噛みついていたのは幼いラヴェンダーの方で、ずいぶんと下の方から見上げていた仕草や表情だったし、髪や眉の色は違っていた。

 でも、自分より弱いモノに対してはどこまでも優しくて懐が深い彼の、その優しさを示すような暖かい赤銅色の眼差しも、そのくせ引き締まった顔立ちも、見覚えのあるものだった。

 例えどれだけ時を隔てても、少年が青年に成長した変化があっても、見紛うはずがない。


 気づけばラヴェンダーは脚の痛みなど忘れて、その名前を呼びながら飛びついていた。


「――っグロウ!」

「は? なんで俺の名前――て、うおっ」


 突然自分に向かって抱きついてきたラヴェンダーに相手は驚きに身をすくめたものの、抱き留めてくれる。

 それから、灰色の男は身体の緊張を解くと、不思議そうに首をかしげつつ、ラヴェンダーを見下ろしてきた。


「——あれ、なんで俺、震えがでないんだ?」


 首をかしげるに、男にアレクが呆れたように言った。


「ほら、平気じゃん」

「グロウーーーーっっ会いたかったよぉ!」

「――てか、元カノ?」

「違えし! 俺に彼女がいたことあると思ってんのか?」

「それ、胸張れることじゃないからね? 言っておくけど」

「もー未だに、女性恐怖症直ってないのね」


 抱きついて、全く柔らかさのない胸筋にぐりぐりした後にラヴェンダーが顔を上げると、グロウと呼ばれた灰色の髪の青年は訝しげに顔をかしげる。


「なんであんた、俺のこと知ってんの?」

「まだわかんないの?」


 言うけれど、相変わらずのその鈍さが懐かしくて、思わずそのまなじりから涙がこぼれてしまう。


「私、ラヴェンダーよ。いつか、私のヴァージンロード、父親役で歩いてくれるって言ってたじゃない」

「え……うええええええっっ!?」


 本当に、全く気づいていなかったのか、グロウは間抜けな声を上げる。その横で、アレクが冷ややかに呟いた。


「……ヴァージンロードの先で待ってる側じゃないとか、寂しいー」

「うるせえ、アレク。ってか、えええええ~……」


 顔をくしゃくしゃにして自分にしがみついたまま離れない少女を見下ろして、灰色の髪の青年は心底困ったような顔で呟く。


「ラヴェンダーはもっとちんちくりんだったじゃんかぁ」

「……何年前の話をしてんのよ。もう十六なのよ、私」

「それもそうかぁ……」


 実感してるのかしてないのかいまいちつかめない間の抜けた声で呟くも、それでもグロウはラヴェンダーの言うことを信じたようだった。

 ラヴェンダーにホールドされた腕を、なるべく彼女を傷つけないようにそっと抜くと、逆にその細い両腕をつかんで少し距離を取る。

 それから身を屈めてまじまじとラヴェンダーの顔を眺めると、彼はニッと白い歯を見せて笑った。


「確かにこの生意気そうな顔はラヴェンダーだわ」

「ちょっと、感動の再会な上、こんなに美人に育った妹分に対して言うことがそれってどうなの?」

「そうそう、このちょっと言うと倍になって返ってくるのも、マジでラヴィだわ。でかくなったなぁ」


 そう言って、グロウはぷっくりと頬を膨らますラヴェンダーの頭をがしがしと撫でてくる。

 手つきは乱暴なようでいて、ちゃんと手加減されて優しいその手の平の感触は、五年の年月が経っても変わらない。ラヴェンダーを見下ろすときにふっと優しくなる眼差しにまた胸が震えて、喜びとともに涙がこみ上げてきた。

 

 それ以上取り繕うことなんてできなくて、顔をくしゃくしゃにしながら、ラヴェンダーは再びグロウにしがみついた。


「本当に、会いたかった……! ――死んだなんて嘘だって、ずっと信じてたんだから」

「……ああ。そっか」


 再びグロウの胸に顔を埋め、ぎゅっと彼のシャツを握りしめて言うラヴェンダーの言葉に、グロウは痛みを堪えるように眉をひそめ、視線を落とした。


「知ってたんだな、孤児院のこと」

「うん……ネットのニュースに載ってたから」

「心配かけた」

「……他に生き残ったのは?」

「俺とジェイ、だけだな」

「そう……そう、なの……」


 二人が生き残ってくれただけでも、嬉しい。

 でも、ラヴェンダーが暮らした家族は二人だけじゃない。


「いつか、スタイリストになって女優になった私の衣装選んでくれるって言ってたジェシーも、警察官になりたいって言ってたアーノルドも、バレンティンもマリアもキャロルもニコルも……」

「ああ、ロージー、クリス、ヴィンセント、ラジャード、ミッシェル、ハンナ、ベッキー、ロイス、リン、エイミー……——みんな、だめだった」

「そう……」


 脳裏に、あの楽しかった孤児院の暮らしが蘇る。

 成長盛りでパンを取り合うようにして食べた朝も、勉強の時間が嫌で、抜け出して遊んでこっぴどく叱られた昼も、テレビの前の一番いいところを取り合って、ぎゅうぎゅうになりながら、そうして暖も取っていた夕暮れも、来たばかりで寂しがる小さい子達の手を握って上げながら寝た、夜も――


 親がいない不幸を嘆かなかったわけじゃない。だけど、先生達や同じ孤児院の兄弟達との愛情もそこにあって。

 間違いなく幸せだった。


「もう、逢えない……っ」


 改めてこみ上げてくる痛みに、堪えきれず嗚咽を漏らすと、そのラヴェンダー肩を、グロウが優しく抱き寄せてくれる。


(ああ、グロウの匂いだ……)


 小さい頃からずっと慣れ親しんだその匂いに、安堵と共にさらに涙がこみ上げてきて。

 ラヴェンダーは孤児院にいた頃のように、子供のように声を上げて泣いてしまったのだった。


本日は後1話更新します。

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