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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第二章:≪ヘスペリス≫への挑戦状と闇の中の再会
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長いダクトの先で見たものは

 招待者からラヴェンダーへの接触があったのは、4番目の商品の落札価格が決まった頃だった。

 入場用に電子招待状をダウンロードしてあった端末に、ダイレクトメッセージが届いたのだ。


 この潜入のためにフェリスが特別にくみ上げた基盤で作った端末で、メールアドレスも設定していない、電子招待状もネットを経由せずにUSBケーブル経由で転送したくらい念を入れたのに、簡単にこうして接触してくるところを見ると、やはり相手のハッキング能力はこちらより遥かに上。かつ、完全に特定されているとみて間違いないようだった。


【ヘスペリスへ 汝の守護する至宝の前にて落ち合おう】


 届いたのはまた、単文のメッセージで、添付としてこのオークション会場の構造図らしきものがついていた。構造図には落ち合う場所に赤いピンが立っており、おそらくこのブース付近からその場所に至るまでの経路も赤い線で示してある。


 指定の場所は、地図からピンの場所を推測するに、オークションが行われている舞台の裏手の方のように見えた。

 エリーゼの説明によれば黄昏の女神達は黄金のリンゴの樹の世話をし、守っているとのことだったので、メッセージ本文の内容からしても、間違ってはいないだろう。


(……そろそろ、オークションの内容にうんざりしてたから、助かったわ)


 視線を端末からオークションの舞台に戻し、ラヴェンダーは再び溜息をついた。

 ちょうど五番目の商品が舞台に出されているところだ。


 目隠しをされ、後ろ手に両手を拘束された形で出てきたのは、人間の女性――のように見えるもの、だった。


 服を着ていないその商品は、身体のフォルムこそ完全に女性なのだが、腹の下には”男性の象徴”がついている。また異常な点はそれだけでなく、側頭部から鹿の角のようなものが生え、くるりと回らされた際見えた背中には、やはり鹿のそれのような小さなしっぽがついていた。


 人間と動物のキメラ――後天的か先天的かはわからないが、先ほどから出品されている商品は皆、人工的に改造された人らしき”何か”だった。


 ここに集う人間達が、それを”どう”使うのかなんて、うら若きラヴェンダーは想像もしたくなかった。

 目録を確認したところ、出品されたのているもの全てがそういうものではなく、六番目からは何かの道具に映るようではあった。だが、例えそうだとしても、それでも全くもって精神悪い。あるいは十六歳の少女への情操教育にも悪い。


(こんなところに呼び出してくれたあの男、殴るなら一発じゃ済まないわね)


 孤児院時代の兄のおかげで、格闘技は少々、いやかなり覚えのあるラヴェンダーは、あの『オリバー』の綺麗な顔を左右からストレートで殴った後、顎をアッパーでかち上げ、最後に股間を蹴り上げるところまでシュミレーションしながら、ラヴェンダーはブースを出たのだった。



     ★ ☆ ★ ☆


  

 化粧室に行く振りをしてブースを出たラヴェンダーは、軽く周囲を見回ってみたが、要所要所には係員が立っており、正攻法で舞台裏まで行くのは無理そうだった。


 そのため、指示された経路のスタートポイントまで行ってみると、そこはまさに化粧室の中。実は二枚届いていた経路図の二枚目の方はこの会場の設計図の一枚らしいかったが、それを見るに、通気ダクトを経由してこい、と言いたいようだった。


 オークション最中で幸い人気のない化粧室の中、ダクトのある個室の前でラヴェンダーは思わず手を組んで唸ってしまった。


「ダクトの中とか、絶対掃除してないやつでしょ……このドレス高いのに……」


 シンプルだが、一流デザイナーに手がけてもらったオーダーメイドだ。当然値段もする。

 武器をうまく隠しつつ綺麗にラインを見せられるデザインを追求するといつもどうしても衣装代がかさむのだが、前回、今回といい、どうしてこんなに汚される羽目になるのか。


「ほんっとう、前回のドレス代も請求してやろうかしら」


 ぶつぶつ言いながらダクトカバーを外し、清掃道具入れに隠すと、個室の扉に”故障中”の札を貼って鍵を閉める。そうして、意を決してダクトの中に飛び込んだ。


 中は、想像していた以上のほこりっぽさだった。そのままでは進めそうにないので、パーティーバッグからハンカチを取り出して顔に巻き付け、ついでに邪魔になりそうな髪も一つにまとめてから進むことにする。


 通気ダクトの中は当然のことながら人が這ってようやく移動できるくらいのサイズしかない。移動は全て匍匐前進だ。


 上流階級の子女を預かるアーデルハイド修道学院では護身術も教えており、通常の護身術だけでなく、上流階級に特化したものとしてドレスアップでも使える護身術も教えてくれる。

 スカート部分にボリュームのあるタイプのドレスで蹴る方法や、ハイヒールで全力疾走する方法、などである。

 たださすがのアーデルハイド修道学院も、ドレスアップして匍匐前進、というのは教えてはいない。


(移動だけで相当疲れそう……)


 ゲンナリしつつも、移動を開始した。

 

 それなりに分岐のあるダクトの中を、時には行くべき方向を間違えて戻ったりしつつ、目的の舞台裏あたりにたどり着いた頃、舞台では八番目の商品が紹介されている頃だった。

 一つで商品紹介から落札まで十分から二十分程かかるのを考えると、移動だけで3、40分かけた計算になる。


(筋肉痛になりそうだわ……)


 痙攣している二の腕を揉みながら、ダクトの外の様子をうかがう。目的地に着いた当初は商品の入れ替えのためにばたばたしていたが、商品と共に係の人間も出て行ったらしい。中はしん、としていた。

 なるべく音を立てないようダクトカバーを開けると、軽く顔を覗かせて、周囲に人がいないかどうかを確認する。

 

 ずいぶんと天井が高い部屋のようだったが、幸い、すぐ下に足場になるものがあった。一度そこに降りてから、何かを伝っていけば、地面にまで降りれそうである。


「よっと……」

 

 ここからがラヴェンダーの力の発揮しどころだった。女優としてアクロバットができるようになるために始めた体操が、まさか十年経ってこんなところで活きるとは思わなかったが、鍛え上げられた彼女の体幹は、5センチも幅があれば大概の移動を可能とするし、多少の段差や離れた場所への跳躍を伴う移動はものともしない。


 いろいろな理由はあるのだろうが、フェリスが見込み、エリーゼが彼女をシュヴァルツ=カッツェにすることを認めた最大の理由はこの、身の軽さなのである。


 音を立てないよう細心の注意を払って降りたのは何かの檻の上のようだった。

 足場の幅は十分あるから余裕ね、と足下を確認した際、その中身が見えてしまったラヴェンダーは、それを後悔した。


 最初、とぐろを巻いた巨大な蛇がいる、と思ったが、どうやらそれは本体ではないらしい。蛇の尾に当たる部分は、トラに似た黄色時に縦の黒縞模様の動物のお尻にくっついており、そこから頭の方に視線を送ると、たてがみのついたライオンのような頭と、そして鷲のような頭が二つついている。


(こういうの、知ってるわー……ゲームとかでモンスターででてくるやつ)


 今回の目録にはなかったが、これも商品の一つなのだろうか。

 なんのために連れてこられているかは不明だが、すくなくともはっきりしているのは5センチの鉄板で檻を組まなければいけないほど危険な生き物だということである。


 幸い、そのモンスターとしか言いようがないその生物はおねむの時間のようだった。耳はこちらを向いていたので生きた心地は全くしなかったが、音を立てないように慎重にラヴェンダーが檻の上を移動する間に起きあがり、こちらを攻撃してくることはなかった。

 

 そうして巨大なモンスターの檻から離れると、積み上がった木箱、別の小さな檻、と伝って地面にたどり着く。そこでようやく、大きく深呼吸ができた。


 音を立てないようあらかじめ脱いでおいたハイヒールは、念のため履かないでおくことにし、代わりに、頭に着けてあった帽子を外し、裏から括り付けてあった布を引っ張り出す。そうして再び帽子を頭に戻せば、暗闇では目立つ金色の髪から肌をすっぽりと隠してくれる隠れ蓑になった。


 潜入する予定はなかったので、念のため、の装備ではあったが、備えあれば憂いなしである。


(それにしても……)


 改めて部屋の中をぐるり、と見回して思う。


(ゴールディン社、やばいってもんじゃないわね)


 会場で見た悪趣味なキメラも大概だったが、先ほどのモンスターなんて間違っても個人が趣味で楽しむためのものではない。

 他の檻の中にも何の動物なのか判断がつかない生き物が詰め込まれているし、壁際に置かれた棚にかけられたカーテンをめくったときには心底後悔した。ずらりと並んだガラス瓶の中に様々な生物のパーツが納められていたからだ。中には絶対に人間のそれとしか思えない臓器やパーツもあって、ラヴェンダーはこみ上げる吐き気にうずくまってしまった。

 

(一体、何が目的なの? それにこんな悪趣味な物を買うような客がほしがる≪守護者のマリア≫って、マジで、なに――?)


 部屋の隅でハンカチで口を押さえながら必死で吐き気と戦いながら、ラヴェンダーの脳裏には疑問がぐるぐると回っていた。


 それにあの男は、自分をここに呼び出して一体何を見せたかったというのだろう。


 吐き気と疑問とで、頭ががんがんする。頭痛までしてきた。


「……ちらです。暗いので足下にご注意ください」


 そうして不調と戦っていたラヴェンダーだったが、その耳を打つ誰かの声に、びくり、と身体を震わせた。

 同時にさわさわと人の移動する衣擦れの音と、声を抑えて会話するのが聞こえてくる。


(……誰か入ってきたんだわ。でも、オークションの商品運送係じゃない)


 思い、未だにこみ上げる吐き気を堪えながらも、手近な荷物の影に身を潜めた。そして影からそっと覗くと、足下を懐中電灯で照らしながら四、五人ほどの男性たちがこちらにやってくる。

 そうして彼らが立ち止まったのは、あの、ゲームに中ボスとして出てきそうな、双頭のモンスターの檻の前だった。


「こちらが……で、捕獲さ……の……です」


 燕尾服を着た男の一人が、檻の前で何かを説明しているが、角度のせいか、内容は判然としない。

 そのため、代わりにラヴェンダーは男達を観察しようと目をこらした。


 客とおぼしきもの達は仮面だけでなく、頭からすっぽりとローブのようなものを被っており、口元もそのローブで隠していた。ローブの裾から見える履き物と体型から、かろうじて性別がわかる程度である。


 かわりに、説明している男と、集団から一歩離れたところにいる男だけは、ローブを被っていなかった。おそらくこの二人が売り手側、ローブで顔まで隠しているのが顧客側で、ローブは顧客同士が顔を合わせる際に身元割れを防ぐための対策なのだろう。


(あの男が、お偉いさんっぽいわね……)


 ラヴェンダーはその集団の内、輪から離れた方の男にそう当たりをつけた

 その男は、他が黒ずくめな中、ずいぶんと目を惹く格好をしていたからだった。


 やや緩やかにカーブした金髪を晒し、さらには白地の布に、金糸の刺繍の入った仕立てのいいスーツを身につけている。顔に着けている仮面にも、カラーダイヤモンドや金箔がまぶしてある。説明しているもう一人の男が、お仕着せのベストとズボンを身につけているのと、ずいぶん対照的な装いだった。


(ゴールディン社の重役の中にはなかった顔のように思えるけど……)


 前回の潜入前、頭に入れた前重役の顔、スタイル等の情報と、目の前にいる白スーツの男の体格などの情報を脳内で照合してみるが、同一人物と思えそうな人間はいなかった。

 もちろんこういう場にいる人間だし、ゴールディン社の表の経済活動に関わっていない可能性も高いのだが。


 では、あれが自分を呼び出したあの男が変装したものかというと、そうでもないように見える。身長はやや低く見えるし、何より、細い。均整は取れているから不格好には決して見えないが、ラヴェンダーをがっちり押さえ込んできた、あの男に比べると大分薄いようだった。


 もちろんあれから一ヶ月経っているので、減量して落としてきている可能性も否めないだろうが、あの男がわざわざそれをする理由も思いつかない。

 だとすると、別人なのだろう。


 ただ、なんか妙にひっかかる――そう思い、再度男の顔を確認しようとして身を乗り出した瞬間、男がふっとこちらに顔を向けた。


 ラヴェンダーは慌てて身を引き、息を潜める。


(かなり暗いし、ライトのそばにいるあちらからは見えていない、はず……)


 そう思うが、不意にこつ、と床を叩く音が響いた。足音だ。

 近づいてくる。


「……様、どうされました?」


 説明員の男が、口上を留め、問いかけている。


「今、なにか……」


 それに、例の白スーツの男だろう声の主が答える。迷いながらのためゆっくりではあるが、足音は確実に近づいてきていた。


(このままだと、見つかる――――!)


 もっと隠れられる場所はないか、とラヴェンダーが視線を巡らせたときだった。


「こっちだ」


 突然暗闇から、ぐっと腕を引かれる。


(なに?)


 戸惑うが、白スーツの男の足音はどんどん近づいてくる。


(えーい。ままよ!)


 一瞬の逡巡の後、ラヴェンダーは腕を引く相手に従う方を選んだ。


 こんなところに道があったのか、と思うようなぽっかりと空いた暗闇に飛び込むようにして、ラヴェンダーはその場を後にしたのだった。




 一方、ほんの直前までラヴェンダーが隠れていた場所にたどり着いた白スーツの男は、すでに誰もいなくなった空間に立ち尽くしていた。


「なにかいましたでしょうか、エドラルド様?」

「……」


 エドラルドと呼ばれたその男は部下に問いかけられるも答えずに視線を巡らせ、そして足下に落ちているものを見つけ、拾い上げる。


 長い布とレースがついた、貴婦人用の帽子のようなものだった。

 男はそれをぐるり、と手の中で回して観察し、それから、くん、と軽く匂いをかいだ。

 若い女性向けの高級香水の匂いふんわりと漂った。


「……鼠かと思ったが、どうやら猫がいたらしい」


 唇をつり上げ、男は呟く。

 それから振り返り、顧客たちの元へ戻ると、大変失礼致しました、と謝罪した後、恭しく礼をしてみせる。


「つきましてはお詫びに、この商品の能力を見るために、猫狩りの様子をご覧に入れるのはいかがでしょうか?」

 

 男のその提案に、客の側から否があるわけもなく、かくして猫の匂いを覚えた凶悪なハンターが、その檻から放たれた。


今日は後一話更新します。

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