古城のオークション会場
PCの故障で予定より投稿が大幅に遅れ申し訳ありませんでした。以後順次投稿していきます。
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届いた電子招待状に日付の日、ラヴェンダーはフランスにいた。
フランスのデウ=カリオン社系列の古城ホテル――つまり、オークション会場だ。
最初、オークションに参加するのを、アーデルハイド女大公は難色を示した。けれど、そのオークション会場に≪守護者のマリア≫が再度出品されるという情報がもたらされ、渋々許可をしてくれたのである。
前回はゴールディン社の創業記念パーティが隠れ蓑だったが、今回は仮面舞踏会のようだった。ドレスコードに”仮面着用のこと”とあったのだ。
そのため、ラヴェンダーは迷ったが、瞳にはカラーコンタクトを入れ、代わりに仮面の方にアメジストを埋め込むことにした。
最初は目立つのではないかと心配したが、生粋の上流階級の二人曰く、こういう類いの仮面舞踏会は、宝石どころか鳥の羽やらなにやらをごてごてと飾り、顔の上半分ほとんどを覆ってしまうようなのを着けるのが普通らしい。
と、いうことで、大ぶりのアメジストも埋めたが、色とりどりの宝石で羽ばたく蝶を模したような仮面にしてもらう。
服装は黒のマーメイドドレス――前回の『アイリーン』のように露出が全くないタイプとは違う、それなりに肩や腕の出たノーマルタイプのもの――を選び、合わせてレース付きの黒い帽子も身につけることにした。
髪の色は変えていない。金髪自体はそんなに珍しい色ではないからだ。顔も、どうせ仮面で隠すのだし、と手を加えない程度のメイクで抑えている。
(”黒猫”で出動する時って大概別人に変身するから、なんだか不安だわ……)
思いながら、使い捨ての携帯端末に電子招待状を表示し、開場に足を踏み入れる。
不安、といえば、今回の潜入には、フェリスのサポートが全くないのも、そうだった。
さすがに二週間で使えるほどのシステムを組むのは不可能だったし、かといって、ウィルスに汚染された可能性のある既存システムを使うのも問題外。
その点をどうするかの議論は、女大公も巻き込んで紛糾したが、今回はあくまで、オークションに参加して様子を見るだけ――というところを落としどころにし、決着した。
そのため、今回は完全にラヴェンダーの単独潜入なのである。
受付を済ませたラヴェンダーが案内されたのは、会場となったホテルのダンスホール――ではなく、細くしめった石の階段を降りた先にある巨大な地下ホールだった。
おそらく、元々城が持っていた秘密の抜け道か、地下室を改装して作ったのだろう。入り口こそ年季の入った岩を積み上げて作られた回廊だったが、ホールの中に入ってしまえば、慣れ親しんだ現代建築の世界が広がっていた。空調は効いているし、回廊と違って湿気もない。快適には過ごせそうである。
「こちらが本日のお客様のブースとなります」
そうして通されたのは、小さな小部屋のようなところだった。オペラハウスの貴賓席を想像してもらえば近いかもしれない。入ってきた側の向かいはバルコニーになっており、その先には舞台がある。おそらくそこに商品を展示し、オークションを行うのだろう。
ブースの中には天鵞絨の貼られたアールヌーボー様式のソファと樫の机が置いてあり、その上にはウェルカムドリンクのシャンパンが置いてあった。
「本日のウェルカムドリンクは、1952年物のドン・ペリニヨンでございます」
そう言って恭しくシャンパンを注ぐと、案内係は深々と一礼した。
「私どもはすぐ後ろで控えておりますので、ご用の際にはそちらのテーブル脇にある呼び出しボタンにてお呼び出しください。また、オークションのシステムに関しても後ほど別のものが説明に上がらせていただきます」
それでは開始まで、ごゆるりとお過ごしくださいませ。
白い仮面を着けた給仕係はそう告げてブースを後にする。
足音が十分遠ざかるのを確認してから、なるほどね、とラヴェンダーは呟いた。
「仮面は、舞踏会用ではなくて、会場で人と会った時に身元を隠す用、だったのね……」
受付からこのブースまでほぼ一本道だった上にこの、おそらくオークションのためだけに立てられただろう地下施設だ。むしろ前回のようにカモフラージュのパーティーがある方が珍しかったのかもしれない。
そしてこのブースに到着するまでに何人かの人とすれ違ったが、みんな仮面を着け、女性に至っては大きな扇で口元も隠してもいた。政治家、実業家、一体どんな人間がここに集まっているのかは知らないが、出品されるのは買っているとばれたら世間からの批判は免れないような代物も多い。そういう意味で、仮面は必須、ということなのだろう。
ちなみに舞台に向かう側はバルコニーのようになっているが、その向こう側には透明なプラスチック製のシールドに覆われている。そこから、半球状になった会場を見渡すと、他のブースは全て黒塗りに見える。おそらく、そのプラスチックシールドにも視角阻害の処理がなされているのだろう。徹底した個人情報への配慮ぶりである。
会場の上物が古城だからか内装はややクラシックに抑えられているが、オークションシステム自体は最新にものらしい。
しばらくして説明に訪れた人間がセッティングしていったが、バルコニーの床部分からタブレットをのせたテーブルのようなものがせり上がってきて、ラヴェンダーの座るソファの前で止まった。係員曰く、この端末がビットのための金額を入力したり、出品予定の商品の目録を確認したりするものらしい。
その端末で出品一覧を確認すると、確かにあの≪守護者のマリア≫像ノミネートされていた。順番は一番最後だ。
写真と、開始価格を確認する。写真は、ラヴェンダーが≪月夜のクジラ号≫に持ち込んだレプリカとそっくりだ。特に違和感のある点はない。開始価格は――
「150万ユーロ(約1.8億円)?」
その額の大きさに、思わず口元を覆ってしまった。端末を操作して他の出品物を見てみるが、開始額はこれがダントツである。
「ただの、陶器のマリア像でしょう? ……それが、何故……?」
確かにシューヴァンシュタイン公国の継承問題にこれが関わっていることは公然の事実だし、このマリア像を入手することでシューヴァンシュタイン公国に恩を着せ、様々な交渉ごとをうまく運ぶための材料にすることは可能だろう。
だが、そのためだけにこんなに莫大な金額を払うのだろうか?
シューヴァンシュタイン公国は国家の面積は世界最小レベルの小国ながら、裕福さで言えばトップレベルの富豪国でかつIT大国である。だが、それでも、やはり軍事力を持たない小国故に総合的なポジションで言えばそこまで重要度は高くない。
開始価格と言うことは、そこから上に上がっていくのだから、ヘタしたら10倍、20倍の価格になることもあり得るのに、その小国との交渉のためだけに、そんな莫大な資金が動くとは到底思えない。
だとするならば、この一連の≪守護者のマリア≫を巡る騒動には、もっと大きな裏がある。
ラヴェンダーからするとただの陶器の像にしか見えないこのマリア像が、今夜のオークションに参加する人間には150万ユーロ以上の利権をもたらすことになるだけの、何かが。
(『今は秘密』の”秘密”が、でかすぎるのよねえ……)
どうにもきな臭くなってきた。こうなるとシューヴァンシュタイン公国の継承問題そのものも、裏があると思った方がいいだろう。
いつか二人がその”秘密”を話してくれるときが来たとき、ラヴェンダーは聞くべきなのか否か。
見極める必要があるかもしれない。
親指の爪を軽くかじり、じっと端末を睨み付けるラヴェンダーの上に、オークション開催を知らせるブザーが高らかに鳴り響いた。
闇オークションの参加者、シューヴァンシュタイン公国、そして謎のあの男――
それぞれの思惑が交差するオークションの、始まりである。
本日もう二話更新予定です。




