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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第〇章:プロローグ
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プロローグ

初めまして。冴月アキラです。

ちょっと変わったお嬢様ファンタジー小説ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


(2020.10.11 数字が一部間違っていた部分を修正しました)

 数十センチ四方の小さな枠の中が、ラヴェンダーにとって世界の全てが詰まった夢そのものだった。

 はらはらするアドベンチャーに、精神削る心理戦のサスペンス、そんな中で生まれるラブロマンスや、日常の中に巻き起こるドタバタコメディ――

 チャンネルを変えたら、あるいは時間を変えたら、あっという間に違う世界が迎えてくれる。

 孤児院の他の子供達とぎゅうぎゅうになりながら見るドラマや映画の時間は、ラヴェンダーにとって特別だったのだ。


 自分でも小賢しい子供だったと思うが、『リバティヒル(自由の丘)』という名の、丘の上の小さな孤児院で育ったラヴェンダーは、齢三歳にして、この世の不平等を悟っていた。


 孤児院でお下がりの服しか着れない、壊れかけたおもちゃをみんなで使いまわすことしかできない自分には、絵本に出てくるようなお姫様やお嬢様になるのは到底無理。

 努力すれば高学歴をゲットして一流企業に入ることもできなくもないが、そもそも大学は目がくらむほどのお金がかかる上、一流と言われる大学ほど出自のふるいがある。

 自由の国と言われるアメリカ故に、身分格差は残酷すぎるほどで、その底辺に生まれてしまったことに気づいたとき、全てを悟ってしまっていたのだ。

 それから、絵本や漫画、テレビアニメーションの類いを見ることに情熱を感じなくなっていた。

 

 その代わりにのめり込んだのが、テレビという小さな枠の中に広がる世界。

 その世界では色々な人が主役だけどみんながみんなお姫様ではない。

 だけど様々な物語の中で生き、活躍していたからだ。

 

 そうして、年齢に全くそぐわないドラマや映画の類を見始めてすぐに気づいた。

 顔も形も同じ人としか思えないのに、違う物語で違う名前と、職業で出てくる人たちがいる。

  

 何故なんだろうと疑問に思ったラヴェンダーに、年上の親しくしてくれていた兄代わりの1人が教えてくれた。


 俳優という職業を。


 その人たちは演じるという特技を武器に色々な人になり職業になり、そしてみている人たちに感動を与える。


 なんとすばらしいんだろうと思った。


 そして、これになれば、自分もお姫様やお嬢様になれる。


 孤児院があったのが、映画の街ハリウッドにほど近いロサンゼルスのスラムの外れだったのも大きい。


 まるで息をするように自然に、女優になろうと思った。

 

 幸い、濃い蜜色のブロンドにきらきらと輝く鮮やかな深紫色(ディープ・アメジスト)の瞳、そしてぽってりとして愛らしい唇ーー誰にもに可愛がられるくらいには見た目には恵まれていたし、齢三歳にして世の中を斜めに見られるだけの知能はあった。


 だから、自分なりの将来設計を元に、自分よりも年上でモノをたくさん知ってる孤児院の先生や、年上のお兄さんお姉さんたちにアドバイスをしてもらいながら、女優になるための訓練を始めた。


 アクションに必要な格闘技は孤児院の中で実の兄のように慕っていた人に請うて習い、アクロバットのための器械体操は学校でクラブ活動が開始の年にすぐに申し込んだ。


 たくさんの作品に触れるために本を読み、鏡や、同じ孤児院の子供を相手に演技の訓練をし、メイクだってたくさん練習した。


 そうして、念入りな人生設計(三歳児作)を忠実に、でもさすがに時々修正を入れながら、明確な目標に向かって、可愛くないくらいに貪欲に積み上げてきた――――のだが。

 

(ああ、人生とはなんて……)


 そう、物思いにふけっていたラヴェンダーの思考を遮るように声がかかる。


「――そろそろ、お時間です。ラヴェンダー()()()


 運転手からの言葉に、ラヴェンダーは伏せていた長いまつげを物憂げに持ち上げた。


「フェリス様より通信ですが、そちらに回しますか?」


 黒塗りのリムジンの後席で、ゆったりと足を組み直しながら、ラヴェンダーは頷く。


「繋いでちょうだい」


 答えてから数秒のタイムラグの後、前席のヘッドレスト部分に設置された液晶画面に栗毛の人物が映し出される。


 フェリス=オールデンブルグ。


 さっぱりとしたショートカットに涼しげな切れ長の鳶色の眼差し、落ち着いたアルトの声――起伏の少ない身体と相まってぱっと見ると男性のようにも見え、同性からも絶大な人気のあるフェリスだが、ラヴェンダーと同じ十六歳の少女であり、ラヴェンダーの『()()』の相棒だ。


【待たせたな、ラヴェンダー。こっちの準備は完了。そっちは?】


 外見と同じく、口調まで男性のようなそれで、フェリスは問うてくる。


「ばっちりよ。外見は寸分違わぬ『アイリーン』に仕上げ済み。あとは私の中に『アイリーン』を『インストール』するだけ」

【了解。じゃ、とっととインストールしな。できたら通信チェックも兼ねてイヤーカフから連絡よろしく】


 そう告げると、フェリスは通信を着る。こちらの返事を待たない一方的な言いように、素っ気ない通信相手だわ、と内心苦笑しながら、ラヴェンダーはこめかみのあたりに両手の指先を添え、そっと目を閉じた。

 

 ――それは、OSの切り替えに似ている。

 

 あるいはログインIDの切り替え、だろうか。

 頭の中にあるラヴェンダー=ヴェルフのハードディスクをシャットダウンし、代わりにすでに用意してある『アイリーン』のOSが入ったハードディスクを立ち上げる。


 『アイリーン=クラーク』――性別・女、年齢32歳、職業はゴールディン社の化学製薬部門のマネージャーで若くしていくつもの新薬を発明し、会社の利益に大きく貢献した出世頭。来年には副部長職への昇進が確定済み。


 性格は慎重で頑な。人付き合いは苦手。できれば24時間研究室にこもって実検するだけの生活をしたいと思っているが、成果を上げすぎたためにゴールディン社の創業50周年式典への出席を余儀なくされてしまって心底困り果てている。

 好きな色は白。好きな図形は六角形。男性は苦手。お酒はたしなむ程度。話す声は――

 

 頭の中に大量の『アイリーン』のデータが読み込まれ、ラヴェンダーの身体を『アイリーン』のものに作り替えていく。


 そうして再び彼女が目を開いたとき、きらきらと力強く輝いていた瞳は、どこか疲れを感じさせる物になり、伸びていた背筋は曲がり、猫背になる。


 ぼそぼそとした声で運転手に頼んでリムジンから降りれば、もはやそれは”ヴェルフ家のお嬢様”ではなく、優秀だけれども人付き合いに難あり、なのに上司命令で来たくもない記念式典に来てしまった研究員に早変わりする。


「じゅ、準備、できました」


 言われたとおりイヤーカフ——に擬態した通信機でフェリスに連絡を入れると、ラヴェンダーのそれよりずっと低く、どこかおどおどした口調のそれに、通信機の向こうでフェリスが笑う気配がする。


【相変わらずすごい変わり身だ。でもそれでこそ我らが怪盗『シュヴァルツ=カッツェ』だな。目標は≪守護者のマリア≫、エントリーは3分後の18:46、目標との接触は21:37予定。いけるか?】

「アイコピー」


 無線が趣味で、受け答えの際にその癖が出てしまう『アイリーン』はそう答えると、通信を切った。

 そして、ゆっくりと大きな飛空挺に向かって歩き出す。


 ――底辺で生まれた自分はお嬢様にはなれないと、人生を悟った少女は。


 十数年を経て『お嬢様』と呼ばれる立場になり、その職業は学生で、副業は――怪盗。


(ああ、人生とはなんて複雑怪奇なのかしら)


 まるで、シェイクスピアの劇のナレーターのように、『アイリーン』の中にほんの一握り残した『ラヴェンダー』が、ひっそりと呟きを繰り返す。


「さあ、舞台『アイリーン=クラーク』の幕開けよ」


 ――けれど彼女は知らない。

 このミッションが、さらに摩訶不思議な、彼女自身の運命の物語の、幕開けとなることを。


 さあ、開幕のブザーがいま、鳴り響く。


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