ついていけない心
その後はお姉とのり君は二人でダンジョンに行った。指輪のおかげで呼ばれてもわかるからね。
仕方なし残された四人でダンジョンに行くことに。胡堂はレベル差があるから一人で行きたいと言ったが、何かあったらお兄ちゃんからあたしに通信が入るはずだ。胡堂一人じゃその時にわからない。健也君には心の中で謝っておく。
「今日はたっちゃんと摩耶が中心にレベル上げやね」
「絵里子も拓ちゃんもごめんな?」
「すいません拓さん、姉さん」
「そんなんいいよ、あたしも胡堂も入りたい放題やから気にせんで」
三人は装備を整えているけど、あたしはラフな格好でダンジョンを進んで行く。基本的にあたしたちは見守るだけで、戦うのは二人だけだ。
ポーション(微)を入れたポーチも各自に持たせてるので、あたしたちは本当に何もしない、ついてきてるだけ。
色々考えたけど、この二人はここにいるわけではないから、あたしがいないところで誰の手助けなく戦えるようになっていないといけない。
それでもさすが夫婦と言うべきか、たっちゃんと摩耶の息は合い、盾職と槍の相性もいいから一階ではまったく問題がない。レベル的にもそのまま二階に行き、暫くすると二人はレベル5になった。
そのまま三階に行くのもいいかと思ってたら、お兄ちゃんからの全員に対しての通信。あたしは三人に気付かれないようにお兄ちゃんと話す。
『全員戻ってこい』
『どうしたん? 話の続き?』
『あたしとのりも?』
『全員や』
理由ぐらい欲しいがこれが長男クオリティー、諦めて三人を上がる方向に持っていかなければ。
「レベルも上がったし一回戻ろうか、健也君と差が付きすぎてもあかんやろうし」
「もうちょい大丈夫ちゃう?」
「でも確かに健也君のこと考えたら、戻ったほうがいいで達也」
少し不満顔のたっちゃんを摩耶が諫めてくれる。いい子やほんまに。
胡堂はじゃあ俺ダンジョン奥に、なんて許しません。服の袖を掴んで逃がすことはない。レベルの差を考えろ。
地下の居間に上がれば笑顔のお兄ちゃんが座ってた。
「そんないい顔して、お兄ちゃんどうしたん?」
「みんな来たら話すから」
それだけ言うと何も言わない。まあ説明いっぺんに終わるほうがいいしね。
今の間に飲み物とお菓子などを支度してれば、お姉と短時間のわりに疲れた顔ののり君が帰ってきた。
「のり君大丈夫? お姉やりすぎちゃう?」
「のりが仕事辞めへんからしょうがない、強くならなあかんねん」
「そうやけど、のり君、屍やん」
絨毯の上に転がってるのり君の姿はまさに屍。丸一日ダンジョンにいたわけでもないのに。あたしはのり君にそっと水を差しだすことしかできない。
「みんな揃ったし、遊んでないで話すんで」
お兄ちゃんの声を聞き、みんながテーブルに集まってくる。屍はゾンビとなって動き始めた。
「健也君の知り合いの戸上さんと話して、本物の自衛隊員なら確認してもらいたい物があると今日来てもらえることになった」
「は? いや、そんな自衛隊員て暇ちゃうやろ?」
「家にどこに相談したらいいかわからんもん出てきたって正直に話したら、ちょうど休みやったし来てくれるって、昼には来れるって」
「待って、そんなことなんてある?」
「ダンジョンある時点でなんでも起こる世の中やろ」
確かにそうやねんけど、急展開に頭がついていかない。
「お義兄さん、俺らはどうしたら?」
「お前らはフル装備で神社おって、俺は地上で対応、残りの四人は時間も少ないしダンジョン行ってていいで」
「お兄ちゃんが対応って、どうすんの?」
「直で電話で話させてもらったからな、向こうさんも一人では判断できるかわからんからもう一人連れてくるって言うし、俺もフル装備で地上で身元確認して、大丈夫そうなら神社連れてくわ」
「どこまで話す気なん?」
「相手の出方次第やな、できればこっちの事情わかってくれたらいいけど。最悪は巫女姫様の御威光見てもらって、神の神託で世界が変わるっちゅうとこまで」
御威光なんてあたしにはどこにもないんですけど?
「御簾越しでも巫女姫様の御威光を見れば誰でも信じるしかありませんよ、それすらもったいないのに」
うんうん、と自分で頷いてる健也君。いつから君は信者になったんだい? 信者なんて募集してないから、その気持ち返してらっしゃい。
「まあそんな感じや、信じてもらえそうなら御簾開けることも考えてるしな」
「宏さん、俺も一緒に地上で出迎えしていいですか?」
「胡堂くんも? 理由がないやろ?」
「そうなんですけど、できれば一緒に神社おりたいです」
「それなら俺たちも」
そう胡堂も健也君も言うが、お兄ちゃんの顔をは渋い。お兄ちゃんは少し考えて言葉にする。
「今はまだダンジョン入ってる奴ばれるわけにはいかん、それに健也君はまだレベルも低いやろ? 今後どうなるかわからんねんから、今のうちにレベル上げとき」
お兄ちゃんの言葉にこちらも渋々頷き、各自これからのことは決まった。
「お兄ちゃん、ならお昼早めのほうがいい?」
「そうやな、頼むわ。俺は少し確認したいことあるから飯できたら呼んでくれ」
そう言うと立ち上がり作業場に入って行くお兄ちゃん。横から摩耶が手伝いますと元気に言ってくれた。
いつかは国に言う気ではあったけど、どう伝えるかなんて決まってなかったのに、急にこんなことになると不安が胸の内に広がって、怖くなる。
それでもそれを誰にも気づかれたくなくて、どうにか自分を奮い立たせた。
台所でついみんなでの食事は最後かもしれない、なんて思ってしまって、量が多くなりすぎたのに笑ってしまった。
隣で摩耶も色々考えてしまってるんだろう。どうにか笑顔を保とうとしてるのにどこか暗い。
「きっと何とかなる、大丈夫や」
それは摩耶に向けた言葉なのか、自分に向けた言葉なのかわからないけど、それを信じて今は突き進むしかないんだ。
その日のお昼はいつもよりどこか賑やかで、いつも以上に笑ったような気がする。
「じゃあ俺は地上おるから、連絡したらちゃんと巫女様せいよ」
お兄ちゃんがそう言って地上に上がってく。その前に見送った四人もどこか不安そうな顔で、ダンジョンに入って行った。
お姉とのり君と三人で、あたしは壇上に寝転がったまま動く気が起きない。のり君ひざ掛け持ってこなくていいよ、寝ちゃうから。
「絵里子は何を怖がってるん?」
その言葉であたしはお姉を見た。
「怖がってる?」
「お姉ちゃんにはそう見える、それとも不安?」
「不安がないわけじゃないよ、今からも、これからも、どうなるかなんて何もわからへんから」
「大丈夫やで?」
「そんな簡単に言わんでよ」
苦笑しながらお姉の顔を見れば、お姉は真剣な顔をしていた。
「大丈夫、なにがあってもお姉ちゃんが守るから。それが絵里子のお姉ちゃんとしての気持ちで、巫女として右大臣としての気持ちやから」
兄妹ってやだな、どうしよう。ちょっとしたあたしの雰囲気で察してるんだ。のり君まで優しく頷かれたらどうしていいかわからなくなる。
「右大臣とか左大臣とかお兄ちゃんが言ってるだけやん、あたしの扱い低いのに」
「お兄やからな」
あたしの声は震えてはいないはず。ちゃんと笑ったはず。お姉ものり君も笑ってくれてるもん。




