化学繊維の勝利
とりあえず、まずはポーション(微)を買う。現れたのはあたしの手のひらサイズの赤いガラスっぽい瓶。
怪我したとき用に持っていきたいけど、割れてしまいそうでポッケに入れることを躊躇う。どうしようか悩んでいると、干し肉が入っていた巾着袋が目に入った。中は全部食べてしまったので今は空だ。
ペットボトルの時のようにまた干し肉を買えばどうなるかわからないけど、ひとまずこの中に入れてベルト通しに結んでおこう。
あとは地面に置いたままのカーディガンを広げて確認する。色が黒なおかげで、血などが付いているのかわかりにくくて助かる。
ただ少し伸びてるように思うけど、穴も開いてなくてまだ使えそう。鼠の力は思ってたより強かったから、あとどれだけ使えるかわからないけど。
できるだけ早く何か武器が手に入ればいいんだけど、どっかに棒とか落ちてないかな。落ちてるわけないか。
だからって焦って怪我をするのは怖い。三日ぐらいなら干し肉で行けそうだし、焦らず安全第一でポイントを貯めて行こう。
水を一口飲んで少し休憩すると、これから何度挑むかわからないダンジョンへ向かう。
耳を澄ませ、できるだけ足音を立てないように歩くのに、通路は静かでいつもより自分の足音が大きく聞こえる気がする。
これだけ静かだと不安が大きくなって、本当に帰れるのか。ここで死んでしまうかも。そんなことばかり浮かんできてはそれを否定することばかり。
どうしてなんて泣き言は言いたくない。言ったところで無意味だし、誰も助けてくれないなら自分でどうにかするしかないんだから。
それでも一周回った感情で苛々してくる。考えても仕方ないことだってわかってるけど、それを消す方法なんて今のあたしにわかるわけもなかった。
そんなところへ微かに這いずるような音。他に聞こえてくるものはない。音から今回も一匹だと思う。
スライムだったら近づくしかない。あたしが音に注意しながら奥へと進むと、やっぱりスライムが現れた。
前回と同様プルンとした体、今はその姿にも腹が立ってくる。あたしはスライムに近づくと酸を吐き出させ、一歩踏み込む。
「ダンジョンのあほー!」
叫びながら力いっぱいに足を振り上げ蹴り上げる。前回より壁に広がったスライム。地面に落ちたところで感情に任せて踏み切った。
はぁ、と力んだことで息が漏れた。
スライムはきっと悪くない。ダンジョンにいるから悪いのか? よくわからないけど八つ当たりだったことは認めよう。
叫んだことで少し落ち着いた。けどダンジョン内で大声とかヤバイ? 少し焦りながら通路の奥を見るが、特に何かがやってくる様子はない。
あたしは急いで魔石を拾うとポーションが入った袋へ入れ、息を整えスライムに手を合わせるとき「ごめんなさい」と呟いた。
今日はまだ奥へと進む、体力はまだあるし気力もある。
しばらく行くと微かに鳴き声がし、足を止め奥を窺うがこっちには向かってないようだ。慎重に足を進め音に近づく。
そろそろ見えてくるかと思ってると、急に音がこちらに近づいてきた。
鳴き声からわかってたけど鼠だ。あたしは迎え入れるように立ち止まりカーディガンを広げる。
猪突猛進な鼠は、待ち構えてれば捕まえること簡単にできた。あとは叩き付けるのに慣れればいいだけなんだけどなー。できれば慣れたくないけど。
ぐったりとしたカーディガン、さすがにポーションが入った袋に鼠を入れたくはない。けどこれでは武器がないまま進むことになる。どうしようかと考えるが、できれば気力があるうちに先へ進みたい。
最悪、鼠はカーディガンから出して戦えばいいか。とりあえず進んでみようと考えた。
通路を少し奥に行けば、T字路のような分かれ道になっていた。
引き返す?そんな思いがまた浮かんでくる。でも引き返したところでオブジェの部屋に帰るだけ。
弱気になっては駄目だ、あたしは帰らなきゃいけない。帰りたいんだ。
左右の道を見るも、今までと変わりない綺麗な通路。見える限りモンスターもいない。
なんとなくで左を選ぶ。最悪また分かれ道があっても、全部左へ進めば帰り道はわかりやすい。
これまで踏み込んだことない場所に緊張する。モンスターが変わったりしたらどうしよう。
鼠二匹とかも辛いな、スライムなら何とかなると思うんだけど。
しばらく進めば音が聞こえてきた。こちらの考えを読んだのかスライム二匹だ。
何とかなるかもとか思ったけど、実際に起こると正直困る。鼠より全然いいけどさ。
二匹の距離は近く、間違って踏み込めば攻撃されてしまいそうだ。でも動きは遅いから何とかなるだろうか。
あたしは一mの距離を保ちながらスライムの周りを回る、スライムは方向を変えた様子もなく、順番に酸を吐き出してあたしに攻撃してきた。
全方位攻撃できるとかすごいね。でもその攻撃も遅く、見ていれば避けることもできそうだ。
観察が終わるとタイミングを見計らいスライムに近づき、一匹目を蹴り上げる。その時、二匹目のスライムがいつもと違う行動をとった。
近づいたあたしの足に、自分から触手のようなものを二本伸ばし足を掴もうとしてる。
「いやー!」
反射的に叫びながら、片手に持っていたカーディガン(鼠入り)を振り下ろしていた。
一度だけではなく両手に持ち替え二度三度、パニックでした。だってキモイ。ウニョーってなんか伸びてた。何あれ? ほんとキモイ。
振り下ろした状態で、はぁはぁと息をする。こんなはずではなかった。
酸素を取り込みはっとする、もう一匹スライムがいたはず。
あたしは蹴り上げた方向を見ると急いでスライムを探す。スライムは地面でウニョウニョと動き、元の姿に戻りかけていた。
その姿がさっきのスライム触手を連想させ、あたしはカーディガンをまた振り下ろしたのです。
魔石を回収し周りを確認する。いつもより飛び散ったスライムたち。
本当に気持ち悪かったんだよ、しかたなかったんだよ。そんな言い訳を手を合わしながら自分にしておく。
そして片手を持ち上げ、袋状のカーディガンを確認。少し濡れている部分があるように思うけど、特に穴もなくて溶けていない。持ち手にしていた部分がかなり伸び始めてる気がするけど。
中の鼠溶けてたらどうしよう? 外が溶けてないから大丈夫だと思うけど。そんな怖いことまで浮かぶが、中を確認する気は起きない。
気を取り直してどうしよう。体力より気力がゴリゴリと削られた感じがする。時間を確認すればお昼前、少しだけ進んでみて戻ろうか。
気合を入れなおし足を進める。ここはダンジョン、気を抜けばやられるのは自分だ。
少し歩いてみても特に変化はなく、あたしがそろそろ戻ろうかと思い始めたとき、通路の壁の一部が開いている。
静かに近づき中を窺うと小さな小部屋のようで、問題はその一番奥に置かれた箱。
ダンジョン風に言うなら宝箱ですよね?
あたしは中を見回し、何もいないことを確認すると部屋の中へ入った。
宝箱の前で考える。罠と擬態系モンスターの可能性。ゲームやったことある人なら考えるはず。
見た目は木でできたシンプルな宝箱に見えるんだけど、安全は考慮したい。けどもし中身が武器だったり役立つものだったら? その考えも捨てきれない。
一瞬考え、すぐに面倒になり放棄したあたしは宝箱目掛けてカーディガン(鼠入り)を横に振った。
考えても仕方ないことは考えない主義です。
上手く蓋に当たったのか、罠も何もなく反動でパカリと開く宝箱。覗き込めば中には一枚の紙が筒状に丸められ入っていた。
開いて見てみれば紙の中には、グレーの四角に赤い点。あとは真っ白だ。
首を傾げ考えてしまう。宝箱なんだから何かいい物だと思いたい。あたしは紙を広げたまま部屋の出口へ歩く。そのとき紙の中でも赤い点が動いた。
驚きで立ち止まれば点も止まる。あたしがその点を見ながら部屋を歩けば点もまた動く。あたしはそのまま通路へと出てみる、赤い点が動きグレーの場所が少し広がる。
地図だ、これで迷子の心配がなくなる。
方向音痴ってほどでもないが、このダンジョンの大きさなんてわからないし、マッピングできるものも持っていなかったのでほっとする。
しかも自動マッピングで現在地も把握できるっぽい、かなり優秀な地図だ。
今日はなかなかいい感じだ。もうお昼になってるだろうし、いったん戻ることにした。
戻る間はモンスターが出ることもなく、地図ができていくのを何度か確認してながら歩いた。この地図本当に有難い。開いてなくても勝手にマッピングされるし探索が進みそう。
オブジェの部屋へ着いたらまずは今日の収穫を売る。よく働いてくれた鼠さんもちゃんと売った。
干し肉を購入してして驚いた、ポーションを入れた干し肉の巾着は残ったまま、新しく巾着に入った干し肉の袋が現れたからだ。
中に何か入れたままだと残るのだろうか? それとも干し肉の袋だけ?
考えても仕方ないと、ポイントを確認すれば残りが205。カーディガンに穴が開く前に武器は買えそうだ。
干し肉を食べながら武器を確認する。でもいい物ないんだよね。棒にしても長くはないし、ナイフは説明に小さい解体など用って書いてる。
これでどうやって戦えと言うのかほんと悩む。まだ道具の包丁のほうが使える? それともこのままカーディガンで行けるとこまで行ってみる?
カーディガンを広げてみるも伸びてはいても穴は開いてるようにみえない。化学繊維強いな。
一先ず休憩だ、体力と気力を少しでも回復させたい。
眠くはないけどまだ時間もあるし、オブジェを背もたれに少し目を瞑った。