唐突な出会い
落ち着いた後、ポーションを飲んで地上に上がったあたしと拓斗。一宮ダンジョンを強化したので本殿に転移できるようになったが、時間も早いし気晴らしも込めて探索者通りでも冷やかしに行くかとなった。
ダンジョン一階まですぐに移動し、ダンジョンを出て組合方面に足を進めれば、すっかりファンタジーな光景だと素直に思う。
革鎧や金属鎧、剣や弓、中には杖を持ってる人も見かける。
「杖なんてあるんや」
「ダンジョンから出てる。それ一本買い取って調べて、今は魔道具として、魔力を効率的に回すための物も作ってるけど」
知らなかった事実に驚きながら、本当にうちの生産組怖すぎる。と素直に思った。できないことないんじゃないだろうか。
「賑わってはいるけど、不思議な光景って言えば不思議やんな」
「どう見てもファンタジーやからな」
「その内にドラゴンとか出て来るんかな?」
「お前の白夜がもうファンタジーやから」
そんなことはない。それに拓斗もしっかりと小さな巾着に、姫巫女の種を入れて持ち歩いていることを知っている。
白夜は今日もいい子で、今も少し大きめの大型犬のようなサイズであたしの横を楽しそうに歩いている。それをちらちら見てくる人は多いが、それは白夜の可愛さのせいだ。
「首輪がある方が安全ってわかってもらえるんかな? けどサイズ変わると辛いしなあ」
「伸び縮みする革なんかあったな。それで作ってみるか?」
「ならあたしの人工魔晶石使って作って。白夜に似合いそう」
白夜の毛皮に映える良い首輪ができそうだ。横の白夜も会話を理解しているのか、嬉しそうに見える。
「首輪、嫌がったりせんのか?」
「たぶん大丈夫ちゃうかなあ?」
そうやって人の流れに逆らうように歩いて行けば、もう少しで組合の敷地が見えてくる。その奥が探索者通りだ。
すでに周辺には待ち合わせやパーティー募集と書かれた板を持っている人なんかもいて、前来たときとまた雰囲気は変わってきている。
「こっから徐々に露天商が増えてくるみたいやな」
「人は逞しいな」
最近ではポーターと言う職業まででき始めてるようだ。まだ数は多くないらしいが、戦闘はせずに荷物持ちとしてダンジョンに共に入る人達らしい。
マジックバックのない人達には有難いようで、それなりに売れっ子なんかは朝早くじゃないと捕まらないらしい。
まだ午前中とは言え昼近くなってきている今、この場にいるのはほぼ初心者や出遅れた人達。慣れた人達はもうダンジョンに入ってるだろう。
そんな中にふと、気になる女性を見つける。見た感じ探索者ではなく、汚れた服を身に纏い、辺りを見ながらもその表情は嫌そうで、諦めにもにた感情を浮かべている。
女性がこんなところに一人、それも装備もない女性だ。だから気になったのかと思うが、そうじゃない気がしてどうしようか一瞬迷った。けど、そんな必要もなかったようだ。
女性の目がちらりとこっちを見たと思ったらすぐ過ぎて、そのまま勢いよく二度見してくるから驚いた。
「拓斗!」
弾かれたように呼ばれた名前。ああ、顔や雰囲気ではないどこかが、拓斗に似てる何かがあるから気になったのか、と気付いた。
「気にせんでいいで」
「気付いてたん?」
「いや、けど答えは出しとる」
駆けてくる女性を目にもいれようとせずに、あたしに言う拓斗はどこにも変化はなく、とりあえずやっぱり友達でも元カノの可能性もないと知る。
「気にせず行くで」
「なんやったら帰ってもいいで?」
「こっからやったら一番近い転移陣、組合やん」
それは確かに近づくことになって逆に嫌か。それにしても今も名前を呼びながら人波の中、駆けてくるあの人をどうしたらいいんだろ。
あたしと違ってそれなりに有名人な拓斗を呼ぶおかげで、人の注目が集まりつつある。
「走る?」
「気にすんな、普通で良いで」
そう言ってる間にも、足は止めていないが距離は詰まる。掴まれかけた手を振り払い、拓斗は冷たい声を出した。
「なんですか、貴方? 忙しいんで邪魔せんでもらえます」
「なっ! 何やの姉に対して」
注目している人達がざわりとした。
「組合に言っても取り次いでくれへんし、連絡先も伝言も無理やし」
「あー、そうやって言って来る人多いんですよね。緋の明星にいると」
わざと少し大きな声で大げさに言う拓斗。どっちも嘘をついていないから質が悪いが、それでもざわつく人たちの興味はそれだけで半減したようだ。
「は? あんたほんまに何言ってるん? あほなん?」
「どっちがや、今の状態わかってるん?」
どこか嘲笑うような拓斗の表情に、質が悪いのはこっちだと思うが、それでも苦しめていた人達を擁護する気もないし、拓斗も口を挟まれたくないだろうと静観する。
周囲には興が冷めたような表情で立ち去る人や、逆に面白がってにやにやとこちらを不躾に見てくる人達。そんな周りに気付いたのか、女性は顔を赤らめ、怒りを込めるようにヒステリックに叫ぶ。
「あんたは、家族を捨てるって言うんか!?」
「すいません、俺の家族は横におるこいつなんで」
肩を抱き寄せ笑顔で言う拓斗に、違う意味で一層ざわつく周囲。間違っちゃないけど、今こいつ、なんて言いました?
「は? え? あんた、結婚したん?」
「俺には俺の家族がおるし、自分の家族のことは自分でどうにかしてくださいね」
じゃあ、とそのまま歩き出す拓斗と驚き止まった女性。そしてされるがままのあたしはどうしろと、と拓斗を睨み上げる。
「どこにも嘘はないで」
「そうやな、勘違いだけは進みそうやけど」
「お前、基本顔出さんしええやん」
「お姉にばれたら怒られんで」
「それ、マジ怖そう」
「あれ、お姉ちゃんなん?」
「そ、やから気にせんでいいで。そう一宮に来ることもないし」
もしかして交代か何かで一宮で拓斗を探してたんだろうか? それは生存確認の為なのか。そうだといいな、と思いながらもさっきの感じじゃ違うんだろうな、と胸の奥で思う。
欲を点す輝きが色濃く目に映り、それが拓斗を見て嬉しそうで、見た感じ生活に困窮してそうだったから、その為だろうか?
人様のことだ、これ以上考えるのは止めようと横に置いて、忘れてしまおうと考えを捨てる。
これも人を殺す可能性のある行為だと言うのに、直接的ではないからか、それともこいつへの行いを知っているからか、胸が痛むことも何かを考えることもなかった。
その日の晩に、その話を聞いたお姉に拓斗は見事に怒られた。斜め上の方向に。
「あほちゃう? 絵里子使うとか、ふざけんな。すぐにあたし呼んだら終わらしたったのに。どっちが本物の姉か」
「せやねえ。絵里ちゃんのことは散々言うてたけど、弟おることも広めなあかんかったんやねえ」
「てか、もう家族パーティーって流してないお兄が悪くない?」
「そうなると秀嗣が長男やねんけど」
「俺は長兄には向かないぞ」
「私は四男ですか?」
そんな話しが繰り広げられ、珍しく間抜けで、どこか恥ずかしそうな拓斗の顔が見れたので、自分が使われた留飲は下げておいた。
それでもにやにやしてたら、それに気付いて一発殴ってきたが、隠しながらもどこか嬉しそうに見えたのは、あたしだけじゃないと思う。
できればもうこれ以上、拓斗を煩わせては欲しくないな。そう思うのに、どこかで引っ掛かりを感じて、でもそれはこうしてみんなで笑っていれば忘れる程度の物だったから、気にしなかったんだ。




