開けない夜は
居間に行けばのり君と智さんが、新しく飲み物を淹れてくれて、温かいそれを飲んで少し落ち着いた気がした。
「それで、夢ってなんや?」
「元々は昨日言うつもりで忘れとったんよ。最近ずっと何か夢見てるのに起きても覚えてなくて、ただ宵闇に呼ばれる前に、ようやくちゃんと見えた」
人が慌てふためき逃げ惑う、それは我を忘れた魔物からだったんだ。
「砂煙を上げて目を赤く染めた魔物の大群、たぶん探索者通りやったんかな?」
火が上がり、その中を走り逃げる人と襲う魔物。その中で見たあの姿は。
「大きな鬼みたいな角を持った魔物もおった。まだ見たことない奴」
「ミノじゃなくてか?」
お兄ちゃんの言葉に違うと首を振れば、考えていた拓斗が口を開く。
「星の記憶であるとしたら鬼かオーガか、それにスタンピードはボスを倒せば収まる場合もありますね」
「こっちの定説通りにいけばってことか」
「はい、それに古くからの伝承や物語、小説に漫画と考えれば、多種多様な魔物や化物、それこそ亜人や天使や悪魔なんかも出てきておかしくないです」
「そういえば神社のダンジョンはスケルトンが出たな、骸骨の」
「おったね、そう言えば」
最近誰も行っていないから忘れがちだけど、確かにいたわ。とりあえずゾンビは見たくないな。
お兄ちゃんの目が真剣になり、あたしを見つめて口を開いた。
「俺は、お前が格を上げるしかないと思ってる」
「お兄!」
「じゃないとどっちにしても、人が死ぬなら一緒や」
「自己責任やろ。言うだけ言ってほっとけばいい」
「あほか、ノアの箱舟のように俺らだけ生き残って何になるねん? それに一部の悪の為にどれだけが死ぬかわかるか? そんでそれは一度で終わるんか? 人が消えるまで、なんなら星は人を憎んどる、なら共に死ぬ覚悟でやって来るかもしれんねんぞ」
確かに、確かにお兄ちゃんの言う通りだ。宵闇たちはそこを言わなかったけど、可能性はあるだろう。
スタンピードを起こせば人だけじゃなく動植物も減り、それは星が傷つくことになる。
「相打ち覚悟か」
「どちらかと言うと、心中のようですね」
しんと静まり返る部屋の中、何を言えばいいのかわからない。
人を愛していたからこそ、憎しみが深いと宵闇は言っていた。そして今も、愛した記憶があると。
その結果がこれなら、あたし達はどうすればいいんだろうか。
「俺が気になるのは、絵里子の格が上がることで俺達がどうなるかや」
「お兄ちゃん達も変化する可能性があるってこと?」
「幸か不幸か、姫巫女の加護があるからな」
お姉だけがよくわからない顔をしているが、気にしないで話は続く。
「確かに姫様の側近として、役割も貰っている感じですからね」
「補佐に副、それに連なる守り手と補佐、絵里子の話で聞いた宵闇様の言葉を考えれば、俺らも多少変化があるはずや」
「それなら高遠さんはどうなるんよ」
「あー、確かにあの人はお前の加護付いてたな」
「格を上げる前には話を通すべきでしょうか」
「できれギルドからも数人欲しい本音やけどな」
普通に今後に近い話をするお兄ちゃんが信じられなくて、声を荒げてしまう。
「なんでそんな普通なん! 人を殺さなあかんねんで!!」
そんなあたしに厳しい目が向く。
「遠回りでも俺らは人を殺しとる。それはダンジョンで怪我おった奴、親を失った孤児、今も地上にはおって保護するわけでもなんでもなく、その存在も知らずに見殺しにしてる」
開けた口からは息しか漏れず、言葉を探すのに音にならない。
「世界規模で見たらもっとおる。この国ほど安定している組合はないし、人同士の争いで命を無くす人もおる。それは世界変わる前から、戦争って言葉であったやろ」
暴論だと言ってやりたい。極論過ぎると言葉にしたい。なのに何も返せなくて、唇が震えるだけだ。
「自国じゃない、テレビで見るだけの物やとしても現実に起こってたことや。人が根絶やしなって星が死ぬよりは、俺らが動いたほうがマシや」
「それに星と共に生きる方法も模索できますし、何より救うこともできます」
心配そうな智さんの声があたしに向けられる。
「魔素はかなり世界に馴染み、様々な場所で魔物が見られるようになっています。今の世界は秩序と呼べるものが少なく、正せる者はいないのです」
「それを姫巫女がするって言うん?」
今まで黙っていたお姉の言葉が静かに響く。
「今の絵里子を見て、それをできるって言うん? 本気でさせるん?」
「お前の気持ちもわかる。けど、できるのはこいつしかおらんやろ」
「やからって、今でさえこれだけ動揺して怖がってる絵里子に、あたしはできると思えん」
「そんために俺がおる、補佐は俺や」
あたしに変わり、お兄ちゃんが無慈悲になると言うのか。誰のせいで。あたしのせいでだ。
そんなの駄目だと首を振る。認められるわけない、自分がそんなの許せない。
「なら聞くけど、他に方法あるんか?」
その答えも持っていない。あたしは弱くちっぽけで、何もない存在だ。
お兄ちゃんのように考えることも、お姉のように何かを信じて突き進むこともできない。弱くその場をどうにかすることで精一杯のちっぽけな存在だ。
「姫巫女って役を移せるなら一番やけど、それは絶対に無理や。やったら考えるしかないやろ」
知らず涙が一筋流れた。それが嫌で強引に腕で拭えば次が零れ、唇を噛み締めて零さないように耐えるのに零れていく。
「一回休憩しよか、頭冷やすのも込めて」
苦笑交じりのお兄ちゃんの声にあたしはすぐに立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。
洗面台で冷たい水で顔を洗い、このまま全て流してしまいたいと水の渦を見る。
「いつまで顔洗うねん、智特製のホットチョコあんで」
背中に声をかけ、そのまま行ってしまう拓斗の優しさに救われる。
こんな姿を見られたいわけじゃない。知られたいわけじゃない。なのにまだあたしの頭はぐちゃぐちゃで、情けない顔が鏡に映っている。
もう一度、乱暴に顔を洗いタオルで拭く。長く息を吐き出しても、簡単に冷静になんてなれない。
それでも少しはマシになったと、自分の部屋のリビングに行けば、拓斗と、そして心配そうな秀嗣さんの姿があった。
「拓斗はお兄ちゃんらの方いいん?」
どうせ宵闇の言葉を思い出しながら話合いをしているはずだ。
「俺、お前の守り手やねんけど」
「家の頭脳組やろ」
そう言って座れば、マシュマロ入りのホットチョコに頬が緩んだ。
「お前は言葉通りに受け取り過ぎやねん」
「喧嘩売るなら今はやめてよ」
「そうちゃうわ。何もせんでも死ぬ人がおる、そこは否定できんやろ」
少し浮上した気持ちがまた萎む。嫌になってただカップの中を見続けた。
「だからこそ逆に考えろって話しや」
「生きてる人を殺して、死ぬ人を死なさんって話?」
「あほか、生きるための方法を広げることはできる。宵闇様も自然と共に生きる人が少ないって言ってたやろ」
確かに、とそこで拓斗を見た。いつものように軽い調子で笑う拓斗は揶揄ういなど含んでいない。
「お前しか背負えん重圧はあるやろ? けどそんための宏さんらで、そんための俺らや」
「なら拓斗は、あたしが格を上げるべきって思う?」
「格を上げることでのデメリットがわからんから何とも言えん。それに格を上げることでできることもわからんやろ」
言われてみればその通りだ。事の大きさに乱されて、何一つちゃんと考えることができていなかった。
「格を上げんかったら人類は消える。そう言ってたはずや」
「確かそうや、必要な事やって」
「拓斗は格を上げるのはするしかないと思ってるのか?」
「あの会話だけで考えたら、今の所はってつくな。それこそこいつに対するデメリットも変化もまだわからんし」
「ただあたしが格を上げれば、救える者もあるって考えてるんやろ?」
「管理ってことは守ることも含まれる。元々は人が減りすぎるから神職が増やされたわけやし」
「けど、今度は人が残り過ぎたって」
「それは俺達のせいもあるやろな、便利な物を作り過ぎたから」
「それに、前の生活を忘れられない人も多いんだろうな」
「だから自然と共に生きるように促せば」
宵闇が言った全とは、星も含まれた全なのか。それに気づけば、何かがあたしの中に綺麗に落ちた。
宵闇は自然と共に、星と共に生きるように、人を管理しろと言うのか。
それは簡単な事ではないし、時に残酷な決断も必要なこと。格を上げた力がどれほどかはわからないけど、それをしろと言うんだ。
自然と息が漏れ。なんだか力が抜けたようだ。その姿に何も言わず居てくれる二人に感謝する。
夢見のせいか、それとも事の大きさに目が眩み、残酷な事ばかりを見ていた気がする。
力はどこまで行っても力だが、要は使い方だと何度も自分で思ったはずだ。
「星を守り、人を守るか」
時に残酷な判断もあるだろう。逆に慈悲を掛けることもできるかもしれない。
元々、人に嫌気が刺せば引き籠ろうと考えていたのなら、同じのような気がしてきた。
どうも行かなくなったらあの神は鉄槌を下す。それこそ無慈悲に残酷に、人に平等にその力を見せつける。
その前段階が自分だと思えば、少しは心も軽くなるかもしれない。拓斗の言う通りに、救える命もあるかもしれないから。
「ちょっとは考えれたか」
「ん、ありがと」
「それ、宏さんに言えよ」
「わかっとうわ」
誰よりも冷静に考え思考を巡らせ、抜け道を探しているお兄ちゃん。姫巫女という物を考え、あたしの負担を減らそうとしていたことはわかってる。
「けど、みんなにはやらしたくないな」
「あほか、家族なら一蓮托生や」
「共に背負えば少しは軽くなるさ」
普段と変わりなく飄々となんでもないと言う拓斗と、優しいのに力強い秀嗣さん。その想いだけで胸が暖かくなる。
「少し寝て、起きたら話し合い再開やって」
「まだ時間も早いからな」
夜明け前にもなっていない時間だ。夢や宵闇たちのせいで寝れる気はしないが、少し横になっているほうがいいかと諦めてあたしは寝室に向かう。
「少し横なるわ、二人も寝てな」




