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ただただただ。 ~変わらないもの~  作者: けー
十九章

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開けない夜は



 居間に行けばのり君と智さんが、新しく飲み物を淹れてくれて、温かいそれを飲んで少し落ち着いた気がした。


「それで、夢ってなんや?」

「元々は昨日言うつもりで忘れとったんよ。最近ずっと何か夢見てるのに起きても覚えてなくて、ただ宵闇に呼ばれる前に、ようやくちゃんと見えた」


 人が慌てふためき逃げ惑う、それは我を忘れた魔物からだったんだ。


「砂煙を上げて目を赤く染めた魔物の大群、たぶん探索者通りやったんかな?」


 火が上がり、その中を走り逃げる人と襲う魔物。その中で見たあの姿は。


「大きな鬼みたいな角を持った魔物もおった。まだ見たことない奴」

「ミノじゃなくてか?」


 お兄ちゃんの言葉に違うと首を振れば、考えていた拓斗が口を開く。


「星の記憶であるとしたら鬼かオーガか、それにスタンピードはボスを倒せば収まる場合もありますね」

「こっちの定説通りにいけばってことか」

「はい、それに古くからの伝承や物語、小説に漫画と考えれば、多種多様な魔物や化物、それこそ亜人や天使や悪魔なんかも出てきておかしくないです」

「そういえば神社のダンジョンはスケルトンが出たな、骸骨の」

「おったね、そう言えば」


 最近誰も行っていないから忘れがちだけど、確かにいたわ。とりあえずゾンビは見たくないな。


 お兄ちゃんの目が真剣になり、あたしを見つめて口を開いた。


「俺は、お前が格を上げるしかないと思ってる」

「お兄!」

「じゃないとどっちにしても、人が死ぬなら一緒や」

「自己責任やろ。言うだけ言ってほっとけばいい」

「あほか、ノアの箱舟のように俺らだけ生き残って何になるねん? それに一部の悪の為にどれだけが死ぬかわかるか? そんでそれは一度で終わるんか? 人が消えるまで、なんなら星は人を憎んどる、なら共に死ぬ覚悟でやって来るかもしれんねんぞ」


 確かに、確かにお兄ちゃんの言う通りだ。宵闇たちはそこを言わなかったけど、可能性はあるだろう。

 スタンピードを起こせば人だけじゃなく動植物も減り、それは星が傷つくことになる。


「相打ち覚悟か」

「どちらかと言うと、心中のようですね」


 しんと静まり返る部屋の中、何を言えばいいのかわからない。


 人を愛していたからこそ、憎しみが深いと宵闇は言っていた。そして今も、愛した記憶があると。


 その結果がこれなら、あたし達はどうすればいいんだろうか。


「俺が気になるのは、絵里子の格が上がることで俺達がどうなるかや」

「お兄ちゃん達も変化する可能性があるってこと?」

「幸か不幸か、姫巫女の加護があるからな」


 お姉だけがよくわからない顔をしているが、気にしないで話は続く。


「確かに姫様の側近として、役割も貰っている感じですからね」

「補佐に副、それに連なる守り手と補佐、絵里子の話で聞いた宵闇様の言葉を考えれば、俺らも多少変化があるはずや」

「それなら高遠さんはどうなるんよ」

「あー、確かにあの人はお前の加護付いてたな」

「格を上げる前には話を通すべきでしょうか」

「できれギルドからも数人欲しい本音やけどな」


 普通に今後に近い話をするお兄ちゃんが信じられなくて、声を荒げてしまう。


「なんでそんな普通なん! 人を殺さなあかんねんで!!」


 そんなあたしに厳しい目が向く。


「遠回りでも俺らは人を殺しとる。それはダンジョンで怪我おった奴、親を失った孤児、今も地上にはおって保護するわけでもなんでもなく、その存在も知らずに見殺しにしてる」


 開けた口からは息しか漏れず、言葉を探すのに音にならない。


「世界規模で見たらもっとおる。この国ほど安定している組合はないし、人同士の争いで命を無くす人もおる。それは世界変わる前から、戦争って言葉であったやろ」


 暴論だと言ってやりたい。極論過ぎると言葉にしたい。なのに何も返せなくて、唇が震えるだけだ。


「自国じゃない、テレビで見るだけの物やとしても現実に起こってたことや。人が根絶やしなって星が死ぬよりは、俺らが動いたほうがマシや」

「それに星と共に生きる方法も模索できますし、何より救うこともできます」


 心配そうな智さんの声があたしに向けられる。


「魔素はかなり世界に馴染み、様々な場所で魔物が見られるようになっています。今の世界は秩序と呼べるものが少なく、正せる者はいないのです」

「それを姫巫女がするって言うん?」


 今まで黙っていたお姉の言葉が静かに響く。


「今の絵里子を見て、それをできるって言うん? 本気でさせるん?」

「お前の気持ちもわかる。けど、できるのはこいつしかおらんやろ」

「やからって、今でさえこれだけ動揺して怖がってる絵里子に、あたしはできると思えん」

「そんために俺がおる、補佐は俺や」


 あたしに変わり、お兄ちゃんが無慈悲になると言うのか。誰のせいで。あたしのせいでだ。


 そんなの駄目だと首を振る。認められるわけない、自分がそんなの許せない。


「なら聞くけど、他に方法あるんか?」


 その答えも持っていない。あたしは弱くちっぽけで、何もない存在だ。


 お兄ちゃんのように考えることも、お姉のように何かを信じて突き進むこともできない。弱くその場をどうにかすることで精一杯のちっぽけな存在だ。


「姫巫女って役を移せるなら一番やけど、それは絶対に無理や。やったら考えるしかないやろ」


 知らず涙が一筋流れた。それが嫌で強引に腕で拭えば次が零れ、唇を噛み締めて零さないように耐えるのに零れていく。


「一回休憩しよか、頭冷やすのも込めて」


 苦笑交じりのお兄ちゃんの声にあたしはすぐに立ち上がり、自分の部屋に駆け込んだ。

 洗面台で冷たい水で顔を洗い、このまま全て流してしまいたいと水の渦を見る。


「いつまで顔洗うねん、智特製のホットチョコあんで」


 背中に声をかけ、そのまま行ってしまう拓斗の優しさに救われる。


 こんな姿を見られたいわけじゃない。知られたいわけじゃない。なのにまだあたしの頭はぐちゃぐちゃで、情けない顔が鏡に映っている。


 もう一度、乱暴に顔を洗いタオルで拭く。長く息を吐き出しても、簡単に冷静になんてなれない。

 それでも少しはマシになったと、自分の部屋のリビングに行けば、拓斗と、そして心配そうな秀嗣さんの姿があった。


「拓斗はお兄ちゃんらの方いいん?」


 どうせ宵闇の言葉を思い出しながら話合いをしているはずだ。


「俺、お前の守り手やねんけど」

「家の頭脳組やろ」


 そう言って座れば、マシュマロ入りのホットチョコに頬が緩んだ。


「お前は言葉通りに受け取り過ぎやねん」

「喧嘩売るなら今はやめてよ」

「そうちゃうわ。何もせんでも死ぬ人がおる、そこは否定できんやろ」


 少し浮上した気持ちがまた萎む。嫌になってただカップの中を見続けた。


「だからこそ逆に考えろって話しや」

「生きてる人を殺して、死ぬ人を死なさんって話?」

「あほか、生きるための方法を広げることはできる。宵闇様も自然と共に生きる人が少ないって言ってたやろ」


 確かに、とそこで拓斗を見た。いつものように軽い調子で笑う拓斗は揶揄ういなど含んでいない。


「お前しか背負えん重圧はあるやろ? けどそんための宏さんらで、そんための俺らや」

「なら拓斗は、あたしが格を上げるべきって思う?」

「格を上げることでのデメリットがわからんから何とも言えん。それに格を上げることでできることもわからんやろ」


 言われてみればその通りだ。事の大きさに乱されて、何一つちゃんと考えることができていなかった。


「格を上げんかったら人類は消える。そう言ってたはずや」

「確かそうや、必要な事やって」

「拓斗は格を上げるのはするしかないと思ってるのか?」

「あの会話だけで考えたら、今の所はってつくな。それこそこいつに対するデメリットも変化もまだわからんし」

「ただあたしが格を上げれば、救える者もあるって考えてるんやろ?」

「管理ってことは守ることも含まれる。元々は人が減りすぎるから神職が増やされたわけやし」

「けど、今度は人が残り過ぎたって」

「それは俺達のせいもあるやろな、便利な物を作り過ぎたから」

「それに、前の生活を忘れられない人も多いんだろうな」

「だから自然と共に生きるように促せば」


 宵闇が言った全とは、星も含まれた全なのか。それに気づけば、何かがあたしの中に綺麗に落ちた。


 宵闇は自然と共に、星と共に生きるように、人を管理しろと言うのか。


 それは簡単な事ではないし、時に残酷な決断も必要なこと。格を上げた力がどれほどかはわからないけど、それをしろと言うんだ。


 自然と息が漏れ。なんだか力が抜けたようだ。その姿に何も言わず居てくれる二人に感謝する。


 夢見のせいか、それとも事の大きさに目が眩み、残酷な事ばかりを見ていた気がする。

 力はどこまで行っても力だが、要は使い方だと何度も自分で思ったはずだ。


「星を守り、人を守るか」


 時に残酷な判断もあるだろう。逆に慈悲を掛けることもできるかもしれない。

 元々、人に嫌気が刺せば引き籠ろうと考えていたのなら、同じのような気がしてきた。


 どうも行かなくなったらあの神は鉄槌を下す。それこそ無慈悲に残酷に、人に平等にその力を見せつける。

 その前段階が自分だと思えば、少しは心も軽くなるかもしれない。拓斗の言う通りに、救える命もあるかもしれないから。


「ちょっとは考えれたか」

「ん、ありがと」

「それ、宏さんに言えよ」

「わかっとうわ」


 誰よりも冷静に考え思考を巡らせ、抜け道を探しているお兄ちゃん。姫巫女という物を考え、あたしの負担を減らそうとしていたことはわかってる。


「けど、みんなにはやらしたくないな」

「あほか、家族なら一蓮托生や」

「共に背負えば少しは軽くなるさ」


 普段と変わりなく飄々となんでもないと言う拓斗と、優しいのに力強い秀嗣さん。その想いだけで胸が暖かくなる。


「少し寝て、起きたら話し合い再開やって」

「まだ時間も早いからな」


 夜明け前にもなっていない時間だ。夢や宵闇たちのせいで寝れる気はしないが、少し横になっているほうがいいかと諦めてあたしは寝室に向かう。


「少し横なるわ、二人も寝てな」



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