段落。
三日後に合わせてダンジョンに入り地図を先に完成させ間引きもしておく。ついでに五階のボスも終わらせた。
ここのダンジョンもこれからは人が入らなくなるから、できるだけ減らしておいた方がいいとなった。
やることがあると三日なんてあっという間に経って、テントの外に人の気配がしてきた。ざわざわとした話し声がして、暫くすると挨拶するような声がした。
外に出てみるとそこにはお兄ちゃんと智さんがいた。
「お兄ちゃん、智さんも」
「おはようさん」
「お早う御座います」
「おはよ、智さんも来て大丈夫なん?」
「人数が人数ですし、組合に連れて行く人もいますから。姫様達はこの後は?」
「中の片付けはほぼ終わって、みんな見送ったら次にそのまま行く予定」
「そうですか、お気を付け下さいね」
「二人もいるし、次は戻るから大丈夫やで」
できれば間引きを急ぎたいあたしの気持ちを汲んで、二人がこのまま次に行く事にしてくれた。城崎さん達の件もあるし戻ってもいいとは言ったが、必要な事だろと笑ってくれた。
「あれ、智やん」
「本当だな、案内か」
「はい、宏だけだと足りませんから。向こうで大仲さんにも手伝ってもらいます」
テントの中で大きな物を片付けていた二人も出てきて、智さんと話し始める。お兄ちゃんは城崎さんと話しているし、空気は悪くないみたいだ。
家族と思われる人達や、若者だけなど様々な姿がそこにあって、城崎さんの服の端を掴む女の子の姿が印象的だった。
「じゃあ行ってまおか」
「すまないが頼む。秀嗣に拓斗に絵里子もありがとう」
「いや、気にするな。これから頑張ってくれ」
「苦労も多いと思うけど皆さんも元気で」
「気をつけてな」
「ああ、本当に有難う。そっちこそこれからも気をつけてな」
お兄ちゃんと智さんの案内で初めての転移陣に驚きながら、グループに分かれて消えていくその姿。見送るあたし達に頭を下げて、期待や不安の表情を誰もが浮かべている。
最後に城崎さん親子が深くあたし達に頭を下げて、そのままお兄ちゃんと行ってしまうと静かになった。
「さっさとテント片して俺らも行こか」
「そうだな、次はどこだったか?」
「少し海寄りのとこのはずやで、なあ絵里子」
みんなのいなくなった転移陣を見つめ、少し考えてしまっていたあたしに明るい声を出す拓斗。それに振り向き笑顔で答える。
「うん、地図では海寄りのはず」
「上手くいったら海産物か?」
「さすがに無理やろ?」
「ダンジョンも五階までやもんな」
「階下、下りてみるか?」
「三人でか?」
いつもの変わらない空気に、時折この二人は姫巫女に対してどこまでわかってるんだろうと思う。
感覚的になのか、直感的になのか、それともちゃんと理解してしまってるんだろうか。
頭を振って考えを逃がして、今を進むべきだと自分に言う。もし二人が姫巫女をどう思っていようと、家族としてのあたしは何も変わらないと、二人がこうしてくれているのが証拠じゃないか。
言葉でも態度でも示してくれるみんながいるから、今日もただただ絵里子でいることができる。
それはこの変わってしまった世界で、何よりもあたしにとって大切なことだ。
変わらない青い空を見上げて、お姉とのり君も怪我せずに進んでいるだろうかと浮かぶ。
「恵子さんなら大丈夫や」
「のりもいるからな」
言葉にせずとも気付く二人に笑ってしまうが、そんなにあたしはわかりやすいだろうか。
違うな、二人があたしを思って気付こうとしてくれてるからだ。
「そうやな、お兄ちゃんと智さんも元気そうやし、総菜なくなる頃に帰ればいいか」
「今はフリーズドライもあるし、幸康もおるわ」
「なんなら商店街もあるしな」
「あー、あそこのピタパ美味しかった」
「俺ラーメン食いたい」
「ハンバーガーも良かったな」
くだらない話をしながら残った片付けを終わらせて、車も片付けてしまえばそこには何もなくなり、お兄ちゃんが残したままの転移陣だけになる。
「これ消さんでよかったん?」
「城崎さんらおらんかったら悪用も何もないし」
「一応あの謎植物も植えてるからいいんじゃないか?」
地上では神の奇跡か戯れかと言われている転移陣が、そんな適当でいいのかと言いたいがいいんだろう。
「まあお兄ちゃんがいいならいいんやけどね、次の場所って」
「転移陣から車で三十分程度だな」
「結構近いね」
「ダンジョンが重なってるから魔物が多いとこや」
「それが仕事やし、できる人がやるべきや」
面倒臭そうに拓斗が言うから苦笑して答えておく。気持ちもわかるが、できる人を考えたら仕方ない。
あたし達の請け負ったリストは遠いところかそういったややこしいところばかりだ。
「なら着いたら先に地上の間引きかな」
「テント張る前に必要だろうな」
「それが一番だるいよなあ」
「諦めろ」
拓斗の嫌そうな言い方に秀嗣さんと笑う。
「そういえば城崎さん、結局どうしたんやろ?」
「俺も聞いてないわ」
「俺もだな、けどあの顔なら後悔はないんだろ」
城崎さんの服の裾を掴む、小柄な小さな女の子の姿。きっとこれから城崎さんが守っていきたい者の一つで、大切なもの。
出会って少ししか知らないけど、あの人ならできる限りあの女の子を悲しませるようなことはしないだろう。ギルドか生産職か、上階での素材取りも今なら職として成り立つ。
あの人ならどんな職業でもやって行けそうだ。
「そうやね、あたしらもさっさと行ってしまおうか」
「早めに地上間引きして、今日はテント張って終わりか」
「量によればそうなるだろうな」
「早めに終わったら海まで見に行ってみる?」
「お前が見たいだけやん」
「海辺りの魔物に変化はあるのか?」
「あー、それ宏さんに言ったら確認事項に入りそうやあ」
「お兄ちゃんやからな」
「宏だからな」
誰とも知らず笑い声を上げ、笑顔が綻ぶ。
世界は大きく変わり、日常も生活も何より常識も変わった。けれどあたしは何も失うことも変わることもなくて、それを許してくれてるみんなに助けられてここまでこれた。
これからもずっとこうしてあり続けたい、願いは何一つ変わることなく、家族との生活を守りたい。そんな自己中心的な姫巫女だけど、今はまだこれでいいんだと思う。
転移陣に乗り辿り着いた先は少し小高い場所、木々はあるが元は道路なのかアスファルトが見え隠れして、道の先が開けていた。
「海、もう見えるやん」
「こっから山道下るんか?」
「俺が運転するさ」
久々に見た海に少しテンションが上がる。それを子供を見るように笑う拓斗と秀嗣さん。
「先、地上間引き忘れんなよ」
「わかってるわ」
「気配もあるし、さっさと行くか」
自分の人生でこうして何かを殺し、何かを得る、という生活をするなんて考えたことはなかった。
それでもその生活ができるのは、こうして守り支え共にいてくれる家族のおかげだ。
それを感じながらあたしは今日も鉄扇を握る。
一人じゃない、それだけで一人閉じ込められていたあの頃とは違う。
「じゃあ頑張って海まで行こっか」
「あほか、ダンジョンや」
「テントを張ったりする時間も考えないとな」
「秀嗣も止めろ」
「絵里子だからなあ」
「何気に酷い」
殺伐としておかしくない間引きなのに、笑顔が溢れるあたしは、本当は壊れているのかもしれない。それでもいいと思っている。
だって正しいことがわからなくなった世界で、大切な物を決めるのは自分だと知ってしまっているから。
だから今日も明日もあたしは笑う、ただただみんなと共にあり続ける限り。
城崎さんを見て、改めてそれに気づかせてくれた。
服の袖を握るあの女の子は、必死に家族を握りしめるあたしと同じ。
失うのも壊すのも嫌で、実感したくて握りしめている。
神は残酷で慈悲深い、それは世界が変わっても変わらないらしい。
ダンジョンができたがレベル補正や魔法を与え、そしてダンジョンからの実りを与えた。
それは試練で、それは慈愛で、人を試し人を成長させるためだ、と最近は地上で言われてるらしい。
それを鼻で笑ってしまったあたしは最低だと思う。神の存在がどんなものであり、どんな奴か知ってるから。
でも、だからこそあたしは笑う、みんなと共に。
これからも、この先も。
ただただただ、あり続けるために。




