下準備
商店街は大いに楽しめた。屋台と露店を中心に回ていたが、前の時とは趣向を変えてるお店なんかもあって、ついそっちにも足が向き、見ているだけで時間がかかってしまった。
拓斗と秀嗣さんに終わりだと言われても、もう少しと何度も粘り、最後は強制的に帰らされた。
仕方ないとは言え本当に子供みたいじゃないかと拗ねたくなる。あたしはいつになったら一人行動が許されるのか。
夕方過ぎには戻って、今日の晩御飯はハウスで取ることにした。
そのままハウスの三階に転移し、ギルドマスター室に入って行く。
「暫く時間、潰させてください」
「ええでー、かなり楽しんだみたいやな」
「めっちゃ面白かった、また行きたい」
あたしの返事に疲れた拓斗と秀嗣さん、それを見てお兄ちゃんと智さんが笑った。
「そや、次のダンジョンお前ら三人でどうや?」
「お姉達は?」
「二人で行けるって言うてる、なんならギルドから数人連れて鍛えてもいいって」
「それ逆に危なくない?」
「言っても上階はそう怖くないからな、数の暴挙なぐらいで」
間違ってはないがその数の暴挙が怖いんじゃないか。
「俺と智も手が空き次第、間引きには回るし、大仲さんはギルドで行くから考えんでいいやろ」
「数をこなすなら我々も分けたほうが早いですしね」
「一階から五階、間引きして地図製作して」
「組合がいくつかのダンジョンは間引き後、定期的に確認して、どれぐらいで魔物が増えるか確認するそうです」
「一宮とかは常に人入ってるもんね」
組合が近いダンジョンは魔物が増える速さより、人の出入りが多く、確認の仕様もない。ダンジョンに魔物が増える速さがわかれば、定期的な間引き依頼もしやすいだろう。
「ギルメンも育ってきてるし一軍が頑張ってるから、俺らおらんでもどうにかなるし」
「裏方がかなり足りんようやけど?」
「今は店もあるからなあ、できれば正規の裏方増やしたいがここは簡単じゃないからな」
私利私欲に走らずに自分を律して裏方に徹してくれる、そんな存在なんて難しい。皐月さんがレアなだけだ。
自分の家族がいれば優先してしまう、それでは裏方は成り立たない。
「レベルもそうやけど、魔物がおるとこに、戦うわけじゃないのに行ける奴。それでいて全体を見れて、考えれる奴」
「裏方が一番しんどいな」
考えれば考えるだけ厳しい気がしてきた。
「若くてもいいんやけど、若いと自分を律することができんやろ? 裏方は守られるって考えでも困るし」
「そうなるとなかなか条件厳しいんですよね」
「じゃあ、今度からギルメンの研修に裏方仕事入れる? 掃除に洗濯に料理とかとか、裏方のしんどさわかって少しは横暴な人減るやろ?」
「それいいな、信也たちに言っておこ」
「裏方仕事に訓練て、死ぬな」
「幸康さん見てそれが言えるか?」
探索者の訓練をしながら、裏方としてもきっちりと仕事をこなし、そして自分の仕事と理解して美味しいご飯を作り続ける幸康さん。
「ほんま裏方は最初にいいの揃えれてよかったわ」
お兄ちゃんが溢した言葉にあたしも深く頷いた。
「今は部署移動したいって人おらんの?」
「一応、警備にはおるけどなあ」
「裏方の全体給料上げたら? また変わって来るかもやで」
部署を変わりたいというのはだいたい探索者だ、その場合はやっぱり警備部門が多い。稀に生産職をと言う人もいるみたいだが、まだそれは許されない。生産の腕が最低ラインを満たしてないのに、生産職に移れるわけもない。
そして選択肢に裏方を選ぶ人はほぼいない。そりゃ鍛えてきたからこそ支えに回りたいと思う人は少ないんだろう。
それに裏方はダンジョン内に同行することもあるし、危険なことも多い。仕事も多いし色々考えるとやっぱり辛い。
「一応今は商人見習いが裏方もやってるけど、あれも育てば商人で薫管轄やし、そうなるとまた厳しいんよな」
「お店は孤児を雇って商人で回すとして、ギルドに対してですよね」
「美沙希の次は梓が抜けるし、それまでにしっかり育てなあかんし」
十八以下は自然と裏方になる、だからと言って探索者登録ができるようになれば希望によって部署を移動できてしまう。残る方が珍しいだろう。
お兄ちゃんと智さんが頭を悩ませ始めたが、あたしにできることも言えることも残念ながら何もない。
「お前またどっかで拾って来い」
「毎回そんな、いい人ばっか当たるわけじゃないわ」
人は環境で大きく変わるし、それに絶対はない。今はたまたまであって、宮本さんと言う重たく暗い影を忘れることはできない。
「裏方だけで募集かけてみるか」
「それもいいかもですね、ただ条項をしっかり決めて、あと孤児院にも話は通しておきます」
裏方事情はかなり逼迫しているようで、それだけギルドが大きくなったと言うことだろう。そしてこれからもまだ増えると言うこと。
「お前らには飯終わったら書類渡すから、確認しといてくれ」
「書類?」
「間引き用のダンジョン候補です」
「候補と言うか、できる限り行けって言うな」
そんなにあるんですかと口が開きかけたが、自分が必要だと言ったんだから仕方ない。
「別に行きっぱなしやなくてもいいから、時間制限あるわけでもないし、適当に休みながらでいいで」
「わかった、ご飯のあと確認しとくわ」
今日も美味しかった幸康さんのご飯をしっかり食べて、本殿裏に帰ってきて先にお風呂も終わらせる。
部屋で髪を乾かしていれば拓斗と秀嗣さんがやって来る。
「書類見せてー」
飲み物を持ってこっちに来る二人に手を出せば、渡されたリストの紙。それを見てると拓斗は机に地図を広げ始めた。
「地図に番号振られてるから」
「これって全部、組合確認済みなん?」
「俺らに渡されたのは遠目にってやつやな、魔物の領域になって近付けんかったやつもあるそうや」
確かに他に行かせるには危険な物が多いってことだろう。
「二人は行きたいとこは?」
「別にどこでもなあ」
「やることも変わらないし、違いも正直わからないからな」
「ならあたしが選んじゃっていい?」
二人を見ればそれを期待していたみたいで、あたしはリストを置いて地図を見て、一つの場所を指差した。
「転移陣から少し遠いけどここは?」
「車で一時間か二時間か、俺はいいぞ」
「戻るの面倒やから飯多めやな、お前がいいならいいぞ」
「三人分ならそうしんどくないし、今はフリーズドライもあるから大丈夫」
「なら宏さんに言って準備終わったらここ行こか」
「何があるかわからないからポーションは多めにしておくか」
「あと要るもんなんやろ」
自分達だけの久々の遠征だ、ダンジョンは五階までで間引きだから、そこまで危ないことはないと思う。それでも準備をしっかりしておくことは悪くない。
「智がこの間の水色の毛皮で、防寒用のコートと寝床の敷物作ってたぞ」
「あれ綺麗な色やったよね」
「恵子さんが乱獲してきた奴な」
言い方は悪いが間違っていないので何も言えない。妹もそう思ってしまったし。
「あれでのりさんのコートも作らしたらしいで」
「のりがあの色を気に入ったらしいからな」
「アクセントにあの毛皮使ってか、身長あるけどモデルのようにはなれんな」
のり君を思い浮かべてどんなコートかも知らずに、先に失礼なことを言ってしまうのは、付き合いの長さのせいだろう。
「絵里子の分は行くまでに貰っとけよ」
「楽しみやわ」
「飯は絵里子やし、俺は魔導具の確認しとこか」
「車も見てるほうがいいな」
「足りんもんは作ればいいし、お店の在庫も増やしといた方がいいんかな?」
「それは余裕あったらでいいんちゃう? 元々フリーズドライはあれば幸運商品になるはずやったし」
初期に作り過ぎたおかげで、薫さんの計算の元、個数制限を掛けて売っているので、まだ在庫としては残っている。それでも売れ行きがいいからいつなくなるかはわからない。
「じゃあ先に準備終わらせて、そっからやね」
「庭もあるし、無理するなよ」
「大丈夫、そうやること変わらんし」
料理と言う意味では準備しながらできることだし、薬学はあたしは今することがない。
姫巫女の涙なんて滅多に使うことはないし、あたしが作ったポーションは事情を知っている一軍には持たしているが、緊急時用でそう減るもんでもない。
今更ダンジョン間引きだからと緊張することもないし、三人だからそう辛いこともないだろうと、頭の中で持って行く物を考えて、数日後にはダンジョンに向かうことになるだろう。




