小さな報復
あのダンジョン説明会から二日経って、居間には難しい顔をしたお兄ちゃんと智さんが、朝から揃って座っている珍しい状態。
「おはよ、レアやね」
「おはようございます、コーヒー淹れますね」
「おはようさん、お前に聞きたいことあったからな」
そんなことだろうとは思っていたけど、わざわざ朝一番じゃなくていいんじゃないのか? そう思ったけど忙しい二人だから声には出さないでおいた。
智さんが淹れてきてくれたコーヒーにお礼を言って一口飲む、まだ半分寝てるような状態の頭を無理矢理起こす。
「聞きたいことって何よ?」
「他ギルドについてや」
「前に印象は言ったやろ?」
「他ギルドから合同訓練や手合わせの申し込みが多く、どうするべきか悩んでいるんです」
「少数を贔屓する形も避けた方がいいやろうし、だからと言って全部とやるには時間がない」
「できればまたダンジョン攻略を目指したいですし、商人探しも難航しています」
二人の言い方的にはほとんどのギルドが家のギルドと交流を持ちたいって感じなんだろう。それをするにはもう時間が足りないしレベル差も辛いものがある。
けど他のギルドや探索者にも育って欲しい本音が見えているから、こうして頭を悩ませているんだろう。
「一軍リーダーで何班か作って行かせたら? 各リーダー判断でこれから交流持つか決めたらいいんちゃうん?」
「それも考えたけど、誰まで行かすかも問題になるやろ?」
「そんなんリーダー責任やん? 今やったら元隊員さんもおるからまだマシやし、リーダーに連れてきたい奴相談で決めさせたらいいんちゃう?」
まったくもって丸投げなあたしの言葉、常に丸投げのあたしだから簡単に言えることだ。
「あたしらが行ったところでなんもできへんし、手合わせなんてそれこそ意味がないやん? それやったら一軍に任せて選定したほうがよくない?」
「選定なあ」
「一軍判断で良さそうなギルドはダンジョン破棄の最後の氾濫の時にでも呼んであげたら面目は立つやろうし、現実見てくれると思うんやけど?」
本当の意味で氾濫を経験した探索者やギルドはいないだろう、あたし達を除いては。だから先に経験してもらうことでダンジョン破棄を選択するときに組合にちゃんと報告するように真剣になってもらわないと困る、その為にも一度見せた方が早い。
「それなら合同訓練をダンジョン上階の間引きにしてもいいかもしれませんね」
「次俺らが入るか? それこそ他のギルドのプライドへし折れへんか?」
「メンバーの働き次第では大丈夫だと思いますよ、組合も巻き込んで合同依頼にしてもいいですし」
智さんもなかなか策士ですよね。人の手が全く入っていないダンジョンの上階は嫌になるほど弱い魔物が多く、手間で面倒だけどそこを間引きしといてくれると確かに有難い。
「人の手が入ってないダンジョンに入ったギルドや間引きしたギルドっておるんかなあ?」
氾濫経験がないことは仕方のないことだし、そうあることでもないし。けど人の手の入ってない自然氾濫間近のダンジョンなら経験できるはずだ。
お兄ちゃんは少し考えると何かを決めたようだ。
「なら一軍に一回話通して考えてみるか」
「なんやったらあたしも何人か連れて行こか?」
「あほぬかせ、お前はあかん」
「いけません、次の予定が決まるまではもうしばらくかかりますが御辛抱ください」
わかっていたけど暇だな。庭仕事があるとはいえそんなにやることはないし、薬学なんかは終っているし、暫くの暇潰しはどうしようか。そんな表情が出ていたのかお兄ちゃんは立ち上がるとあたしに最後、言葉を落とす。
「暇なら資料室行くかここのダンジョン掘り下げて来い、魔晶石がここにあるとは言え、奥に核がある可能性もゼロじゃない」
「それに海や草原など変化がある可能性もありますからね」
二人はそう言うとさっさと居間を出て行った。忙しい二人は大変だなと見送り、確かにここのダンジョンも有りかと考える。
地図を引っ張り出してここのダンジョン何階まで進んでいたっけと確認していれば、秀嗣さんが起きてきた。
「おはよう、早いな。何してるんだ?」
「おはよ、お兄ちゃん達に暇ならここのダンジョン掘り下げでもしとけって言われてさ、何階まで行けてたっけって確認してるねん」
「そう言えば長いこと入ってないからな」
「うん、研修なんかで人は入ってるから魔物は多くなってないと思うけど、奥に行けば海とか変化あるかもしらんし」
海系もいいができれば牛、牛肉。それにここのダンジョンなら連れ帰ることも可能かもしれないと思ってしまう。
「今日はやることないし、久々にここのダンジョンに行くか?」
「休んどってもらっても大丈夫やで?」
「俺も体は動かしたいしな」
微笑んで言ってくれる秀嗣さんは、変わらずに優しいなあ。ならさっさと朝ご飯を終わらせて、庭仕事なんかも終わらせてしまおうかと考えていたら拓斗も起きてきた。
話を聞いて拓斗も行くと言うので、今日のあたし達の予定は決まり、あたしは急いで家事なんかを終わらせることにする。
二人が地図の確認をしといてくれると言うので、その間に家事を終わらせて今は庭仕事も終え東屋でお茶をしている。
「自分でダンジョン行けって言ったくせにー」
「しょうがない、十五階のボスだしな」
「十五階の地図までできてるとはなあ」
三人とも行く気だったのに、一応ボスだからとお兄ちゃんに念話で連絡したら却下を貰った。確かにこの間のダンジョンのボスも十五階はワームで地中深くから狙って来る魔物だった。
お兄ちゃんとしてはボスは自分も確認したいし、念のためにしっかりとパーティー全員で行くのがいい、と言われあたし以外の二人が納得して今になる。
「十五階ぐらいやったら三人やしなんとんかなるもん」
「なんやねんお前、そんなダンジョン行きたかったんか?」
拓斗の言葉で止まり机に突っ伏した、ダンジョンに行きたいと言うよりもこれはたぶん。
「憂さ晴らししたいだけやね」
ぽつりと言えば苦笑が両側から聞こえてきた。壊された場に宵闇の勝手な裁き、そしてダンジョン会議での視線や嘲りの目、仕方ないと思いながらも鬱憤が貯まらないわけでもない。
「ならパン屋に寄ってから資料室に行くか?」
「一宮でもいいんちゃう?」
「まだ午前やしパン屋、商品そこまで多くないやろ? 一宮もどうせお姉がボス前まで地図作ってるやろうし」
ダンジョンに行く気で家事を早々に終わらしたおかげで、いつもより早い時間だ。おかげでやることないのってなんのって。
今の世の中で他に行けそうな所はないし、何より他のダンジョン行こうと思ってもたぶんお兄ちゃんの許可は出ない。この歳でお兄ちゃんの許可ってと思うけど、色々考えたら仕方ないこともわかってるから、無視することもできずにただ突っ伏して溜息を殺す。
「諦めて暇なら料理するか棒のストック作っとけ」
無慈悲な拓斗の言葉に拗ねたくなる、普段と変わりないではないですか。
「それとも訓練でもするか? さすがに魔法有りはきついが組手ならできるぞ」
「んーいやいいよ、拓斗の言う通りに生産でもしとくし、また大型遠征考えたら料理のストックもいるしなあ」
秀嗣さんの優しさを断って、あたしは諦めたように笑う。とりあえず今日の晩御飯は洋食づくめになるが許してもらおう、お兄ちゃんがそんなに好きでもない物ばかりにしてやる。
そこからあたしは台所と作業室で色々と作業を終わらせ、夕食に並んだ洋食の数々。疲れた顔で帰って来たお兄ちゃんの顔が歪んだので、留飲を下げておく。
「和食食いたかったのに」
「知らんやんそんなん」
「拗ねてこれはあかんと思うねん、俺」
「食を全て姫様にお任せしてるんですからこうなりますよ」
納得顔の智さんに特に困った様子もない拓斗、和食好きな秀嗣さんには諦めてもらって、お姉だけが喜んでテンションが高い。
今日はパスタから始まりお米はパエリア、サフランの変わりに薬草使ってるからなんちゃってだけど。海鮮も手に入っているから色々とメニューの幅が広がりましたよ、ダンジョンできる前に増やしたレシピ本も活用できて良いことづくめでしたね。
お兄ちゃんの諦めたような頂きますの合図でみんな食べ始める、すっかり習慣化してしまってるな。
「それでギルドどうなったん?」
「一軍が相手の力量知らずにダンジョン間引きは嫌や言うから、まずは合同訓練として地上でやな」
「その後に力量次第で合同依頼としてダンジョン間引きに行ってもらいます」
「確かに知らない相手だと辛いものがあるだろうな」
強いわけではないがただ数の多いダンジョン間引き、気を抜けばその数に飲み込まれてしまうこともあるだろう。
「ならそれが落ち着くまであたしらまだ待機?」
「いや一応次のダンジョン選定には入ってる、条件色々考えてまだ絞り切れてないけど」
「ギルドに関しては人数もそれなりにできましたし、大仲さんと一軍に任せて大丈夫そうですので」
思ってたよりも次の遠征は早そうだ。やることないよりかはいいけどと思っていたらお兄ちゃんの顔は面倒そうに溜息を吐く。
「俺としては先に商人欲しいんやけどなあ、お前またどっかで拾ってこんか?」
「犬猫やあるまいし、拾いたくて拾えるもんでもないわ」
そう言いながらも少し考えてみる、すぐに浮かんだのは一つあるがやるとしたら結構大変だな、高遠さんが。
「また職人市場やったら? 今度は一般の職人も参加で」
「それで来るんは職人であって商人やないやん」
「んー、中には元々商人してて職人から買い付けて販売する人もおると思うんよね」
「おったとしてもそれやったらレベル低いわけやろ?」
「そこはあたしらの商品扱いたいと思う熱意でどうにかしてもらうか、諦めて所属自体は組合にするかちゃう?」
緋の明星ギルド所属だからある程度のレベルが必要になる、組合所属だとしても本音では場所や取り扱う品を考えたらレベルは欲しいところだけど。
「でもお兄ちゃんらは生産職として有名ではあるんやろ? 普段、外出えへんから無理なだけで、お近づきになりたいと思ってる商人多いと思うけどな」
最近あまり新しい物は作ってないが、それでも作る品質はどこよりもいい物だろう。今は組合にしか卸していないが扱いたいという人は多いと思う。
ただその交渉をしたくてもお兄ちゃん達自身普段外に出たとしてせいぜい組合内とダンジョン、遠出の時は転移陣を使うから接触する機会はない。
箸の進みが止まり真剣に考え始めたお兄ちゃん、あたしとしてはまたやってくれるんであれば楽しめるから、商人が見つからなくても嬉しいことだ。




