リハビリ
明日からまたダンジョン攻略に戻るとお兄ちゃんに言われ、自分の部屋で早めにベットに入った。なのにもやもやとする感情が邪魔をして、まだ眠れそうにもない。
今回の事は、あたしに関係があるのにあたしの知らないところで終わった。それを望んでいたし任せていたのはあたしなんだけど、これでよかったのかと自分に問いかけてしまう。
世界に場を作ると決めたのはあたしだった。けどお兄ちゃんや高遠さんに丸投げで、あたしは何もしてない。
そしてそのデメリットすらちゃんと、自分で考えていなかった。
姫巫女ってなんだ。聖魔の魔力ってなんだ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが片方ずつ持ってる意味は?
考えても答えはないし、人知を超えているとずっと思っている。けどもう少し考えるべきかもしれない。あの赤と白の植物を見て余計に思った。
聖魔を片方ずつ持つことができるんであれば、あたしも片方ずつ使えるはずなんだ。たぶん使うなと言われ、どこかで考えないようにしていた。けど考えなきゃいけないんだと思う。
姫巫女、唯一無二の存在で、聖魔の魔力を持つ者。その力はあたしが思うより本当は偉大で、もっとできることもあるはずだ。
面倒だな、考えたりするのは苦手だ。けど守るためには必要なはず。
答えの出ない自問自答を繰り返し、少し寝不足になってしまった。
「おはよう」
そう言って居間に行けば三人に苦笑された、あたしの顔は寝不足とわかりやすいものだったんだろう。
「そんなんで、今日は大丈夫か?」
「恵子さん、地図を十九階まで作ったらしいぞ」
「あの人、ありえへんやろ?」
お姉の速さに驚かされる。魔物の情報はのり君と秀嗣さんに聞いとかなくては。
「今日か明日には二十階ボス?」
「お前の動き次第やな、今日じゃないことは確かやわ」
「運動すれば寝やすいですしね」
寝不足の理由には誰も触れず、今日は動いてさっさと寝ろと暗に言って来る。自分でも駄目だなとわかってるから頷いて、朝食をさっさと終わらせ、四人で転移陣に向かった。
飛べば一瞬で森の中。切り倒された木もどこかに運ばれ、左右には赤と白のあの植物が植えられ、綺麗な道ができていた。
「赤と白の植物どうしたん?」
「恵子が弱いの面倒やって職員に植えさした」
額に手を当て溜息が出た。何で職員さん使ってるの? 自分でやればいいじゃないか、それかギルドメンバー。
「放出系できんからしゃあないって言い訳らしい」
「最低やな、あとで言っとかな」
「ギルメンも中々被害者多いぞ、ほとんど十階は越したし」
「裏方は!?」
「パーティーに組み込んで護衛しながら、何回も一軍や二軍が行った」
もう言葉が出ませんよ、馬鹿じゃないのかあの姉は。
「まあ本人らも望んでたし、多少は無理はさせてたけどいいんちゃう?」
「本人たちも、実戦に勝るものはないと言ってましたし」
わからなくもないが、大変だっただろ。そんな会話をしてれば、すぐにテントが立ち並ぶダンジョン前に着く。
「えーりーこー」
「うざい煩い邪魔、ギルメンに無理させたんやて? それに職員さんも使うし」
「ギルメンは強制してへんもん、嫌ならいいって言ったよ?」
「ちゃうよ、できへんならやめとけが正解やん」
後ろから聞こえてきたのり君の言葉、ようは煽ったんですね? その結果できます、とメンバー達は答えたんですね。
「けどさすがに、十五階のボスは行かせてないで」
「ワームは人選ばなキツいやろ」
「行ける奴もおると思うけど、全員ではないと思う」
「そうや恵子、行けそうなの連れてってこい。絵里子はリハビリがてら、俺と智と秀嗣でダンジョン言って来るから」
「宏さん俺は?」
「気配読めるし早いし魔法もいい、引率やろ」
お兄ちゃんの言葉に拓斗は仕方ないかと息を吐くが、お姉は納得できない顔でお兄ちゃんを睨む。
「あたしも絵里子と行く」
「そこまでギルメンやらしてんから、ちゃんとやったれ」
お姉が拗ねたような顔をするが仕方ないとも思ってるのか、それ以上の抵抗しなかった。
「十八階から水辺が出てくるから、気をつけるんやで?」
「マジで?」
「報告しろよ」
「大丈夫。魚の魔物出てきたから、ギルメンに夕食で出してもみんな元気」
何が大丈夫かわからないが、安全性は大丈夫と言うことか?
「今のところ魚と蟹は確認できた、どちらも美味いそうだ」
「止めようよ、せめてお兄ちゃんかあたしがいるときにしようよ」
「魔物肉をあれだけ食べてたら一緒かなって」
「そうやけど」
あたしかお兄ちゃんがいたら、鑑定でせめて毒の有無はわかるし、食用かも確認できる。それもせず食べさせるお姉が怖い。
「最悪、毒消しもあるし、あたしらおらんときダンジョンで新しい食材見つけたら困るやん?」
「自分も食べてたら、説得力ある言葉やったわ」
間違ってはないし、そういう人は今は多いだろう。普通の食べ物を手に入れるのが困難だから。
けどお姉は食べてないじゃないか。
「残念なことに、あたしは困らへんもん」
「それ言ったら、ギルメンも基本は困らんはずや」
地下には畑もできたし、魔物肉も在庫はたっぷりある。飼い始めた鶏とヤギからも卵とミルクは採れてます。
「できればヤギじゃなくて、牛の牛乳がいいよなあ」
「北海道で六本足の、気性の荒い牛が見つかったそうやぞ」
「マジで? 家畜化は?」
「気性が荒くて捕獲ができてない」
お兄ちゃんの言葉を残念に思いながら、ここが終わったら北海道に行ってみようか真剣に悩む。
ヤギも悪くないが、たまにはちゃんとした牛乳がいい。魔物の時点でちゃんとしてるのかわからないけど。
「あほ言ってないで、荷物置いてさっさと準備してこい。昼は幸康に弁当頼んでるから」
「はーい」
言われた通りに荷物を車に置き、装備は終ってるからポーチだけ確認する。外に出ればお姉とのり君と拓斗がいた。
「ほんまに気をつけるんやで? なんかあったら呼ぶんやで?」
「わかってるし、大丈夫やから」
「俺じゃあ恵子さん止めれんねんから、マジで頼むぞ」
真剣な目の拓斗に笑ってしまい、何とか頷く。
「のり君おるし、なんとかなるって」
「絵里ちゃんになんかあったときの暴走は、俺には無理やで」
「頑張れ旦那」
「頼みましたよ旦那」
無理やって、と笑うのり君を見て笑ってれば、智さんがやって来た。
「姫様、そろそろ行きましょうか」
「わかった、それじゃあそっちも気をつけてな」
「おう、お前もな」
「全員、十五階クリアさせるからなあ」
「早めに帰ってきてなあ」
返しがおかしいとは思うのに、もやもやしていた感情はみんなのおかげで小さくなる。それにこれからダンジョンだ、少し気を引き締めないと。
「この四人て、レアやな」
「そうやな、前衛の秀嗣が大変やろうけど頼むわ」
「ああ、大丈夫だ」
「あたし中衛兼遊撃?」
「そうですね、リハビリも兼ねて体動かしてください」
そんなに長い期間戦ってなかったわけじゃない。けどこれだけ階下に行くのはそうなかったかと、ダンジョンに向かう。
転移陣で十五階と十六階の間に出ると、お兄ちゃんが地図を確認する。
「何階が目標?」
「戻るん面倒やから十六でいいかと思ってたんやけど、十八階も気になるよなあ」
「さんせー、お魚と蟹! お鍋しよ」
「焼くだけでもいいですよね」
「みそ煮や煮付もいいな」
「アクアパッツァでパスタもいいなあ」
結局みんな食い気です。すっかり魔物を食べるのに、抵抗なんてありません。
「でもフグみたいに、毒があるのとかないんかな?」
「そこはお前、神眼様の出番や」
「普通の素材は鑑定を使うな言うのに」
「食い物は命に直結するからな」
確かにそうだけど、最初にウニ食べた人は凄いと思うけど。
「まあぼちぼちやってって、行けるとこまで行ってみよか」
お兄ちゃんの言葉で、珍しい組み合わせの探索が始まった。




