愚か者とは
結局午前は二手に分かれることになった。
皐月さんと幸康さんを除く一軍と三軍と二軍の裏方をお兄ちゃんとあたしと拓斗と秀嗣さんで、残りを智さんとお姉とのり君と大仲さんで見ることになった。
お姉が煩かったけど仕事だと言って黙らせた。
「昨日は何もしてへん奴も多いし、あほなこと考えれんように体力の限界まで間引きさせよか」
そうにやりと笑ったお兄ちゃんは鬼だと思いました。三軍の自業自得であるから、何も言う気は起きないけど。
あとお姉に二軍が死ぬ気で扱かれると思うけど、頑張ってほしいと心の中では合掌しておいた。まあこっちも自業自得だろう。
お兄ちゃんが示した範囲内で一軍が移動先を決めて、移動しては指示役も一軍が交代して間引きをしていく。
指示の安定はやっぱり信也さんで次いで武雄くんだろう。紫藤さんも上手いけれど、ずっと一人でやってきたことと自分ができる分だけできないことを考えにくいみたいだ。
逆に甘い指示になりやすいのが柏原さんと清水さん、ただ前と違って一軍同士で移動の間に話をしているのが見えたから、みんな徐々に変わってくるだろう。
「俺ら二軍でよかったんちゃいます?」
「玄武を出せるん絵里子だけやねんからから、諦めろ」
「わかってはいるんですけど、納得はしにくいですよ」
「確かに拓斗の意見に俺も同意だからなあ、宏の言い分もわかるが」
さっきから続けられている男三人のこの会話。あたしとしては言われた仕事をこなすだけだし、危なっかしい三軍を考えれば納得はしている。だけど拓斗と秀嗣さんは違うようだ。
「次はさすがに俺もないし、その為の間引きや。守る側として思うことあるやろうけど、我慢せえ」
苦笑してお兄ちゃんはそう言って、前を行くメンバーに視線を移す。その目はある一人を険しい目で見ていた。
あれはたしか初日にお兄ちゃんが攻撃されかけたあと、三軍を帰す話をしたときに声を上げた人だったはず。
身長は高めで探索者らしい筋肉のある体つき、言動から自信は高いほうだとすぐにわかる。
「お兄ちゃんが一番危険視してるのって、あれなん?」
「まあ一番って言う意味ではそうやな」
ふーん、と念のために頭に入れておく。個人的に関わることはないだろうけど、何があるかはわからないから。
実際に関わらないと言われていたはずのギルドとも結構な頻度で関わっているし、信也さんとか武雄くんとか、もっと言えば裏方の子供達とはしっかり関わっていることを考えれば、気をつけておいて損はないだろう。
まああたしより先に拓斗と秀嗣さんが先に動くとは思うけれど、自分でも気にすることは大事だろう。
午前中だけでも何度も間引きを繰り返し、一回を魔物集めの香水一吹きで、短時間にして何度も移動しそれを繰り返す。
そうしてればすぐに疲れが見えてくる三軍に溜息が出そうになるけど、何とか我慢した。
それにも関わらず、先に音を上げたのは三軍のメンバーだ。
「なあギルマス、いつまでこれすんの?」
その言葉にお兄ちゃんの眉が動く。あたしもいつでも動けるようにだけ気持ちを作ることは忘れない。
「佐竹、上下関係って言葉知ってる?」
「は? 誰もお前に聞いてないけど?」
何も言わないお兄ちゃんに代わり、口を開いたのは信也さんだ。信也さんも最初、上下関係を知ってるとは思わなかったよ、と言わないのが正しいことだ。
それにしても信也さんも頑張って押さえているけど、もう威圧していいと思うぐらいにはあたしも苛々しそうだ。
「まあ佐竹も落ち着けよ。けど俺もそう思うんだけど? いつになったらギルマスや姫様に教えてもらえるの?」
佐竹と呼ばれた男性と信也さんの間に止めに入ったふりをするのは、さっきお兄ちゃんが危険視していると言った男性だ。その視線はお兄ちゃんからあたしに移り、どこか嘲るものと仄かな欲を感じるものになる。
その瞬間に一軍五人から威圧が放たれるが、それでもそれは抑えられているもの。我慢しようとしてしきれず、漏れ出てしまっただけの弱いものだ。
男はそんなことにも気付かずにゆっくりとあたしに近付こうとするが、その肩を信也さんに捕まれ足を止めた。
「いい加減にしない?」
「別に信也に言ってるわけじゃないし、邪魔すんなよ」
一触即発とはこのことなのかな? とぼんやりとしているとお兄ちゃんが声を出し笑い始めた。
「なんやねんお前ら、舐められまくってるやん? なんでボコらんの?」
その言葉はギルドマスターとしていい物なんでしょうか? さすがに信也さん達も一瞬驚きで止まった。
「もう面倒やな、時間は早いけど一回全員戻って話しよか。やから拓斗と秀嗣は抑えとけよ」
「わかってます、雑魚苛め嫌いなんで」
「戻るならさっさと行こう」
わかってはいたが二人も抑えている状態で、あの男性に対して腹立だしい感情を抑えているんだろ。二人もなんだかんだと既存のメンバーを思っていることは知っているし、三軍は本当に面倒な集団だな。
「宏さん、俺ら先、戻りますよ」
「魔物はやっていくからいいだろ」
帰り道に出会う魔物さんが可哀そうな気になって来た。あの二人の八つ当たりに合うとか、と考えながらあたしはお兄ちゃんの傍に行く。
「三軍潰していいんちゃう? ここまで拗れてたら新規で取って育てたほうが早くない?」
「それもこの後や、最悪そこも視野に入れとる」
うん、お兄ちゃんも思ったよりお怒りなのか? だったらあたしはもう放っておいていいだろうと、お兄ちゃんと行こうとすれば声がかかる。
「絵里子も行くぞ?」
「さすがにこの中にお兄ちゃん置いてくのはどうなん?」
「こんなんにどうもされんわ、お前は大人しく二人と先行け」
そう言って背中を押されるが、気になるものは気になる。全員が来てもお兄ちゃんが負けないことはわかっていても。
「俺達も善処するし、姫様は鬼人と暗殺者、押さえといてよ」
「姫さんじゃないとその二人の手綱、無理でしょ?」
「どっちかって言うと、あたしの方が面倒見てもらってること多いけどな。まあそっちも無理せんようにな」
信也さん達一軍が任せろと言うなら、任せるべきなんだろう。あたしは拓斗と秀嗣さんの傍に行き、もう一度振り返る。
「お兄ちゃんも、こんなところで無茶したらあかんで」
「やるときは揃ってからってわかっとるわ」
最後に小さく手を振って、あたしは拓斗と秀嗣さんに挟まれて先に行く。
「出た魔物二人でしていいで、少しは落ち着けとかなあかんやろ?」
「逆にお前はもう少し自分に目を向けろ」
「今回の事は絵里子も怒るべきだとわかってるんだろ?」
二人に言われわかってはいるが、それでもあたしにとっての最低ラインには少しだけ届かない。
「みんなのこと下に見てるんは嫌やけど、ギルドに関しては一軍の問題やし、お兄ちゃんが流してるし、吠えるだけの駄犬は怖くないやん?」
「そこやなくてやなあ」
「絵里子もあの視線の意味わかってはいるんだろ?」
「馬鹿にされてるのも欲が見えてるのもわかってるけど、愚かやなとしか思えんから。見えてない愚者は死に近付くだけやもん」
あの視線がもし未成年組の女の子に向けられていたら、あたしは今、冷静ではなかったと思う。でも自分なら殴って終わりだと心底思うから、どうも何も思えないんだよね。
「お前にその辺りの感情を期待した俺があほやった」
「頼むから俺と拓斗から離れたりしないでくれ」
欲を灯した下卑た目は、一人だけじゃないとわかっている。それはあたしの間引きを見ても、お兄ちゃん達が介入したと思ってるらしいから余計にだろう。
「まあ多数で来られてもやられる気はないけど、その前に二人があたしを一人にせんやろ?」
その安心感と信頼があるからこそ、今も怒りの感情は持てずにこうして笑ってられるんだろう。それに自分でも気付き、二人の存在に安心している自分を知った。
「二人がおってくれて、こうして気にしてくれるから、あたしは自由に居れるんやなあ」
「なんやねん急に」
「有難いなって、嬉しいなって思っただけ」
あたしの言葉に二人は気が抜けたのか、それとも毒気が抜けたのか、いつものように苦笑して笑うから、帰り道の空気はそう悪いものじゃなかった。




