鬼より鬼畜なのは
『ご飯食べよー』
気楽なお姉の声が頭に響き、そんな時間かと顔を上げる。やっぱり何かに集中するのはいいことだな。
『今行くわー』
『転移陣とこで待ってるー』
この感じは全員で行くと言うことかな。そう思いながらあたしは足早に神社に向かい、ギルドハウスへ転移すればみんな揃っていた。
「小分けで行ってもいいんちゃうの?」
「反応が見たいだけや」
「この後集会って言ってるのに?」
「まあええやろ、行くで」
お兄ちゃんの言葉でみんなが動き出す。いつからかあたしのそばには、胡堂と秀嗣さんがいるのが当たり前になったなと思いながらあたしも続く。
「ギルドメンバー、どうなん?」
「悪くないけど面倒」
「探索者はそれぞれだな。それも明日からでまた色々変わるだろう」
「探索者はわかったけど、胡堂が基本見てるのって生産やんな?」
「俺も本気で探索者側に行きたい」
「珍しいな、そこまで胡堂が言うなんて」
つい首を傾げるが、秀嗣さんは理由を知っているのか苦笑いで、理由は教えてくれそうもなかった。
「幸康ー、腹減った」
「はい、今日のメニューはボアの生姜焼き定食か、オムライスです」
「オムライスのソースは?」
あたしが居たことに一瞬驚いた顔をしながらも、笑顔で幸康さんは答えてくれる。
「ホワイトソースかビーフシチューから選べます」
「ならあたし生姜焼き定食で」
「あたしオムライスのホワイトソース」
「俺も生姜焼きかな」
みんな好きに言ってくけど大丈夫なんだろうか。キッチンの奥では梓ちゃんが忙しそうに動いているのが見え、この時間はここは戦場だろうなと思った。
順にできたそれを持って、二つのテーブルを占拠する。入って来たときからわかってたけど、視線がすごいな。さすがに少し不躾すぎないだろうか。
「揃って飯を食うことなかったからな」
「そうなん?」
「基本は指導相手や相談にのるときにこっちで食べるぐらいだったからな」
「宏さんは智やサブマスと話しあったりで飯食うことあったけど、俺は居間で食う方がいいわ」
「幸康さんのご飯美味しいのに」
「俺も絵里子の料理がいいな」
胡堂と秀嗣さんに言われて少し照れそうになる。その気持ちが嬉しいから、また二人の好きな物でも作ってあげよう。
「絵里子ー、生姜焼き一口頂戴」
「のり君に貰い、けどオムライス一口欲しい」
「ちょ、絵里ちゃん酷い」
「え? お姉にあたしが与えるとか嫌やん」
「酷い、でもお姉ちゃんは絵里子が好き」
「きもい」
ギルドハウスだと言うのにいつものようにどこか騒がしく、気が付けば視線なんて気にならなくて、美味しくご飯を食べることができた。
トレーはのり君と智さんが片付けてくれ、食後のお茶まで淹れてきてくれた。優しすぎてみんな見習え。
少しのんびりしていると、徐々に集まってくるギルドメンバーたち。お兄ちゃんはそろそろかと、あたし達に前と同じ位置に行けと言ってくる。
「二人、事有るごとに立っとかなあかんの大変やな」
「お前、俺らの肩書知っとる?」
「家族?」
「そうボケると思ってたわ」
胡堂の言葉に秀嗣さんが笑う。それをどこか驚きの視線でギルドメンバーが見ていることに気が付いた。
「秀嗣さん、なんで驚かれてんの?」
「秀嗣のギルドでのあだ名、教えたろか?」
「別に普通だろ?」
「なになに? そんな言い方気になるやん」
「鬼人らしく鬼教官、隊の経験が生きてるらしいわ」
「絵里子の訓練よりマシだと思うぞ?」
「あたしは自然と強くなっただけやもん、鬼教官が笑うと思ってなかったんかみんな」
「たぶんな、秀嗣は結構笑うのにな、普段」
小さな声で話しながら、三人でくすくす笑ってるとお兄ちゃんの声が響いた。
「全員集まったな、これから大事な話するから聞き洩らすなよ」
その瞬間に広間のメンバーに緊張感が走る。それに比べあたし達ときたらゆったりとしたものだ。
「明日、早朝に転移陣使って三宮まで行く、そっからギルドメンバーはマイクロバス、俺らも車で隣県の間引きを行う」
少しざわつく室内、お兄ちゃんは構うことはない。
「これは全員で行く。実践練習であり連携練習であり緊急の訓練でもある」
「お兄、日程は?」
「緊急って聞いてたか? 予定は未定じゃ」
「お菓子多めがいいか」
「遠足ちゃうぞー。恵子見習えとは言わんけど、俺らのギルドはいつ緊急依頼があるかもしれん。それを想定しとけ。一晩時間あるだけかなりマシや。各自、準備怠ることなく、装備なんかもしっかりしとけよ」
お兄ちゃんの言葉が終わり、手を上げたのは信也さんだ。お兄ちゃんはそれに許可を出す。
「寝る場所や食料なんかは?」
「今回はテントを俺らの方で準備しとる、ただし三人から四人で一つな。組み分けも適当に決めるから。飯は幸康、できるな」
「はい」
真っすぐなしっかりした目でお兄ちゃんに応える幸康さん。頼もしいなと思ってしまう。間引きの時って意外とご飯重要なんだよね、ほっとするって言うか。幸康さんならしっかりみんなを支援してくれるだろう。
「他に質問はあるか?」
「いいですか?」
次に声を上げたのは、あれは生産職の唯一の女性、宮本愛実さんだったはず。お兄ちゃんが頷くと言葉を続けた。
「それは生産職もでしょうか?」
「なに当たり前のこと言ってるん? ギルド始まりの最初の説明聞いてなかったんか? 生産職も戦えな意味ないって」
「で、でも隣県は魔物の数も強さも」
「お前、抜けるか? そんなやついらんねん」
お兄ちゃんの目が細まり、静かに宮本さんを見る。
「俺は生産もやっとる妹も甘やかさずに命張らせてる、こんな世界やからな。怖気づくんやったら最初からいらん言うてるやろ? ギルマス命令で、魔物の群れに突っ込むときもあるって聞いてなかったんか?」
静まりかえる室内、小さなはずの誰かの喉のなる音が聞こえた。
「いいやん置いてったら、その感じやったらすぐ使えんくなって居場所なくなるだけやろ?」
「恵子が珍しな」
「女やからって誰でも優しくするわけじゃない、あたしは甘やかしたい人も優しくしたい人も自分で選ぶ」
早い話が、お姉の気に入ってない人って聞こえるよ。なにかあったのか?
「なあ、あの人なんかあったん?」
「ちらちら男に粉かけてんねん」
「女が少ないからこそ大事にされたいようだな」
「お姉の嫌いなタイプやわ」
納得してつい苦笑してしまう。元々関わってはいないしあたしは口を挟む気はない。
「まあええわ、明日朝に姿なかったらギルドタグ破棄するだけや。一晩考え。他も嫌なら抜けろ、止めやせん。ついでに寝坊でおらんでも一緒やからな。他に質問は」
お兄ちゃんはメンバーを見渡すが、特にいないようだ。
「なら以上、解散」
先に動いたのはあたし達だ。気負うことなど何もなく、ただの間引きだと慣れてしまっている自分がいる。
メンバーの中には何人か顔を強張らせたり緊張している人も見える。意外に未成年組や女性探索者が、緊張もあるがやる気になっているっぽいのが見えて驚いた。
廊下に出て二階に上がってからあたしは足を速め、一緒に出てきていたサブマスターの大仲さんに声を掛ける。
「大仲さん、あれは良かったんですか?」
「あれ、とは宮本のことでしょうか?」
思ったよりも大仲さんの反応も悪く、あたしは不思議に思いながらも頷いた。
「マスターの言うことが尤もですから。採用前に説明はされていますし、このギルドの成り立ちも説明されています。それにも関わらずあのようなことを言う者は、このギルドに必要ないかと」
きっぱりと笑顔で言い切った大仲さんに少し驚くが、理解はできた。たぶん彼女は色んな意味で問題児でもあったんだろう。庇いたくない程度には。
「なあ、一発目の間引きあたしにやらして」
お姉の言葉に、面倒そうな顔をするお兄ちゃん。
「何言ってんねん」
「わからしたほうがいいと思う、次元の違い」
「生産職からしたら俺らがやったとこで」
「お兄言ったやん、あたしら生産しながら戦っとるって、それでもこれだけできるって見せるのは必要ちゃう?」
「その言い方やったら、他にも何人か問題児おるん?」
「問題児、言う程やないけど、生意気なんはな」
「探索者にも?」
「まあな」
お兄ちゃんが少し嫌そうな顔をして言うから、大変なんだろうなとすぐに思った。
「んー、お姉も初日は我慢し。たぶんみんな間引きの意味わかってないし、あとは幸康さんとかに任せとけばいいよ」
「あん? どうゆうことや?」
「簡単やん、お兄ちゃん魔物集めの香水使ってやらす気なんやろ? 幸康さんはあたしがそれ一人でやったん見てるもん」
「たしか北海道でも氾濫見てる三人おったな」
「うん、組合に贔屓されてるんじゃなくて、組合が頼るしかないパーティーってのはすぐわかると思うで」
「お前が幸康に見せたとき、香水どんだけかけた?」
「三吹き、それを風で流して呼びました」
「お前ってあほやろ? あんときやったら何時間かかんねん」
藪から蛇が出てきて、秀嗣さんにまで何とも言えない顔された。
「まあそれでも多少減ってる地域やし、玄武出しとけば何とかなるか」
お兄ちゃんの中で何かが決まったらしい。
「サブマスはまだ車待機な」
「いえ、私ももう戦えます」
「完全じゃないん知ってるし、もうちょう養生は必要や。んじゃ俺ら帰るけど、あとは頼むわ」
「はい、お疲れ様でした」
そう言って転移陣で神社に戻り居間に帰る。
「各自ポーチや荷物、忘れんなよ」
「そこに一応予備入れてるリュックあるから、確認しといて」
「有難う御座います」
「足らんのは作るし、他なんかある?」
「自分の準備は?」
「ほぼ終わってる」
「なら明日は早いし、とっとと風呂して寝ろ」
たしかに何泊するかわからないし、大浴場でも行ってゆっくり寝るかとあたしは準備のために部屋に戻った。




