最後までしまらない
まだ少し笑いが収まらない中、管理者は上機嫌だ。
「俺は君を見ていたいだけだから、今のところ他のことは望んでないよ。今後やってもらいたいことでるかもしれないけど。ただ君と話すのは楽しいから、また会いに行くけどね」
「いや、来ないでください。絶対」
「そんな真剣な顔で言わないでよ、つれないなぁ。君からは魔晶石を通じて俺に連絡できるようにしとくから」
「連絡するような事柄ができるほうが嫌です」
「まあ毎回すぐに返せるわけじゃないけど、ごめんね」
人の話を聞いてほしい。小首を傾げてもうちょっと威厳はないのかな、このチャラ男。せめて変態かチャラ男はどっちかにしてほしい。
「あ、あと君に与えた力の一つに、鑑定みたいな能力あるから上手く使ってね。使い方に慣れれば嘘も見抜けるかもだから」
「何そのチート。これ以上いらないよ」
「まあ俺の巫女だし、おまけみたいなものだから」
管理者がドヤ顔とかしないで。簡単にあたしに爆弾落としてくるな。人の気も知らないで「後はー」とかのんきに言ってるこいつ殴りたい、マジで。
「そうそう、テストダンジョン参加してもらったからその報酬と、俺の巫女になったことで装備と防具マジックバックに入れといたからまた確認しといて」
「まず、マジックバックどこやったん?」
「ちゃんと帰るときに渡すよ」
「それとダンジョンはいつ生まれて魔物はいつ出てくる?」
「だいたい三か月後かな?」
だいたいってなんだ、だいたいって。ニコニコ笑いながら言うことじゃないだろ。
「君にはあのダンジョンと聖域があるんだから、大丈夫でしょ?」
その言葉が重い。あたし一人生き残ったところで何にもならないっての。ダンジョンでの生活でとことん身に沁みました。
この管理者のペースに呑まれたら駄目だ、一度頭を整理しよう。
約三か月後にダンジョンは産まれ、魔物が出てくる。
家のダンジョンは消えることなく、魔晶石も使える。
家のダンジョンはあたしの許可なく入ることも使うこともできない。
要約すると短いな。あ、あとあたしが鑑定使えるようになったんだ。
どっちにしてもあたしのチート感がヤバイ。こればれたらあたしどうなる? それこそお国に捕まっていいように使われる?
「何かあれば君の聖域にいればいいよ。それに今の君は世界でトップレベル者だ。簡単に好きにはできないはず」
あたしの考えを読んだのか、それともあたしの顔色が悪かったのか、管理者は軽い口調を控え優しく言う。
「テストダンジョンはだいたいレベル5もあればクリアできるようになっている。なのに君は安全を最大限に考え、レベル10にした上、武器の鍛錬にも精を出した。そんな君をどうにかできる人間なんて今のところいないよ」
「でも他のテストダンジョンクリアした人もいるんですよね?」
「そうだね、今は記憶を失ってるが、それでも最大レベルは7、君よりも低い。その人間たちが記憶を取り戻すまでの時間、君は記憶を持ったままこれからもダンジョンに潜ることが可能だ。あのダンジョンはこれからも広がっていくしね」
「三階で終わりじゃないの!?」
「ダンジョンは生きているからね。特にあのダンジョンは魔物が増えても外に出ることはできない。ならダンジョン自体が広がるしかない」
本当に頭が痛い、なんてものが家にあるんだよ。他に比べて外に出ないだけマシと思うしかないけど。
「他のダンジョンがどこにできるかとかわからないんですか?」
「星が勝手に生むから俺達にも完全にはわからない。規則性もないし近いところに何個もできることもある」
聞けば聞くだけ嫌になる。なんであたしなんだよ本当に。国とかに言えよ。
「じゃあ最後にいいですか?」
「最後と言わずにいくらでも」
「あたしも、ダンジョンで死ぬんですよね」
巫女だと言われたのはあたしが死なないためだと言った、ならあたしがダンジョンで死ぬことは起こることだ。
「この世界の人間すべて、死は平等だ。寿命を延ばしたり傷を癒したりできても、死ぬときは死ぬよ。だから俺は君に力を与えた」
どれだけ巫女だ、力を与えた、と言われたところであたしはただの人で、上手く使えなければ簡単に死んでしまうってことだ。
誰よりも先に情報と対抗手段を得ただけの、何ら変わりない小さい人間だ。
そう思うと力が抜けた。これはもう腹を括って開き直るしかないのか? 喚こうが叫ぼうが何も変わらないなら、残された時間でできることをやるだけなのか?
世界だとか大きいこと言われても、あたしにわからない。管理者の前では無力でしかない。だったらできることを考えるべきだ。
色々頭に詰め込みすぎて今にもパンクしそうだ。最後と言いながらも他にも聞くことがありそうで、頭の中がぐるぐると巡ってる。
そんなあたしの心を読んだのか、管理者が立ち上がる。
「楽しくてかなり長い時間になってしまったね、そろそろお開きにしようか」
どこから取り出したのか、その手にはあたしのポーチとリュックがある。他の武器や防具は勝手に中に入れたらしい。
あたしは立ち上がりそれを受け取る。そのまま笑みを浮かべる管理者があたしから目線を外し、あたしの後ろを見た。それにつられるようにあたしも後ろを振り返ると、どこかで見た淡い光を放つ魔法陣がそこにあった。
あれに乗れば家に帰れるのだろう。そう思うと自然と足が動いて、魔法陣に近づくとその後ろを管理者もついてくる。
あと一歩で魔法陣に乗れる、と言うところで足を止め管理者に振り返った。
「これに乗れば、本当に帰れる?」
つい聞いてしまった。やっと帰れる、待ち望んだ家に帰れる。なのに急に言われて不安になった。
本当に帰れるの? 帰ったところで、この一ヶ月であたしの何かが変わってしまったような気がする。それこそ魔物を倒して管理者から巫女なんぞにされて、普通とは言い難くなってしまった。
そんなあたしが無事に家に帰り、普通に過ごせるんだろうか?
「ちゃんと帰れるよ、君が望むなら俺とここで過ごしてもいいけど」
「帰ります、結構です」
不安を見透かすように笑う管理者。それに腹が立つけど、今はその軽口に少しだけ気が楽になった。
こんな面倒なことになったのもこいつのせいではあるが、ちゃんとしてもらったことへの誠意は表すべきだ。あたしは真っすぐに管理者を向いて腰を曲げた。
「食事など有難う御座いました、二度と会う機会はないと思いますがお元気で」
あたしの言葉に耐え切れず笑いだす管理者。その姿を最後まで見ずに、あたしは魔法陣に向き直ると一歩足を進めようとする。
「そんなつれないこと言わずにまたね、これからの世界で頑張って」
その言葉に首だけで後ろを向けば、軽薄そうな微笑みを浮かべ、小さく手を振る管理者が見えた。あたしはそれに何も返さず魔法陣に乗る。
前回同様、眩い光に包まれて、次、目を開ければそこは魔晶石の間だった。
つい首を動かし周りを見渡す。あるのはあたしの部屋と訓練室と大浴場の扉、それにダンジョンに続く通路と、その反対になかったはずの新しい通路が見える。
その瞬間駆け出そうと一歩踏み出し、すぐに思い直して自分の姿を見直した。
今あたしが着ているのは、管理者の用意した浴衣のような合わせと薄いズボン。生地は上等そうで、手触りがよく光沢がある。手には黒のポーチとリュックで、このままじゃ駄目だ。
あたしは自分の部屋に駆け込んで荷物を置くと、元々着ていたものに着替える。
横が少し裂けたロングTシャツに汚れが取れきれなかったジーパン、あとはもう着れないカーディガン。
またここにこれるらしいのでぬいぐるみと荷物は置いておこう。首にライトをかけて、忘れてはいけない懐中時計をジーパンのポッケヘ。
ここに来たときと違うのは、カーディガンを着てるか持ってるかだけ。
あたしはもう一度、自分を見回して今度こそ通路へ。ご丁寧に『地上への道』と書いたプレートがあるよ。元々の仕様なのか知らないけど、あの管理者だろうな。そう思いながらあたしは通路へ進み始める。
通路は明るくライトはいらなそうで、壁も土ではなく魔晶石の間と同じつるりとしていた。来たときとの違いで不安になる。
今は信じるしかないからただ階段を上り、徐々に壁が土のように変わり薄暗くなってきた。
見覚えのある形に足が早まる。すぐに立ってられなくなり腰をかがめて進んで行くと、暗闇の中に縦に分断するような光の線が見えた。
あたしは動きにくい中で急いでそこまで行くと、両手に力を込めてそこを押す。思った以上に軽いそれは、簡単に開くと勢いそのままにあたしは落ちた。
「いったー」
家の押し入れから頭から落ちる形になちゃったよ。押し入れの扉は襖なんだから、そりゃ軽いよ。
打った頭を摩りながら、観音開きの押し入れを閉め、周りを見渡した。当たり前に見覚えがある、何も変わってない。
整理の途中だった母の私物や父の私物、押し入れに直されていたあたしたちの幼少期に使っていたおもちゃ。
なんでこんなもの取ってたんだろうって思ったけど、今はそれが懐かしすぎて鼻の奥がツンとしてくる。
ああ、帰ってきたんだ。帰ってこれたんだ。
そんな感傷に浸りそうになると、家の中からばたばたと大きな音を聞こえ、部屋の襖ががバンっと激しく開いた。
その人は襖を開けたそのままの姿で、あたしを真っすぐに見つめ動かない。と、思ったらその両目からぼたぼたと涙を溢し始めた。
「え、絵里子だー、絵里子だよー」
声になってない声を上げ、大人とは思えない泣き方で勢い任せにあたしに抱き着いてくる。おかげで尻餅つく形でこけたよ。
「お姉、心配かけてごめんな」
あたしの声が聞こえないのか喋れないのか、姉はあたしに力に任せ抱き着いたまま、子供のように泣き続ける。その後ろからは訝しむように覗き込むと驚いた顔をする二人の男性。
そこでようやく、あたしはダンジョンに閉じ込められてから一度も言うことがなかった言葉を使う。
「ただいま、お兄ちゃん、のり君」
個室ができようとも、あそこはあたしの帰る場所なんかじゃなかった。それはせめてもの願掛けみたいな気持ちだった。




