それも突然に
体感で十分も歩いただろうか、まだ階段すら辿り着かない。
いや待って、来たときそんなに掛かってないから。階段とかすぐなはずだから。けどこの道以外、通路がなかったのは見たはずだ。
一人だから顔にも出ないけど、内心すっごく焦ってます。足も焦りと心細さで早くなったり遅くなったりしてます。
ポッケから時計を出して時間を確認すると、十七時半を回ったところで、壁に背をつけて一息ついた。
おかしいところが多すぎる。すぐ階段に辿り着かない以外にも、通路は明るいし作られたように綺麗すぎる。
明るいのはオブジェの部屋が明るくなったからかなー。なんて思ってるんだけど、距離を考えればあたしが入ってきた洞窟とは思えない。
現実逃避で夢かしら。なんて考えてないで、そろそろ冷静になるべきだろう。
家の押し入れの中で遭難とか笑い話にもなれないよ。その前にスマホもないから誰にも連絡できないし。
そんなことを考えていると、前方から微かな音が聞こえた気がした。それは徐々に音を大きくしながらこちらに向かってるように思う。
キィキィと鳴き声のようなものまで聞こえてきて、咄嗟に壁から背を離し体を硬くする。
「ね、ネズミ!?」
その姿が見えたと瞬間、思ったのは鼠だ。ただ予想しているような溝鼠や野鼠とは違い、キャラクターのように丸く大きい耳がバランス悪くその頭にある。
だからと言ってキャラクターのような可愛げはなく、大きな二本の前歯が口から出ており、真っすぐにあたしを見て走ってくる。
あたしに考える暇も与えず、鼠はどんどんと距離を詰めてくる。鼠って早い。そう思うのと同時に鼠があたし飛び掛かってきた。
咄嗟に顔を背け反射的に腕を振り下ろし鼠を叩き落す。
あたりがよかったのか鼠は地面に叩き付けられると、二、三度ぴくぴくと動き、よろよろと立ち上がった。
その目はまだあたしを真っすぐに見据えて、弱っているくせに逃げる気はなさそうに感じる。
あたしは距離を取ろうとじりじりと下がるけど、鼠から目を離さない。また飛び掛かられるなんてそれこそ嫌だ。野生動物なら弱ったんだし本能的に逃げてよ。
鼠との距離は二mもない。あたしが走ったところで、さっきの速度を考えれば背中から襲われるだけ。
とりあえずこのまま下がっていくしかあたしには選択肢はない。そんな弱気なことを考えがわかったのか、鼠はまたあたしに向かって走り出した。さっきのが効いているのか、最初ほどのスピードはない。
「ちょ、こ、来ないで」
真っすぐ向かってくる鼠に恐怖しかない。リアル鼠なんて見たことないよ、ハムスターとかしか。
愛玩動物と違い怖すぎる。なにあれ、あたしのほうが大きいはずなのに捕食する気に見えるよ。
あたしまであと一歩と言う距離まで来るのと、あたしの恐怖の絶頂はほぼ同じだったんだろう。
今度は飛び掛かることなかった鼠、あたしは足を大きく振り上げてそれを蹴り上げた。幸運なことに見事に足にあたった鼠は、今度は壁に当たり跳ね返るように地面に落ちた。
運動好きじゃない割に運動神経悪くない、親の遺伝子のおかげだろう。
ぴくぴくと痙攣している鼠、また立ち上がるんじゃないかとあたしは窺ってしまう。
よく見ると大きい、三十cmを超えてるんじゃないだろうか? 鼠について詳しくないから知らないけどさ。
とりあえず野生の鼠、怖い。
『カランカラーン』
びくつきながら鼠を凝視していると、頭の中で鐘が響いた。その突然の音にびくりと体を震わせてしまう。
耳で聞こえていないのに、意味もなく周りを見てしまうのは小市民だからだろうか?
見渡して何もないことを確認すると、すぐに目を離してしまった鼠を見た。さっきまで微かに動いていたのに、今は動いていない。
死んでしまったんだろうか、たぶん死んでしまったんだろう。
気持ちが重くなる、向かってきたとはいえ小動物を殺してしまった。
小さな虫など殺虫剤などで殺すことはあっても、命あるものを自分の手で自ら殺すことなど現代においてそうあることではない。猟師など一部を除いた職業くらいだろう。
日々の生活の中で、間接的に命を頂いているだけのあたしにはひどく重いことに感じてしまった。
鼠に向かってしゃがみ込むと手を合わせた、殺してしまったのは自分で自己満足でしかないけど、やりきれない気持ちになる。
埋めてあげたいけど掘る物もないし、地面は硬そうで手だけでは無理そうだったので諦めた。
深い溜息が出る。気持ちを切り替えなくてはと思うけど、さっきの鼠のあたりがまだ足に残ってるように感じてしまう。
とりあえずこのまま進んでも仕方がない、いったん来た道を戻ってみることにした。
行きよりも重くなった足でオブジェの部屋へと戻ってきた。鼠なんかも出てくることはなかったが、部屋の明るさとは違いまだ気持ちは暗い。
こんな状態じゃ駄目だと自分に言い聞かせ、明るくなって見通せるようにはなった部屋を確認する。
周囲を見渡しても他に繋がっている通路なんかなく、中心で土塊のオブジェがあるだけ。さっきまでと変わったところなどないように思いながら、壁に手をついて一周してみる。
通路の向かいの壁は入念に確認する、どこにも切れ目はなく他の壁同様つるりとしているまま。
何度目とわからない溜息が出てくるのも仕方がないことだろう。
閉じ込められた? どこのパニック映画だ。
ホラーとパニック物は見ない派なんですけど。
そんなことを思いながらも唯一の通路はまだ見たくない。仕方なしで中心にあるオブジェに近寄って観察してみる。このオブジェの半球に触って、それから前後から音がしていたはずだ。明るくなったのもこのオブジェに触ってから。単純に考えてこれが何かの鍵になるのだろうか?
再度、周りを見渡しても、つるりとした無機質な壁と一つだけあいた通路。他にあるのは紅い半球のついたオブジェだけ。
溜息がまた出そうになる。これから考えられる行動は少ないくせに、選びたくないものがあるとか。だからってここでこうして無駄な時間を過ごすのも嫌だ、ゆっくり休みたいし食事はどうするのよ。
諦めたように顔を上げ、あたしはゆっくりと手を持ち上げて指を半球へと近づける。
触れる瞬間、知らず緊張していたのか喉が鳴った。
半球の上、音もなく現れたウィンドウのような半透明の四角。
ポイント 5
・名前:飯田絵理子 種族:人間
・レベル:1 年齢:34歳
・職業:――― ―――
なにこれ? いつから近未来?
個人情報どこ行った?
え? 待って、レベルって何ですか?
悲鳴を上げなかった自分を褒めてあげたい。驚きから間抜けに開いた口は仕方なく思うとして。
とりあえずクールジャパンで育ったことを喜ぶべきか、それともいつの間にか黄泉平坂潜ったの? 記憶はないけど。あ、洞窟っぽいとこ下りたけど。
頭の中はめちゃくちゃだ。転移した記憶もなければ神にもあった記憶もない。家の押し入れに入った記憶しかこっちとら御座いません。
もし、神に会ったところでこっちはもういい年です、俺Tueeなんてできる年齢だと思うなよ。ざまぁも勘弁願いたい。
たっぷり数分は固まっただろうか、望んだようにどこかの通路が開くこともなく、静かなままそのウィンドウは開いている。
このままでも仕方ない、今できることを考えるべきなんだ。自分に言い聞かせるようにあたしはウィンドウを見つめた。
とりあえずわかんない一番上は後回し、名前はそのままだし種族は人間以外になったこともない。
その下の段がまた意味が分からない。年齢はいいけどレベルってどこの勇者? 魔王なんて倒したりする予定はないはず。そんな旅できる年齢でもない。
そして一番下、職業なによ? 何するべきかもわかんないよ! 介護で仕事辞めたとは言え、趣味で細々作ってたアクセサリー売ってたからニートではない。そこ、声を大にして言いたい。
そんな思いから職業欄に触れてみると『選択不可能』の文字が出てくる。
突然の変化に固まってしまうが、すぐに念のため周りを見渡す。また鼠とか嫌だし。
特に何か起こる様子もなく、あたしはまたウィンドウに向かい自分の名前を押してみると『本名』とだけ出た。なんだろこの肩透かし感。
こうなるとわかりきっているとこは置いといて、確認するところは一つでしょ。あたしはレベルをを押した。
『モンスターを倒したことで魔素を吸収できるようになり、レベルが適用されるようになった』
うん、思うことは色々あるんだけど、終わらせてからにしよう。
開き直ったように今まで放置を決め込んでいたポイント押してみると、サブウィンドウが開き項目が羅列する。
アイテムや武器や防具、アイテムと道具って被ってませんか?
あ、食料なんかもある。
食料!?