母だからこそ
シャワーを終わらせてお兄ちゃんに変わる。三人は椅子に座り胡堂と秀嗣さんはテントにいるようだ。汚れた血を見せないためだろう。
女性にお茶を淹れ、二人にはまたココアを淹れてあげテーブルに置き勧める。
「すいません、お待たせして」
「いえ、突然やってきたのはこっちですから」
「美沙希ちゃんも真翔君も、お母さん元気そうになってよかったね」
二人に微笑めば美沙希ちゃんは嬉しそうに笑い、真翔君には恥ずかしいのかそっぽを向かれた。思春期って大変だな。
あたしはついでにとテントの二人にもお茶を持って行く。何か話していたようで、小声で胡堂があたしに聞いてくる。
「どんな感じ?」
「凛として悪い感じはない。体に蝕むような黒い影が薄っすらあるけど、広がってもないし大丈夫やと思う」
そんな話をしていればお兄ちゃんが上がり、胡堂、秀嗣さんとシャワーを終わらせ席についた。
「お待たせしました、すいません」
「いえ、こちらが勝手に押し掛けたんですから、お気になさらないでください」
黒髪の四十代ぐらいの華奢で細い女性。それでも座る姿は背筋を伸ばし凛として、ゆっくりと頭を下げた。
「自分が至らないばかりに、子供たちに過度な迷惑と心配をかけ暴走させ、そして命を助けていただいたこと、本当に有難う御座いました」
「二人は運が良かった。それは間違いないです。だから今後は気をつけたってください」
「はい、重々承知してます。それに借金のことから今後の生活についてまでお話を頂いて、本当に皆様にはなんとお礼を言えばいいのか」
「そんな重く取らんでください。俺らも全てにできるわけじゃない、ただ運が良かった。それに仕事の話は俺らにも利点があるからしただけですから」
お兄ちゃんがどんな話をしているのかわからないから、正直あたしに口の挟みようはない。ただすごく助かって感謝されていることだけはわかる。
「その言い方やったら、ある程度は決まったんですか」
「もう少しお話を聞きたいことがあるんです、いいでしょうか」
覚悟を持った母親の顔だ、守るものがいる顔。お兄ちゃんの促しで女性は口を開く。
「美沙希は17ですが真翔はまだ15、行っていた学校は休校になっていますが、学業はどうするべきかと」
「あー、場所によってはやってないですからね。真翔君は実際どうなん?」
「俺は、できれば探索者に」
「あと三年あるな。ただまだ本決まりやないんですけど、薬学や魔導学なんかの基礎を教える場を作る話は出ています。魔力がないことには作れないんで、どうなるかはまだわかりませんが、これからの世界では今までの学業が必要とされるかわかりません」
初耳事項にびっくりだ。何それ、誰が講師するんですか? あたしじゃないことだけは確かか。
「魔物には銃火器が効かないことから、物理法則が違っているのでは、と言う話も出てますし、それに気象にしても寒さが早すぎる。学業の基礎は必要やと思いますが、その後の数学や物理など好んで身につけな意味ないかと俺は思ってしまうんです」
子供おらんから言えることですが、とお兄ちゃんは苦笑した。
「何より今は生きる力やと思います。勧誘したいから言うんじゃなくて本音で。今の世の中、何が正しいのかわからなくなりつつありますから」
場所にもよるんだろうけど役所にも頼れない、国も動きが遅い。レベルを持ち傲慢になる人、魔法を使えるようになって無茶する人、成り上がろうとする人、それにすり寄ろうとする人。
警察機関もあまり正常でない今、どこに正義があってどこに悪があるんだろう。親を亡くし、お腹が減ってつい食べ物を盗んだ子を、あたしは罰することができるんだろうか。
「それに本人が学びたいと思えば、どこでも学べると思いますよ。たしか本部や支部の資料室には一応教科書なんかも一通り保存されてますし」
「それ、初めて知った」
「世界がどうなるかわからんからこそ必要やって、それこそ違いがあるならそれを見つけるためにも知ることは大事やって、高遠さんの言葉」
「ほんまにあの人、頭いいって言うか賢いな」
つい感心の音が漏れた。
「あの、それではもしそちらで仕事をお世話していただく場合は、確か関西にと」
「はい、組合総本部の研修施設みたいなとこあるんです。そこで寮母じゃないですけど洗濯や細々したことしてほしいんです。正直は最初は人数も多いから大変やとは思います。レベルを持って傲慢に出る人もおるかもしれません。ただ職員は常に在住してますし、何かあればすぐ助けれる状態です」
「扱いは、組合職員と言うことですか?」
「レベルがないものは職員にはなれない規則ですので、ただ準職員と言う形になるか、別の雇用形態になるかはまだ決まってません」
思案顔で俯く女性。真翔君は難しいかもしれないが、美沙希ちゃんならば働くことも可能だろう。親子三人で過ごすには十分に稼げると思う。
「ただ生活空間は少し変わった場所にはなります。表に出れるようには取り計らうつもりですが、何分、国に目を付けられている機関にはなるので」
つい言葉を濁し苦笑するお兄ちゃんの気持ちもわかる。今のところはまだ、ダンジョン省所属機関で国とは切れていないが、ただそれだけだ。いつどうなるか、それこそ国が全てをよこせと言うなら高遠さんは切るだろう。
「それは噂では聞いていました。ただ国よりも信用できると。支援物資や炊き出しなんかも組合がしてくれてましたから。あの、それでお伺いしたいんですが」
女性はあたしを見てお兄ちゃんを見た。




