優しい脅し
「二人やからマジなこと言うぞ」
その声に顔を上げればその顔は怖いほど真剣で、一瞬足が下がりそうになる。
「姫巫女としての力は使うな。魔法とか血とかそうゆんじゃなくて、深く神眼使ったり無駄に聖魔の魔力使ったりするな」
「ど、どうゆうこと? あたし普通に魔力使ったら聖魔になるで? それに属性粉もあるし、それに神眼なかったら」
「別に四属性の魔法を使えばいいやろ? それに神眼を深く使う理由もそんなないやろ? 俺ら全員高レベル者なんは間違いないねん、自分らで気をつけとけばいい話や」
怖いぐらいにお兄ちゃんが真剣で、なのに意味が分からなくてあたしはどうしていいかわからなくなる。
姫巫女になってしまったから大変なことにみんなを巻き込んでいるのに、その力を使うなとお兄ちゃんは言う。
「でも、これがあるから」
「それがおかしいねん。神社があるだけで俺らは助かっとう。これ以上なんて誰も求めてない」
言い切られ言葉が出ない。なんでお兄ちゃんが怒っているのかもわからない。
頭の中で、「でも」だけしか浮かばず、何を言えばいいのかわからない。
「権限渡せ、ほんまはできるんやろ? 神社前やから俺が改装する」
「いいよ、そんくらい。どっちにしても御簾に行かなあかんし」
お兄ちゃんの溜息が聞こえ、つい目線を下げてあたしは神社に向かう。御簾に入り魔晶石に触れ、言われた物を移動させながら頭の中はさっきの話がぐるぐると回る。
「終わったらできる限りの権限俺に渡しとけ。できるだけお前は魔晶石も指輪も使うな。俺は先に戻っとくから、終わったらお前も一宮に戻ってこい」
御簾の外からお兄ちゃんの声がして、なんでそんなことを言うのかわからなくて、せめて理由が知りたくて苦しくなる。
ただお兄ちゃんが真剣なことだけがわかるから、何を言ったところで聞いてはくれないこともすぐにわかった。
あたしは悔しく思いながらも、この間勝手なことをしてしまった自分もわかってるから、お兄ちゃんに権限許可を与えておく。
終わったのに御簾から出るのを躊躇うのは、お兄ちゃんの顔を見たくないから。どんな顔してみんなのところに戻ればいいのかわからないからだ。
一人残されてあたしはどうしたらいいんだろう。魔晶石から手を下ろし俯いてると誰かの気配がした。
「生きてるか」
「……生きてるわ」
軽いのに、どこか苦笑を含んだ胡堂の声。
「とりあえず出てこいや」
「嫌や」
「子供か、ティッシュいるか?」
「いらんわ」
「なら出てこい」
そう言われてしまえば渋々と出るしかなくなる。まだ笑えないのに。
壇上に座る胡堂があたしを見て、苦笑しながら横を叩くから大人しく座った。
「ぶっさいくな顔」
「昔から知ってます」
「本気にすんな。宏さんになんか言われた?」
それは図星で、すぐ返せない時点で正解だと言っているようなものだ。
「この間の件、たぶん一番後悔してんの宏さんやで」
「一番かは知らんけど、後悔させたんはわかってる」
「お前は、ほんまの意味では分かってないわ」
急に胡堂の声が少し硬くなった。不思議に思い顔を見れば、前を向く胡堂の横顔は少し硬かった。
「この間、宵闇様にお前、誘われたやろ?」
落ちたような言葉に一瞬首を傾げた。誘われた? そんなあたしを見て胡堂は苦笑する。
「一緒に来うへんかって」
「ああ、そんなこと言ってたような気もするな」
「覚えてないんかい」
「あんまり。元々宵闇って何言ってるかわからんし、結構意味不明やん?」
横で胡堂が深く息を吐く。顔を上げると疲れたように笑ってる。
「色々考えた俺が馬鹿みたい」
「え? それはごめん?」
くすくすと胡堂は笑うと、そのままあたしに寄っかかり抱きしめるように腕を回した。
「重いわ」
「お前のせいで疲れた」
「そりゃ悪かったわ」
気が付けばあたしも笑っていて、それに気づいて胡堂に感謝が浮かぶ。
「なあ、お前は今の生活楽しい?」
「楽しいで。みんなおってくれて、色々やって」
「俺らもそうやねん、お前おらなあかんってこと覚えとけ」
そこでようやく気付いた。お兄ちゃんはあたしが一人背負ってると思ったのか。胡堂もみんなもそう思ってるのか。
「わかってるで、わかってるねんけどな」
「その言い方、アウトやろ」
守りたいと強く思ってしまう自分がいるのも本当だから、そしてそれができる力が今のあたしにはある。
それを自分でもわかっているから、誤魔化すように話題を変える。
「けど、この生活いつまでできるんやろな?」
「いつまでとは?」
「胡堂もそうやけど秀嗣さんに智さん、恋人か奥さんできたら変わるやろ?」
一瞬胡堂が止まった。珍しいなと思いながら、顔が見たいのに寄っかかられたままで表情が見えない。
「なあ、もし俺がお前のことを好きって言ったらどうする?」
「あたしも好きって言い返す?」
「ですよねー」
「なんやねんそれ、いっつも言ってるやん」
「はいはい、知ってますー。ほれ、そろそろ行かな怒られそうや」
急に体を起こして立ち上がる胡堂は、あたしの腕を掴むと引き起こし抱きしめた。
「一人で先走んな。お前になんかあったら俺、死ぬつもりで報復するからな」
それはいつもとは違う声で、いつもとは違う雰囲気で、今度はあたしが止まってしまう。
「あ、愛されてんなあたし」
「お前が鈍いだけちゃう?」
「確かにな」
いつもみたいに軽く返したかったのに、あたしの声は少し震えて、胡堂はあたしの顔を見ないまま、そのまま腕を引いて神社横に向かう。
前を向いたままの胡堂の表情は見えなくて、あたしもどんな顔をすればいいのかわからなくて、それでもこの無言は心地よかった。




