求められるのは冷静さ
さすがに疲れた。なにあれ最後、ゴブリン三匹が武器を持ってるとか聞いてない。
槍持ちを先頭にあたしの隙をついて片手剣持ちが両側から攻めてくるとかさ、いやどんだけ頑張るんだよ。必死か。
命掛かってるからそりゃ必死か。あたしも必死だもん。
大浴場の大きな湯船で体を解しながら考える。普段のダンジョンでは奥へ進めば進むだけ強い敵が出て、戻るときは逆に楽になっていく。なのに今日は戻る階段付近に武器を持ったゴブリンが三匹。
二階と一階に変化はなかったから、三階からの変化とみるべき? 三階は決まった場所ではなくて、モンスターも徘徊してる?
「あー」
湯船の中、大きな声を上げ勢いよくお湯を跳ねさせながら顔を洗う。一人だからできることだね。
三階で出てきているモンスターも今のところウリボアとゴブリンで、他のはまだ見てない。武器を持ってるゴブリンも危険だけど、今日でも小さな傷を負うくらいで済んでる。全部ポーション(微)で回復済みだ。
何より怖いのは挟み撃ちされること。あとは小部屋を覗いているときも無防備になってしまうかも。
あたしは一人だけど相手は多数だ。戦いはできるだけ短く終わらせないと、追加も来てしまうかもしれない。
ただ今のところは対応はできてるし、進まない理由はどこにもない。
何が出てきても倒すだけだ。仮にモンスターが徘徊していたとしても、警戒しながら進むことに何も変わりはない。
湯船から立ち上がり脱衣所へ。今日はよく頑張った。さっさと部屋に戻って休もう。そして熊のぬいぐるみに癒してもらおう。
明けて次の日もダンジョンへ、地下三階までは時間をかけずにてこずることもなく辿り着く。問題はここから。
地図を見て進んでない方向を確認し進み、最初に出てきたのはウリボア三匹で、早く気付けたおかげて弓で弱らせ倒すことは簡単にできた。
いくつかの小部屋を確認しまだ先へ進む。宝箱があったとしても出てくるのはポーションばかりで変わらない。けどゴブリンの持つ武器は様々だ。
ナイフを投げてきたときは驚いた。弱くてあたしに届く前に落ちたけど。飛び道具も使ってくるって思ってて正解だった。
何度か戦い先へ進む。地下三階はモンスターと会う率が高い気がする。やっぱり徘徊してるんだろう。
ただ出ても三匹で、三匹とも武器を持っていることは今のところ昨日の一度だけだ。
ウリボアは武器なんて持てないし、ゴブリンの立てる音とウリボアの音は違うので気づくのは簡単だ。
両方同時に出てくることもあるが、その場合はこっちに気付くとウリボアがゴブリンを置き去りにして、あたしに向かって走ってくるのでそこまで怖くない。
先に向かってきたウリボアを弓で狙い、近づいたところで剣鉈で仕留め、あとからゴブリンを倒せばいいだけだ。
今のところ考えていたような挟み撃ちや待ち伏せなんかはされていない。だからって注意を怠ることはしないけど。
弓を使ってくるのも出てきたら嫌だな。飛び道具は気づくのも遅くなりそうだし、やっぱり危険だ。
今までの階よりも注意力が必要で、戦いも増え、疲れは貯まりやすい。小まめに休憩を取ってはいても疲れるものは疲れるので、自然と溜息が増える。
念のための栄養ドリンク代わりにポーション(微)を飲む数が増えたけど、大丈夫だよね? 中毒とかないよね?
今のところ体に異変もないし、変わらず体は少し楽になってる。
地図を見れば昨日よりは埋まりは良い。ただこれまでのことを考えるとやっぱり遅いよね。仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
モンスターと会う回数が増えたことで時間を取られてるし、背後や奇襲を考えれば、どうしても警戒が強まって歩き方にも影響は出る。
時間をみればいい時間だ、次の小部屋でお昼にしよう。
丁度良く見えてきた小部屋の入り口で窺う。宝箱はないようだけどかわりにモンスターが二匹、黒っぽく少し硬そうな毛皮に包まれた犬がいた。
大きさは中型犬くらいかな? 耳が大きくピンと立ってる。何よりふさふさと尻尾が可愛い。
モンスターに可愛さ求めても仕方ないんだけど、猫も好きだが犬も好きだ、できれば大型犬希望。
あー、使役とかないのかな? あったらあれ仲間にしたい。
一匹は真ん中で入り口にお尻を向けて伏せした状態、もう一匹は部屋をうろうろして尻尾を揺らしてる。あの尻尾に触りたい。
ただやっぱり顔見たらモンスターだよね、大きな口に立派な牙が見えるよ。目つきも少しきつく見えるし、なかなか凶暴そうだ。尻尾を見なければ。
どうしようか。尻尾に血迷わずに倒すんだけど、初めて戦うのに二匹はきついかな?
やっぱり弓で先手を打つ? ただゴブリンなんかより犬のほうが素早くて身軽なイメージがある。お尻を向けてるほうなら当てることはできるかな?
顔を引っ込めてそんなことを考えながら弓と剣鉈の確認をしていく。その時小さな音が聞こえた気がして耳を澄ませた。
やばい、通路の奥から何かが来てる。
まだかなり距離はあるはず。このまま小部屋を放置して来た道を戻ることもできる。けど、それじゃあ地図を埋めることができない。
通路の奥と小部屋を素早く交互に見て考え、元の道を戻るのはできればしたくない。
奥がゴブリンだとしたら、武器を持つ可能性もあるし何匹かまだ分からない。小部屋の中は二匹の犬で、戦ったことがないから未知数。
あー、もうやるしかない。
あたしは剣鉈を持ち弓を引く。気づかれないように入口の壁に隠れ、伏せた犬を狙い矢を放つ。
「キャインッ」と悲鳴のような鳴き声が聞こえる前に小部屋に入り、痛みで藻掻いている犬の首を狙って切りつけた。
その隙を横からもう一匹が狙い飛んでくる。あたしは後ろに飛んでそれを躱し体制を立て直した。
剣鉈は浅かったらしく、矢を受けた犬はまだ死んでない。首から血を流しながらなんとか立ち上がろうとし、あたしに威嚇は忘れない。
その前には牙を剥き喉を鳴らしてあたしを威嚇してくるもう一匹。
小部屋からは通路がわからないから、奥のモンスターがどれくらい近づいているかわからない。できるだけ早く終わらせないと。
剣鉈を構え直し犬の隙を伺う。隙なんてあるわけないよね。
後ろを庇うように立っている犬はあたしから目を離そうとはしない、いつでも飛び掛かれるように姿勢を低くし唸りを上げてる。
後ろの犬も全く動けないわけじゃないだろうし、油断するわけにはいかない。ただこのまま膠着状態も時間がない今、いつまでもできるわけじゃない。
あたしは空いてる左手で腰のポーチのチャックの隙間に指を入れ、あとは自分のタイミングだ。
あたしはゴブリンが使っていたナイフを取り出して、外れるように犬の横に投げた。
犬がそのナイフに気を取られた隙を狙い、あたしは走り近づく。すぐに気が付いて犬があたしを捕えようと顔を向けるその前に、剣鉈を前に突き出す。
口が裂けるように剣鉈が刺さった犬、あたしはそれを力任せに横に開いてい剣鉈を抜いた。
犬は倒れこみ、じわりと血を地面に広げぴくぴくと痙攣してる。目の前でそれを見ていた立ち上がれない犬が、鳴き声を上げまた唸った。
血を流しすぎたのかすでに唸り声も弱くなってきてる。あたしはそれにも止めを刺してすぐに通路を確認する。
小部屋の壁に背をつけて通路を窺う。鳴き声はゴブリンのものでたぶん二匹か。あたしはそのまま背をつけたままゴブリンが小部屋を通り過ぎるまで待った。
ゴブリンは小部屋の異変に気付くことなく通り過ぎて行き、その背中に向けてあたしは矢を放ち一匹目を仕留めた。
小部屋から出て残り一匹、槍を持ってるが一匹なら大丈夫。素早く近づいて首を突き刺した。
疲れた、連戦はやっぱ嫌だ。
レベル補正か最近の運動のおかげか、足が速くなっててよかった。前の自分じゃ絶対無理だったよ。
ゴブリンと犬を回収し小部屋で休む。血溜まりがあるけど気にしちゃ駄目だ。ここダンジョンだし。
すっかり慣れてお昼を食べる。今日のお昼はウリボアのカツサンド、しっかり食べなきゃ体が資本ですし。
考えるのは犬のこと。今回は隙をつくことができたのは大きかった。あとゴブリンとかには見られなかったけど、弱った仲間を守るように見えた。
その隙を狙えたのはよかったよね。じゃなきゃ危険だったかも。あの牙はほんと噛まれたら痛そうだし。
あとはナイフかな。前の失敗を考えて、すぐに物が取り出せるようにチャックを少しだけ開けといてよかった。おかげですぐ取り出せて使うことができた。
でも当てられる自信がなかったから、気をそらせるために使ったけど、投擲練習して当てれるようになったら目とか狙うと戦いが楽になるかも。
三階なら投擲の使い道も多そうだし、ナイフも貯まってきてるし練習してみようか。せっかく訓練室あるんだし。
地図を開き確認するが三分の一も埋まっていない。できることなら早く埋めてしまいたいけど安全も大事だ。
戦いの手段が増えることは安全にも繋がるし、しばらくはダンジョン探索を少し早めに切り上げて、投擲練習に時間を割こう。
そうと決まれば探索だ、できるとこまで地図を埋めてしまおう。
あたしはポーション(微)を飲んで探索に戻る。




