長いからこそ理解されていた
通信をし、暫くすると部屋のチャイムが鳴らされた。ちょうど居間に迎えにいこうと思っていたのに、画面を見れば胡堂の姿。
「よく入れたな」
「丁度、秀嗣が部屋に戻るとこやってん」
胡堂の横には秀嗣さんも立っていて、状況は理解できた。
「秀嗣さんもなんかごめんな?」
「いや、俺はいいんだが」
どこか歯切れの悪い秀嗣さんに首を捻るが、その後は続かないようだ。どうするべきかと考えたが、今は胡堂のことが気になってしまう。
「とりあえず上がり、秀嗣さんありがとうね」
「お邪魔しますー」
「珍しいこともあるもんやな」
胡堂に返しながら秀嗣さんに頭を下げたら、どこか苦い顔をしていた。
「どうしたん? 大丈夫?」
「いや、なんでもない」
そう言って部屋の奥へと行ってしまった秀嗣さん。何なんだ、今日はみんな。
とりあえず今は胡堂だと頭を切り替えて、あたしも部屋の中に進む。
「何飲む―?」
「炭酸系」
「言うと思いましたー」
面倒なのでペットボトルのまま出してやる。あたしは温かいものがいいと紅茶にするか。
「で、どうしたん?」
「達也に聞いた」
あー、あー、どれをでしょうねえ。
「ほぼ全部、調子こいた健也の尻拭いに摩耶の親父さんらと摩央さんの暴走」
「とりあえず、口軽い男は振られるって言っとかな」
「心配しとったで」
「それはわかっとんやけどな」
つい苦笑してしまう気持ちも許してほしい。
「それと、全部は言わんかったけど、摩央さんの状態を説明するときの絵里子が気になったって」
真っすぐに見られ、つい目を逸らしてしまう。それがこいつ相手に悪手だとわかってたはずなのに。
それは深い深いところの酷く柔らかく脆い部分。血縁には何があっても見せたくない、近ければ近いだけ知られたくない汚れた醜く汚い部分。
「聞かれたくないことか」
「き、聞かれたくないって言うか、言葉にしにくいってか」
「お前は弱さ晒さんよな」
「そんなことないで、みんなに甘えて助けられてるもん」
頼むからそんなにじっと見ないでほしい。見透かすように、見逃さないように。
「達也はお前をしっかりした、たまに抜けてる強いやつって言うよな」
「あー、そうやね、そりゃたっちゃんに比べれば」
「ほんまは脆いだけやろ、隠したいんやろ」
何か返そうと口を開くのに音が出ない。何を言えばいいか一瞬、追い付かなかった。
「そ、そんなことないやろ? そりゃ多少そうゆうとこあるけどさ」
「なら、こっち見て言ってみいや」
腕を掴まれ引かれる、もう一方の手で視線を合わせられる。
「な、今日はどないしたん? ほんまに珍しいな」
「これでも心配しとんの伝わらんか」
目をつい逸らして言えば返ってきた声は真剣で、いつものように返せない。
「これでもな、長い付き合いやねん。お前の変に上がったテンションくらいわかるわボケ」
「そんな今日のあたし変やった?」
「恵子さんはお前に敏感やからな、宏さんはもうほぼ知っとんやろ?」
「たっちゃんが気にしとうことは知らんはずや。秀嗣さんも言わんて言ってくれたし」
つい下がる目線は逸らしたいからじゃない。浮かぶ苦笑は痛みからか。
「無理に引っ掻き回したいわけじゃない、ただ…」
「うん、ごめん、ありがとう。心配してくれてるんはわかってる」
どう言えばこれが伝わるだろうか、言葉を探そうとするのに何も浮かばない。
「なんて、なんて言うんか、言葉が見つからんて言うか、お兄ちゃん達には絶対に知られたくないねん」
顔を上げ胡堂を見るが、笑いたいのに笑えてないんだろうな。その顔が歪んでいるから。
「自分で大人に成りきれてないだけってわかってんねん。こうしてれば、とか、こうだったら、とか、たらればの話」
視線を彷徨わせ言葉を探す。それでも出てくるのはどう考えても最低で、汚れた言葉ばかりだ。こんなことを言えば気を使わせて優しいこいつが気にするだけと、否定をしてくれるだけだとわかっている。
「たぶん、色々重なって少し疲れたんよ。それで帰ってきてほっとしたんやと思う」
強く腕を引かれ抱き締められた、背中に腕を回されて胡堂の心臓の音が聞こえる。
「お前は蓋すんのが上手いんやな」
「そうやな、喉元過ぎればとも言うけど」
「根っこに残ってるくせに、過ぎてないわ」
「確かにな」
静かになる、胡堂の温もりと心臓の音だけが伝わる。
「達也が感謝しとうって、縁切れる覚悟もしとったって」
「そんなわけないやん、あほやな」
「聞いた俺でも達也に同意見や。それぐらいのことやってわかれ」
「あたしはこうやって、心配してくれて理解してくれる人らがおるもん。やからまだ大丈夫やねん。胡堂もその一人やで」
回された腕が強くなる、余計に距離が近くなる。
「辛かった、ぐらい言えんのか?」
「理解してしまったからなあ、どっかしゃあないとしか」
「間違ってもないし、とか言うたら怒るで」
「お、おう」
「お前、あほやんな」
「わかりきったこと言うな」
強く抱きしめたまま胡堂がくすくす笑うから、あたしもつい笑った。
「笑いごとちゃうやろ」
「先、笑ったん胡堂やん」
「なあ」
「ん?」
「お前にとって俺ってなに?」
「大事な人」
瞬間に返したけど何も間違っていない。あたしが大事にしたい無くしたくない大事な人。
「確かに俺ら、似てるんかもな。似てないけど」
「なんやねんそれ、喧嘩売られてる?」
「お前に売っても詰まらんわ」
胡堂は一人でくすくす笑うから、つい拗ねたくなる。
「まあ俺もお前の事それなりに大事やから、なんかあれば言えよ。近くおるんやし、身内に言いにくいことぐらい愚痴でも聞いたるわ」
胸の奥が暖かくなる。ああやっぱりよかったな。
「ありがとう、そん時は頼むわ」
「まあお前が自分から言ってくるとは思わんけどな」
「そ、そんなことないですよ? それ言ったら胡堂もやん」
「俺はまず自分の中に貯めんからな」
「考えて自分で抱え込むんは胡堂の方やと思うけど?」
少し体を離して胡堂の目を見る。
「俺はええねん」
「よくないわ、胡堂になんかあったらあたしが嫌や。さっきも言ったけど、あたしは胡堂が大事やねん。たっちゃんや摩耶と同じで好きやからなんかあったら力なりたい」
真っすぐに言う。伝わって欲しいから。いつも助けてもらってるから。なのに今度は胡堂が視線を外し、あたしをその胸に押し付ける。
「俺も、俺もお前のこと大事や。そこはわかっとけよ」
「わかっとるよ、いつもありがとう、それに今日も」
胡堂は大きな溜息を一つ吐いて、また腕の力を強くした。と、思ったらその手を離し急に立ち上がった。
「今日のところはこの辺にしとくわ。またなんかあったら来るからな」
んじゃあな。と、そのまま進むから見送ろうと立ち上がれば振り返った。
「見送りいらんで、おやすみ」
「ありがとな、おやすみ」
胡堂は背中を向けて手を上げるだけで、それ以上何も言わなかった。あたしはそのまま力が抜けたように座り、つい考える。
心配かけてるなとか、それが嬉しかったり申し訳なかったりと綯い交ぜとなって頭を巡り、奥底の蓋がカタカタと音を立てる。
頭を振り優しいことを思い出す。気にしたら駄目なことは気にしたら駄目だ。
今日はもう寝てしまおうとあたしは立ち上がった。
六章終了となります、世界が変わったための人の変化、特に近いようで遠い、でも良く見えるところを書いてみたつもりの章でした。
楽しんでいただけたらと思います。
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