飲んでも飲まれるな
智さんの愛のカーテンはそれなりに防音もしてるはずなのに、普段と違うどこか騒がしい気配につい眉がよる。
瞼も重くまだ開けたくないのに、少し寒くてすぐ横にあった温もりにしがみ付くと、肩まで毛布を引き上げてくれた。
はっとなり体を起こす、瞬間に頭に響いて手で押さえた。
「おはよう、ポーション(微)飲んどけ」
苦笑しながら渡されたそれを一気に飲み干せば、軽くなる体と頭。
「あー、あたし昨日」
「絵里子は確かに飲まないほうがいいと思うぞ」
「申し訳御座いませんでした」
別に飲みたくて飲んだわけでも、自分から飲んだわけでもない。桜婆ちゃんが悲しそうな顔するから。
「お前、お婆さん達に遊ばれたんだぞ?」
「は? え?」
「達也から酒が弱いって聞いたらしくてな、どう飲まそうかって」
「たっちゃん、マジ殺す」
くすくすと楽しそうに笑う秀嗣さん。
「たっちゃんもあたしに飲むなって、特に男とは絶対飲むなって言ってたくせしやがって」
「達也と飲んだことが?」
「胡堂も一緒ですけどね、家飲みで。あたしは気を張ってる間は記憶もあるしちゃんとしてるんやけど、気が緩む相手やったり家に帰ると同時に駄目なんよ」
だから一応、昨日のこともそれなりに覚えてはいる。ただ弱いって言ってるのに次から次へと自家製のと言って注ぎに来て、断ると悲しそうな顔するんだよ。お婆ちゃんの手作りは古臭くてやっぱり嫌よね、とか言って。
おかげで途中から記憶は御座いません。もう秀嗣さんに土下座するしかない。
「本当に申し訳ありませんでした」
「弱いって言ってたわりに、いける口かと車に戻るまでは思ったぞ」
「それなりに社会経験あるから飲み会とかあったし、そん時は気を張ってるから全然平気。逆に酔っ払いの世話できるぐらいには。帰ったら潰れるけど」
「なら今度、俺と飲んでみるか?」
「すぐ酔うから秀嗣さん楽しないよ、胡堂は強いで」
少し驚く顔をする秀嗣さん。秀嗣さんと飲むとか、速攻潰れるだろうよ。飲み仲間なら胡堂が適任だと思う。智さんどうなんだろうね。
「けど秀嗣さんも結構飲まされてなかった?」
「俺はそれなりに呑めるからな」
この場合のそれなりって、どんだけだろうね。
「そういえば絵里子用の土産にって、いくつか果実酒なんか渡されたぞ」
「もう飲みません」
「別に楽しいならいいと思うぞ、相手は選んだほうがいいと思うがな」
秀嗣さんは楽しそうに揶揄うように言う。確かに昨日は楽しかったよ、ご飯も美味しかったし探索者と話したり、だからって。
「そうや、なんか迷惑かけてませんでしょうか?」
ようやく思い至って徐々に声が小さくなる。何を言われたってしょうがない。だって最後、記憶がないもの。
「あー、外では大丈夫だったぞ」
「それ逆に不安。本当に不安。ごめんなさい」
「大丈夫だ、特に何かあったわけじゃないから」
思い出す仕草で秀嗣さんは言うけど、その目が泳いでますよね? あたし本当に何したんですか? 冷や汗が出てきそうだ。
「まあ気にするな、動けそうなら支度するぞ」
そう話を切り上げる秀嗣さんに、あたしは本当に何したんだよ。誰か教えてほしい。
先にあたしが着替えを済ませ、交代で外に出れば今までと違い人が行き交って、どこか活気のある雰囲気。
お爺ちゃんやお婆ちゃん達は昨夜、結構飲んでいたのに元気にテントで何かを売ってるし、そこかしこで人が話してる。
「おはようさん、大丈夫か?」
「諸悪の根源、お前やろ」
あたしの言葉に苦笑するたっちゃん。摩耶は元気に抱き着いてきた。
「おはようございます。摘まめる朝ご飯作って来たんで食べてください」
「おー、ありがとうな」
「結構飲んでましたけど、二日酔いとか大丈夫でした?」
「ポーション(微)の有難みを再認識した」
「けど、姉さんお強いんですね。全然普通でしたよ?」
摩耶の言葉でたっちゃんを確認する。
「せやなあ。知らん人多かったし、それなりに気張っとったんやろ?」
「とりあえず外ではやらかしてはないんやな?」
「中でなんかしたんか?」
「それがわかれば苦労はせんやろ。てか前に三人で飲んだ時、結局あたしどんなんやってん?」
胡堂はただ男と飲むなと一言いい、たっちゃんも飲まんほうがいいとしか言いやがらなかった。だからあたしはいまだに酔うとどうなるのか自分でわからない。
最低だな。
「どうって言われてもなあ」
「どうした、何の話だ?」
たっちゃんが考えてると秀嗣さんが出てきた。
「絵里子が酔うとどうなるかって話し」
それを聞くと納得し、また楽しそうに笑う秀嗣さん。秀嗣さんとたっちゃんも昨夜で打ち解けたようだな。
「でも秀嗣さんめっちゃ強いよな、ザルってワクってかうわばみ?」
「そんな?」
「爺ちゃんらの秘蔵の一升瓶、結構な数が空いても変わらんかった」
「昨日は美味い酒を飲ませてもらった」
満足そうな顔している秀嗣さん、また新たな一面を見てしまった。
「それで、二人はどうしたんだ? ダンジョンに行くんじゃないのか」
「今日は混むやろうからやめといて、組合のフォローとかできたらって思ってんねん。あと摩耶が朝ご飯差し入れたいって」
たっちゃんはそう言って紙袋を二つ持ち上げる。
「ならよかったら二人も一緒にどうだ? 絵里子も朝ごはん考えてたんだろ?」
「あ、それいいねえ。すぐ出すから座っといて」
「いえ、そんな悪いです」
「荷物減らすの手伝って、それとも朝ご飯食べてきた? お腹いっぱい?」
「俺らあっちの婆ちゃんらの売店で済ます気やったから助かるわ」
「やったらいいやん、すぐするわ」
食事を終わらせタープなどの片づけを始めていると、お爺さんたちがきて感謝とお礼だと色々と貰ってしまった。たっちゃんからも家族からだと結局また渡され、秀嗣さんとなんとも言えない笑いを溢しあった。
ちょいちょいと組合に目を向ければ、人の行き交う姿が見え、初日としては特に揉め事もなく進んでそうだ。
その功労者はなんと言ってもここの住民だろう。登録待ちの人に声をかけ、宿泊の案内や食料売店の説明なんかをしては上手く誘導してくれている。
車中泊を覚悟していた探索者たちも、格安で宿泊所を貸してもらえ喜んでいるようだ。空き家だからお風呂もあるし、なかなか嬉しいサービスだろう。
たぶんこれからここを利用する探索者は増えると思う。その時にまた新しい問題はきっと起こるだろう。それでもきっとそれを乗り越え、ここは発展していってほしい。
「そろそろ行くか」
「そうやね、挨拶も終わってるし」
車に乗り込んで外を見れば、見知った人たちが手を振ってくれる。それに会釈と手を振り返せば、どこか寂しく感じるから不思議だ。
「短い時間やってんけどな」
「その分、濃かったからな」
「そうやね、でも楽しいことも多かったし」
「そうか、寂しいか?」
「そうやね、少し。けどそれも帰る場所があるから思えることやもん」
もうあのときのように一人なわけじゃない。共にいて戦ってくれる人がいるから、あたしも戦える。そしておかえりと受け入れてくれる人がいるから、あたしは素直に寂しいと感じれる。
ふとみんなの顔が浮かんで、ああ帰るんだと頬が緩んだ。あの騒がしく忙しいあの家に、帰るんだと。
知り合いの経験をもとにしてみました。




