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ただただただ。 ~変わらないもの~  作者: けー
六章 弱く脆く、そして強いもの

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蓋の隙間から覗くもの



 怒っているのがわかる摩耶に摩央さんは笑顔だ。


「摩耶、あんたも未来のお義兄ちゃん迎えにきたん」

「は? ほんま何言ってるん。秀嗣さんめっちゃ嫌がってるやん」

「そんなことないで。ね、秀嗣さん」

「名前を呼ばないでくれ、迷惑だから関わらないでくれ」

「またそんな照れて」


 さすがに摩耶の顔も戸惑いか困惑か、普段を知ってるだけに状況がわからないんだろう。


 なのに秀嗣さんはあたしの背に手をまわし、車に促そうとしてくる。それを摩央さんは見逃さない。


「嘘つき、ほらやっぱり色目使ったんやろ! 秀嗣さんの優しさに付け込んだんやろ!」


 そう言ってその手をあたしに振り上げる。でもそれはあたしに届く前に秀嗣さんに止められ、威圧の籠った鋭い視線で動けなくなっている。


「摩耶、ちょいとごめんな」

「え? はい?」


 つい溜息が出て、あたしは摩耶の答えも確認せずに摩央さんの後ろに回り、ポーチから眠り薬(微)嗅がせる。

 摩央さんの膝が崩れ、あたしは背中からその体を支え苦笑した。


「摩耶に酷なこと言うけどいい?」

「な、なんでしょか?」

「摩央さんちょっと、精神が疲れてしまってるみたいやわ」


 みんなの顔が驚いたような、それでいてどこか納得のような顔をする。摩耶ができれば詳しいことを知りたいと言うので、あたしもわかることは少ないと、それでもいいならと言い、しばらく起きない摩央さんはたっちゃんの車に寝かせておくことに。そして二人を車内に招く。


「秀嗣さん先にシャワー行ってくれていいよ?」

「いや、俺も気になるから」

「すいません、お疲れのところに」

「いや気にせんで、摩耶たちが気になるようなこと言ったんあたしやし」


 そう言いながら、せめて一息つきたくてお茶を淹れる。


「たぶんやねんけどな、元々はただの恋やったとは思うねん。けど魔物と戦うことや血を見ること、もっと言えば世界が変わってしまったことで元々ストレス酷かったんちゃうかな? そこに大量の魔物が自分目掛けて次々に襲い掛かってきたんが引き金やと思う」


 あたしの母もそうだった、突然溢れたようにその変化に気付いた。


 父はどちらかといえば強気な人で声も大きく、細身だったが身長があり、歳もまだ六十代と若く、誰も想像していなかった。それは本当に突然だった。


 病に倒れ痩せ細り、歩くこともままならず寝たきりになってしまった。あたしでさえもどんどんと変わっていくその父の姿に目を背けたくなる時はあった。それでも親はいつかは老いて行くものだと、あたしはその姿を自分に刻むように向き合おうとした。向き合いたかった。できていたのか今でも答えは出ないけど。


 そして父は呆気なくいなくなった、病に倒れ半年持たなかった。


 それからだ、母の状態がどこかおかしくなったのは。違う、片鱗は本当はもっと前からあった。でもあたしは父を言い訳に目を背けていたんだ。



 父の葬儀も終わり、お兄ちゃんもお姉も家に帰れば母と二人。あれはいつだっただろうか、母が急にお父さんいつ退院できるかなあ?と言ったんだ。その目はごく自然で、それが真実だと思っている目だった。


 それでもそれが怖くて、認めたくなくて、疲れているだけだと母に父の葬儀は終わったでしょ?と四十九日はどうしようかと言ったんだ。

 母ははっとなり、悲しい目で疲れてるんやね、ごめんねとあたしに謝った。


 それから母はぼうっとすることが増え、食も細くなり、父との思い出を話す毎日になって行った。


「お父さん若かったし、急やったから心ついて行かんかったんやろうな。信じれへんかったんやろな。信じたくないって気持ちかもしれん。最後の姿は子供のあたしでもどこか信じれんかったし。お兄ちゃん達には言ってないけど、お母さん途中途中お父さん死んだことわかってなかってん」


 三人の顔が痛ましいものになる、でもあたしはそんな顔してほしいわけじゃない。


「たぶん摩央さんの場合はいいタイミングで秀嗣さんがおったから、そして心が壊れそうなタイミングで助けてくれたから、たぶんその存在に縋りついたんやと思う」


 三人は口を開かない、いや何を言えばいいのかわからないんだろう。


「さっき話してた時の摩央さんの目には、どこにも嘘がなかった。ほんまにそう思ってるんよ。摩央さんの中では秀嗣さんっていう強くて自分を守ってくれる恋人がおるんよ」

「そ、それは、それはよくなるんですか?」

「あたしも医者じゃないからなんとも。それでも摩央さんはまだ大丈夫やと思うで、時間と家族のフォローはいると思うけど」


 あたしがちゃんとできなかったことだ。つい痛みそうになる胸を誤魔化して微笑む。


「時間がかかるかもしらんけど、ゆっくりさせるんが一番やと思うで?」



 その後たっちゃんと摩耶はあたし達に謝罪をし、家族で相談して摩央さんのフォローを考えると言って帰って行った。


「先にシャワーを使え」

「あー、ちょっとのんびりしたいから、秀嗣さんが先に入って」


 あたしの顔を見て少し眉を顰めたけど、何も言わずに秀嗣さんは後方に行ってくれた。


 久々に思い出した。違うな、蓋を開けたが正解な気がする。


 嫌がる母を病院にも連れて行ったが体には特に何もなく、最終的には心の問題だと言われた。時間が解決するかもと。


 どうしてあたしはちゃんと母と向き合わなかったんだろう。もしもっと向き合えてたら、まだ母は居たんだろうか?

 父にもできたことはあったはずだ、まだ時間はあると思いたかった甘い自分がいたのも本当だから。


 考えても仕方ないとわかっているのに、思い出せばどうしても出てきてしまう。自分を責めているわけじゃない、今もどうしていいのかわからないだけだ。こんな歳のくせに子供のように親がいなくなったことに何一つ整理がついていないだけだ。


 どうしてもあの目はまだ辛い。本気なんだけど、どこか正気じゃないようなそんな仄暗さのある目。

 あの目は好きになれない。あたしの中の暗い部分を見透かすようで、追い立てるようで、母を思い出す、あの母が。


「大丈夫か?」


 はっとすれば秀嗣さんがいた。つい腕を目に乗せていたから気づけなかった。


「ごめん、大丈夫。シャワー行ってくんね。ちょっと食欲ないから、ごめんやけど適当に食べといて」


 なぜだか今のあたしの顔を見られたくなくて、あたしは足早に後方に行った。


 戻るとすでにベット仕様になっており、秀嗣さんは横のタープの方に居た。


「上がったか、せめてスープぐらいなら飲めるだろう?」

「ありがと、そんな気を使わんでもいいのに」

「絵里子が普段してくれてることだろ? それに絵里子が作ってくれてたものを温めただけだ」


 苦笑しながらあたしにカップを渡してくる。温かいそれにどこか安心した様な気がした。


「ありがとう、あのさ」

「宏達には言わない」


 何を、とは言わず、秀嗣さんはあたしの気持ちを汲んで、こっちを見ることなく言ってくれたから、あたしはありがとうしか言えなかった。


「それを飲んだら今日はさっさと寝てしまおう。色々と疲れたしな」

「お兄ちゃんに報告は?」

「もうやっておいた」


 何から何まで頼れる人だ。摩央さんが縋りたくなった気持ちもわからなくもない。

 あたしは何度目になるかもわからないありがとうを伝え、スープを飲んだ。



 人は結構脆いものだと思います、だから何かに縋ろうとすると。

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