慣れへの怖さ
今日で十日目の夜、あれからかなり頑張りました。
レベルは6になり、飛んできた兎の角を掴むことができるようになった。まだ人間辞めた気はない。
ただこの二日はまったくレベルは上がっていない。そろそろこの階ではレベルが上がりにくくなったのかな?
ポイントもかなり貯まり万を超えてる。貯めてる期間はできるだけ使わないようにしてたけど、個人ルーム拡張はしといた。
お風呂とキッチンが広くなり使いやすくなった。なので体を考えて野菜を買って、料理するようにしてる。兎のお肉はたくさんあるけど、それだけだと飽きてしまうし。
そしてベランダのような洗濯干し場もできて、部屋も四畳と六畳の二間になり、溢れ始めた素材置きに助かってる。
売るばかりで見ていなかった魔晶石の購入を確認すれば、色々増えていた。
施設には大浴場があって、一瞬迷ったのは内緒。買えちゃうけど興味で買うには高すぎる。
他にも実技室や作業場、それに鍛冶場なんかもあって、RPGの域を超えてるよね。鍛冶なんて素人ができるものではないと思う。
あとは賃貸施設と宿泊施設ってなんですか? あたし冒険者ギルドでも始めるの? 絶対にやらないけど。
武器や防具もレベルに伴ってかなり増え、一式セットなんかもあってわかりやすくてあたしには有難い。その分お高いんだけど。
買えなくはないけど貯めたポイントがかなり減ることになる、それでも命のほうが大事だと、そこを惜しむ気は最初からないけど。
防具を上から見て考える、性能や使いやすさなんてわかるはずもなくどうしようかと。
とりあえず一番高いウルフ皮の防具セットと、皮のブーツにしとけば大丈夫かな? あとは中に着るように防刃布の長袖Tシャツとズボン、これでかなり防御力は上がるはず。ポイントつぎ込んだしそう信じてる。
出てきたものを確認のために着てみる。頭は頬の部分がないヘッドギアみたいな形で、後頭部まで全て覆ってくれる。
胴体は胸当てで鉄でも入ってるかのように硬く、あとは手の甲まで覆う籠手は、指の動きを邪魔することなさそうだし、籠手と脛当てにはグレーの毛皮が付いてる。ウルフ皮だから?
皮のブーツにはつま先が補強されてるみたいで硬くなっていて、簡単にヘタることはなさそうだ。
全て着こんでも思ってる以上に軽い。試しに飛んでみても、普段より高く飛べてる気がするし着地も軽い。
これはレベルの恩恵なのか防具の性能なのか、いまいちわからないけど、これで少しは安心して進むことができる。
悩むのは盾と武器だ。着ればいいだけの防具と違って、盾は上手く使えるかわからない。武器にしても短剣があるから、今のところ困ってないんだよね。
それでも盾が使えれば防御力は上がるだろうし、武器も短剣が折れたら替えがない状態だ。ポイントも心細くなってるし買うならどちらか一つだろう。
よし決めた、とあたしは武器から短剣を選んで購入する。すぐに出てきた短剣は、宝箱から出てきたものより鋭く見えた。
使っていた短剣はすでに使いすぎて、少し切れ味が鈍ってきてたし、防御力はしっかり上がったはずだ。そう考えれば替えの武器を確保してるほうがいい。
もしかして鍛冶場を買えば研いだりできたのかな? そのためだけとかポイントが高すぎるけど。
お風呂もご飯も終わらせて、ポーチの中身も整理してしまえば明日の準備もできて、やることがなくなってしまう。
慣れたくなくても慣れてしまうのが人間で、十日も立てばそれなりにダンジョンでの生活にも習慣性ができている。
ダンジョン内にいるときに、楽になったと言っても気を緩めるなんてしないけど、部屋に戻ってもやることなんて少なくて、ついついダンジョンの不思議について考えてしまう。
モンスターはどこから出てきてるのか? 宝箱はどうやって出たり復活したりする?
魔晶石もなんなんだろ? どっから食料や装備が出てる?
この部屋だって、現れたときも広がったときも理屈がわからない。
魔石って何? どうやって家電を動かしたり水を出して温めてる?
あたしがここに閉じ込められてることすらわからないのに、ダンジョンの不思議なんてもっとわかるわけがない。
それでも慣れから当たり前になってしまうことが嫌で、考えてしまう。
帰りたいって目的があるとは言え、モンスターを倒すことにも最初ほどの躊躇いはなくなってる。
命のやり取りだとわかっているのに、使ったことがなかった剣を使って、生き物を殺してる。
それはあたしが考える普通では、当たり前にないことだったはず。慣れてはいけないことなはず。
何が正解かなんてわからないのに、自分の中にあった常識や普通が変わってしまいそうで、不意に怖くなる。泣きだしてしまいたくなる。
戦いが終わるたびに手を合わせるのは、あたしのエゴなんだと思う。
殺しておいてごめんだなんて、あたしならどんな理由があっても嫌だ。それでもあたしは帰りたくて、こんなところで死にたくなくて、ダンジョンで殺して進むことが、帰り道に繋がってるかもわからないのに藻掻いてる。
正解がわからないからこそ、唯一残ったダンジョンにしがみついてるとも言える。
もうどれぐらい倒したかも覚えてない。気が付けばモンスターの攻撃を受けることも、掠めることもなくなって、この階だけなら短剣を使わずに進めるかもしれない。
本当に家に帰れた時、レベルってどうなるんだろうね。そこは怖いから深く考えないけど。
部屋には必要最低限の物しか買わないようにして、できるだけ快適にはしない。快適にするのは家に帰ることを諦めたときかな? お風呂は必要最低限です。
魔石が余るほどあるから、光熱費気にしないですむのは嬉しいけど、それでもここで一人で生きていきたいだなんて思わない。
まだ待っていてくれる家族がいるから、会いたい友達がいるから、あたしはここを出て家に帰りたい。
考えないようにしていても、帰れないんじゃないかと不安に思うこと何度もある。そのたびに懐中時計を見て、考えを振り切った。
できるだけ帰った後のことを考える。戻れたら好きなケーキ屋に行こうとか、見たいと思っていた映画、買おうか悩んでいた本も買ってしまおう。
そうやって考えてると、どうしても家族のことが浮かぶ。
お姉は泣いてないかな? 怒ってるかも。お兄ちゃんも心配してるだろうな、帰ったらダンジョンの話で許してくれないかな? まず信じてもらえるかそこからだけど。
二人ともどんな反応するんだろう? ゲームをするお兄ちゃんなら少しはわかってくれるかな?
自然といつからか寝る前には家族の顔を思い浮かべて、お父さんとお母さんに無事に帰れることを願うようになった。
明日からは、未知の階層へ。
今まで同じようにいかないかもしれない。それでも進むしかない。
今は帰れると信じてただ進むだけだ。




